今日は、薄く雲はかかっているが、陽射しがある柔らかい日になっている。このところ少し身辺が慌ただしくなっていたのだが、他からの要請や評価などではなく、いつもの通り、自分が「よし」と思って満足できることだけをしていこうと思っていた。世の中の人とお金は評価によって動いていくから、そういうものに振り回されないで過ごすことは至難の業に近いが、「耐える心が当たり前にあれば」、まあ、いいかなと思ったりする。謙遜で、楽天的であるということは大事なことである。
昨日は、夕方からちょっと気楽な作品を読みたいと思って、沖田正午『天神坂下よろず屋始末記 取立て承り候』(2010年 双葉文庫)を読んでいた。以前にこの作者のこのシリーズを一作だけ読んでいたが、本書は、それに続くシリーズの二作目である。
主人公は、上州上舘藩の藩主の七男として生まれたが、妾腹で、母親の素性が悪いという理由で家を追い出され、育ててくれた元老臣もなくなって、天神坂下の貧乏長屋で「よろず屋稼業」をしている萬屋承ノ助(よろずやうけたまわりのすけ)を名乗る竹平歌之介という、一風変わった人物である。
彼は、前作で引き取った摺りの子である幼い「お千」と万吉という子どもとともに、目下のところは亀の餌やりという仕事をしたり、小博奕で小銭を稼いだりしながら暮らしているのだが、上舘藩藩主の跡目をめぐる争いに巻き込まれているのである。
本作では、藩主が病弱なために家督相続の問題が起こるが、残っている長兄は素行の悪さから追放されたために、上舘藩の家臣たちが歌之介を探し、上舘藩に金を貸している札差もそれによって貸付金をとりもどそうと、歌之介本人である承ノ助に探索を依頼し、ついに、彼が竹平歌之介であることが発覚してしまうところから物語が始まっていく。
ところが、彼が上舘藩の若殿であることが分かり、いよいよ長屋の住人や二人の幼い子どもたち、想いを寄せている飯屋の娘などとも別れることになり、送別会も盛大に開かれたあとで、上舘藩の上屋敷に着くやいなや、国許にいる藩主からの手紙で、跡目は歌之介の妹に養子をもらって継がせることにし、健康も回復してきたから、歌之介のことは放念するようにとの知らせが届くのである。
彼は再び恥を忍んで長屋に帰るが、翻弄されたことに憤りも感じ、歌之介探索の費用として札差から受け取っていた前金の返済も迫られていく。そのころ、上舘藩を素行の悪さから追放された長兄も、自分を追放した上舘藩に仕返しをしようとつけ狙って、上舘藩が札差への借金返済のために用意した一万両を江戸市中を荒らし回っていた野盗を使って強奪する計画を立てるのである。
そして、承ノ助と親しくなり、彼を頼りにしていた岡っ引きの元治の野盗探索と長兄の一万両強奪の話が重なり、協力して、長兄が強奪した一万両を取り戻すし、そのことによって札差からの前金の返済もチャラになり、再び、承ノ助の日常が戻っていくという結末になっている。だが、この時に長兄は逃げのび、この後も承ノ助と敵対していくことが含まれて終わる。
途中で、承ノ助が剣術を習った「玄武館」が「幻武館」になったり、跡目相続問題があっさり片付いたりしてしまうし、放念せよとの書状を受け取っただけで、上舘藩の江戸留守居役や家老たちが、追い出すように主人公に振舞うのは、どうだろう、と思ったり、大名家が素行の悪さで後継を放逐して自由にさせるということについても、ありえないだろうと思うところもあるが、どことなくとぼけたところのある主人公の設定や日常での会話などに妙な味わいがある作品だと思っている。まあ、気楽に読める一冊だった。
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