2012年10月3日水曜日

西條奈加『四色の藍』


 新しく発生した台風が小笠原近郊にあり、その影響で重い曇り空が広がっている。南方の海水温度が高くなっているので台風が発生しやすくなっているからだろう。「野分が吹いて秋が来る」の言葉通り、一段と秋が深まっていく。

 昨夜は、人の柔らかさを描いたものを読みたいと思って西條奈加『四色の藍』(2011年 PHP研究所)を楽しみながら読んだ。登場してくる人物が、どこか人生の影や過ち、悲しみを背負っているというのがよく、それらの人たちが、「紫屋」という紺屋(藍染屋)の妻「環(たまき)」を中心にして集まってくるのである。

 「環」は、夫の茂兵衛が突然殺され、その真相を明らかにして夫の恨みを晴らしたいと願い、藍玉問屋や札差、薬種問屋などを手広く商って、裏でも金貸しをしている東雲屋三左衛門が夫を殺したと思って、洗濯婆をしている「おくめ」と、男相手の商売をしている色気の溢れた「お唄」を仲間にして、東雲屋の夫殺害の証拠をつかもうとしていた。「環」の夫の茂兵衛と時を同じくして藍玉問屋の阿波屋八右衛門が自害していたので、役人は、阿波屋八右衛門が茂兵衛を殺して自害したと見ていたが、「環」は違うと思っていたのである。阿波屋八右衛門は四国の阿波徳島藩の藍商で、藩内の藍玉を独占的に扱う豪商で、藍染の意匠に凝る茂兵衛は阿波屋に借金をしていた。

 そして、「環」が東雲屋三左衛門を訪ねている時に、同じように東雲屋三左衛門を訪ねてきた阿波徳島藩の若侍と出会い、「環」が東雲屋の手先から襲われた時に「環」を助けるのである。若侍は蓮沼伊織と名乗り、国元での兄の敵と目される新堀上総(かずさ)が東雲屋にいると聞いて国元から出てきたところであった。同じ東雲屋に関係し、剣の腕も立つところから「環」は、蓮沼伊織に仲間になってくれるように頼み、こうして四人が事件の真相を暴くことに奔走していくのである。

 だが、若侍として男の格好をしているが、蓮沼伊織は実は女性で、伊織という名は兄の名前であり、実際は「伊予」という。そして、兄を殺したと目されている新堀上総は幼馴染で、彼女(彼)が密かに想いを寄せていた相手だったのである。

 紺屋の「環」を中心にして集まったこの四人は、それぞれに生きることの辛さを抱えている。「環」は、料理茶屋で仲居をしていた頃に茂兵衛にみそめられて茂兵衛の後妻となり、年の離れた茂兵衛に可愛がられたが、その茂兵衛が殺されて紺屋をひとりで背負わなければならなくなり、茂兵衛の親戚筋からは受け入れられない中で過ごさなければならなかった。

 「お唄」は、東雲屋の裏稼業の手代をしている暴れ者の源次と夫婦だったが、源次が博打で借金を作ってしまい、その借金のカタに賭場の親分に差し出されてさんざん弄ばれたあげくに売り飛ばされ、一年経って商人の妾として身請けされたが、さらに源次が追いかけてきて、とうとう源次と逃げ出して再び夫婦となったが、また源次が賭場で借金を作り、旗本の閨の相手としてまた売り飛ばされた女性であった。その旗本の閨での嗜好が異常で、「お唄」は体中が傷だらけとなり、やがて「お唄」に飽いた旗本が彼女を自由の身にして、今は男相手の水茶屋勤めをしているのである。彼女は東雲屋の源次に恨みを晴らしたいと思っていた。

 洗濯婆の「おくめ」は、若い頃にある大名家の家臣の家の女中をしていたが、そこで手をつけられて子どもを身ごもったために追い出され、子どもだけを取り上げられて、散々苦労して生きてきた女性であった。彼女は、洗濯婆として東雲屋にも出入りするので、お金のために「環」に協力していると言う。

 そして、蓮沼伊織を名乗る「伊予」は、敬愛した兄を殺され、その仇とみなされる人間が、自分が想いを寄せた新堀上総であり、しかも新堀を追って江戸に来る途中で、助成を申し出て同行していた従兄で許嫁でもあった蓮沼章三郎が無理やり襲ってきたので、これを防ごうとして彼を殺していた。「伊予」は、剣に堪能な使い手でもあった。

 この四人がそれぞれに自分の方法を発揮しながら、「環」の夫を殺した犯人を探っていくのだが、いくつかのどんでん返しが仕組まれて物語が展開されている。そして、「環」の夫殺しの犯人と「伊予」の兄殺しの犯人には繋がりがあり、そこに阿波徳島藩における権力掌握を狙った家老とその家老に賄賂を送って藍玉の独占的取り扱いを狙った商人の悪計が潜んでいることが分かっていったり、その実行犯が意外な人物であったりするのである。

 最初、重要な役割を果たすようには思えなかった奉行所定町周り同心の山根森之介は、「環」に惚れて、「環」もまんざらではない展開になっていくが、実は彼こそが事件の鍵となる人物となっていく。

 もちろん、大名家の家老の権力欲や商人の動き、またそれに従う者たちの姿など、こうした設定は最近の時代小説ではよくある設定で、それが深く掘り下げられているわけではないし、格別のミステリーというものでもないが、どんでん返しのどんでん返しという構成は面白い。また、どうにもならない相手に惚れてしまう女心や親子の情愛も豊かに描かれている。個人的に『烏金』以来、文章の柔らかさを感じさせてくれるいい作品を書かれていると思っている。

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