2011年2月21日月曜日

米村圭伍『紅無威おとめ組 かるわざ小蝶』

 風の強い薄曇りの日になった。昨日、二つの悲しい知らせに接していた。一つは、昨秋、沖縄に同行した酒好きの明るいD氏が癌で倒れたという知らせで、もう一つは、つまらない矮小な理想像を押しつけられて、それに応えることが出来ずに挫折して郷里に帰るというO氏の知らせである。O氏は本当に苦労した。彼を支えたご家族も苦労した。だが、昨夜遅くまで彼と話をしても、彼が郷里に帰るという決断をした以上、その決断を尊重する以外に術がない。人は細い綱の上を微妙なバランスをとりながら生きているが、そのバランスは壊れやすいとつくづく思う。

 閑話休題。土曜日(19日)の夜に、米村圭伍『紅無威(くれない)おとめ組 かるわざ小蝶』(2005年 幻冬舎)を、またまた、史的事実を充分に踏まえながらも、風刺を交えて面白おかしく物語を展開する手法に感心しながら読んだ。米村圭伍の作品に触れた際に、ある方が「中世史をおさえておかないと、作者に煙に撒かれそうですね」というコメントを寄せて下さったが、作者はどうもそのことに快感を覚えているようで、「もっともらしく作り話を語る」という戯作の妙味をこの作品でも感じた。

 物語は、田沼意次を退けて寛政の改革(1787-1893年)を行った松平定信(1759-1829年)の時代、田沼意次が隅田川の中州を埋めて造成して歓楽街になっていた中州新地が、松平定信が進める改革によって寛政元年(1789年)に取り潰される際、中州新地で軽業曲芸をして評判をとっていた「小蝶」が、その取り潰しで自分の面倒見てくれていた親方が殺されたと思い込み、親方の仇を討とうと松平定信の屋敷に忍び込んだりして、松平定信が田沼置き次の孫である意明に川欠普請御用という名目で出させた六万両を狙ったり、幕府御金蔵破りを企んだりする一団と関わり、その一団の中にいた発明に凝る「萩乃」、女だてらに侍の格好をして武芸の腕を磨こうとしている「桔梗」と知り合い、「小蝶」、「萩乃」、「桔梗」のそれぞれ個性溢れる三人がそれぞれの特技を発揮して「紅無威おとめ組」を作っていく話である。

 水も滴るようなすこぶるつきのいい男であり、豪商として名を残して一代限りで消え去った紀伊国屋文左衛門の血を引く「幻之介」の企みで松平定信の六万両を奪うために集められた「萩乃」、「桔梗」、「小蝶」は、「幻之介」の色香と好言で、田沼家の残党と共にその計画を進めていくが、「幻之介」が自分たちをだまして、実際は幕府の御金蔵を破ろうとしていることを知り、女をだまして働かせ、役目がすんだら消し去り、天下を騒がす大事件を起こしておもしろがろうとする「幻之介」を、それぞれの特技を発揮して懲らしめるのである。

 ふとしたことで自分たちのことを「紅無威おとめ組」と名乗った三人はそれぞれ個性的で、身軽で軽業をし、幻術さえも身につけた乙女である「小蝶」、平賀源内顔負けの発明をする「萩乃」、そして、秘剣を鍛錬する「桔梗」という設定は、いかにも作者らしい設定である。また、「桔梗」は、実は松平定信の妾腹の妹であり、そこにひねりも加えられている。

 さらに、物語の中で、池波正太郎の『剣客商売』の主人公である秋山小兵衛の息子である秋山大二郎が「冬山大二郎」として登場するなど、遊び心満点の作品になっている。『剣客商売』の中で、秋山大二郎は田沼意次の妾腹の娘と結婚するが、そのあたりのことがちゃんと述べられているのである。こうした遊び心は、それと気づけば、読んでいて面白いものである。

 なんでも、この作品は、江戸城御金蔵破りとして捕縛された「幻之介」が巧妙に縛を逃れ、その後「紅無威おとめ組」のシリーズとして書かれているらしいので、娯楽小説として面白いシリーズになっているだろうと思う。作者の歴史を逆手にとった戯作姿勢や遊び心は、何とも言えない味がある。

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