2009年11月21日土曜日

北原亞以子『花冷え』

 昨日から晴れ間が見えだし、今朝はよく晴れているが、気温が低く、寒さというより冷たさを感じる朝になった。寒がりの私としては、ことのほか指先の冷えを感じたりする。それでも、今日は朝から仕事があって、六時前から起き出した。

 このところ「大江健三郎論」に集中していて、そのほかに書かなければならないものも多く、読書量が落ちているが、昨夜、北原亞以子『花冷え』(1991年 勁文社 2002年 講談社文庫)を読んだ。

 これは、1970年から1991年までに各雑誌で発表された七編(「花冷え」、「虹」、「片葉の葦」、「女子豹変す」、「胸突坂」、「古橋村の秋」、「待てば日和も」)の作品を収めたものであるが、北原亞以子は1969年に作家としてデビューして1989年に『深川澪通り木戸番小屋』で泉鏡花文学賞を受賞し、1993年に『恋忘れ草』で第109回直木賞を受賞するまでは、なかなか世に認められなかった作家としての苦労を重ねた人で、『花冷え』は、その間に書かれていた、いわば初期の作品群を集めたものである。

 したがって、これらの作品を読むと、彼女が、世に認められるとか認められないとかとは全く関係なく、営々と自己の研鑽を積み、作品を書き続けていたことがよくわかるし、最初の作品「花冷え」から七編目の「待てば日和も」に至る過程では、文章表現や構成が段々と変化してこなれたものになっていくこともわかる。そしてまた、この作家の視座というものの基本もよくわかる作品群である。

 第一話「花冷え」は、2年前にいい仲になって結婚の寸前までいった紺屋の娘と型染め職人が、水野忠邦の天保の改革(1830-1843年)による「綱紀粛正・倹約令」によって技術のいる高度な型染めが禁止されたために、職人気質の男が反発して仲を裂かれ、2年後に再会して分かれるという話である。紺屋の娘は男とよりを戻すことを期待するが、男は、他に縁談があるという。

 結末の「ふいに風の向きが変わって、雨が廊下に降りかかった。お花見はもうだめかもしれないという女中のことばが、なぜか急に思い出された」(文庫版 33ページ)という情景が心情を表わすものとして優れている。

 心情を情景で表わして優れているのは藤沢周平であるが、これは、北原亞以子の作品の中に一貫していくものとなっている。この初期の作品群の中では、特にそのことにこだわりがあるようで、どの作品も、結末が美しい。そして、この作品では、政治という上からの強権で引き裂かれ、翻弄されて生きなければならない人間の姿も描かれ、作者の視座も伺わせるものとなっている。ただ、文体が以後の北原亞以子の作品に比べると、やはり、少し硬い。

 第二話「虹」は、老いて病身な母親と料理屋で働きながら暮らしている女が、姑の意地の悪さのため二度も離婚した油問屋の主人に惚れて嫁ごうとするが、娘の行く末を案じる母親との間に挟まれ、迷い、その間に油問屋の主人が浮気をしたりして、さらに迷いつつも、嫁ぐことを決心していく話である。ここには、女が働いている料理屋の夫婦が、困難な過去を乗り越えた後で結ばれていった話が重ねられて、素直に自分の思いを遂げていくことの重さが描き出されていく。

 文庫版54ページに、その女の心情が次のように描かれている。
 「おすえ(母親)が許してくれぬのなら、家を飛び出しても一緒になりたかった。連れ戻しにくるに違いない母を門前で追い払っても、伊兵衛(油問屋の主人)の胸にすがりついていたかった。
 だが、怒っている筈の母は、座敷に上がって、寒がりやのおぬい(主人公)の寝床に掻巻をのせていた。
 おぬいは、寝床を母のそれに近づけた。「いやだよ。狭っ苦しい感じがして」と言うおすえの手を押しのけて、横にした掻巻を二人の寝床にかける。狭っ苦しい感じがすると言った筈のおすえは、枕をおぬいの寝床の方へ近づけていた。
 この母を残して嫁けないと思った。
 父に死なれ、薄暗い家へ入れずに木戸の外で泣いていた時、母はおぬいの欲しがていた物を買って、駆け足で帰ってきたのではなかったか。治作(母の二度目の夫)と夫婦になってからも、おぬいの着物を嬉しそうに縫っていたのではなかったか。
 伊兵衛には、口やかましい母親がいた。伊兵衛の許へ嫁いだなら、おすえのようすを見に来るのもままならないだろう。」

 ひとつひとつの言葉の使い方に、ほんのわずかだが「ぎこちなさ」を感じるところも
あるのだが、こういう素直な表現と構成は絶賛に値するだろうと思う。この作品の結末も、「雨の音が、こころなしか小さくなったようだった」(文庫版73ページ)という心象風景で終えられている。

 第三話「片葉の葦」は、本所駒留橋の小溝のたもとで風の吹きだまりのせいで陽の当らない方向にばかり葉を茂らせている葦になぞらえて、春を売る女(売春婦)として生きている主人公が、女たらしで仕事もしない男に惚れて、別れられない「遊女の深情け」の中でもがいていく姿を描いたもので、その男が新しく作った女髪結いの女との確執もあったが、天保の改革で、その女髪結いが捕縛された時に、彼女に示される「情け」を感じていくというものである。

 そう言えば、北原亞以子の作品には、どうしようもない男に惚れていく女の心情を取り扱った作品が多いのだが、「惚れる」というのは、たとえそれがどうであれ、男にとっても女にとっても掛け値なしに貴いことに違いない。

 この作品には、北原亞以子らしい優れた表現がたくさんあって、主人公の「お蝶」が心細さと不安を感じながらも男を探しに行く場面で、「傾きかけた陽が、路地を赤く染めていた。どこから飛ばされてきたのか、枯葉がどぶ板の上を転がっていく。お蝶は、風に巻き込まれたように外へ出た」(文庫版 91ページ)と表わされたりして、「どぶ板の上を吹き飛ばされて転がっていく枯葉」と主人公の生涯が重ねあわされて、何とも言えない情感をつくっている。

 また、「片葉の葦」を眺めながらの主人公の心情が次のように示される。

 「似てるじゃないかと、お蝶は思った。風の当たらぬ方へ葉を茂らせるほかはなかった葦と、陽の当らぬ方へ歩いていくほかはなかったお蝶母子やお藤達とは。
 そういえば、女髪結いのおとくにも、軀を売って暮らしていたことがあるという噂がまとわりついている。おとくもまた、陽の当らぬ方へ葉を茂らせるほかはなかった片葉の葦なのかもしれない」(文庫版 95ページ)。

 こうした表現は直線的である。そして、直線的であるがゆえに心を打つ場面になっているのである。

 第四話「女子豹変す」は、貧乏御家人の「筧(かけい)」家の次男坊として生まれ、麗しい容貌をもちながらも、それが災いして三両一人扶持(三ピン)にもなれなかった男と、亭主を亡くして二人の子どもをなりふり構わず育てている惣菜売りの女との間に生じる愛情の始まりを描いた作品で、第五話「胸突坂」は、老舗ではあるが傾き始めた菓子屋を一人で背負っている女と、その幼友だちで昔は貧乏し苦労したが今は繁盛している料理屋の女将との間の確執と友情を描いた作品である。

 第六話「古橋村の秋」は、豊臣秀吉に敗れた石田光成をかくまい、彼にどこまでも忠誠を尽くそうとする百姓の与次郎太夫、彼の息子とその忠誠を支える許嫁の娘の心情を描いたものであり、第七話「待てば日和も」は、惚れた男に捨てられて死のうとした女がひとりの男に助けられ、その男が、かつては老舗の呉服屋で辣腕をふるっていたが、あまりの冷遇に一切を捨てて落ちぶれていることを知り、自らを顧みていくという話である。

 いずれもいくつかの伏線が交差して、貧しくどうしようもない中で、人間の「温かさ」や「愛情」を求め、それがいかに人間にとって生きる力となっていくかを描いたものである。

 人は、木枯らしが吹く寒い冬に自らを温めるすべをもたない生物であり、それだからこそ「温かさ」を必要とする生物である。北原亞以子は、江戸の庶民の姿や男女の「情愛」を描くことによって、その「温かさ」がどんなものであるかを描き出していくのである。ほんの少しでもいいから、その「温かさ」があれば、人は生きていけるのである。

0 件のコメント:

コメントを投稿