2012年11月2日金曜日

吉川英治「鳴門秘帖』(2)


 霜月の声を聞くようになった。最後の力を振り絞るようにして紅葉させた木立はしだいに冬枯れていくだろう。晩秋はことのほか寂寞感が募る。その寂寞感の中で、テンポの速い展開を見せる吉川英治『鳴門秘帖』(1989年 吉川英治歴史・時代文庫2~4 講談社)を読んでいる。

 大阪の阿波徳島藩下屋敷に忍び込んだ法月弦之丞は、藩主の蜂須賀重喜と竹屋三位卿による幕府転覆計画を知るが、捕らわれていた元同心の俵一八郎も「お米」も、そして、一八郎の妹で女中として下屋敷を内偵していた「お鈴」も助け出すことができず、彼らは藩主の国元入りとともに阿波に連れて行かれてしまう。捕らえた隠密は阿波の剣山の山牢に入れて、終身封じ込めるのが徳島藩の掟であるという。
藩主の蜂須賀重喜は、秘密を知って下屋敷を逃げのびた法月弦之丞を必ず殺すように剣客である天堂一角に命じ、阿波へと向かうのである。物語は、やがて阿波へと向かうが、その前に江戸での千絵のことが記されていく。法月弦之丞もまた、忌わの際の唐草銀五郎と約束したとおり、危機の中に置かれている千絵を助け出すために江戸へ向かうからである。物語は「上方の巻」から「江戸の巻」に進んでいく。

 一足先に江戸の地を踏んでいた目明しの万吉は、江戸駿河台の甲賀家の屋敷に出向いてみるが、屋敷は既に旅川周馬のものになっており、釘づけされて閉門され、千絵の居場所も不明なままであった。そしてそこに「見返りお綱」がいたのである。「見返りお綱」は、賭場で旅川周馬に金を貸していて、その取立てに来ているという。万吉は「見返りお綱」に千絵の居所を探るように頼み、「見返りお綱」は万吉に惚れている法月弦之丞との恋の橋渡しをしてくれるように頼み、お互いの約束が成立する。

 「見返りお綱」の後を追ってきた「お十夜孫兵衛」は、彼女がいると思われる甲賀家の屋敷に来て、旅川周馬と出会ったりして、ついに「見返りお綱」を発見し、彼女を追い詰める。彼女は、自分が惚れているのは法月弦之丞だと言いながら逃げるが、屋敷の隅に追い詰められ、あわやという時に、壁がどんでん返しとなり、地下の隠し部屋に落ち込むのである。

 そこに旅川周馬がやってきて、「見返りお綱」が落ちたところは出入り口がなく逃げることができないが、共通の敵は法月弦之丞であるから、協力して彼を亡きものにしようと相談ができ、飲みながら計画を練るということで屋敷をでる。

 一方、どんでん返しで地下の隠し部屋に落ちた「見返りお綱」は、出入り口のない暗闇の中で、かすかに香の匂いを嗅ぎ、隣の部屋にお千絵と乳母の「おたみ」が監禁されていることを知る。「おたみ」は、先に殺された唐草銀五郎の妹である。壁をくりぬいて二人のところに行った「見返りお綱」は、何とかしてそこを脱出しようと、自分が落ちた穴に結び縄があることを知り、脱出を図る。その部屋には甲賀家代々の秘書も置かれていた。旅川周馬が狙うのは、千絵とその秘書であった。いよいよ逃げのびる算段をして、その秘書をみすみす旅川周馬に渡すことはできないと、部屋に火をかけ、結び縄を登ろうとしたとき、古くなった結び縄はぷっつりと切れてしまう。三人の女性は、出口のない部屋に閉じ込められたまま自分たちがつけた火に取り囲まれるという絶体絶命の危機に陥ってしまう。「おたみ」は自分の体を火口につけて二人を守り、自らは焼け死んでしまうのである。千絵を守ろうとした銀五郎と「おたみ」の兄妹は自ら犠牲となって死を迎えてしまうのである。

 他方、屋敷を出ていた万吉は、一膳飯屋で幼い角兵衛獅子の姉弟と出会いながら、甲賀家のあるあたりが火事であることを知り、屋敷に駆け戻る。そして、地下の隠し部屋に倒れていた二人の女性を、捕縄を使って助け出すが、この火によって神田からの一帯は大火となってしまうのである。

 法月弦之丞を殺す相談をするために出かけた「お十夜孫兵衛」と旅川周馬は、対岸の火事とばかりに、京橋の額風呂(湯女がいてサービスをする今のソープランド)で飲んでいたが、火事が甲賀家のあたりだと知り、慌ててかけ戻ってみる。屋敷は焼け落ちていたが、火を避けて立ち寄った神田川沿いの神社の中で、地下の隠し部屋から助け出された千絵と「見返りお綱」を偶然発見するのである。助けた万吉が二人を乗せるための舟を探しに行っている間であった。二人を助けるために万吉は二人の侍と戦おうとするが、足を滑らせて神田川に落ちてしまい。旅川主馬は千絵を捕まえ、「お十夜孫兵衛」は「見返りお綱」を捕まえて、籠に乗せようとする。

 ちょうどその場に打ち捨てられていたように駕籠が二丁あり、一丁に千絵を乗せ、もう一丁に「見返りお綱」を乗せようとしたとき、駕籠の中から一人の凄腕の武士が出てきて、二人を蹴散らし、千絵が乗っている駕籠とともにいづこともなく消えてしまう。その武士は、大阪奉行所元与力の常木鴻山であった。また、落ちた神田川から這い上った万吉は、気を失って倒れている「みかえりお綱」を発見し、彼女を助け出すのである。

 凄腕の武士の登場で千絵と「見返りお綱」を失った旅川周馬とお十夜孫兵衛は、失意のままであったが、浅草の羽子板市に湯女と共に出かけた時に、法月弦之丞を追ってきていた天堂一角を見つける。天堂一角と「お十夜孫兵衛」は、同じ阿波の原士であり、旧知であったが、お互いの事情を話すうちに、三人が共通して法月弦之丞の命を狙っていることを知り、ここに三人の殺戮者同盟が出来上がっていくのである。

 途中で天堂一角の追跡をまいたりしながら江戸に出てきた法月弦之丞は、甲賀家が火事にあい、千絵の行くへもわからなくなっていることに愕然としながらも、万吉と「見返りお綱」と会う。旅川周馬、お十夜孫兵衛、天堂一角が策略を練っているのを聞いた角兵衛獅子の幼い姉弟を捕まえようとしたところを万吉と「見返りお綱」が見つけ、角兵衛獅子の姉弟を助けようとして危機に陥ったところに、虚無僧姿の法月弦之丞が通りかかり、彼らを助けるという事態で、再会が果たされるのである。

 角兵衛獅子の幼い姉弟は、実は、「お見返りお綱」の妹弟であった。父親が飲んだくれの暴れ者で、「見返りお綱」の母親が亡くなった時、「お綱」を吉原に売り飛ばそうとし、「見返りお綱」はそれを嫌って家を飛び出し、いつしか摺り稼業に道を染めていたのである。「お綱」の母親は、元は柳橋の美貌の売れっ子芸者であったが、どうしたことか暴れ者の父親と結婚し、「お綱」が8~9歳の頃に亡くなっていた。父親は幼い妹弟を角兵衛獅子として働かせていたのである。

 「見返りお綱」は、父親によって吉原に売られてしまったすぐ下の妹を苦界から救い出して、幼い角兵衛獅子の妹弟の生活のために大金が必要となる。彼女は、法月弦之丞を恋い慕って、それ故にかつて大阪で自分が唐草銀五郎と子分の多市から手紙を摺りとったばかりに大変なことになったことを知り、摺り稼業から足を洗って真人間になりたいと願っていたが、大金の必要性から、大金を持っていると思われる侍の懐を狙う。ところが、彼女が懐を狙った侍は、元大阪奉行所与力の常木鴻山であった。

 常木鴻山は、彼女を捕らえ、彼女を自分が寄寓している元大阪町奉行であった松平輝高の屋敷に連れて行く。松平輝高は「宝暦事件」の時の大阪町奉行で、鴻山から事件の背後に阿波徳島藩の蜂須賀重喜がいることを聞かされ、その対策を練っていたところである。そこに、火事の時に助け出された千絵も保護されていた。だが、千絵はあまりの出来事が続いたために乱心していた。

 鴻山は、「見返りお綱」の引合せで法月弦之丞と万吉に会い、こうして、この事件のための法月弦之丞、常木鴻山、松平輝高の三者が協力することになるのである。法月弦之丞は、常木鴻山、松平輝高と相談し、事柄の詳細を記して目安箱に入れることで直接将軍に直訴することにし、この事件の証拠をつかむために公儀隠密となって阿波に向かうことを提案するのである。

目安箱に入れられた法月弦之丞の文書は将軍の目に触れ、松平輝高の後押しもあり、彼は阿波に向けてひとり旅立とうとする。だが、そうしているうちに、「見返りお綱」の父親が飲んだくれて暴れ、喧嘩の果てに斬られると事態が起こる。彼は死の間際に「お綱」の本当の父親についての秘密を示す証拠の品を渡す。それは、「お綱」の母親に残された刀と手紙で、それによって「お綱」の本当の父親が、なんと甲賀世阿弥であったことが分かっていくのである。甲賀世阿弥は芸者をしていた「お綱」の母親との間に「お綱」をもうけ、隠密御用のために阿波に向かって行っていたのであった。「お綱」と千絵は異母姉妹なのである。甲賀世阿弥は阿波に囚われの身となっている。

 事情を知った常木鴻山は、先に阿波に向けて一人旅だった法月弦之丞の後を追うことを万吉と「見返りお綱」にゆるし、二人は法月弦之丞を追って中山道を歩むことになる。また、法月弦之丞の命を狙う旅川周馬、お十夜孫兵衛、天堂一角も彼らが木曽路に向かったことを知り、後をつけて中山道を歩む。その中山道での悶着が「木曽の巻」で綴られていくことになる。

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