昨夜、秋の雨が忍びやかに降り出し、夜半には少し風も出てきた。今朝も雨模様の雲が広がっていた。この雨が上がれば、一段と秋が深まる。
そういうことを感じながら、逢坂剛『北門の狼 重蔵始末(六)蝦夷編』(2009年 講談社)を、少し時間がかかりながらも読み終えたので、記しておく。これは書名に(六)とあるので、シリーズものの六作目であるが、前作を全く読んでいないので主人公の近藤重蔵や周辺人物たちの背景に今ひとつ乗り切れないものがあったのだが、蝦夷地(北海道)から国後島、択捉島への探索を行う冒険譚として、それなりの面白さがあった。
文武共に優れた主人公の近藤重蔵は、幕府御先手鉄炮組与力として、長崎奉行手附出役として長崎に出向き、そこで薩摩藩が絡んだ抜け荷事件や強盗事件に関わり、美貌の女賊「りよ」から愛する者を殺されたりしたが、「りよ」を捕らえ、江戸へ護送すると同時に江戸へ戻って来て、ロシアに対する国防のために蝦夷地の松前藩の探索をかねて蝦夷地の調査に出るのである。
当時の松前藩は、蝦夷地の住人であるアイヌを使った特産品の交易で藩政をまかなっていたが、アイヌに対するひどい仕打ちから反乱が起こったりしていたし、また、当時接近してきていたロシアに対する対応にも問題があると感じられていた。近藤重蔵は、その松前藩にも不正があるとにらんでいた。寛政十年の蝦夷地巡見隊の一員に加わるのである。
その過程が、建白書の作成から人選に至るまで事柄をおって綿密に述べられていくが、有能な幕府役人としての重蔵の苦悩も綴られている。
他方、重蔵に捕らえられて江戸送りになった女賊の「りよ」は、火事騒ぎを利用して牢を抜け、重蔵に対する意趣返しに燃えて、重蔵をおって蝦夷まで追いかけていき、そこで重蔵との対決をしていくのである。その対決も、異常な執念を燃やす「りよ」の姿が鬼気迫るものとして描かれている。
また、長崎で愛するようになった女性を重蔵が江戸に呼び寄せ、その後の展開に続いていく複線となっていたりして、シリーズものとしての構成が取られている。
当時のアイヌが置かれていた状況や蝦夷地を踏破していく過程がよく調べられた上で冒険譚として記されているので、手に汗を握るような展開になっている。松前藩のアイヌ政策にはちょっとひどいところがあって、アイヌ民族に対する蔑視は最近まで続いていた。本書では、そうしたアイヌの人たちが極寒の地で互いに協力しながら素朴に生きている姿がよく描き出されている。
冒険時代活劇としては面白かったのだが、ただ、この作品を読むのにもう一つ興が乗らなかったのは、主人公があまりに文武に優れた保守的な人物になっていることや、善人と悪人が明瞭に区別されていること、政治権力を握る人間が画一的であること、また、美貌の女賊との対決という図式に新鮮味がないことなどがあるかも知れない。
しかし、当時の蝦夷地のアイヌの状況や松前藩の状況、江戸幕府の対応など、よく調べられて書かれた作品であることは間違いなく、正面からこれを取り上げた作品は少ないので、その意味では、冒険譚の形でこういう作品が描かれるのは面白く、一読の価値はあるだろう。
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