2009年12月17日木曜日

佐藤雅美『物書同心居眠り紋蔵 お尋ね者』

 昨夜、佐藤雅美『物書同心居眠り紋蔵 お尋ね者』(1999年 講談社)を読む。この作品は、前に読んだこのシリーズの3作目『密約』に続く第4作目の作品で、主人公の藤木紋蔵は、南町奉行所の例繰方の与力に仕える物書(記録係)という閑職につき、時と所構わずふいに眠りこんでしまう奇病の持ち主で「居眠り」と渾名され、他の同心などに馬鹿にされたりするが、頭脳明晰で、物事の真相を見抜いていく力をもっている人物である。

 「まあ聞け、雛太夫」、「越後屋呉服物廻し通帳」、「お乳の女」、「乗り逃げ」、「お尋ね者」、「三行半」、「明石橋組合辻番」、「左遷の噂」の八話構成になっている『お尋ね者』では、この藤木紋蔵が、それぞれの事件を起こした人々ができる限り大罪に定められないように苦慮していく姿が描き出されていく。

 特に最後の「左遷の噂」では、魚河岸をめぐる「抜け荷買い(不法買いつけ)」とそれに続く殺人事件に関与していたと思われる男を返してやり、その男の行き先が分からなくなるという失態を演じて、左遷されるという噂が流れ、紋蔵は同僚の冷ややかな視線の中で事件を解決していく羽目になる。こういうあまり人から評価されないような状況の中でも、紋蔵は、裏方に徹しようとし、また、できる限り罪人を出さないような思いやりと穏やかさをもって事柄に当たっていく。

 その紋蔵が、時折、自分の力を垣間見せる場面がある。それは、たとえば「明石組合辻番所」の中で、彼が引き取って育てている文吉という子どもが手跡所(塾)で苛められている他の子どもを助けて苛めている子どもと大喧嘩をして、相手の駕籠屋をしている乱暴な親が匕首(短刀)を突きつけてきた時、紋蔵はこれと向き合って、脇差に手をやり、腰を落として、「倅は腕が折れただけですんだかもしれぬが、俺は容赦をしない。匕首を抜けば、間違いなくお前の腕は落ちる」と言って対峙するのである。

 「鬼六(相手の親)は顔を真っ赤にして、犬のようにはあはあ息を弾ませていたが、やがて肩から力を抜き、へなへなとその場にへたり込んだ」(263ページ)と描写されている。「居眠り」と言われ馬鹿にされている紋蔵の「すごみ」が、真によく表わされている場面である。

 紋蔵は、あまり人の評価というものを気にしない。無能と思われていても、自分をよく見せようと思ったりもしない。しかし、彼の中には一本筋の通った姿勢があり、それを無理なく貫いていく。

 佐藤雅美は、こういう、少なくともわたしにとっては魅力的に思える主人公を、じつに巧みに描き出しているのである。わたしは、どうも大成した人間や武将や英雄ではなく、何の評価もされずに、地味に市井をこつこつと生きながら、しかも、愛情や思いやりをもって、それを貫いている凡人が好きらしい。このシリーズの他の作品も、ぜひ読んでみたいと思っている。

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