2012年11月9日金曜日

沖田正午『天神坂下よろず屋始末記 取立て承り候』


 今日は、薄く雲はかかっているが、陽射しがある柔らかい日になっている。このところ少し身辺が慌ただしくなっていたのだが、他からの要請や評価などではなく、いつもの通り、自分が「よし」と思って満足できることだけをしていこうと思っていた。世の中の人とお金は評価によって動いていくから、そういうものに振り回されないで過ごすことは至難の業に近いが、「耐える心が当たり前にあれば」、まあ、いいかなと思ったりする。謙遜で、楽天的であるということは大事なことである。

 昨日は、夕方からちょっと気楽な作品を読みたいと思って、沖田正午『天神坂下よろず屋始末記 取立て承り候』(2010年 双葉文庫)を読んでいた。以前にこの作者のこのシリーズを一作だけ読んでいたが、本書は、それに続くシリーズの二作目である。

 主人公は、上州上舘藩の藩主の七男として生まれたが、妾腹で、母親の素性が悪いという理由で家を追い出され、育ててくれた元老臣もなくなって、天神坂下の貧乏長屋で「よろず屋稼業」をしている萬屋承ノ助(よろずやうけたまわりのすけ)を名乗る竹平歌之介という、一風変わった人物である。

 彼は、前作で引き取った摺りの子である幼い「お千」と万吉という子どもとともに、目下のところは亀の餌やりという仕事をしたり、小博奕で小銭を稼いだりしながら暮らしているのだが、上舘藩藩主の跡目をめぐる争いに巻き込まれているのである。

 本作では、藩主が病弱なために家督相続の問題が起こるが、残っている長兄は素行の悪さから追放されたために、上舘藩の家臣たちが歌之介を探し、上舘藩に金を貸している札差もそれによって貸付金をとりもどそうと、歌之介本人である承ノ助に探索を依頼し、ついに、彼が竹平歌之介であることが発覚してしまうところから物語が始まっていく。

 ところが、彼が上舘藩の若殿であることが分かり、いよいよ長屋の住人や二人の幼い子どもたち、想いを寄せている飯屋の娘などとも別れることになり、送別会も盛大に開かれたあとで、上舘藩の上屋敷に着くやいなや、国許にいる藩主からの手紙で、跡目は歌之介の妹に養子をもらって継がせることにし、健康も回復してきたから、歌之介のことは放念するようにとの知らせが届くのである。

 彼は再び恥を忍んで長屋に帰るが、翻弄されたことに憤りも感じ、歌之介探索の費用として札差から受け取っていた前金の返済も迫られていく。そのころ、上舘藩を素行の悪さから追放された長兄も、自分を追放した上舘藩に仕返しをしようとつけ狙って、上舘藩が札差への借金返済のために用意した一万両を江戸市中を荒らし回っていた野盗を使って強奪する計画を立てるのである。

 そして、承ノ助と親しくなり、彼を頼りにしていた岡っ引きの元治の野盗探索と長兄の一万両強奪の話が重なり、協力して、長兄が強奪した一万両を取り戻すし、そのことによって札差からの前金の返済もチャラになり、再び、承ノ助の日常が戻っていくという結末になっている。だが、この時に長兄は逃げのび、この後も承ノ助と敵対していくことが含まれて終わる。

 途中で、承ノ助が剣術を習った「玄武館」が「幻武館」になったり、跡目相続問題があっさり片付いたりしてしまうし、放念せよとの書状を受け取っただけで、上舘藩の江戸留守居役や家老たちが、追い出すように主人公に振舞うのは、どうだろう、と思ったり、大名家が素行の悪さで後継を放逐して自由にさせるということについても、ありえないだろうと思うところもあるが、どことなくとぼけたところのある主人公の設定や日常での会話などに妙な味わいがある作品だと思っている。まあ、気楽に読める一冊だった。

2012年11月7日水曜日

吉川英治『鳴門秘帖』(4)


 立冬になり、暦の上では初冬の季節を迎えるようになった。朝晩はめっきり冷え込むようになり、冬仕度である。わたしのささやかな日毎の営みもいろいろと変化していくが、必要としているものは僅かしかないことを自覚して、この営みを続けていきたいと思ったりしている。

 それはともかく、吉川英治『鳴門秘帖』について、これほど何回にも渡って記すつもりはなかったのだが、いつの間にか長くなってしまった。物語の天王山となる阿波に向かう四国屋の船には、法月弦之丞と「見返りお綱」が乗り、竹屋三位卿有村、森啓之助、お十夜孫兵衛、天堂一角も乗り込んで二人の命を狙うことになるし、「お米」と彼女の目付け役の中間もその船に乗ることになる。その攻防が緊迫感を持って描き出されていくが、あわやというところで隠れた葛篭の中で法月弦之丞、「見返りお綱」と「お米」と中間が入れ替わり、竹屋三位卿やお十夜孫兵衛によって「お米」と中間は弦之丞、お綱の身代わりとなって殺されてしまい、法月弦之丞はお綱を抱いて嵐の海に飛び込み、追っ手の手を逃れて阿波へ着くのである。

 阿波では徳川幕府との戦いが着々と準備されていた。法月弦之丞とお綱は、潜んでいたところが発覚する直前に斬り抜けて、いよいよ甲賀世阿弥が捕らわれている剣山に向かい、竹屋三位卿らも先に甲賀世阿弥を殺してしまおうと剣山に向かう。そこで決戦が開始されていく。だが、甲賀世阿弥は法月弦之丞とお綱が助け出そうとする直前に、山牢の中でお十夜孫兵衛に見つかり殺されてしまい、息を引き取る直前にお綱がかけつけて彼が自分の血で書いた血書を渡すが、それも天堂一角によって奪われてしまう。この時、甲賀世阿弥の言葉によって、お十夜孫兵衛の「お十夜頭巾」の秘密が明かされようとするが、それも謎のままに残されていく。この戦いで天堂一角は命を失い、世阿弥の血書は天堂一角からお十夜孫兵衛の手に渡ってしまうのである。

 法月弦之丞とお綱は、阿波の原士の長に助けられて剣山を降り、怪我が治って駆けつけた目明し万吉の助けなどもあって、舞台は上方へと移っていく。世阿弥の血書(秘帖)は、旅川周馬が巧妙な手を使ってお十夜孫兵衛から奪い取っていた。旅川周馬は、はじめからうまく立ち回って、手柄を自分のものにして出世を目論んでいたのである。そして、松平輝高に保護されていた千絵は、輝高の京都所司代への任命とともに京都に移っていたが、彼女もまた旅川周馬に騙されて捕らえられてしまうのである。

 旅川周馬は世阿弥の血書をもって江戸へ向かおうとする。そのことを知った法月弦之丞とお綱は後を追い、また竹屋三位卿、お十夜孫兵衛も追いついてくる。そして、江戸に向かう途上で、最後の決戦が行われ、その時に、江戸で山県大弐が謀反の罪で門弟の藤井右門と共に処刑された「明和事件(明和4年 1767年)」が告げられ、事ここに敗れたことを知った竹屋三位卿は自刀し、お十夜孫兵衛も斬られ、旅川周馬も最後を迎え、こうして阿波徳島藩の陰謀は露と消えるのである。

 お十夜孫兵衛の死後に、その頭巾が外され、彼がイスパニア女性の流れを汲む子孫で、阿波の原士が歴代キリシタンの家系であり、彼の額には十字が記されていたことも明らかにされる。

 すべてが終わった後、阿波徳島藩は法月弦之丞の配慮もあって改易をまぬがれ、藩主の蜂須賀重喜の隠居処分となり、法月弦之丞は武士を捨てて千絵とともに農業を営むものとなり、お綱はスリの罪が許されて、自分の恋心を殺して、角兵衛獅子をしていた妹弟を連れて何処ともなく立ち去ったという事後談が短く記されて本書が終わる。

 緊迫感を持った物語が次から次へと展開され、人間模様が入り乱れ、物語の展開の妙となり、ちょうど次々と押し寄せては返していくような波に似た展開の中で、宝暦事件と明和事件という二つの反幕運動の狭間という歴史の巧さが重なって、「読ませる」物語となっている。

 ただ、執筆された時代のこともあるのか、尊皇思想というものが肯定的に受け取られて、主人公の法月弦之丞が武士を捨てたり、阿波の原士の長の反徳川幕府の思想が展開されたりする影には、勤王という考え方の柱がある。それを抜きにしても、物語としての面白さは、様々な要素が取り込まれて十分に楽しめるし、作者の周到な構成には舌を巻くものがある。

2012年11月5日月曜日

吉川英治『鳴門秘帖』(3)


 3日(土)と4日(日)は、少し落ち着かない慌ただしい日々になり、実務に追われていた。今日は曇天の寒い日で、午後からは雨の予報も出ている。世田谷区役所まで出かけなければならないが、どうしようかと思う。

この数日、吉川英治『鳴門秘帖』を読んでいるが、もう随分以前に一度読んでいたような記憶が蘇ってきている。特に「木曽の巻」の「山の俊寛」と題する物語の中で、阿波の山中の山牢に長年の間閉じ込められていた甲賀世阿弥の姿を描き出して、同じように山牢に閉じ込められた俵一八郎に出会い、娘の千絵のことや法月弦之丞が阿波にやてくることを聞いて希望を繋いだ彼が、これまでの経緯を自分の血をなじませた染料を作って書き記していくという鬼気迫る姿が、わたしの記憶のどこかに残っていたような気がする。一八郎は、世阿弥と会うことができ、衰弱もひどいが、竹屋三位卿有村によって矢で殺され、一八郎の妹の「お鈴」も山の寒さに耐えられずに衰弱して死んでいた。甲賀世阿弥は十数年の孤独の後に、かすかな希望を見出して、文字通り、自分の心血を注いで、阿波徳島藩の蜂須賀重喜の陰謀とこれまでの経過を書き記していくのである。

 この部分の物語に「俊寛」という表題がつけられているのは、そうした世阿弥の姿と、平安時代の後期に平氏打倒の陰謀に加わったとして「鬼界島(現:鹿児島県南方の諸島と言われる)」に流罪となった僧の俊寛(11431179年)が重ね合わされたものだろう。『平家物語』の「俊寛」を題材とした能が舞われる。室町時代の猿楽師である世阿弥の作品である。

 阿波剣山の山牢を管理するのは、藩主とともに阿波に帰ってきた御船手の森啓之助で、川魚料理屋の「お米」に横恋慕し、彼女を拐って無理やり阿波へ密かに連れてきていた。「お米」は、大阪に帰ることを懇願しつつも、森啓之助の囲われ者としての日々を送っていたのである。

 さて、木曽路を急ぐ万吉と「見返りお綱」は、途中の宿で、阿波から集金にやってきた金を街道のゴマの蝿(ゴロツキ)に取られた四国屋の内儀と手代を助けたりしていくが、後を追ってきた旅川周馬、お十夜孫兵衛、天堂一角に見つけられて捕らえられてしまう。この四国屋の内儀の登場がおそらくのちの話の展開でひとつの重要な役割となっていくが、こういう構成上の仕掛けが巧みに施されているのである。それはともかく、法月弦之丞も、諏訪でお湯に入っているところを見つけられ、襲われるが斬り抜け、捕らわれた万吉と「見返りお綱」を助けたりして阿波へ向かうための船待ちの時を過ごす。しかし、隠密の入国を恐れた阿波徳島藩では、その年の四国四十八カ国巡りの船まで出入り差し止めを出していた。

 他方、竹屋三位卿が阿波の剣山で俵一八郎を射殺してしまったことが、阿波徳島藩に微妙な影を落とし始める。三代目藩主蜂須賀至鎮(よししげ)依頼、山牢に捕らえられたものを殺すと何らかの悪事が起こったり祟があったりすると言われてきた伝承があり、徳川幕府の転覆という大事の中で緊張感のために神経を弱らせていた藩主の蜂須賀重喜は、俵一八郎の射殺を聞いて、ますます神経に異常を来たらせたりし始めるのである。隠密の入国についてますます厳しい警戒態勢が取られていく。

 追っ手の手を斬り抜けた法月弦之丞、万吉、「見返りお綱」は、阿波へ渡る手はずを整えるために大阪に潜み、彼らを追ってきた旅川周馬、お十夜孫兵衛、天堂一角も大阪に入る。また、森啓之助に囲われていた「お米」も、なんとか取り繕って大阪に帰り、舞台は再び大阪となる。そして、万吉の女房を見張っていた旅川周馬、お十夜孫兵衛、天堂一角によって万吉が見つかってしまい、斬られてしまう。だが、かろうじて平賀源内によって手当を受けることができ、一命を取り留める。事件、また事件の連続が続いていくのだが、その間に、法月弦之丞と「見返りお綱」は、偶然にも四国屋のお内儀と出会い、事情を話して、他国者を入れない阿波に四国屋の船を使って渡ることができるように計画する。その間に、法月弦之丞と異母妹の千絵とがかつて言い交わした仲であり、その千絵が乱心状態にあることを知りつつも、「見返りお綱」は、抑えることができない弦之丞への思慕を伝える。万吉は一命を取り留めたものの、四国屋の阿波行きの船が出ることとなり、彼を残して法月弦之丞と「見返りお綱」は阿波へ渡ることになるのである。

 その前に、美貌の法月弦之丞には女難が待ち構えていて、川魚料理屋の「お米」もひとかたならない思いを彼に抱いていた。彼女は、森啓之助に目付としてつけられていた中間に毒を持ったりして自由の身にはなったが、その中間に襲われているところを偶然にも弦之丞に助けられ、自分の思いを吐白する。「お米」から、阿波や森啓之助のこと、そして剣山のことを聞いた弦之丞は、「お米」の情熱を見極めながらも、彼女の恋心を利用して阿波の内実を探る方法をとってしまうのである。「お米」と「見返りお綱」の嫉妬の花火が彼の周りで爆発したりするのである。

 人間は、もちろん、これほど単純ではないが、こういう手法はエンターティメント性を高めるものであるとつくづく思う。ともあれ、物語はいよいよ阿波での攻防となる。続きはまた次回に。

2012年11月2日金曜日

吉川英治「鳴門秘帖』(2)


 霜月の声を聞くようになった。最後の力を振り絞るようにして紅葉させた木立はしだいに冬枯れていくだろう。晩秋はことのほか寂寞感が募る。その寂寞感の中で、テンポの速い展開を見せる吉川英治『鳴門秘帖』(1989年 吉川英治歴史・時代文庫2~4 講談社)を読んでいる。

 大阪の阿波徳島藩下屋敷に忍び込んだ法月弦之丞は、藩主の蜂須賀重喜と竹屋三位卿による幕府転覆計画を知るが、捕らわれていた元同心の俵一八郎も「お米」も、そして、一八郎の妹で女中として下屋敷を内偵していた「お鈴」も助け出すことができず、彼らは藩主の国元入りとともに阿波に連れて行かれてしまう。捕らえた隠密は阿波の剣山の山牢に入れて、終身封じ込めるのが徳島藩の掟であるという。
藩主の蜂須賀重喜は、秘密を知って下屋敷を逃げのびた法月弦之丞を必ず殺すように剣客である天堂一角に命じ、阿波へと向かうのである。物語は、やがて阿波へと向かうが、その前に江戸での千絵のことが記されていく。法月弦之丞もまた、忌わの際の唐草銀五郎と約束したとおり、危機の中に置かれている千絵を助け出すために江戸へ向かうからである。物語は「上方の巻」から「江戸の巻」に進んでいく。

 一足先に江戸の地を踏んでいた目明しの万吉は、江戸駿河台の甲賀家の屋敷に出向いてみるが、屋敷は既に旅川周馬のものになっており、釘づけされて閉門され、千絵の居場所も不明なままであった。そしてそこに「見返りお綱」がいたのである。「見返りお綱」は、賭場で旅川周馬に金を貸していて、その取立てに来ているという。万吉は「見返りお綱」に千絵の居所を探るように頼み、「見返りお綱」は万吉に惚れている法月弦之丞との恋の橋渡しをしてくれるように頼み、お互いの約束が成立する。

 「見返りお綱」の後を追ってきた「お十夜孫兵衛」は、彼女がいると思われる甲賀家の屋敷に来て、旅川周馬と出会ったりして、ついに「見返りお綱」を発見し、彼女を追い詰める。彼女は、自分が惚れているのは法月弦之丞だと言いながら逃げるが、屋敷の隅に追い詰められ、あわやという時に、壁がどんでん返しとなり、地下の隠し部屋に落ち込むのである。

 そこに旅川周馬がやってきて、「見返りお綱」が落ちたところは出入り口がなく逃げることができないが、共通の敵は法月弦之丞であるから、協力して彼を亡きものにしようと相談ができ、飲みながら計画を練るということで屋敷をでる。

 一方、どんでん返しで地下の隠し部屋に落ちた「見返りお綱」は、出入り口のない暗闇の中で、かすかに香の匂いを嗅ぎ、隣の部屋にお千絵と乳母の「おたみ」が監禁されていることを知る。「おたみ」は、先に殺された唐草銀五郎の妹である。壁をくりぬいて二人のところに行った「見返りお綱」は、何とかしてそこを脱出しようと、自分が落ちた穴に結び縄があることを知り、脱出を図る。その部屋には甲賀家代々の秘書も置かれていた。旅川周馬が狙うのは、千絵とその秘書であった。いよいよ逃げのびる算段をして、その秘書をみすみす旅川周馬に渡すことはできないと、部屋に火をかけ、結び縄を登ろうとしたとき、古くなった結び縄はぷっつりと切れてしまう。三人の女性は、出口のない部屋に閉じ込められたまま自分たちがつけた火に取り囲まれるという絶体絶命の危機に陥ってしまう。「おたみ」は自分の体を火口につけて二人を守り、自らは焼け死んでしまうのである。千絵を守ろうとした銀五郎と「おたみ」の兄妹は自ら犠牲となって死を迎えてしまうのである。

 他方、屋敷を出ていた万吉は、一膳飯屋で幼い角兵衛獅子の姉弟と出会いながら、甲賀家のあるあたりが火事であることを知り、屋敷に駆け戻る。そして、地下の隠し部屋に倒れていた二人の女性を、捕縄を使って助け出すが、この火によって神田からの一帯は大火となってしまうのである。

 法月弦之丞を殺す相談をするために出かけた「お十夜孫兵衛」と旅川周馬は、対岸の火事とばかりに、京橋の額風呂(湯女がいてサービスをする今のソープランド)で飲んでいたが、火事が甲賀家のあたりだと知り、慌ててかけ戻ってみる。屋敷は焼け落ちていたが、火を避けて立ち寄った神田川沿いの神社の中で、地下の隠し部屋から助け出された千絵と「見返りお綱」を偶然発見するのである。助けた万吉が二人を乗せるための舟を探しに行っている間であった。二人を助けるために万吉は二人の侍と戦おうとするが、足を滑らせて神田川に落ちてしまい。旅川主馬は千絵を捕まえ、「お十夜孫兵衛」は「見返りお綱」を捕まえて、籠に乗せようとする。

 ちょうどその場に打ち捨てられていたように駕籠が二丁あり、一丁に千絵を乗せ、もう一丁に「見返りお綱」を乗せようとしたとき、駕籠の中から一人の凄腕の武士が出てきて、二人を蹴散らし、千絵が乗っている駕籠とともにいづこともなく消えてしまう。その武士は、大阪奉行所元与力の常木鴻山であった。また、落ちた神田川から這い上った万吉は、気を失って倒れている「みかえりお綱」を発見し、彼女を助け出すのである。

 凄腕の武士の登場で千絵と「見返りお綱」を失った旅川周馬とお十夜孫兵衛は、失意のままであったが、浅草の羽子板市に湯女と共に出かけた時に、法月弦之丞を追ってきていた天堂一角を見つける。天堂一角と「お十夜孫兵衛」は、同じ阿波の原士であり、旧知であったが、お互いの事情を話すうちに、三人が共通して法月弦之丞の命を狙っていることを知り、ここに三人の殺戮者同盟が出来上がっていくのである。

 途中で天堂一角の追跡をまいたりしながら江戸に出てきた法月弦之丞は、甲賀家が火事にあい、千絵の行くへもわからなくなっていることに愕然としながらも、万吉と「見返りお綱」と会う。旅川周馬、お十夜孫兵衛、天堂一角が策略を練っているのを聞いた角兵衛獅子の幼い姉弟を捕まえようとしたところを万吉と「見返りお綱」が見つけ、角兵衛獅子の姉弟を助けようとして危機に陥ったところに、虚無僧姿の法月弦之丞が通りかかり、彼らを助けるという事態で、再会が果たされるのである。

 角兵衛獅子の幼い姉弟は、実は、「お見返りお綱」の妹弟であった。父親が飲んだくれの暴れ者で、「見返りお綱」の母親が亡くなった時、「お綱」を吉原に売り飛ばそうとし、「見返りお綱」はそれを嫌って家を飛び出し、いつしか摺り稼業に道を染めていたのである。「お綱」の母親は、元は柳橋の美貌の売れっ子芸者であったが、どうしたことか暴れ者の父親と結婚し、「お綱」が8~9歳の頃に亡くなっていた。父親は幼い妹弟を角兵衛獅子として働かせていたのである。

 「見返りお綱」は、父親によって吉原に売られてしまったすぐ下の妹を苦界から救い出して、幼い角兵衛獅子の妹弟の生活のために大金が必要となる。彼女は、法月弦之丞を恋い慕って、それ故にかつて大阪で自分が唐草銀五郎と子分の多市から手紙を摺りとったばかりに大変なことになったことを知り、摺り稼業から足を洗って真人間になりたいと願っていたが、大金の必要性から、大金を持っていると思われる侍の懐を狙う。ところが、彼女が懐を狙った侍は、元大阪奉行所与力の常木鴻山であった。

 常木鴻山は、彼女を捕らえ、彼女を自分が寄寓している元大阪町奉行であった松平輝高の屋敷に連れて行く。松平輝高は「宝暦事件」の時の大阪町奉行で、鴻山から事件の背後に阿波徳島藩の蜂須賀重喜がいることを聞かされ、その対策を練っていたところである。そこに、火事の時に助け出された千絵も保護されていた。だが、千絵はあまりの出来事が続いたために乱心していた。

 鴻山は、「見返りお綱」の引合せで法月弦之丞と万吉に会い、こうして、この事件のための法月弦之丞、常木鴻山、松平輝高の三者が協力することになるのである。法月弦之丞は、常木鴻山、松平輝高と相談し、事柄の詳細を記して目安箱に入れることで直接将軍に直訴することにし、この事件の証拠をつかむために公儀隠密となって阿波に向かうことを提案するのである。

目安箱に入れられた法月弦之丞の文書は将軍の目に触れ、松平輝高の後押しもあり、彼は阿波に向けてひとり旅立とうとする。だが、そうしているうちに、「見返りお綱」の父親が飲んだくれて暴れ、喧嘩の果てに斬られると事態が起こる。彼は死の間際に「お綱」の本当の父親についての秘密を示す証拠の品を渡す。それは、「お綱」の母親に残された刀と手紙で、それによって「お綱」の本当の父親が、なんと甲賀世阿弥であったことが分かっていくのである。甲賀世阿弥は芸者をしていた「お綱」の母親との間に「お綱」をもうけ、隠密御用のために阿波に向かって行っていたのであった。「お綱」と千絵は異母姉妹なのである。甲賀世阿弥は阿波に囚われの身となっている。

 事情を知った常木鴻山は、先に阿波に向けて一人旅だった法月弦之丞の後を追うことを万吉と「見返りお綱」にゆるし、二人は法月弦之丞を追って中山道を歩むことになる。また、法月弦之丞の命を狙う旅川周馬、お十夜孫兵衛、天堂一角も彼らが木曽路に向かったことを知り、後をつけて中山道を歩む。その中山道での悶着が「木曽の巻」で綴られていくことになる。

2012年10月31日水曜日

吉川英治『鳴門秘帖』(1)


 秋の天気は変わりやすいというが、このところ日毎に天候が変わって、昨日は雲が広がり、今日は秋晴れになっている。もう随分と朝晩の気温は下がり、夜の外出が上着なしには済まなくなっている。秋が深い。

 先日、あざみ野の山内図書館に行った際に、ふと目について、吉川英治『鳴門秘帖』(1989年 吉川英治歴史・時代文庫2~4 講談社)の文庫本3冊を借りてきた。吉川英治は1892年(明治25年)に横浜で生まれ、随分と苦労して、やがて戦前・戦中・戦後を通して「国民作家」とも呼ばれるようになり、いわゆる大衆文学と呼ばれるものの高度な作品を生み出した人で、1962年(昭和37年)に死去している。今日、吉川英治文学賞というのが設けられているが、彼が生み出した作品は、講談的な流れの中で物語性が高くて、物語の展開に巧みな工夫が行われている。構成力が抜群で、どんな長編でも読む者を飽きさせない力をもっている。歴史や事象を扱うというよりも、「人間」を扱った作品であると言える気がする。

 あまりの巨匠で、これまであまり読むことはなかったのだが、改めて一世を風靡したと言われる『鳴門秘帖』を読み始めて、文章のぶっきらぼうさに驚きつつも物語の中に引き込まれていく魅力を感じている。大勢の人を魅了したのは、登場人物たちが危機、また危機に見舞われていく物語性と展開の上手さの妙だろうと思う。

 『鳴門秘帖』は、1926年(大正15年)8月から1927年(昭和2年)10月まで大阪毎日新聞に連載された新聞小説で、連載中から映画化されるなどの好評を博した作品である。物語の背景となっているのは、江戸時代中期の明和の頃で、作中の年号は明和2~3年となっており、神道を学んで尊王思想を説いた竹内式部(敬持)を中心にした若い公家たちによる尊皇の動きを江戸幕府が押さえつけた「宝暦事件(宝暦8~9年 17581759年)」が起こり、続いて、江戸幕府を批判した儒学者の山県大弐が謀反の罪で門弟の藤井右門と共に処刑された「明和事件(明和4年 1767年)」が起こるが、物語の背景はその幕府転覆を図る動きである。(ただし、明和事件は物語の年の2年後)。ちなみに、「宝暦事件」の竹内式部は「明和事件」とも関係があったという罪で八丈島に流されている。

 物語は、その「宝暦の事件」の時に、事件の裏に阿波徳島藩の蜂須賀家第10代藩主の蜂須賀重喜(17381801年)がいたのではないかという設定で、公儀隠密の甲賀世阿弥が阿波徳島藩に送り込まれ、10年の歳月が流れたが、音信不通のままになっており、江戸に残された一人娘の千絵の行く末が案じられるという状況から始まっていく。そこで、千絵の乳母の兄の唐草瓦の窯元の唐草銀五郎が子分の多市を連れ、千絵の手紙を預かって阿波に潜入しようと大阪にやってくるのである(このあたりを作者は、隠密御用は10年帰府なきを死亡とみなして、後継のない甲賀家は取り潰しの危機に瀕しているとしている。もちろん、これは作者の設定であり、史実ではないが、物語を始めるにあたり必然性を持っているように読ませるのである)。ところが、その千絵の手紙が財布ごと「見返りお綱」と呼ばれる美貌の女に摺り取られてしまうのである。

 「見返りお綱」は、摺りとった財布の中の手紙を見つけて、手紙だけを二人に返そうとするが、それが行き違いになって、手紙は目明しの万吉の手に渡る。万吉は、8年前の「宝暦事件」の背後に徳島藩蜂須賀家の陰謀があるのではないかと察していた元奉行所与力の常木鴻山と元同心の俵一八郎と共に阿波の蜂須賀家の様子を探っていた目明しだった。常木鴻山と俵一八郎は「宝暦事件」の背後に徳島藩の藩主蜂須賀重喜がいることを上司に訴え出るが、取り上げられないばかりか役目不心得となって牢人していた。だが、二人はなおも蜂須賀家の様子を探っていたのである。偶然が偶然を呼ぶという展開の仕方が取られていくのである。その展開は、吉川英治の物語作家としての巧さそのものといえる。

 さて、千絵の手紙を失った唐草銀五郎は、も一度江戸にもどって千絵に手紙を書いてもらうために多市を江戸へ向かわせるが、そのことを知った目明し万吉が後を追いかける途中、多市は辻斬りを働いていた「お十夜孫兵衛」に襲われ斬られてしまうし、万吉は彼を助けようとして捕まってしまう。「お十夜孫兵衛」は、元阿波徳島藩の原士(郷士)で、丹石流の剣技に非凡な技をもっていたが浪々の生活をし、辻斬りを働いていたのである。捉えられた目明し万吉は彼の手下の家に監禁されるが、そこに「見返りお綱」がやってくる。「見返りお綱」と「お十夜孫兵衛」は江戸での知り合いで、「見返りお綱」は江戸から大阪に来ていたところであったのである。

 蜂須賀家の内情を探るために妹を女中として忍び込ませて、伝書鳩を使って連絡を取っていた元奉行所同心の俵一八郎は、万吉の妻から万吉が帰ってこないということを聞いて、鳩を使って万吉の居場所を探し出し、万吉があわや「お十夜孫兵衛」によって殺されようとするところに駆けつけて万吉を救い出す。そして、万吉がもっていた千絵の手紙を読んで、江戸の千絵に会えば蜂須賀重喜についてや幕府の意向がわかるのではないかと思い、常木鴻山、万吉と共に江戸に向かって出発していくのである。

 他方、「お十夜孫兵衛」に斬られて川に落ちた多市は、助けられて川魚料理の店で手当を受けていた。付近は「いろは茶屋」が立ち並ぶ歓楽街である(「いろは茶屋」という名前から、作者は多分、道頓堀にあったといわれるものを想定しているのだと思われる)。その川魚料理の店に、「お米」という美貌の出戻り娘がいて、その娘をなんとか自分のものにしたいと思っている徳島藩の御船手が通ってきていた。九鬼弥助、森啓之助、そして原士(郷士)で剣客の天堂一角である。

 そこに多市の話を聞いた「お糸」の計らいで唐草銀五郎が駆けつけ、これまでの経緯が語られるが、それを川魚料理屋に居合わせた森啓之助が盗み聞きし、彼らが徳島藩を探ろうとしていることを知って、九鬼弥助や天堂一角とともに二人を捕らえようとするのである。その時、偶然にも尺八を吹いて歓楽街を流していた虚無僧姿の法月弦之丞(のりつきげんのじょう)が通りかかり、あわや銀五郎が斬られるかと思われた時に彼を助け出すのである。この時、銀五郎は自分を助けてくれた虚無僧姿の法月弦之丞が江戸の甲賀家での旧知で、千絵が弦之丞を慕い、頼りにしていることを弦之丞に告げ、千絵を助けてくれるように懇願するのである。千絵には悪賢く粘着質の旅川周馬という侍が言い寄って、甲賀家も狙っているという。

 法月弦之丞は、大身七千石の幕府大番組頭の子息で、故あって江戸を捨て、虚無僧姿で諸国を歩いている美貌の青年侍である。彼は甲賀家の娘千絵と恋仲だったのだが、江戸を離れたのである。彼の美貌は周囲の女性を虜にするところがあり、この時に、「見返りお綱」も「お米」も、ひと目で弦之丞の虜になってしまう(こういうところがエンターティメント性を生んで、一時、虚無僧姿の法月弦之丞は世の女性たちの大きなあこがれを生んだといわれる。映画では美男の典型と言われた市川右太衛門や長谷川一夫が主演している)。そして、この法月弦之丞こそが、本作品の主人公なのである。

「見返りお綱」も「お米」も、その恋は本物で、身を焦がすようにして弦之丞を慕い、「お米」は、法月弦之丞に千絵という女性があって、一時自害を覚悟したほどであった。娘の切ない恋心が描き出されていく。「お米」は人も羨む美貌であるが労咳(結核)を患って叶わぬ恋をし続けていくのである。「見返りお綱」も偶然にもその川魚料理の店に客としていたのである。

 その後、阿波徳島藩の追っ手から逃れるために、傷ついた唐草銀五郎と多市、そして法月弦之丞は、「お米」の計らいで大津に身を隠し、「見返りお綱」は江戸に向かう。だが、「見返りお綱」の色香を追ってきた「お十夜孫兵衛」も一緒になり、彼女は操の危機を迎えるが、眠り薬で彼を眠らせて逃れ、腹を立てて追ってきた「お十夜孫兵衛」に捕まりそうになった時に、江戸に向かっていた目明しの万吉がいあわせて彼女を助けるのである。そして、俵一八郎と万吉は旅の途中で、偶然にも唐草銀五郎と多市、法月弦之丞が身を隠していたお堂に立ち寄り、そこで、これまで阿波徳島藩蜂須賀家の陰謀を探っていた二組が出会い、協力しあうことにする。

 しかし、法月弦之丞に恋焦がれて隠れ家まで来てしまった「お米」の後をつけて隠れ家を発見した徳島藩士たちは、その隠れ家を急襲し、ついに多市を殺し、銀五郎と俵一八郎をとらえる。法月弦之丞は、その夜、千絵とのことや自分の不甲斐なさを嘆き、悩みながら他出していたし、万吉はかろうじて彼らの手を逃れる。やがて、知らせを聞いて法月弦之丞が駆けつけ、捕縛されて拐かされた二人の後を追い、徳島藩士たちと斬り合って、銀五郎だけは助けるが、俵一八郎を助け出すことはできなかった。

 だが、助け出された銀五郎も深手を負っており、そこで、法月弦之丞から千絵を助けるという決意を聞きながら息を引き取ってしまうのである。弦之丞は、俵一八郎も大阪の蜂須賀家下屋敷に連れて行かれたと推測し、また、藩主の蜂須賀重喜の国許帰国が迫っていることもあって、下屋敷を見張る。しかし、警戒が厳重で下屋敷にはなかなか近づくことができなかった。

 そうしているうちに、川魚料理屋の娘「お米」に横恋慕していた阿波徳島藩の御船手である森啓之助が、いよいよ帰国を前にして、ついに「お米」をさらって、抜け道をとおて阿波徳島藩下屋敷に監禁する事態となり、法月弦之丞は、森啓之助の後をつけて抜け道を発見し、下屋敷に潜伏するのである。

 阿波徳島藩大阪下屋敷では、藩主の蜂須賀重喜が、「宝暦事件」に関与して幕府の手から逃れていた竹屋三位卿有村(公家の竹屋家の系図には有村という人物が見当たらないので、おそらく作者の創作だろう)を匿い、公家を招いて、徳川幕府転覆の気炎をあげていた。蜂須賀家は、三代将軍徳川家光の頃の三代目藩主蜂須賀至鎮(よししげ)を徳川家から嫁に来た奥方が毒を用いて殺したために、徳川家に対する長年の恨みを持っていると言う(これは作者の創作だろう。名君といわれた蜂須賀至鎮は、実に多くの人々に慕われる人物だったが、病弱のために1620年に享年35でなくなっている。彼の妻(氏姫 敬台院)は、小笠原秀政の娘で家康の養女となって蜂須賀家に嫁いだが、至鎮の死後46年間も生存し、日蓮宗を保護している。本書が告げるような、至鎮に毒をもり、自らもその毒をあおいで死んだということはなかったのである)。止まれ。阿波徳島藩下屋敷に潜んだ法月弦之丞は、この事実を知っていく。

 第一冊目の半分ほどでこれだけの展開がなされ、登場人物たちの危機が連続して起こり、そのあいだに主人公に恋い慕う女性たちも登場し、息をつかせぬ展開がなされているのだから、一気に読ませる作品になっているのは当然で、しかも、物語の起伏が実に細かく配置されている。都合よく偶然が折り重なって物語が展開されていくが、考えてみれば、人間の関係とはそういうものかもしれない。一回では書ききることがもちろんできないので、この続きはまた次回に記すことにする。

2012年10月29日月曜日

上田秀人『侵蝕 奥祐筆秘帳』


 木の葉が色づき始め、秋が一段と深まっていく。人間の精神的バイオリズムから言えば、精神が今頃から低調を醸すとも言われているが、晩秋に向かう時の寂寞感が漂い始めている。人間は気分の動物である。伸びきった髪をそろそろ切りに行こうかと思ったるする。

 昨夜は、上田秀人『侵蝕 奥祐筆秘帳』(2008年 講談社文庫)を一気に読んでいた。これは、徳川家斉の時代(将軍在位:17871837年)、ことに、それまで老中首座として寛政の改革を断行してきた松平定信を1793年(寛政5年)7月に罷免した後の時代を背景として、幕政の中枢的機能を果たしていた奥祐筆にあるものを主人公とし、幕政の裏側や陰謀、権力争いの確執を描いたもので、ある種の緊張感の中で物語が展開されるので、読むときには一息で読ませる作品である。これまでにもいくつかのこシリーズのものは読んでおり、本書は第3作で、将軍徳川家斉の父親である一橋治済による家斉毒殺未遂事件が展開されていく。

 主人公の奥祐筆立花併右衛門は、大奥から上がってきた新規の大奥女中の召し抱えの書類に不審を抱く。家斉の正室は薩摩藩主島津重豪の娘(茂姫 広大院)で、3歳の頃から家斉と婚約させられていたのであるが、徳川幕府が最も恐れた外様大名の雄藩であった薩摩の血を入れることにひと悶着あり、結局16歳の時に婚儀が行われ、第2代将軍徳川秀忠の性質であった「お与江の方」以来の正室による男子誕生をなすが、生まれた敦之助がわずか3歳で死去し、その後も子どもには恵まれなかった。しかし、家斉が設けた多くの子どもたちをすべて「御台所御養」として茂姫の子どもにし、正室の権勢は揺るぐことがなかったと言われている。

 この茂姫付きの奥女中として薩摩藩士の娘を登用したいというのである。しかし、そこには裏があった。奥祐筆の立花併右衛門は護衛役として雇っている隣家の次男である柊衛悟をつかってその背後にある薩摩藩の動きを調べ、それが、将軍位を我がものにしたいと思っている家斉の父親である一橋治済による画策であることを暴いていくのである。

 一橋治済は、岡場所に堕ちた美貌の藤田栄という女性を使い、女好きの家斉の目に触れさせて、その乳房に毒を塗ることで家斉を毒殺し、将軍位を奪い取ろうと企てたのである。藤田栄の家族は口封じのために皆殺しにする。そして、家斉は乳房に塗られた毒で次第に弱っていく。この家斉の危機を公儀御庭番の女忍が救う。

このシリーズは、政争の影で、治済の意を受けて動く元甲賀の「冥府防人」、公儀お庭番、朝廷の意を受けて動いている上野寛永寺の「覚蝉」などが暗躍し、それらと柊衛悟が立ち向かっていくのであるが、今回は特に、海外貿易を密かにおこなっている(抜荷)薩摩藩の示現流の使い手たちとの対決が描き出されていく。このシリーズは、そうした歴史の影で暗躍した人物を登場させて、それによって為政者がいかに権力に固執し、そのためにいかに権謀術作を用いたかが描き出されて、その緊張の中で柊衛悟と立花併右衛門の娘「瑞紀」の恋も描かれ、エンターティメントの要素が満載されているので面白く読めるものになっている。

本書では柊衛悟の兄によって衛悟の養子の口が見つかり、互いに密かに思いを抱く衛悟と「瑞紀」は悩むが、奥祐筆の護衛の任を続けることを望む立花併右衛門が裏から手を回して養子の話を壊し、衛悟も「瑞紀」もホッとするということが記されている。

 個人的に、徳川幕府はだいたい家斉の頃から目に見えて衰退していくと思っているが、「家が内部で争うと滅びる」というのは真実で、いつでも、どこでも、力や権力を求めたがる人はいるのだし、滅びの芽はどこにでもあるなあ、と思いながら読んでいた。策を行う者は策によって滅びる。これが歴史の修正力かもしれないとも思う。

2012年10月26日金曜日

池端洋介『元禄畳奉行秘聞 公儀隠密刺殺事件』


 変わりやすい秋の天気の中で、今日は秋晴れとなった。そろそろ冬仕度を始める頃だが、このところ少し仕事に追われる感じで体調の管理もままならない日々を過ごしている。毎年、今の時期はやむを得ないところがあるが、「生き難き世を面白く」と思っている。

 昨日は会議で早稲田まで出かけ、その往復の電車の中で池端洋介『元禄畳奉行秘聞 公儀隠密刺殺事件』(2009年 大和書房文庫)を面白く読んでいた。これは、主に元禄時代に尾張徳川家の家臣で、膨大な「鸚鵡籠中日記」という日記を残している朝日文左衛門(重章)をユーモアあふれる主人公にして、尾張徳川家が置かれた状況や将軍後継者をめぐる争いなどを展開したシリーズの三作目で、前に第一作の『元禄畳奉行秘聞 幼君暗殺事件』(2009年 大和書房文庫)を読んでいた。シリーズの三作目が一作目と同年に出されているから、かなり集中して積極的に書かれたのだろうと思う。

 元禄時代は、「元禄文化」と呼ばれる江戸文化が花開いた時代ではあったが、「生類憐れみの令」で有名な第五代将軍徳川綱吉の時代で、綱吉の嫡男である「徳松」が五歳で夭折し、後継者がなかったことから、水戸、紀州、尾張の御三家による後継者問題が生じ、それぞれの暗躍が行われるようになっていった時代でもある。本書も、江戸幕府と紀州徳川家が尾張に隠密を送って様子を探らせるということが背景となっている。

 こうした殺伐とした中で、本書は、朝日文左衛門に初めての子ができ、しかも女の子であったためにちょっとした失望に見舞われたり、おしとやかで控えめであった妻の「お慶」が、女から強い母に変わっていくことに戸惑いを覚えたりしながら、相変わらず友人たちと飲み歩いている姿から書き始められている。すこぶる能天気で楽天的な愛すべき人物として主人公が描き出される。

 この朝日文左衛門は、普段は腰が引けた動きの鈍い小心者であるが、いざという時に、気を失った状態で無意識のうちに繰り出す「気まぐれ必殺剣」というものがあり、それで幾度もの危機を乗り越えるのだが、どうやらその剣技が尾張柳生の柳生連也斎(兵助厳包)の秘伝の太刀らしいことがわかっていく。連也斎の秘めた内弟子となっていた文左衛門の叔父たちが、文左衛門が幼い頃に教えたもので、文左衛門にはその頃の記憶がぼんやりとしか残っていなかったのである。

 おそらく第二作で展開されたのだと思われるが、「日置村の偽刀事件」(尾張の偽刀事件はよく知られている)の際に襲ってきたのが紀州の新陰流の使い手たちで、どうやら紀州にも「西脇流」と呼ばれる紀州柳生があるらしく(柳生十兵衛三厳に剣を習った西脇勘左衛門が起こしたもの)、どうやら紀州徳川家はその紀州柳生の使い手たちを尾張に送り込んでいるらしいのである。それとは別に、江戸幕府も江戸柳生を隠密として大量に送り込み、徳川御三家の対立は柳生三家の戦いでもある様相を呈し始めていくのである。

 朝日文左衛門を尾張柳生の秘伝の使い手だと設定することによって、こうした隠密どうしの争いとして展開させるという作者の設定は、なかなかうまい設定だと思う。柳生連也斎は、三大将軍徳川家光の時代に御前試合で江戸柳生の柳生宗冬を打ち負かし、江戸柳生は尾張柳生に対して確執をもつようになっていた。朝日文左衛門の叔父たちは、その連也斎の内弟子で、しかも何かの理由で尾張を離れたのではないかと語られ、それが気になった文左衛門がその理由を探っていくという展開になっていく。

 尾張徳川家自体も、その内部で、付家老(尾張徳川家が成立するときに江戸幕府から監視役も兼ねて付けられた家老)の成瀬家と竹腰家の争いがあり、尾張の様相は複雑になってきていた。物語で展開される事件そのものは、尾張徳川家の付家老である竹腰家が、大名となるために、尾張藩を潰して、そのうちの何万石かをもらうつもりで幕府を動かして、尾張藩取り潰しの大義名分を探るために多くの隠密を送り込み、その企てが朝日文左衛門の機転によって頓挫させられていくというもので、文左衛門の叔父も密かに江戸柳生の手から尾張を守るために働いていたというものである。

 だが、その過程の中で、いつも脳天気に発想する主人公と彼を中心にした友人たちの姿などがユーモアのある文章で綴られて、ちょっとしたことが事件の解決につながっていくという幸運に見舞われていくなど、面白く描かれている。今回の作品は隠密の暗躍などがあって、どちらかと言えば「暗闘」に近い話なのだが、底抜けに明るい。日々の暮らしの中での感想が面白く取り上げられているからだろう。こうした楽天性は大事だと思うので、読み物として気楽に読める一冊だった。