2012年2月27日月曜日

山本周五郎『新潮記』

再び寒さが戻ってきて、今週は水曜日頃まで寒いらしい。雲が薄く広がっている。植物に水をやり、いくつか片づけなければならない物をぼんやり眺めたりしていた。

 週末から日曜日の夜にかけて、山本周五郎『新潮記』(1985年 新潮文庫)を読んだので記しておく。本書の巻末に収められている奥野健夫の「解説」によれば、本書は、昭和18年(1943年)に北海タイムス(現:北海道新聞)に連載された小説で、作者40歳の時の作品となる。太平洋戦争の末期で、戦後も作者は生前にこの作品の刊行を許可しなかったそうで、奥野健夫はその理由を文学上の問題としてあげているが、わたしはむしろ、この作品の中に描かれている勤王思想と皇国思想に、戦後の山本周五郎が自戒的なものを感じていたのではないかと思っている。

 本書は、幕末の尊皇攘夷思想に大きな影響を与えた藤田東湖が水戸に在住しているところが描かれているので、嘉永3年(1850年)頃の時代を背景として、その中で自らの生き方を求めていく青年武士の姿を描いたものである。ちょうど、古いものと新しいものが相克している時代で、その意味で、新しい流れとして『新潮記』という表題がつけられているのだろう。

 本書の主人公は、水戸の徳川家と姻戚関係などで親密であった讃岐の高松藩松平家の藩士で、高松藩の中で尊皇攘夷思想の中心的人物である校川宗兵衛の妾腹の子である早水秀之進という青年である。彼は、学業も優秀で、剣の腕も藩内で並ぶ者がないほど優れていたが、自分が庶子(妾腹の子)で、父親からも捨てられたのではないかと思い、何事にも冷ややかで、人を突き放してしまうようなところのある青年だった。

 だが、その彼の優れたところを見抜き、行動を共にするのが、藩内尊王攘夷派を経済的に支えた豪商「太橋家」の次男の太橋大助で、大助自身も優秀であり、また、困った人を助けずにはおれないような人情家であった。この二人がそれぞれに自分の人生を模索していく姿が描き出されているのである。

 水戸徳川家と高松藩松平家は、養子を交換するなどしてきて特別に親密であったが、高松藩松平家の頼胤(よりたね)が幕府の重臣となり、叔父であった水戸の徳川斉昭の引退を計らねばならなくなり(「申辰の事」と呼ばれる)、両家に齟齬が生じてしまったのである。水戸の徳川斉昭に信服し、国許で隠棲している頼胤の兄の頼該(よりかね)は、高松藩松平家と弟の頼胤のことを思いやってなんとか水戸藩と高松藩の間を取りもとうと斉昭のもとに書を送りたいと願い、その密使として早水秀之進を選んで送り出すのである。

 早水秀之進と太橋大助は水戸に向かう途中で、突然、山開き前の嵐の富士山に登ることにし、そこで尊皇攘夷思想を持って脱藩し、瀕死の状態になった兄と彼を看病している藤尾という娘と出会うところから物語が始まっていくのである。厳寒の富士への登山というのが、いわば、主人公たちのこれからの歩みの象徴でもあるだろう。冷徹な早水秀之進は登山の後もさっさと下山していくが、人情家の太橋大助は、その兄妹が気になり、結局、瀕死だった兄の死を看取り、妹を連れて江戸まで向かう。そして、知り合いの人情本作家である竹亭寒笑や彼が引き取っている元名妓の梅八などに彼女を託して世話をしていくのである。

 だが、早水秀之進は、江戸で実父の校川宗兵衛と会うが、激烈な尊皇攘夷思想の持ち主である校川宗兵衛と親子の情を交わすこともできずに、迷いの中に置かれ、校川宗兵衛の手紙をもらって水戸の藤田東湖を尋ねるのである。ただ、江戸屋敷に泊まった夜、深夜に「ゆるせ」という校川宗兵衛の言葉を部屋越しに聞くのである。

 途中で、頼該の意を阻止しようとする刺客との死闘などもあったが、水戸で藤田東湖に出会った早水秀之進は、東湖の人柄に深く感銘を受ける。思想よりもむしろその人柄に感銘を受け、水戸の時代は終わり、新しい時代の潮流の中に身を置いていくことを決心していくのである。そして、身寄りのない藤尾と結婚し、ひとりの無名の人間として新しい時代の幕開けを志そうとする。

 本書の大筋は、こんなところである。ただ、皇国思想を真正面から取り上げているだけに、主人公や東湖などの登場人物たちの思想(考え)が長饒舌で述べられたり、純粋さということではうなずけるのだが、その思想もいささか「青臭い」ところがあったりして、必ずしも物語の展開が十分な形で昇華されていないところも感じた。

 しかし、描写は抜群で、いくつか抜き書きしておこう。

 まず、主人公が北浦の海岸で海を望んだとき、「この大洋のかなたに亜米利加あり」を実感した時の海の描写が次のように記されている。

 「吹きわたって来る風は海の青に染まっているかと思われ、むせるほども潮の香に満ちていた。眼もとどかぬ沖のかなたで盛りあがる波は、運命のようにじりじりと、高く低くたゆたいつつ寄せて来る。そして磯の近くまで来るとにわかに逞しく肩を揺りあげ、まるで蹲(しゃが)んでいたものが起ちあがりでもするようにぐっと頭を擡(もた)げるとみるや、颯(さっ)と白い飛沫(しぶき)をあげて崩れたち、右へ左へとその飛沫の線を延ばしながら歓声をあげて水面を叩き、揺れあい押しあいつつ眩しいほど雪白の泡となって汀を掩(おお)う・・・これらはすべて或る諧調をもっていた。旋律のない壮大な音楽ともいえよう、いや旋律さえ無いとはいえない。耳でこそ聞きわけられないが感覚には訴えてくる。ただその音色が現実的に説明しがたいだけだ。・・・」(本書 85ページ)

 この海の表現は、激動していく時代の波をかぶる青年の心情でもあるだろう。擬人法の表現は、それを示唆する。かすかに感じ取られる波の旋律。それを主人公が聞いていくということがこの描写には込められていて、こういう情景描写は驚嘆に値する。

 次に、藤田東湖が詠んだ「瓢兮歌(ひさごのうた)」という詩が次のように記されて、藤田東湖という人間の人物像を浮かび上がらせるものになっている。

 「瓢兮瓢兮吾れ汝を愛す/汝能く酒を愛して天に愧(は)ぢず/消息盈虚(えいきょ)時と与(とも)に移る/酒ある時跪座(きざ)し酒なき時顚(ころ)ぶ/汝の跪座(きざ)する時吾れ未だ酔はず/汝まさに顚(ころ)ばんとする時吾れ眠らんと欲す/一酔一眠吾が事足る/地上の窮通何処の辺」(114ページ)

 そして、「一酔一眠吾が事足る/地上の窮通何処の辺」におおらかに生きる東湖の姿を見るのである。

 また、江戸の「粋」といわれる文化に触れて、かつて名妓といわれた梅八の姿を借りて、次のように語られている。

 「梅八は江戸文化の爛熟末期から衰退期にかけて、その文化がもっとも端的に集約される世界で生きてきた。現実を無視することを誇り、ものごとの正常さを蔑み、虚栄と衒気(げんき)と詠嘆とを命としてきた。はかなさ、脆さ、弱さ、そういうものにもっとも美を感じ、風流洒落のほかに生活はないと思ってきた」(本書122ページ)

 そして、この梅八が自らの命さえかけて生き抜こうとする藤尾の姿に打たれて、実のある生活へと向かおうとするのである。名妓と言われて浮世を生きてきた梅八もまた、時代の潮の中で自ら考える女性となっていくのである。こういう明確な文化理解には、もちろん、異論もあるが、作品の中ではこれが生きている。そういう表現の巧みさを、わたしはここに感じた。

 あと一箇所、山本周五郎が作家として自らの足場を固めたと思われる箇所が、主人公の新しい潮流を生きようとする姿勢で語られている場面がある。早水秀之進が親友の太橋大助に自らの考えを語る場面である。

 「歴史の変転は少なくなかったが、概して最大多数の国民とは無関係なところで行われた。平氏が天下を取ろうと、源氏が政権を握ろうと、農夫町民に及ぼす影響はいつも極めて些少だった。云ってみれば、平氏になっても衣食住が豊かになる訳ではないし、源氏になったから飢えるということもない。合戦は常に武士と武士との問題だし、城郭の攻防になれば土着の民は立退いてしまう。戦火が収まれば帰って来てああこんどは源氏の大将かといった具合なんだ。・・・いいか、この二つの上に豊富な自然の美がある。春の花、秋の紅葉、、雪見や、枯野や、蛍狩り、時雨、霧や霞、四季それぞれの美しい変化、山なみの幽遠なすがた。水の清さ、これらは貧富の差別なく誰にでも観賞することができる。夏の暑さも冬の寒気も、木と泥と竹や紙で造った簡易な住居で充分に凌げる・・・こういう経済地理と政治条件の下では、どうしても宗教に救いを求めなければならないという状態は有り得ないんだ」(221-222ページ)

 という一文である。ここで使われている「最大多数の国民」とか「経済地理」、「政治条件」という概念などは、もちろん、江戸期の概念ではないし、論理も「青臭さ」が残るものであるが、言い回しの妙がある。そして、貧富の差なく豊かさを感じることができるものというところに作者の視点は向かっていく。そして、おそらくこれが当時の作者のむき出しの考えだったのだろうと思われるのである。わたしは、ここで語られている思想の内容とは別に、自分の心情を素朴に露吐する作者の姿勢を感じるわけで、こうした素朴さが、後に市井の人々を描き出す重要な視点になっているだろうと思えたのである。

 また、小説の作法として、主人公を実際の歴史の中で動かしていくという方法が採られて、これもまた、昭和18年(1843年)の時点での画期的な方法だったのではないだろうか。個人的な考えを述べれば、わたしは日本には国家論は似合わない気がしているので、国家論が語られるときは政治や社会に歪みが生じたときのように思う。その意味では、これは歪んだ時代の中で書かれた小説ではあると思う。

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