2013年7月20日土曜日

門田泰明『一閃なり ぜえろく武士道覚書』

 猛暑というほどではないが、どんよりと雲が広がり、時折、暑い日差しが射している。先週はなんとなく忙しい日々で、今日はどことなく疲れを覚えているが、「ひと踏ん張りしなきゃあなあ」と思い直したりしている。頑張ってもあまりいいことはないと思いつつも、追いかけてくる責任というのもある。

 先週は、時間の合間に門田泰明『一閃なり ぜえろく武士道覚書』(2008年 光文社文庫)を読んでいたが、一昔前の活劇時代小説のような感じのする作品だなあ、と思いながら読んだ。

 門田泰明は、服部半蔵を中心とする忍者集団を描いた『影の軍団』とか企業小説、あるいはサスペンスを描いた作品が多いが、彼の作品を読んだのはこれが初めてである。

 表題で使われている「ぜえろく」という言葉は、江戸時代に関西で商家の丁稚や小僧に対して使われた蔑称で、そこから江戸の人たちが関西人を軽蔑して言う時に使われる言葉となり、「才六」とも書き、言葉そのものの起源はよくわからないが、一般には「上方人」というほどの意味で使われるものである。ただ、差別的な色彩が濃い言葉で、今では「ぜえろく」とは言わずに、普通、「上方(かみがた)」と訂正される言葉である。

司馬遼太郎の初期の作品に「上方武士道(せえろくぶしどう)というのがあり、上のような理由から『花咲ける上方武士道』と表題が変更されている。本書で作者がなぜこの言葉を使ったのかの意図は不明。あまり差別用語ということは意識しないで、単に京都を中心に物語が展開されるので「上方(かみがた)」という意味で「ぜえろく」と使ったのではないかとは思う。、

 司馬遼太郎の『花咲ける上方武士道』は、幕末の頃に江戸幕府の実情を探るために朝廷の密命をおびた剣の達人である高野則近という公家が大阪侍の百済ノ門衛門と伊賀忍者の名張ノ青不動という個性あふれる者立ちを連れて江戸へ向かう話で、途中で伊賀忍者と敵対する幕府隠密集団である甲賀の刺客との激闘を繰り返したり、高野則近を慕う内くしい女性たちとの恋物語があったりする冒険活劇譚である。

 本書の『一閃なり』は、その前に出された『斬りて候 ぜえろく武士道覚書』の続編にあたるが、時代こそ4代将軍徳川綱吉の時代で、徳川家康、秀忠の時代に朝廷と公家の一切を制約するために発された公家衆法度や禁中並公家諸法度(慶長20年 1615年)の後、江戸幕府のやり方を快く思わなかった後水尾天皇が突然退位して上皇となった時代であるが、主人公が容姿端麗で抜群の剣の腕を持つ公家の出(後水尾上皇のご落胤)で、市井の武士として生きる松平政宗という無類の剣士であり、彼が美貌の女性を助け、幕府隠密と戦いを繰り返し、江戸へ向かうという設定などは、司馬遼太郎の『花咲ける上方武士道』とほとんど同じである。

 主人公が後水尾上皇のご落胤で、16歳まで鞍馬山で武術と学問を仕込まれ、圧倒的な剣技を身につけ、包容力も力もあり、しかも絶世の容姿端麗を持つというあまり意味のない設定や、彼に想いを寄せ、彼もまた想いを寄せて守ろうとする高柳早苗という女性も、かつては幕府隠密集団を率いるあらゆる武術に通じた女性で、主人公の松平政宗に惹かれて隠密をやめ、「胡蝶」という料理屋を切り盛りする美貌の女性で、人品ともに多くの人々を魅了して慕われるという設定も、あまりに通俗すぎている気がしないでもない。また、戦う相手が幕府隠密集団というのも、もう使い古された通俗時代活劇のような気がする。

 また、話の展開も、松平政宗は大切に思う早苗の幕府隠密の任を解くために江戸の将軍徳川綱吉に会うことを目的として江戸に向かうのであるが、綱吉とはその前の京都の二条城で会っており、幕府老中が相手とはいえ、江戸に向かう必要性がないにもかかわらず、江戸に向かうとされていたり、早苗が幕府隠密を束ねる柳生宗重の元は許嫁ではあるが政宗に想いを寄せているにもかかわらず、宗重の寵愛を独り占めしたいと願うくノ一と死闘を繰り返して相打ちで死を迎えたりするし、政宗と早苗が江戸行きを途中でやめたにもかかわらず、宗重が執拗に政宗を追い、これと死闘をし、政宗は人語を絶する剣技の持ち主であるにもかかわらず、おそらく相打ちで死んだりして、なんとなく物語全体の展開の齟齬が目立つ。剣の構えにもどうかな、と思うところがある。京都市中を騒がせて奉行所を手こずらせる殺人強盗集団があっさり政宗にやられたりもする。日本左衛門の父で同じ強盗集団の日本右衛門というのも登場する。

 司馬遼太郎の『花咲ける上方武士道』も結末部分は消化不良の尻切れトンボのような感じがするが、本作も、結末部分は、壮絶な死闘が描かれる割には途中が端折られている感じがしないでもない。

 とはいえ、まあ、いくつかの要素がてんこ盛りになった通俗時代活劇としては、極めて娯楽的に楽しめる作品ではある。ただ、こういう設定でこうした展開をする作品を書く事にどんな意味があるだろうとは思う。書き慣れた作家だけに、歴史もよく踏まえられて、分量としては相当のものがあり、それなりの面白さはある。

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