3日(土)と4日(日)は、少し落ち着かない慌ただしい日々になり、実務に追われていた。今日は曇天の寒い日で、午後からは雨の予報も出ている。世田谷区役所まで出かけなければならないが、どうしようかと思う。
この数日、吉川英治『鳴門秘帖』を読んでいるが、もう随分以前に一度読んでいたような記憶が蘇ってきている。特に「木曽の巻」の「山の俊寛」と題する物語の中で、阿波の山中の山牢に長年の間閉じ込められていた甲賀世阿弥の姿を描き出して、同じように山牢に閉じ込められた俵一八郎に出会い、娘の千絵のことや法月弦之丞が阿波にやてくることを聞いて希望を繋いだ彼が、これまでの経緯を自分の血をなじませた染料を作って書き記していくという鬼気迫る姿が、わたしの記憶のどこかに残っていたような気がする。一八郎は、世阿弥と会うことができ、衰弱もひどいが、竹屋三位卿有村によって矢で殺され、一八郎の妹の「お鈴」も山の寒さに耐えられずに衰弱して死んでいた。甲賀世阿弥は十数年の孤独の後に、かすかな希望を見出して、文字通り、自分の心血を注いで、阿波徳島藩の蜂須賀重喜の陰謀とこれまでの経過を書き記していくのである。
この部分の物語に「俊寛」という表題がつけられているのは、そうした世阿弥の姿と、平安時代の後期に平氏打倒の陰謀に加わったとして「鬼界島(現:鹿児島県南方の諸島と言われる)」に流罪となった僧の俊寛(1143-1179年)が重ね合わされたものだろう。『平家物語』の「俊寛」を題材とした能が舞われる。室町時代の猿楽師である世阿弥の作品である。
阿波剣山の山牢を管理するのは、藩主とともに阿波に帰ってきた御船手の森啓之助で、川魚料理屋の「お米」に横恋慕し、彼女を拐って無理やり阿波へ密かに連れてきていた。「お米」は、大阪に帰ることを懇願しつつも、森啓之助の囲われ者としての日々を送っていたのである。
さて、木曽路を急ぐ万吉と「見返りお綱」は、途中の宿で、阿波から集金にやってきた金を街道のゴマの蝿(ゴロツキ)に取られた四国屋の内儀と手代を助けたりしていくが、後を追ってきた旅川周馬、お十夜孫兵衛、天堂一角に見つけられて捕らえられてしまう。この四国屋の内儀の登場がおそらくのちの話の展開でひとつの重要な役割となっていくが、こういう構成上の仕掛けが巧みに施されているのである。それはともかく、法月弦之丞も、諏訪でお湯に入っているところを見つけられ、襲われるが斬り抜け、捕らわれた万吉と「見返りお綱」を助けたりして阿波へ向かうための船待ちの時を過ごす。しかし、隠密の入国を恐れた阿波徳島藩では、その年の四国四十八カ国巡りの船まで出入り差し止めを出していた。
他方、竹屋三位卿が阿波の剣山で俵一八郎を射殺してしまったことが、阿波徳島藩に微妙な影を落とし始める。三代目藩主蜂須賀至鎮(よししげ)依頼、山牢に捕らえられたものを殺すと何らかの悪事が起こったり祟があったりすると言われてきた伝承があり、徳川幕府の転覆という大事の中で緊張感のために神経を弱らせていた藩主の蜂須賀重喜は、俵一八郎の射殺を聞いて、ますます神経に異常を来たらせたりし始めるのである。隠密の入国についてますます厳しい警戒態勢が取られていく。
追っ手の手を斬り抜けた法月弦之丞、万吉、「見返りお綱」は、阿波へ渡る手はずを整えるために大阪に潜み、彼らを追ってきた旅川周馬、お十夜孫兵衛、天堂一角も大阪に入る。また、森啓之助に囲われていた「お米」も、なんとか取り繕って大阪に帰り、舞台は再び大阪となる。そして、万吉の女房を見張っていた旅川周馬、お十夜孫兵衛、天堂一角によって万吉が見つかってしまい、斬られてしまう。だが、かろうじて平賀源内によって手当を受けることができ、一命を取り留める。事件、また事件の連続が続いていくのだが、その間に、法月弦之丞と「見返りお綱」は、偶然にも四国屋のお内儀と出会い、事情を話して、他国者を入れない阿波に四国屋の船を使って渡ることができるように計画する。その間に、法月弦之丞と異母妹の千絵とがかつて言い交わした仲であり、その千絵が乱心状態にあることを知りつつも、「見返りお綱」は、抑えることができない弦之丞への思慕を伝える。万吉は一命を取り留めたものの、四国屋の阿波行きの船が出ることとなり、彼を残して法月弦之丞と「見返りお綱」は阿波へ渡ることになるのである。
その前に、美貌の法月弦之丞には女難が待ち構えていて、川魚料理屋の「お米」もひとかたならない思いを彼に抱いていた。彼女は、森啓之助に目付としてつけられていた中間に毒を持ったりして自由の身にはなったが、その中間に襲われているところを偶然にも弦之丞に助けられ、自分の思いを吐白する。「お米」から、阿波や森啓之助のこと、そして剣山のことを聞いた弦之丞は、「お米」の情熱を見極めながらも、彼女の恋心を利用して阿波の内実を探る方法をとってしまうのである。「お米」と「見返りお綱」の嫉妬の花火が彼の周りで爆発したりするのである。
人間は、もちろん、これほど単純ではないが、こういう手法はエンターティメント性を高めるものであるとつくづく思う。ともあれ、物語はいよいよ阿波での攻防となる。続きはまた次回に。
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