さわやかな碧空が広がって、昔、岡林信康が歌った「申し訳ないが気分がいい」というような天気である。一昔前なら「涼暮月」と呼んだのかもしれないと思ったりする。
このところ社会学関連の書物を読んでいたが、その中で、ちょっと軽いものをと思って、千野隆司『命の女 槍の文蔵江戸草子』(2011年 学研M文庫)を読む。これはこのシリーズの三作品目で、前回(2012年8月10日)に一作目の『恋の辻占』を読んでいて、間に『残り蛍』という二作目があるが、その二作目はまだ読んでいない。
シリーズの主人公である新見文蔵は、播磨の小藩の二十俵二人扶持という小禄の下級武士だが、槍術に長けた青年武士であり、料理の腕もあるという人物で、江戸勤番となって間がない田舎侍である。
しかし、彼は情もあり、正義感もあり、純朴で、知り合った貧乏長屋に住む元掏摸で辻占売りをしながら健気に生きている「おけい」という娘や、小料理屋の息子で岡っ引きをしている丹治や、宝蔵院流の槍術の道場主である細沼長十郎とその出戻りの娘である早苗、そうした人々とのつながりの中で、なんとか江戸住まいを続けていくという設定になっている。
本書には、「鶴渡る」、「命の女」、「雪の行列」の三作が連作の形で収められており、「鶴渡る」は、鶴の渡来にかけて、出奔してしまった因業な金貸しの息子が帰ってくるという展開になっている。
「おけい」が住む長屋の大家であり、因業な金貸しでもある紅葉屋が金の取立ての帰りに辻斬りに会い、たまたまそこを通りかかった「おけい」の機転で傷を負っただけで済んだが、辻斬りの顔を見ているということで辻斬りに命を狙われるようになる。
犯人の捕縛を急かされた岡っ引きの丹治は、頼りとする文蔵に助力を依頼し、辻斬りを捕縛するという展開だが、辻斬りに襲われた紅葉屋の夫婦は金が命のような夫婦で、かつては小料理屋をしていたことがあった。そして、息子が博打で借金を作り、その借金のために店を手放していたのである。その息子は勘当されて行くへがわからなくなっていた。しかし、そういう事情の中で、息子が板前の修行をして一人前になって帰ってくるのである。夫婦の因業な金貸しぶりは変わらないが、二人が希望をもったという展開になっている。
第二話「命の女」は、派手で遊び好きの船宿の娘が、婚約が決まっても、役者のような顔立ちの男と遊び、ついには行くへがわからなくなるという話である。友人の家に遊びに行くといったまま帰らない娘を案じた兄が岡っ引きの丹治のところに相談に来る。丹治は文蔵の手を借り、また、「おけい」の手伝いで娘の行くへを探す。娘が二枚目の男と出会い茶屋(現:ラブホテルのようなもの)に行ったまではわかったがその先がわからない。
文蔵たちがその男のことを調べてみると、それはとんでもない男で、娘をたぶらかして売り飛ばす計画をしていたのである。丹治は娘の居所を突き止めようとするが、男の仲間にさんざん痛めつけられてしまう。丹治はかつてその娘から弄ばれたことがあったが、娘に対する愛情は残っていたので、無理をする。そこに、文蔵たちが駆けつけて、男と仲間を捕らえ、娘を助け出すことができたのである。こうして、助けられた娘は無事に結婚する。まあ、丹治にとっては、どんな女であれ、惚れた女であり、「命の女」であるが、「遊び女」の典型でもあるだろう。
第三話「雪の行列」は、宝蔵院流の槍術道場主である細沼長十郎のところに一人の男の子が預けられる。早苗が営む手習い所でもやんちゃな子であるが、上総の小藩の大名が女中奉公に来ている娘に手をつけて生まれた子であった。
そして、その小藩の中で、後継者をめぐる跡目相続の争いが起こり、その男の子を担ぎ出して、藩政を牛耳ろうとするものと、そうはさせまいとする勢力の争いがあったのである。男の子の身辺は騒がしくなり、身を守るために細沼道場に預けられたのである。
男の子の母親も宿下がりをしており、彼女も男の子も、侍として藩主の跡目を継ぐことなど考えてもいずに、商人になりたいと思っていた。そこで、事情を知った文蔵は、藩主にその旨を直接訴えるために駕籠訴をして、跡目相続騒ぎを収拾していくのである。
こうして見ると、まあ、どれもお定まりの展開といえば言えなくもないが、登場人物たちのそれぞれ情があって、彼らの情が中心に展開されるので、気楽に読める一冊になっている。こういう作品は、たぶん、今の時代が求めている軽さのような気がしないでもないが。
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