2011年2月19日土曜日

藤原緋沙子『橋廻り同心・平七郎控 蚊遣り火』

 雨模様を感じさせる寒空が広がっている。春は行きつ戻りつのとぼとぼしかやって来ないので、ここしばらくはこんな感じで天気が繰り返されるのだろう。八方ふさがりの政治や経済の春はまだ遠いし、気分的には重いものがあるなぁ、と思ったりもする。

 昨夜、藤原緋沙子『橋廻り同心・平七郎控 蚊遣り火』(2007年 祥伝社文庫)を読んだ。文庫本のカバーによれば、これはシリーズで7作品目ということだった。

 藤原緋沙子の作品は、以前、『見届け人秋月伊織事件帖』(講談社文庫)や『渡り用人 片桐弦一郎控』(光文社文庫)、『浄瑠璃長屋春秋記』(徳間文庫)のシリーズなどの何冊かを読んでいて、プロット(筋書き構成)のうまさがあると思っていたが、この作品に限ってかも知れないが、粗さが目立つ作品だった。

 内容は、かつては凄腕の北町奉行定町廻り同心だったが、上役の失敗をかぶる形で、江戸市中の橋の管理をする閑職の橋廻り同心になった主人公の活躍を描くもので、第一話「蚊遣り火」では、指物大工の親方の娘との縁談話に絶望して博打で身を持ち崩し、押し込み強盗の一員にさせられる男を主人公が助け助け出したり、第二話「秋茜」では、屋敷内で賭場を開き、いくつかの商家の乗っ取りを企む火盗改めの旗本が起こした事件を解決したり、また第三話「ちろろ鳴く」では、子殺しの嫌疑をかけられて岡っ引きに脅されていた女性を事件の真相を突きとめて助けていったりする話である。

 しかし、状況の設定や人物がどこか上滑りをして薄い気がしてならなかった。たとえば、第一話「蚊遣り火」では、指物大工に弟子入りした一人の男が、相愛していた親方の娘との結婚がだめになり、絶望して賭場に出入りし、その賭場の借金の為に賭場を開いていた押し込み強盗団に利用されて、強盗団の証人殺しを引き受けることになるのだが、結末の部分で、事件が解決した後、その男が、主人公の橋廻り同心からその娘がわびていたと聞いて涙を流し、その娘のところに飛んで行くという場面がある。しかし、指物大工の娘が、親の言うとおりに取引先と結婚し、その結婚がうまくいかずに出戻って蚊遣り火を炊いているのを声もかけられずに橋影からじっと見つめ続けていた男が、ただそれだけで娘のところに飛んで行くことができるだろうか、と思ったりする。また、結婚がだめになって身を持ち崩して賭場に出入りして、さらに身を持ち崩していくような気弱な男が強盗団の証人殺しを引き受けるだろうか、とも思う。

 あるいは第二話「秋茜」は、贅沢をして暮らすことを夢見て、子どもを捨てて旗本の妾となり、その旗本が賭場を利用して商家の乗っ取りを企むのに一役買っていた女が、主人公の活躍によって事件が暴かれた後に、子どもとの対面をし、その子どもから「おいらには、おっかさんなんていないんだ」と言われて、その子どもの後を追うところで終わる。文意からすれば、その母親と子どもは親子の絆をその後強めて生きたような余韻で語られている。しかし、それは、そういう性悪な女には似つかわしい結末ではない、と思ったりする。彼女は自分が楽をして贅沢をするために何度も子どもを捨てているのだし、旗本の乗っ取りのために商家の主人をたらし込んだりしているのだから。

 第三話「ちろろ鳴く」で、五歳の女の子が殺される状況が語られていくが、五歳というのは数え歳だろうから、実年齢は三歳から四歳だろう。その歳の子どもが「何よ、その目は・・・おふさは女中でしょ。女中のくせして何よ!」(260ページ)という言葉を使うだろうか。

 全体においても、主人公の橋廻り同心である立花平七郎と、彼を助けるて手先となって働く読売屋の「おこう」は互いに恋心を抱いている設定になっているが、両者のやりとりや振る舞いにそれが伝わってこない気がする。二人のやりとりに恋する人間のふくらみがない気がするのである。

 文章表現も少し粗くて、第三話「ちろろ鳴く」の197ページに「どうやら平七郎たちが案じていたように、長次郎はおふさ相手に我が身の不運を訴え、悲嘆にくれていたようだ。そこにおふさがやって来て」とあるが、「そこに」というのは、前の文章を受けているのだから「長次郎がおふさ相手に我が身の不運を訴え、悲嘆にくれていた」ところで、そこに「おふさがやって来る」とはどういうことだろうか、と思う。そういうふうに読める文章ではないだろうか。あるいは、265ページに「秀太はへべれけに酔っ払って、番屋の土間に尻餅をつき、ゆらゆらと揺れている浪人を指した」とあるのだが、この文章からすれば、秀太がへべれけに酔っ払いながら土間に尻餅をついているように読み取れてしまう。

 他にも「?」と思うちぐはぐなところや、「果たしてそういうことをするだろうか」と思うようなところがあって、人間のとらえ方も甘く、ずいぶん粗い作品だと思った次第である。「書き下ろし作品」の粗さが目立つような気がした。これがシリーズ作品であるなら、もう少し味わいをもたせてじっくりと展開した方がよいのではないかと老婆心ながら思った次第である。

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