2010年9月21日火曜日

松井今朝子『銀座開花事件帖』

 気温はまだ少し高めだが初秋の蒼空が広がっている。このところ夕食後にすぐ眠気に襲われて眠ってしまい、あまりにも早く目が覚めて難儀をしている。身体のためにはもう少し寝た方がよいと思うのだが、起き出してコーヒーを入れ、本などを読んでいると目がさえてしまう。その分、どこか疲れを覚えるのだろう。

 昨日、松井今朝子『銀座開花事件帖』(2005年 新潮社)を面白く読んだ。明治7年(1874年)のいわゆる「文明開化」が進んで行く初期の銀座を舞台にして、旧旗本家の次男を主人公にして、そこで起こった殺人事件や馬車による轢き殺し事件に関わりつつ、その事件の真相を暴いていく「事件帖」仕立てであると同時に、古い時代と新しい時代が拮抗する中で、その様々な人間模様とその中で自分の生き方を模索していく人間の姿を描いたものである。

 この小説には、明治期の偉大な実業家のひとりとして数えても良いと思われ、横浜の発展に大きな寄与をした高島嘉右衛門(1832-1914年)、大垣藩主戸田家の四男として生まれ、明治4年(1871年)に岩倉具視らの外交使節団に同行して渡米し、帰国後、洗礼を受けてクリスチャンとなり、銀座に原胤昭と共に銀座にキリスト教書店「十時屋」を設立したり、東京第一長老教会の設立にも尽力を尽くしたり、独立長老教会を設立したりした実業家で民権運動家であり、日本最初の政治小説である『民権講義情海波瀾』を書いた戸田欽堂(1850-1890年)、元南町奉行所与力で、維新後クリスチャンとなって戸田欽堂と共に銀座に「十時屋書店」を開き、民権運動に関わったりして、後に(明治16年)新聞条例違反で投獄された経験から日本初の教誨師となった原胤昭(1853-1942)などが、実に巧みに、それも物語の中心を為す人物として描かれている。

 ちなみに、高島嘉右衛門は、高島易判断でも著名だし、横浜の高島町は彼の名にちなんだ町名である。また原胤昭が設立した原女学校は現在の女子学院の基礎になっている。作品の中では、こうした人々がまさに船出せんとする機運が満ちている。

 そういう中で、主人公の久保田宗八郎は、上野戦争で薩摩藩士の残虐極まりない仕打ちを見かねてこの藩士と争い、難を避けて蝦夷(北海道)に逃れたが、帰ってきて、旗本家を継いだ兄が見事に転身して高島嘉右衛門の元で働いていることから、高島嘉右衛門が設立しようとしていたガス灯の工事を見守るという名目で、銀座の戸田欽堂(欽堂は後の名で、三郎四郎)の元に行くことから物語が始まっていくのである。銀座で、主人公は新しい時代の波をかぶることになる。

 主人公の中には、旧武家の侍としての矜持が色濃く残っていると同時に、文明開化に浮かれている時代と状況の本質を見極めようとする姿の両方がある。主人公の年齢が30歳と設定されているのも、そうしたことを裏付けるものとなっていて、銀座で新風を身につけた戸田三郎四郎(欽堂)や原胤昭との交流を深めるところも、少し身を引いた姿となっている。彼は彼であろうとする姿が物語に意味を沿えている。

 事件は、銀座十時屋の裏手の井戸に、十時屋の隣にあった土佐の自由民権運動の拠点となった「幸福安全社」に出入りする男の死体が浮かんでいたことから始まる。その男は、実は政治的な事柄からではなく、「幸福安全社」の金を使い込んで、博奕の借金で地回りから殺されたのだが、彼を殺した地回りが、政府の高官と繋がっており、その高官が馬車での轢き殺しも、自死に見せかけた女性の殺人も犯していたことがわかっていくのである。久保田宗八郎の隣に住んで交友を結ぶ薩摩出の好漢の巡査は、相手が同じ薩摩出の高官であることから手が出せない。馬車で轢き殺されたのは、久保田宗八郎の叔父でもあった。さて、どうするか。仇討ち禁止令がだされたばかりである。

 物語は、常に新しいものと古いものの姿の拮抗の中で展開されていく。登場人物の中にも、主人公が一緒に生活していた古い江戸の気っぷの良さをもつ比呂という女性と新進の風を受けてクリスチャンとなって颯爽と生きる鵜殿綾という利発な娘が、共に主人公に思いを寄せる女性として登場する。両方とも魅力的な女性である。孫を守るために命をかけ馬車に轢き殺された叔父と、その死を立派な侍の死として物語ろうとする孫、律儀な侍としての矜持をもっていたために、手を染めた兎売買に失敗し、娘を残忍に殺された親、何とか時代に乗り切ろうとして立身を夢見てあくせくする車引きとその妻、そうした悲喜こもごもの新しいものと古いものとの混在した姿が人間の姿として描き出されるのである。

 明治維新後、維新を推進した人々ではなく、その後の権力を獲得していった人々が、まるで自分が支配者になったかのように錯覚し、横行し、よいものを破壊していった。江戸時代が決して良かったとは思わないが、そこから日本の社会は歪んできたという思いはある。上から下まで権力闘争が激しく勃発してきた。だから、横暴な権力に悩みながらも立ち向かっていく主人公たちの姿に喝采を送りたい。

 作品は、明治初期の混乱した状況を見事に描き出したもので、この頃の人々の対応の仕方には学ぶところが多いと思っているから、余計に面白く読めた。

 今日はどうも千客万来の日のようで、午前中はフィンランドから来て、日本で2年間働くことになった人が来たり、午後からは近くの改革派の人が来ることになっている。その間に、以前メールマガジンとして出していたS.キルケゴールについて書いたものを整理しようと思っている。よく晴れているので散策にも出たい。

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