秋の天気は変わりやすいが、今日は曇って、空気が肌寒い。朝晩の冷え込みがこれから次第に厳しくなっていくのだろう。街路樹の銀杏も色づき、葉を散らしはじめた。
友人で作詞家をしているT氏が送ってくれた風野真知雄『耳袋秘話 王子狐火殺人事件』(2011年 文春文庫)を昨夜読んだので記しておこう。これはシリーズの5作目で、最近読んだ4作目の『耳袋秘話 妖談さかさ仏』(2011年 文春文庫)は、作者自身が楽しんで書いていることを感じさせられる作品だったが、この作品にはあまりそういうことは感じられなかった。
一つは、このシリーズでずっと登場してきている脇役で、独特なキャラクターをもって描かれていた二人の人物がこの作品では登場しないこともあるかも知れない。二人は、いずれも南町の名奉行の根岸肥前守の探索に欠かせない人物で、朴訥だがまっすぐな性格を持つ椀田豪蔵、手裏剣の名手で二名目だが醜女が好きな宮尾玄四郎で、こういう人物を抱える根岸肥前守の懐の深さを示す人物でもあったのだが、作品のタイトルにこれまで使われてきた「妖談」という言葉がないように、この作品には登場しないし、その意味ではシリーズの中でも特異なものになっていると言えるかも知れない。
物語は、例によって根岸肥前守が著した『耳嚢(袋)』から取られたいくつかの話を基に、それらを挟みながら、王子稲荷の側の料理屋で祝言を上げるばかりになっていた花嫁が疾走し、側の大榎の下でその花嫁衣装を着けて狐面をかぶった別の若い女性の斬殺死体が発見されるところから始まる。そして、各地の稲荷神社で、次々と女性の死体が発見されていく。
根岸肥前守は、部下の同心である栗田次郎左衛門と坂巻弥三郎を使って、その事件の探索をはじめ、そこに王子稲荷の巫女たちの間で行われた苛めと、幼い頃からだれからも愛されずに育った伊勢津藩藤堂家の桃姫の、天真爛漫だが歪んだ愛憎が絡んでいることを発見していくのである。
だれからも愛されなかったが故に、愛情を求めていく桃姫の姿は哀れで、その屈折した思いが殺人に繋がっていく。幼少期に愛情を感じることができなかった人間が、成人して人間関係に破綻を来しやすいというのは発達心理学的な学説のひとつであるが、桃姫の姿はそうしたことの延長で、ことに望んだ結婚が破談になったことから狂いが生じていくというのは、少し定説すぎる気がしないでもない。
根岸肥前守の鋭い洞察力と優れた頭脳はよくわかるが、そのために真相に至る過程が簡略化されるきらいがないでもなく、いくつかの事柄が急展開して物足りなさが残らないでもない。
とはいえ、このシリーズは最初から読む機会が与えられて、根岸肥前守にも関心が深かったので、娯楽時代小説として面白く読んでおり、この作品も楽しめる作品であることは間違いない。作者の軽妙な語り口もいいと思っている。
毎年、十月はどうしても仕事が詰まって体調を壊しやすくなっているし、鬼が笑うような来年の計画もそろそろ入ってきて、どちらかと言えば、逃げ腰になり、早く引退して田舎に引き込みたいとばかり思ってしまう。そういうわたし自身の精神状況も、作品を読むときに影響しているのかも知れない。
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