2011年5月18日水曜日

宮部みゆき『R.P.G.』

 朝方は雲に覆われていたが、お昼近くから晴れて、爽やかな陽射しが差してくるようになった。ただ、なんとなくいろんなことが面倒に思えるようになって、しなければならないことを横目で見ながらぼんやりしていた。日々の暮らしを一人でこなすことは、これでなかなか「しんどいこと」である。しかし、陽気もいい。寺山修司ではないが、「書を捨てて、街にでよう」か。

 昨夕、少し激しい雨が降ったが、夜は靜かで、宮部みゆき『R.P.G.』(2001年 集英社文庫)を手にした。ひとつのドラマの光景のような宮部みゆきの文庫書き下ろし作品である本書を読んでみたのである。どこか感性が豊かでのびのびした表現を求めているのに気がついたからからで、「読んで見た」という言葉で表現できるような思いで手に取ったわけだが、読み終わった時に、最後のどんでん返しがあり、まさに表題そのものにふさわしい味のある作品だった。

 「R.P.G.」とは「ロール・プレーイング・ゲーム」のことで、ある役になりきって物事を習得していく学習法で、英会話の習得などでよく使われたりするが、場面を設定して、その場面の中で役割を演じていくものである。本書では、ある殺人事件の解決のために、殺された人間に関係する人々になりきって一幕の劇を構成することと、殺された人間がインターネット上で作っていた「疑似家族」で、それぞれの人が家族のそれぞれの役割をネット上で演じていたという二重の意味で使われており、なかなか凝った構成になっている。

 それと同時に、インターネット上の「疑似家族」ということで、現代人が抱える「孤独」と、「家族」という問題にも真正面から取り組んだ主題となっている。「さびしさ」は人間の本質的感情のひとつでもあるだろうが、いつの間にか忍び寄って、人を狂わすことがある。だが、人とはさびしい生き物なのだ。

 物語は、ある中年の男が建築中の住宅で殺されたことから始まる。彼は食品会社に勤め、夫に従順な家庭人である妻の春恵と、成績優秀で容姿も端麗である高校生の一美(かずみ)という娘があるが、浮気性で、特に若い女性には親切心や同情心を発揮させていた男であった。優しいが優柔不断で、状況に流される男の典型でもある。そして、彼が招いた状況によって死を迎える。

 警察はその事件の捜査を始めるが、当初は、彼の浮気相手であった女性が犯人ではないかとの疑いを強くしていた。しかし、捜査畑ではなく事務処理を長年してきた刑事の直感で、殺された男がインターネット上で「疑似家族」を作っていたことが取り上げられ、その「疑似家族」を構成していた「お母さん」と呼ばれる女性と「カズミ」と呼ばれる若い娘、そして「ミノル」と呼ばれる青年が突きとめられ、かくして、それぞれの供述が述べられていくのである。

 こうして、なぜインターネット上で「疑似家族」を作っていたのか、それぞれが抱える孤独と「絆」を求める気持ちが描き出されていく。そして、やがて自分の父親が「疑似家族」を作っていたことを知った実際の娘の心情へと物語が展開され、犯人が突きとめられていくのである。

 だが、物語の展開はそこで終わらずに、最後に大きなどんでん返しが施されている。そこに至った時、思わず、「え?そうなのか」と思うほど、巧みな構成がされているのである。それがまさに「R.P.G.」でもあるのである。

 物語の最後に、取り調べに当たった刑事の一人の口を通して、西條八十の『蝶』という詩の一節が語られるが、これは西條八十の『美しき喪失』という詩集に収められている詩で、元来は「やがて地獄へ下るとき、そこに待つ父母や 友人に私は何を持って行かう。たぶん私は懐から 蒼白(あおざ)め、破れた 蝶の死骸をとり出すだろう。さうして渡しながら言ふだろう。一生を 子供のように、さみしく、これを追ってゐました、と」というものである。

  「青ざめ破れた蝶の死骸を差し出して、さみしくこれを追っていました」と言うのが「地獄」であることが、この詩のすごさで、宮部みゆきは、その「すごさ」を見事に人間の物語として本書で展開しているのである。

 孤独とさびしさの行き着く果てにあるもの、それがインターネットという仮想世界を作りやすい現実に対応して見事に描かれ、ことに人の「絆」の根本である「家族」の姿に投影され、仮想が現実になったときに起こる祖語が人の心情として描かれる。

 ただ、これが書き下ろしであるためか、物語の構成や展開に集中されているためか、宮部みゆきがもつ独特の柔らかくて豊かな感性があまり出ていないのが、ほんの少しだが残念に思う気がしないでもない。しかし、物語作家としての天性が発揮された作品の一つと言えるような気がする。

 宮部みゆきといえば、昨夜、俳優の児玉清さんが死去されたとの訃報があり、彼が、わたしが最高傑作だと思っている『孤宿の人』の文庫版の解説を書いておられたのを思い出し、『孤宿の人』の一場面一場面を思い起こしたりした。「もう、どこにも行かなくていいですか。ずっと一緒に暮らせますか」という主人公「ほう」の心情は、涙なしにはおられない。

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