2011年12月14日水曜日

畠中恵『まんまこと』

昨日まで晴れていたのに、一転して雨が雪でも落ちてきそうなどんよりした灰色の雲が広がっている。その空を眺めながらコーヒーを入れ、新聞に目を通して、いつものように一日が始まる。骨身を削るような空気の冷たさがある。少し風邪気味なのか身体が重い。

 畠中恵『まんまこと』(2007年 文藝春秋)を気楽に読んでいたので記しておくことにする。この作者については、以前『しゃばけ』がテレビで放映されて、取り扱われる題材が、「もののけ」や「ゆうれい話」、あるいは生活の苦労があまりない「若旦那」などの印象があって、なかなか触手が伸びなかったのだが、実際に作品を読んでみると、平易な流れるような文体で、なかなか味のある人物像を描く作家だということに気がついた。

 この作品も、「若旦那」である江戸時代の町名主の跡取り息子を主人公にした作品であるが、小さいころから真面目だった名主の若旦那が、失恋を機にぐれだし、近所でも評判のお気楽でいい加減な男となり、友人と遊び呆けているが、人情家で、様々な町内の揉め事を物事に拘らない視点で収めていくという内容である。

 江戸期、特に中期の18世紀には江戸は南北の町奉行の支配下で3名の町年寄が置かれ、その町年寄の下にさらに250名ほどの町名主が約1600町に置かれて、治安や民政に当たっていたが、本書はその町名主の息子であるお気楽に日々を送っている麻之助(町名主は苗字が許され、父は高橋宗右衛門という)を主人公にして、奉行所で扱う刑事事件以外の町内の揉め事を明晰な頭脳と楽天気質で解決していく顛末を描いたものである。

 従って、描かれるものは生死に関わるような事件ではないが、かといってどうにも裁きようのない日常の中で起こりうる難問で、たとえば、第一話「まんまこと」では、麻之助の遊び仲間でもあり友人でもある同じ町名主の息子で、容姿端麗の女好きである清十郎のところに身に覚えのない娘から子どもができたと押しつけられ、その娘の本当の父親を捜し出してすべてを丸く収めたり(こう書いてしまうと簡単なようだが、娘を身ごもらせた男の身勝手さや娘の心情など、実にうまく展開されている)、第二話「柿の実は半分」では、麻之助が柿泥棒をした家に娘を名乗る女性が現れ、それが嘘と知りつつも娘として受け入れる孤独な老人や、その老人のもつ財産を巡る親戚の争いの中で、老人と娘の二人の孤独を埋める策を考案したり、第三話「万年、青いやつ」では、高価となる万年青の苗を自分のものだと言い張る二人の人間の間で、その真相を探し、その間を裁いたり、第四話「吾が子か、他の子か、誰の子か」では、自分の孫を捜す武家の勘違いを正していったりしていくわけである。

 麻之助は少し可愛いと見れば手当たり次第に手を出していく女好きの清十郎と同心見習い押している真面目で堅物の吉五郎の友人がいて、三人は神田の剣術道場で知り合い、以後、いつもつるんでいるのである。それぞれが特徴があって、しかも互いを認め合っているので、無理のない友情が続いている。そして、この麻之助と幼馴染みで札差の妾腹の子であった美貌の「お由有」は、双方共に恋心をもってはいたが結ばれることなく、「お由有」は、友人の清十郎の父に嫁いでいる。そこに複雑な二人の心情があるし、真面目だった麻之助が突然好い加減な人間に様変わりした事情もあった。「お由有」には幸太という子があり、いわば「お由有」の若気の至りの子であるが、この子を麻之助も可愛がっていた。しかし、清十郎の父であり、「お由有」の夫でもある町名主を逆恨みして幸太を誘拐する事件が起こったりする(第六話「靜心なく」)。

 二人の心情は複雑で、麻之助は「お由有」に想いを寄せ続けているが、踏み切れなかったし、今も踏み切れないでいる。麻之助はお気楽ないい加減さを装っているが、根は生真面目で正直なのである。また、麻之助に縁談話が持ち込まれるが、相手とされる女性に複雑な事情があり、その事情を知っていったり、想いを寄せる「お由有」とは、遂には結ばれない定めにあることを自覚していったりしていく過程が巧みに描かれている。

 若いころの自分のふがいなさからいい加減な人間を装うようになったが、もともと頭脳明晰でさっぱりした性格の持ち主である麻之助が、世の中の機微を知っていきながら町名主として成長していく姿が、彼の恋とともに描き出されているのである。

 柔らかな筆致で、しかも麻之助や清十郎の名コンビや堅物の吉五郎、いい加減に生きている麻之助を案じたり認めたりする彼の父親など、ゆるりとした中でも情の溢れる人々の姿が描き出されて、極めて気楽に読める作品になっている。作者は、元々は漫画家だったそうだが、全体がコミカルで面白い。考えてみるまでもなく、人生はいい加減でお気楽なものなのだから、高杉晋作ではないが、自分に正直であれば、「おもしろきこともなき世をおもしろく」でいいのである。

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