2012年11月14日水曜日

鈴木英治『手習重兵衛 夕映え橋』


 使い古された表現ではあるが、このところ猫の目のように天気と気温が変わっている。2~3日体調を崩していたせいもあるが、なかなか疲れが抜けきれない状態が続き、人生の澱のようなものを感じている。近くの公園では鮮やかな紅葉が始まり、ひらひらと落ち葉が散っている。こんな時は、とりわけ人恋しい。

 昨夜は、鈴木英治『手習重兵衛 夕映え橋』(2009年 中公文庫)を気楽に読んでいた。前にこの作者のこのシリーズの七作品目の『手習重兵衛 母恋い』(2009年 中公文庫)を読んでいたのだが、これはそれに続く八作目の作品となる。

 主人公の興津重兵衛は、止むにやまれぬ事情から友人を斬り、ある藩を出奔して江戸の白金村(港区白金)で手習い所の師匠をしている武士だが、相当な剣の使い手であるにもかかわらずに武士を捨てて、手習い所の師匠として子どもたちを相手に日々を過ごしているのである。彼は、寡黙であるが剣の腕も立ち、明晰な判断力や思いやりも深く、美男で、白金村の「おその」という美貌で可憐な娘と相愛の中で、本書では、その「おその」に求婚し、「おその」は重兵衛の許嫁となっていく。

 本書には、もう一人、主人公の興津重兵衛の友人となった奉行所定町廻り同心の川上惣三郎が重要な役割を果たす人物として登場し、彼は、何事にも鷹揚で、情に厚く、彼を尊敬して事件の探索を手伝う中間の善吉と掛け合い漫才のような会話を交わしながら、事柄にあたっていくのである。本書では、その川上惣三郎が大切な十手を失ってしまい、それを探すということで、惣三郎がその日に立ち寄った様々な場所で、彼が人々に行ってきた思いやりが語られていく。

 他方、興津重兵衛は、剣術道場の主から名刀を見せてもらい、武士を捨てたと言いつつも刀に魅了されていく。彼の出身の藩から若殿の依頼を受けて刀を探しに来た友人と出会い、そのこともあって刀鍛冶を探し出すという展開になっていく。刀鍛冶では、二人の弟子のうちの一人が流行りの見栄えの良い細身の刀を作り、もうひとりの弟子が実用的な斬れる刀を作るということが起こっており、二人の刀鍛冶の間の争いが展開されていく。

 やがてこの二つの話が交差する。それは、惣三郎が情けをかけて行く末を案じていた医者の息子が、自分の生き甲斐を見い出せずに荒れていたのを重兵衛に預け、その重兵衛が刀鍛冶の争いに関わっていくのを見て、また刀鍛冶の姿を見て、刀鍛冶に弟子入りするという結末に至るという展開になっている。

 ただ、これはこれで面白いのだが、どこか展開に間伸びしたところがあって、胸踊るというものになってはいない気がして、また、描かれる人情や思いやりも少し深みが足りない気がして、ちょっと残念な思いがした。もともと、売れている時代小説のパターンが多用されていたが、本作は特に独自性が薄い気がしてならなかったのである。シリーズをどこで終わるかというのは難しいことかもしれないとも思う。引き際は難しい。自分の仕事の引き際を考えるときも、いつもそう思う。

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