2011年12月21日水曜日

宮部みゆき『おまえさん 上下』(2)

朝方は雲が覆った冬空が広がっていたが、今の時間になって雲が晴れ、陽がさしている。冬はこんなに寒かったかなと思うほどだが、たぶん、こちらの体調の具合にもよるのだろう寒さが堪える。

 今年は、喪中欠礼の葉書がたくさん届き、「しがらみを捨てて、自分の意志を大切にして生きること」の大切さを改めて感じたりしている。少々自己中心的であっても、他者にも優しく「矩を越えなければ」それがいいのではないかと思ったりもする。「変えるべきものは変え、変えることができないものは受け入れ、変えるべきものと変えることができないものを見分けていく」そうして、自分が納得できればそれでいい。自己の範囲をどこまでとるかが問題だが、時間とお金は自己満足のために使おう。偽善はもういい。一休和尚や良寛さん、小林一茶などを思い起こしたりする。

 そんなことを考えながら、昨夜、磁器のサラダボールを洗っていたら、不思議に真っ二つに割れてしまった。力を加えたわけでも何かに当てたわけでもなく、自然にパカリと割れた感じで、昔から器がこういう割れ方をするのは不吉のしるしといわれてきたことが頭をよぎり、大切なものが失われたのかも知れないと思ったりした。もちろん、現実には掌を切ったぐらいで何の変化もなかったのだが。

 そんな一日が明けて、さて、宮部みゆき『おまえさん』の続きを記すことにした。事件は20年の歳月を経て起こったのである。20年前に犯した罪を背負いながら生きてきた大黒屋の主人と「瓶屋」の新兵衛、久助は、それぞれの人生を歩んでいく。しかし、新兵衛と久助が殺されて不安になった大黒屋の主人が、自らが犯した事件を井筒平四郎らに告白する。だが、事柄はそれだけではなく、「瓶屋」の隣で医家を開いていた医師が死に、まだ喪が明けないうちに医師の妻であった美貌の「佐多枝」が新兵衛の後妻になっていた。そのことで医師の死に疑念がもたれたのである。

 新兵衛には、人形のように美しい「史乃」という娘がおり、新兵衛が美貌の「佐多枝」を後妻として迎えたころから、父親に対する疑念もあって親子関係がぎくしゃくしていた。「佐多枝」の夫である医師の死は、酒に酔って溝にはまった全くの事故死だったのだが、娘の「史乃」は、父親が「佐多枝」を自分のものにするために殺したと疑い続けていたのである。「史乃」は、20年前に父親が起こした殺人も知っていた。しかし、医師の死とと久助の死が結びつかないでいた。

 こういう事態を打開するのは、やはり、天才弓之助である。弓之助の視点は、天才らしく素直である。弓之助は瓶屋新兵衛が室内で殺され、しかも家で争われた形跡もないことから、手引きをする者がいたに違いないと考え犯人を探り出していくのである。

 そして、事故死した隣家の医師にいた男前の弟子が、医師の死と20年前の事件を関連づけ、いわば天誅を下すようなつもりで、久助と新兵衛を「史乃」と共同して殺し、夜鷹は捜査の目を欺くために殺したことを明白にしていくのである。「史乃」と若い男前の弟子は、美男美女で、互いに愛し合っていたのである。だが、井筒平四郎は若い医師の弟子は「佐多枝」に想いがあるのではないかと考えたりする。

 同心の間島信之輔は、事件で知り合った「史乃」に惹かれ、恋心を抱き、探索の進展をついもらしてしまう。そして、手が回ったことを知った若い弟子と「史乃」は逃亡するのである。行くへはようとしてつかめなかった。間島信之輔の失敗を間島家にやっかいになっていた大叔父と呼ぶ本宮源右衛門がかぶり、信之輔は鬱々とした日々を過ごしていく。若い間島信之輔は、また、瓶屋に出いるするうちに「佐多枝」にも惹かれていく。

 だが、しばらく経って、ふとしたことで犯人の若い弟子と「史乃」の隠れ家がわかり、「史乃」は捕縛されて、若い弟子は追い詰められて水死することで事件が決着するのである。

 その間に、間島家を出た本宮源右衛門は、「お徳」の家の2階で学問所を開くことになったり、様々な人間模様が展開され、富くじが当たったばかりに身を滅ぼすことになってしまった男や、その周囲の人々の物語があったり、殺された夜鷹やその友人の話があったりして、実に多彩な展開がされている。ひとりひとりの人物には、ひとりひとりの人生と生活があり、それが描き出されているのだから、これだけの長編になるのもうなずける。「おでこ」の母親がなぜ「おでこ」を捨てたのか、その「おでこ」を気遣う政五郎とお紺の夫婦の姿など感動的であるし、井筒平四郎の物事に拘らないさっぱりとした大きな性格や細君のよさ、天才美少年弓之助の面白さなど、ふんだんに描き出される。登場人物たちに生きた人間の匂いがするのである。

 本書で取り扱われる事件そのものは極めて単純である。それは、いってみれば、見栄えの良い美貌の青年にたぶらかされて、正義の仮面をかぶり、生家である生薬屋の乗っ取りが陰にあることも知らずに父親殺しをした娘の事件である。だが、それにまつわるひとりひとりの人間の人生と生活、心情が丁寧に、しかも軽妙な筆使いで展開されていくのである。宮部みゆきは、やはり、うまい作家だと思う。おそらく、今、一番うまい物語作家だろうと思う。これは、細部にわたってそのうまさが光る作品だった。

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