このところ蒸し暑さがべっとりとまとわりついて体力を奪っていくような気がする日々になっている。こういう日々は熱中症の心配もあるが、思い切って汗をかいた方が爽快なのかもしれない。
それはともかく、文章も軽やかだし、物語の展開も肩の凝るようなものではないが、読み終わって、なんとなく「ふう~」と思ってしまう作品があるのだが、今回読んだ米村圭伍『影法師夢幻』(2001年 集英社)がそんな感じの作品だった。
もともと米村圭伍の作品は、これまで読んだ彼の作品での印象に過ぎないのだが、奇想天外の発想を俗説や流説などを盛り込みながら歴史の中に埋め込んで、それを講談や落語のような軽妙な語り口で述べていくというスタイルをもっているが、この『影法師夢幻』も、慶長20年(1615年)の大阪夏の陣で徳川軍に包囲された大阪城で自死した豊臣秀頼が、実は影法師を立てて逃げのび、鹿児島から四国の阿波、そして仙台伊達家へと逃れ、そこで伊達家の名武将と言われていた片倉小十郎(伊達家の家臣であった片倉家は、家臣とはいえ特別の家格で、初代の軍師であった片倉小十郎景綱 1557-1615年 以来、代々片倉小十郎の名を名乗っており、大阪夏の陣で武名をはせたのは二代目の片倉小十郎重長で、重長の妻は、大阪冬の陣、夏の陣で武名をとどろかせた真田幸村(信繁)の娘であった)に庇護され、真田幸村の子どもたちと共に隠し砦を作って、そこで代を重ねていったという発想のもとで物語が展開されている。
真田幸村の長男であった真田大助は父と共に大阪夏の陣で死去しているが、次男の真田大八は片倉重長に庇護されて、真田守信と名乗って、1670年59歳で亡くなるまで仙台藩士として生きのび、伊達家も真田守信が幸村の次男であることを隠し通したのは史実であるが、この作品では、真田大助も秀頼と共に生きのびて、隠し砦を守り続けたものとして物語が展開されている。
物語は、大阪夏の陣以後の真田大助、豊臣秀頼、真田十勇士と言われた猿飛佐助や霧隠才蔵(この物語では、霧隠才という女性になっている)らと共に、徳川家の目を欺きながら影武者を使って生きのびていく話と、それから170年後の、それぞれの七代目の話の二重の物語が、勇魚大五郎という秀頼に忠義を尽くそうとした軽輩とその七代目を名乗る人物を中心にして描き出されている。
もちろん、これらの物語が、たとえば豊臣秀頼が勇魚大五郎から馬の糞を食べさせられて、そこから勇魚大五郎と秀頼の関係が生じたといったところや、武骨な七代目霧隠才が子種を欲して美女を装う忍術を使うといったところ、七代目秀頼と思っていたらそれが七代目勇魚大五郎で、錦絵に当代随一の美女として描かれた笠森お仙に錦絵を見て惚れて、仙台の隠し砦から江戸まで向かうといった展開、太閤遺金を巡る徳川家の画策など、おもしろおかしく展開されているのである。
歴史を知る者にとっては、ちょっとばかばかしいような展開なのだが、史実が巧妙に入れ込まれているために、妙にリアリティーがあるところがあり、こういう創作の巧みさは作者お手の物という感じがする。
ただ、書き下ろしのためか、物語が細かなところと急速に展開していくところがあって、小さな小山はあっても大きな山場が希薄になっている気がしないでもないし、遺金や隠し金を巡る争いも作者の他の作品の展開と似ているし、人物像も似たような感じになって、読んでいて、少し「飽きが来る」気がしないでもない。娯楽物と言うには、細かな歴史が踏まえられすぎて、それはそれで必要不可欠ではあろうが、どうせなら、もっと人物を飛躍させてもいいようにも思えるのである。
もちろん、遊び心が満載で、歴史を遊ぶという姿勢は、わたしは好きだが、ドラマではなくバラエティ仕立てで、バラエティはどこまでも一時的産物と思っているためか、若干の物足りなさが残った作品だった。
2011年7月4日月曜日
2011年6月1日水曜日
米村圭伍『山彦ハヤテ』
梅雨の重苦しい空が垂れ込めて、肌寒い。厚めのポロシャツやカーディガンなどを引っ張り出し、ズボンも少し厚めのものを着用しているが、ひやりとした寒さがある。やはりどこかおかしな具合だとつくづく思ったりする。終わりのない仕事に明け暮れている。
そういう中で、米村圭伍『山彦ハヤテ』(2008年 講談社)を面白く読んでいたので、ここに記しておくことにした。
米村圭伍の作品は、最初の『風流冷飯伝』(1999年 新潮社)を初めとして、これまでいくつか読んできて、歴史的な考証を踏まえながらも奇想天外な発想によって、軽妙な語り口で物語が戯作として展開される面白さを感じてきたが、この『山彦ハヤテ』は、歴史的な事柄についての考証が影をひそめながらも、心優しく山中や市井を放浪する小藩の藩主の姿を、事情があって山中で暮らす「ハヤテ」という少年の姿と共に描き出して、その小藩のお家騒動の顛末を作者独自の風合いで展開したものである。
父の後を継いで奥羽の小藩の藩主となった三代川正春は、最初のお国入り(領地に行くこと)の時、藩の実権争いをする家老たちの争いのために、信頼していた家臣から裏切られて山中で命を狙われることになる。偶然が幸いした形でそれをなんとか切り抜けたが、意識を失って倒れてしまう。その山は御留め山(出入り禁止の山)で、彼の命は風前の灯火となってしまうのである。
だが、その時、彼は、その山中でひそかに暮らしていた「ハヤテ」という少年に助けられる。「ハヤテ」は、新田開墾に携わった水呑百姓の子であったが、台風で母親を亡くし、博打と酒に溺れてしまってついには強盗となった父親から捨てられ、追われて逃げ出し、人の出入りが禁止されている御留め山に逃れて、ひとりで何とか生きのびていた少年だった。過酷な体験が彼に生きのびる知恵を与えていた。
その「ハヤテ」に助けられた三代川正春は、「ハヤテ」との山中での暮らしの中で、初めて自分の身を心底心配してくれる人間に出会ったことを感じたし、孤独に生きてきた「ハヤテ」も、自分を受け入れてくれる人間に出会い、二人の信頼は深まっていく。また、物怖じしない三代川正春が、ある時、骨をのどに詰まらせて死を迎えるばかりになっていた狼を助け、その狼との信頼も深めていくのである。
だが、異母弟を藩主に据えて藩の実権を握ろうとする家老と我が子を藩主にしたいと切望する義母が放った追っ手が迫り、またそれに対向することで藩の実権を握ろうとする国家老の探索が進んで、三代川正春は「ハヤテ」と分かれて城中に戻らなければならなくなる。
正春が無事に城中に戻ったことで、彼を殺そうとした家老一派の陰謀は頓挫するが、今度は自己の保身のために美貌の女性を使って正春を自家薬籠中のものにしようとする国家老によって、性の懊悩の中に突き落とされたりするし、義母は変わらずに彼の命を狙い続ける。心優しい彼は、異母弟を大事にし、義母を処罰することを躊躇していたが、義母は、我が子を藩主にすることに執念を燃やし続けていたのである。
国家老の企みに気づいていたので、美貌の女性にかしずかれて性の懊悩に悩んだ正春は城から逃げ出し、そこを義母が放った刺客に狙われるのである。その時、寂しさに耐えきれなくなって正春に会いに来た「ハヤテ」と正春が助けた狼、そして、城の下肥を引き取っていた百姓の娘に助けられていく。そして、「ハヤテ」は、偶然知り合った鎧作りの老人から弟子になることを勧められ、弟子入りするのである。だが、弟子としての学びがつらく、彼は逃げ出して再び山中に帰ったりするし、三代川正春は、国家老の企みを知りつつも美貌の女性の魅力に負けて彼女を側室にしてしまったりするのである。
こうして時が巡り、三代川正春が再び参勤交代で江戸表に帰ることになり、「ハヤテ」を弟子にしたいと願った鎧作りの師匠も、再び「ハヤテ」を弟子にする機会を与えるために、自分の作品を江戸に届けて欲しいと依頼し、参勤交代の荷物持ちということで「ハヤテ」も江戸に出ることになる。だが、その途中でも、義母が放った刺客が彼の命を狙い、大勢の命を巻き込むような策に出てしまう。
しかし、いくつかの偶然が重なったり、「ハヤテ」や彼についてきた狼の助けがあったりして義母の陰謀はすべて頓挫し、義母は自分の望みが立たれたことを知って自死する。「ハヤテ」もまた師匠から依頼された物を盗まれ、それを巡っての一騒動に巻き込まれたりする。そして、そこで、騒動の基となった男が自分を捨てた父親であることを知ったりする。
こうした騒動の中で、正春の異母弟は、慕っていた異母兄を殺そうとしたとはいえ、その母親の心情を思い、また兄のことを思い、出家の道を選び、「ハヤテ」もまた再び手に職をつけた立派な大人になるために再び鎧職人の弟子としての道を歩み始めることになるのである。
この作品は、こうしたいくつもの話が軽妙に、しかも、あまり無理がなく、いいテンポで進められるが、登場する人物の多くが、ある場合には自己の保身に走ったり、出世や権力を握ろうとしたり、現実を生きのびるために画策したりするにしても、主人公を殺そうとする義母を含めて、「心優しい」人間たちである。そして、人の心の「さびしさ」ということが物語の全体を流れていき、人の寂しさが人によってしか癒されないことが語られていくのである。
米村圭伍という作家は、人が孤独であり、その孤独の寂しさのゆえに人の温もりを求める姿を軽妙な語り口の中で記す作家である。わたしは彼のそういうところをひどく買っている。その意味で、この『山彦ハヤテ』は、なかなか味のある作品だと思う。
そういう中で、米村圭伍『山彦ハヤテ』(2008年 講談社)を面白く読んでいたので、ここに記しておくことにした。
米村圭伍の作品は、最初の『風流冷飯伝』(1999年 新潮社)を初めとして、これまでいくつか読んできて、歴史的な考証を踏まえながらも奇想天外な発想によって、軽妙な語り口で物語が戯作として展開される面白さを感じてきたが、この『山彦ハヤテ』は、歴史的な事柄についての考証が影をひそめながらも、心優しく山中や市井を放浪する小藩の藩主の姿を、事情があって山中で暮らす「ハヤテ」という少年の姿と共に描き出して、その小藩のお家騒動の顛末を作者独自の風合いで展開したものである。
父の後を継いで奥羽の小藩の藩主となった三代川正春は、最初のお国入り(領地に行くこと)の時、藩の実権争いをする家老たちの争いのために、信頼していた家臣から裏切られて山中で命を狙われることになる。偶然が幸いした形でそれをなんとか切り抜けたが、意識を失って倒れてしまう。その山は御留め山(出入り禁止の山)で、彼の命は風前の灯火となってしまうのである。
だが、その時、彼は、その山中でひそかに暮らしていた「ハヤテ」という少年に助けられる。「ハヤテ」は、新田開墾に携わった水呑百姓の子であったが、台風で母親を亡くし、博打と酒に溺れてしまってついには強盗となった父親から捨てられ、追われて逃げ出し、人の出入りが禁止されている御留め山に逃れて、ひとりで何とか生きのびていた少年だった。過酷な体験が彼に生きのびる知恵を与えていた。
その「ハヤテ」に助けられた三代川正春は、「ハヤテ」との山中での暮らしの中で、初めて自分の身を心底心配してくれる人間に出会ったことを感じたし、孤独に生きてきた「ハヤテ」も、自分を受け入れてくれる人間に出会い、二人の信頼は深まっていく。また、物怖じしない三代川正春が、ある時、骨をのどに詰まらせて死を迎えるばかりになっていた狼を助け、その狼との信頼も深めていくのである。
だが、異母弟を藩主に据えて藩の実権を握ろうとする家老と我が子を藩主にしたいと切望する義母が放った追っ手が迫り、またそれに対向することで藩の実権を握ろうとする国家老の探索が進んで、三代川正春は「ハヤテ」と分かれて城中に戻らなければならなくなる。
正春が無事に城中に戻ったことで、彼を殺そうとした家老一派の陰謀は頓挫するが、今度は自己の保身のために美貌の女性を使って正春を自家薬籠中のものにしようとする国家老によって、性の懊悩の中に突き落とされたりするし、義母は変わらずに彼の命を狙い続ける。心優しい彼は、異母弟を大事にし、義母を処罰することを躊躇していたが、義母は、我が子を藩主にすることに執念を燃やし続けていたのである。
国家老の企みに気づいていたので、美貌の女性にかしずかれて性の懊悩に悩んだ正春は城から逃げ出し、そこを義母が放った刺客に狙われるのである。その時、寂しさに耐えきれなくなって正春に会いに来た「ハヤテ」と正春が助けた狼、そして、城の下肥を引き取っていた百姓の娘に助けられていく。そして、「ハヤテ」は、偶然知り合った鎧作りの老人から弟子になることを勧められ、弟子入りするのである。だが、弟子としての学びがつらく、彼は逃げ出して再び山中に帰ったりするし、三代川正春は、国家老の企みを知りつつも美貌の女性の魅力に負けて彼女を側室にしてしまったりするのである。
こうして時が巡り、三代川正春が再び参勤交代で江戸表に帰ることになり、「ハヤテ」を弟子にしたいと願った鎧作りの師匠も、再び「ハヤテ」を弟子にする機会を与えるために、自分の作品を江戸に届けて欲しいと依頼し、参勤交代の荷物持ちということで「ハヤテ」も江戸に出ることになる。だが、その途中でも、義母が放った刺客が彼の命を狙い、大勢の命を巻き込むような策に出てしまう。
しかし、いくつかの偶然が重なったり、「ハヤテ」や彼についてきた狼の助けがあったりして義母の陰謀はすべて頓挫し、義母は自分の望みが立たれたことを知って自死する。「ハヤテ」もまた師匠から依頼された物を盗まれ、それを巡っての一騒動に巻き込まれたりする。そして、そこで、騒動の基となった男が自分を捨てた父親であることを知ったりする。
こうした騒動の中で、正春の異母弟は、慕っていた異母兄を殺そうとしたとはいえ、その母親の心情を思い、また兄のことを思い、出家の道を選び、「ハヤテ」もまた再び手に職をつけた立派な大人になるために再び鎧職人の弟子としての道を歩み始めることになるのである。
この作品は、こうしたいくつもの話が軽妙に、しかも、あまり無理がなく、いいテンポで進められるが、登場する人物の多くが、ある場合には自己の保身に走ったり、出世や権力を握ろうとしたり、現実を生きのびるために画策したりするにしても、主人公を殺そうとする義母を含めて、「心優しい」人間たちである。そして、人の心の「さびしさ」ということが物語の全体を流れていき、人の寂しさが人によってしか癒されないことが語られていくのである。
米村圭伍という作家は、人が孤独であり、その孤独の寂しさのゆえに人の温もりを求める姿を軽妙な語り口の中で記す作家である。わたしは彼のそういうところをひどく買っている。その意味で、この『山彦ハヤテ』は、なかなか味のある作品だと思う。
2011年4月13日水曜日
米村圭伍『おんみつ蜜姫』
よく晴れ、ようやく温かさを感じる日々になってきた。室内よりも戸外の方がはるかに温かい。福島の原子力発電所の被災に伴う事故は、まだ収拾の目途が立たないし、昨日は、暫定的ではあるが原子力事故の最悪状態を示すレベル7に指定された。レベル7であれば、近隣の住民は「一時避難」ではなく、「移住」が検討されるべきかも知れないが、日本政府はまだそこまでの判断をしていない。もっとも現状からして、判断保留が続くのかもしれないが。
11-12日と、こちらでも大きな揺れを感じる余震が頻発した。月曜日は、ちょうど都内で組織の方策の歴史的検証の発題をしていた時で、一時中断せざるを得なかったし、12日は、朝からかなり頻発した。新聞やテレビなどのマスコミでは、何とか震災前の状態を取り戻して平常を装うとしているが、関東以北では「疲れ」をあちらこちらで感じる。前の状態に戻ることを志向するのではなく、経済活動も含めた生活スタイルや社会構造がとられるべきだろうが、重層的、複合的に絡まっている現在の社会システムでは、それがなかなか難しい気もする。
そういうことを感じながら、全く無関係でお気楽な娯楽時代小説である米村圭伍『おんみつ蜜姫』(2004年 新潮社)を読んでいた。
これは前に読んだ『おたから蜜姫』(2007年 新潮社)の前作に当たるものだが、和歌に精通し、学識もあり、頭脳も明晰だが、どこか一本ねじが抜けたような母親である「甲府御前」に育てられた豊後温水藩(作者の創作)のおてんばで冒険好きな姫である「蜜姫」の活躍を、歴史的事件を奇想天外に絡ませた中で描いたものである。
蜜姫が飛び込んでしまった事件は、八代将軍徳川吉宗の時代に起こった「天一坊事件」で、これは、修験者(山伏)であった天一坊改行が吉宗の御落胤であると騙り、浪人を多数集めていた事件で、講談などでは南町奉行の大岡越前守忠相の名裁きによって解決した「大岡政談」で著名だが(実際には大岡忠相はこの事件には関係していない)、作者はこれと徳川吉宗と尾張徳川家の将軍位を巡る確執をからませ、「天一坊事件」が吉宗失脚を狙う尾張徳川家によって仕組まれたこととして物語を展開している。
作中では、温水藩の藩主であり、「蜜姫」の父親である乙梨重利が天一坊改行を知り、これを一時匿ったが、天一坊を利用して吉宗の失脚を狙う尾張徳川家に天一坊を奪われ、その経過を隠蔽しようとする尾張徳川家から生命を狙われるのをおてんばの「蜜姫」が助け、そこから真相を突きとめようとする「蜜姫」の冒険の旅が始まるのである。
そこに、豊後温水藩と四国風見藩(これも作者の創作)の疲弊した財政立て直しのための合併話で、風見藩主の後妻になることになった「蜜姫」の事情や、「蜜姫」の母である「甲府御前」の祖である武田勝頼が残した軍用金(秘宝)の話が加わり、「蜜姫」は、豊後から四国、尾張から諏訪、そして江戸までの旅をするということになっていく。
この奇想天外な物語には、母親の愛猫「タマ」が実は忍び猫で、「蜜姫」の危急を助けていったり、吉宗が創設した公儀お庭番が登場したり、尾張徳川家の密命を受けた尾張柳生が登場したり、徳川吉宗や大岡忠相が戯画化されて登場したりして、物語をわざと滑稽なものに仕立てようとする作者の意図が顕著に見られるが、その実、「ひとりの凛とした女性」であろうとする「蜜姫」の物怖じしない姿が描き出されているのである。
大筋の大部分が虚であるが、虚実をない交ぜにして、「娯楽読み物」を創作しようとする作者の意図は、他の作品でも顕著である。そして、それが顕著な『風流冷飯伝』(1999年 新潮社)から始まる『退屈姫伝』やこの「蜜姫」シリーズでは、時代の風刺がとことん為されて、それが現代文明批判のようなものにもなっている。
ただ、作者が創作した温水藩や風見藩といった題材にこだわったところとか、こういう作風は、少々飽きが来るというのも正直な感想でもあり、作者の力量からすれば、他の視点や構成でも、あるいはテーマでも、充分書けるような気がするが、どうだろうか。
昨日、ようやく急ぎの仕事が片づいたので、今週はいつものペースに戻って、少しのんびりできそうな気もする。それにしても、まあ、次から次へといろいろなことがあるものだ。
2011年3月24日木曜日
米村圭伍『エレキ源内 殺しからくり』
春分の日の21日と22日に雨が降ったので、福島の原子力発電所から漏れている放射性物質の土壌へのしみ込みを案じていたら、昨日は葉物野菜類に摂取制限が出され、都内の水道水も乳児への摂取を控えた方が良いという指示が出された。摂取しても案ずるほどではないとは言え、昨日はスーパーマーケットの飲料水があっという間に売り切れていた。どんなに「直ちに健康被害が出るわけではない」と告げられても、健康志向が強くなっている現代人にとって不安の増大は避けられないだろう。不安感は特別に感染しやすいのだから。
人が安全で健康であることは素晴らしいことだが、人生は絶妙なバランスの上でしかなく、いつも危機に満ち、人は多かれ少なかれ病状を抱えながら生きているのであり、むしろそれらを案じ、曖昧な噂に振り回されて、かえって不安になる精神の方が心配である。「頑張ろう」とか「勇気を与える」とかいった大上段に振りかざしたような呼びかけが為されるところにも、考慮されない思想性や精神性のなさを感じてしまう。とは言え、不安定な状態が続いており、これからも続くだろう。
こういう中で、夜は変わらずに本を読み続けているが、読書というものは、読み手の状況や状態にも大きく作用されて、個人的な体調がなかなか回復しないこともあって、常に主観的なものでしかないことを痛感させられている。昨日読んだ米村圭伍『エレキ源内 殺しからくり』(2004年 集英社)も、歴史的な考証に裏打ちされているとは言え、江戸時代の自然科学者であった平賀源内が、十八歳で怪死した徳川家基の死因に関係したとか、四方赤良(よものあから)という狂歌師として著名な大田直次郎が平賀源内の事件に関連して老中であった田沼意次やその時代の政治に暗躍したといわれる一橋家の徳川治済(とくがわ はるさだ)と関係していたとかいった構成に、いささか倦み疲れながら読んだ次第である。
確かに、怪死した徳川家基の死には、田沼意次や徳川治済による毒殺説があるのだが、それと平賀源内のエレキテルを結びつけたり、平賀源内が田沼意次の財宝を秘匿したり、彼が人を殺すほどの電気エネルギーを放出するエレキテルを考案していたとすることなどは、平賀源内や四方赤良が著名であるだけに、想像性豊かな小説とはいえ無理がありすぎる。
物語そのものは、獄死した平賀源内の娘「つばめ」が、源内が残した遺品をもっていることもあって、田沼意次と徳川治済の政権争いに巻き込まれ、源内が秘匿した徳川家基の暗殺道具としてのエレキテルが仕込まれた駕籠や田沼意次の財宝を、彼女を助ける者たちと共に危機をくぐり抜けて発見し、家基暗殺の真相を探り出すというもので、最後には、源内が仕掛けていた「からくり」によってすべての証拠の品が爆破され、暗躍した田沼意次は老中職を失って失脚し、徳川治済も「つばめ」によって腑抜けのようになってしまうと続けられる。
こうした物語の展開そのものは、歴史的事象の中での奇想天外な発想に他ならないが、どこか登場人物の描き方が浮薄なような気がした。
とは言え、平賀源内にしろ四方赤良にしろ、市井の中で生きなければならなかった人間たちが、安定した暮らしを望み、権力をもった田沼意次も徳川治済も同じように、「結局は、立身出世かい。地位を得て権力をふるい、利権を我が手に収めて私腹を肥やす。それを目指して、みんな踊り狂ってやがる」(255ページ)ような人間として作者が捕らえ、その右往左往ぶりを描き出そうとしている姿勢は、この作者ならではのものだろうと思う。
人はただ安定を望むだけなのだが、それを望むところに、また、問題もあるのであり、安定を望むことの中に人間と世界を違った方向に導いてしまう危険も存在している。そうして世の中が何とも妙な具合にできていくところに恐ろしさもある。現代もまた、そうした時代だろうと思ったりもする。「足を知る」という境地には、なかなか届かないものである。
人が安全で健康であることは素晴らしいことだが、人生は絶妙なバランスの上でしかなく、いつも危機に満ち、人は多かれ少なかれ病状を抱えながら生きているのであり、むしろそれらを案じ、曖昧な噂に振り回されて、かえって不安になる精神の方が心配である。「頑張ろう」とか「勇気を与える」とかいった大上段に振りかざしたような呼びかけが為されるところにも、考慮されない思想性や精神性のなさを感じてしまう。とは言え、不安定な状態が続いており、これからも続くだろう。
こういう中で、夜は変わらずに本を読み続けているが、読書というものは、読み手の状況や状態にも大きく作用されて、個人的な体調がなかなか回復しないこともあって、常に主観的なものでしかないことを痛感させられている。昨日読んだ米村圭伍『エレキ源内 殺しからくり』(2004年 集英社)も、歴史的な考証に裏打ちされているとは言え、江戸時代の自然科学者であった平賀源内が、十八歳で怪死した徳川家基の死因に関係したとか、四方赤良(よものあから)という狂歌師として著名な大田直次郎が平賀源内の事件に関連して老中であった田沼意次やその時代の政治に暗躍したといわれる一橋家の徳川治済(とくがわ はるさだ)と関係していたとかいった構成に、いささか倦み疲れながら読んだ次第である。
確かに、怪死した徳川家基の死には、田沼意次や徳川治済による毒殺説があるのだが、それと平賀源内のエレキテルを結びつけたり、平賀源内が田沼意次の財宝を秘匿したり、彼が人を殺すほどの電気エネルギーを放出するエレキテルを考案していたとすることなどは、平賀源内や四方赤良が著名であるだけに、想像性豊かな小説とはいえ無理がありすぎる。
物語そのものは、獄死した平賀源内の娘「つばめ」が、源内が残した遺品をもっていることもあって、田沼意次と徳川治済の政権争いに巻き込まれ、源内が秘匿した徳川家基の暗殺道具としてのエレキテルが仕込まれた駕籠や田沼意次の財宝を、彼女を助ける者たちと共に危機をくぐり抜けて発見し、家基暗殺の真相を探り出すというもので、最後には、源内が仕掛けていた「からくり」によってすべての証拠の品が爆破され、暗躍した田沼意次は老中職を失って失脚し、徳川治済も「つばめ」によって腑抜けのようになってしまうと続けられる。
こうした物語の展開そのものは、歴史的事象の中での奇想天外な発想に他ならないが、どこか登場人物の描き方が浮薄なような気がした。
とは言え、平賀源内にしろ四方赤良にしろ、市井の中で生きなければならなかった人間たちが、安定した暮らしを望み、権力をもった田沼意次も徳川治済も同じように、「結局は、立身出世かい。地位を得て権力をふるい、利権を我が手に収めて私腹を肥やす。それを目指して、みんな踊り狂ってやがる」(255ページ)ような人間として作者が捕らえ、その右往左往ぶりを描き出そうとしている姿勢は、この作者ならではのものだろうと思う。
人はただ安定を望むだけなのだが、それを望むところに、また、問題もあるのであり、安定を望むことの中に人間と世界を違った方向に導いてしまう危険も存在している。そうして世の中が何とも妙な具合にできていくところに恐ろしさもある。現代もまた、そうした時代だろうと思ったりもする。「足を知る」という境地には、なかなか届かないものである。
2011年2月21日月曜日
米村圭伍『紅無威おとめ組 かるわざ小蝶』
風の強い薄曇りの日になった。昨日、二つの悲しい知らせに接していた。一つは、昨秋、沖縄に同行した酒好きの明るいD氏が癌で倒れたという知らせで、もう一つは、つまらない矮小な理想像を押しつけられて、それに応えることが出来ずに挫折して郷里に帰るというO氏の知らせである。O氏は本当に苦労した。彼を支えたご家族も苦労した。だが、昨夜遅くまで彼と話をしても、彼が郷里に帰るという決断をした以上、その決断を尊重する以外に術がない。人は細い綱の上を微妙なバランスをとりながら生きているが、そのバランスは壊れやすいとつくづく思う。
閑話休題。土曜日(19日)の夜に、米村圭伍『紅無威(くれない)おとめ組 かるわざ小蝶』(2005年 幻冬舎)を、またまた、史的事実を充分に踏まえながらも、風刺を交えて面白おかしく物語を展開する手法に感心しながら読んだ。米村圭伍の作品に触れた際に、ある方が「中世史をおさえておかないと、作者に煙に撒かれそうですね」というコメントを寄せて下さったが、作者はどうもそのことに快感を覚えているようで、「もっともらしく作り話を語る」という戯作の妙味をこの作品でも感じた。
物語は、田沼意次を退けて寛政の改革(1787-1893年)を行った松平定信(1759-1829年)の時代、田沼意次が隅田川の中州を埋めて造成して歓楽街になっていた中州新地が、松平定信が進める改革によって寛政元年(1789年)に取り潰される際、中州新地で軽業曲芸をして評判をとっていた「小蝶」が、その取り潰しで自分の面倒見てくれていた親方が殺されたと思い込み、親方の仇を討とうと松平定信の屋敷に忍び込んだりして、松平定信が田沼置き次の孫である意明に川欠普請御用という名目で出させた六万両を狙ったり、幕府御金蔵破りを企んだりする一団と関わり、その一団の中にいた発明に凝る「萩乃」、女だてらに侍の格好をして武芸の腕を磨こうとしている「桔梗」と知り合い、「小蝶」、「萩乃」、「桔梗」のそれぞれ個性溢れる三人がそれぞれの特技を発揮して「紅無威おとめ組」を作っていく話である。
水も滴るようなすこぶるつきのいい男であり、豪商として名を残して一代限りで消え去った紀伊国屋文左衛門の血を引く「幻之介」の企みで松平定信の六万両を奪うために集められた「萩乃」、「桔梗」、「小蝶」は、「幻之介」の色香と好言で、田沼家の残党と共にその計画を進めていくが、「幻之介」が自分たちをだまして、実際は幕府の御金蔵を破ろうとしていることを知り、女をだまして働かせ、役目がすんだら消し去り、天下を騒がす大事件を起こしておもしろがろうとする「幻之介」を、それぞれの特技を発揮して懲らしめるのである。
ふとしたことで自分たちのことを「紅無威おとめ組」と名乗った三人はそれぞれ個性的で、身軽で軽業をし、幻術さえも身につけた乙女である「小蝶」、平賀源内顔負けの発明をする「萩乃」、そして、秘剣を鍛錬する「桔梗」という設定は、いかにも作者らしい設定である。また、「桔梗」は、実は松平定信の妾腹の妹であり、そこにひねりも加えられている。
さらに、物語の中で、池波正太郎の『剣客商売』の主人公である秋山小兵衛の息子である秋山大二郎が「冬山大二郎」として登場するなど、遊び心満点の作品になっている。『剣客商売』の中で、秋山大二郎は田沼意次の妾腹の娘と結婚するが、そのあたりのことがちゃんと述べられているのである。こうした遊び心は、それと気づけば、読んでいて面白いものである。
なんでも、この作品は、江戸城御金蔵破りとして捕縛された「幻之介」が巧妙に縛を逃れ、その後「紅無威おとめ組」のシリーズとして書かれているらしいので、娯楽小説として面白いシリーズになっているだろうと思う。作者の歴史を逆手にとった戯作姿勢や遊び心は、何とも言えない味がある。
閑話休題。土曜日(19日)の夜に、米村圭伍『紅無威(くれない)おとめ組 かるわざ小蝶』(2005年 幻冬舎)を、またまた、史的事実を充分に踏まえながらも、風刺を交えて面白おかしく物語を展開する手法に感心しながら読んだ。米村圭伍の作品に触れた際に、ある方が「中世史をおさえておかないと、作者に煙に撒かれそうですね」というコメントを寄せて下さったが、作者はどうもそのことに快感を覚えているようで、「もっともらしく作り話を語る」という戯作の妙味をこの作品でも感じた。
物語は、田沼意次を退けて寛政の改革(1787-1893年)を行った松平定信(1759-1829年)の時代、田沼意次が隅田川の中州を埋めて造成して歓楽街になっていた中州新地が、松平定信が進める改革によって寛政元年(1789年)に取り潰される際、中州新地で軽業曲芸をして評判をとっていた「小蝶」が、その取り潰しで自分の面倒見てくれていた親方が殺されたと思い込み、親方の仇を討とうと松平定信の屋敷に忍び込んだりして、松平定信が田沼置き次の孫である意明に川欠普請御用という名目で出させた六万両を狙ったり、幕府御金蔵破りを企んだりする一団と関わり、その一団の中にいた発明に凝る「萩乃」、女だてらに侍の格好をして武芸の腕を磨こうとしている「桔梗」と知り合い、「小蝶」、「萩乃」、「桔梗」のそれぞれ個性溢れる三人がそれぞれの特技を発揮して「紅無威おとめ組」を作っていく話である。
水も滴るようなすこぶるつきのいい男であり、豪商として名を残して一代限りで消え去った紀伊国屋文左衛門の血を引く「幻之介」の企みで松平定信の六万両を奪うために集められた「萩乃」、「桔梗」、「小蝶」は、「幻之介」の色香と好言で、田沼家の残党と共にその計画を進めていくが、「幻之介」が自分たちをだまして、実際は幕府の御金蔵を破ろうとしていることを知り、女をだまして働かせ、役目がすんだら消し去り、天下を騒がす大事件を起こしておもしろがろうとする「幻之介」を、それぞれの特技を発揮して懲らしめるのである。
ふとしたことで自分たちのことを「紅無威おとめ組」と名乗った三人はそれぞれ個性的で、身軽で軽業をし、幻術さえも身につけた乙女である「小蝶」、平賀源内顔負けの発明をする「萩乃」、そして、秘剣を鍛錬する「桔梗」という設定は、いかにも作者らしい設定である。また、「桔梗」は、実は松平定信の妾腹の妹であり、そこにひねりも加えられている。
さらに、物語の中で、池波正太郎の『剣客商売』の主人公である秋山小兵衛の息子である秋山大二郎が「冬山大二郎」として登場するなど、遊び心満点の作品になっている。『剣客商売』の中で、秋山大二郎は田沼意次の妾腹の娘と結婚するが、そのあたりのことがちゃんと述べられているのである。こうした遊び心は、それと気づけば、読んでいて面白いものである。
なんでも、この作品は、江戸城御金蔵破りとして捕縛された「幻之介」が巧妙に縛を逃れ、その後「紅無威おとめ組」のシリーズとして書かれているらしいので、娯楽小説として面白いシリーズになっているだろうと思う。作者の歴史を逆手にとった戯作姿勢や遊び心は、何とも言えない味がある。
2011年2月10日木曜日
米村圭伍『おたから蜜姫』
昨日あたりから再び寒さが戻ってきて、夜は雪になるという予報も出ている。三寒四温というにはあまりにも寒さが厳しい気もするが、そこはかと春の近さを感じないわけではない。
三日間ほどかけて米村圭伍『おたから蜜姫』(2007年 新潮社)を読んでいた。これは『おんみつ蜜姫』に続く「蜜姫」シリーズとでも言うべきものの2作目に当たる作品だが、米村圭伍らしい、かなりしっかりした歴史考証に基づきながらも、そこから自由奔放に「噺」として面白おかしく展開して、ある場合には風刺を効かし、ある場合には奇想天外な発想をして冒険譚のようにして語っていく作品で、本書では「かぐや姫」として名高い『竹取物語』の解釈が重要な要素となっている。
主人公は九州豊後の小藩である温水藩(ぬくみずはん-作者が創作したもので、温水藩は作者がこれまで描いてきた風見藩と海を隔てて隣接しているという設定になっており、蜜姫は風見藩主の後妻になるという設定になっている)の「蜜姫」で、女ながらに剣士の格好をして剣を振るい、冒険好きのおてんば姫である。この姫の母親の「甲府御前」がまた一風変わっていて、甲斐の武田家の血筋を引き、学識豊かで頭脳明晰でありつつ、自由奔放で、蜜姫を使って難問を解決していくという母娘の名コンビを作っていく魅力的な女性である。
第一作の『おんみつ蜜姫』では、江戸幕府八代将軍の徳川吉宗(1684-1751年)の時に吉宗の御落胤を語った「天一坊事件」を解決し、甲府御前が武田家の家宝である「大鎧(おおよろい)」を発見した展開になっているらしい。この武田家家宝の大鎧は、実際に甲府市の菅田天神社の所蔵として現存する。
本作では、その甲府御前の知恵と蜜姫が、仙台の伊達家から蜜姫の婚約者である風見藩主に申し出られた結婚話に絡んで、『竹取物語』に記されたかぐや姫の求婚者への要求であった五つの宝、「仏の石の鉢」、「蓬莱の玉の枝」、「火鼠の皮衣」、「龍の顎の五色に光る玉」、「燕の子安貝」の謎を探っていき、ついには武田家の隠し金や、江戸幕府の初期に幕府の財政体制を確立し金本位制を敷く功績を挙げ、勘定奉行や老中にまでなりながらも、死後に家康によって断罪された大久保長安(1545-1613年)の隠し遺金の探索にまでたどり着く壮大な歴史ドラマを演じていくのである。
甲府御前は、数々の古典を探り、『竹取物語』が、大陸渡来の金属製錬技術をもった独立を重んじる迦具夜(かぐや)一族と、それを支配して金属製錬技術を手に入れようとした大和朝廷との闘いを描いたものであり、その迦具夜一族が自分たちに手を出すとひどい目にあうという警告の意味をこめて語った物語であるという解釈にたどり着くというのである。
それは一見、荒唐無稽の解釈のように見えるが、古事記や国造り物語などに秘されていた地方豪族と大和朝廷との間の争いや、日本書紀の解釈などでもかなりの地方豪族や渡来人の反抗があったことが伺い知れるので、作者はその延長に『竹取物語』を置いて、こうした話を展開しているのであり、もちろん、「お噺」としての『竹取物語』にこうした歴史的解釈を持ち込むことは無理なことだが、それを承知の上でこうした展開をしていくのである。
そして、徳川幕府の財務体制を築き、栄華を誇った大久保長安が、流浪の民であった猿楽師の出身であったことから、金山や銀山などを見つけて掘り出すために諸国を流浪する金山衆の頭で、金山衆は迦具夜一族の子孫であり、伊達政宗と結託して徳川幕府の転覆を企み、察知された家康から死後に断罪されて、反逆の芽を摘み取られたのではないかという結論にいたるのである。これも、日本には実際にどこの支配にも入らない「山の民」というのがあったのだから、無謀なこじつけとは言えないところもあるのであるし、実際に長安には幕府転覆の謀反の疑いもあったので、決してこじつけとは言えないところがある。
実際、大久保長安という人は謎の多い人物だったらしい。彼は武田家の家臣として金山管理や税務などを担当し、武田家滅亡以後に家康に仕え、甲府の治水や新田開発、金山の採掘などに功を収め、やがては家康から佐渡金山などの全国の金銀山の統括や交通網の整備などを任され、里程(尺貫法)を整え、一時は家康の直轄領の実質的な支配を任されるほどだった。彼は病死したが、死後、不正蓄財をしたという理由で彼の7人の男児は処刑され、大久保家は改易されて、家康は、埋葬されて腐敗しかけていた遺体を掘り起こして安倍川のほとりで斬首し、晒し首にしている。この家康の長安に対する激変ぶりの理由には諸説があり、今も謎とされている。彼の墓の所在も不明である。
こうした歴史を背景に、蜜姫と甲府御前は、『竹取物語』の謎を解いて大久保長安の遺金を探し当てるのだが、遺金探しを企んでいた伊達吉村や徳川吉宗の思惑とは異なり、大久保長安が秘匿していたものは武田家の家宝である御旗であったというオチになっている。
物語の展開の中で、『古事記』や『日本書紀』はもちろん、『今昔物語』や『源氏物語』は出てくるわ、『宇津保物語』は出てくるわ、道教や除福伝説、埋蔵金秘話まで飛び出し、日本の金山史や江戸幕府の書庫であった紅葉山文庫の言及まで、実に多彩な話が織り込まれ、盛りだくさんで、その中を、蜜姫を巡る人々の姿が滑稽に描かれ、それらが複走しているので、人ごとながら執筆にはかなりの時間を要しただろうと思ったりもする。
それにしても、『竹取物語』は考えてみれば不思議な物語ではある。本書の『竹取物語』の解釈は、もちろん作者特有の荒唐無稽なものではあるが、なかなか妙味のあるものであった。
三日間ほどかけて米村圭伍『おたから蜜姫』(2007年 新潮社)を読んでいた。これは『おんみつ蜜姫』に続く「蜜姫」シリーズとでも言うべきものの2作目に当たる作品だが、米村圭伍らしい、かなりしっかりした歴史考証に基づきながらも、そこから自由奔放に「噺」として面白おかしく展開して、ある場合には風刺を効かし、ある場合には奇想天外な発想をして冒険譚のようにして語っていく作品で、本書では「かぐや姫」として名高い『竹取物語』の解釈が重要な要素となっている。
主人公は九州豊後の小藩である温水藩(ぬくみずはん-作者が創作したもので、温水藩は作者がこれまで描いてきた風見藩と海を隔てて隣接しているという設定になっており、蜜姫は風見藩主の後妻になるという設定になっている)の「蜜姫」で、女ながらに剣士の格好をして剣を振るい、冒険好きのおてんば姫である。この姫の母親の「甲府御前」がまた一風変わっていて、甲斐の武田家の血筋を引き、学識豊かで頭脳明晰でありつつ、自由奔放で、蜜姫を使って難問を解決していくという母娘の名コンビを作っていく魅力的な女性である。
第一作の『おんみつ蜜姫』では、江戸幕府八代将軍の徳川吉宗(1684-1751年)の時に吉宗の御落胤を語った「天一坊事件」を解決し、甲府御前が武田家の家宝である「大鎧(おおよろい)」を発見した展開になっているらしい。この武田家家宝の大鎧は、実際に甲府市の菅田天神社の所蔵として現存する。
本作では、その甲府御前の知恵と蜜姫が、仙台の伊達家から蜜姫の婚約者である風見藩主に申し出られた結婚話に絡んで、『竹取物語』に記されたかぐや姫の求婚者への要求であった五つの宝、「仏の石の鉢」、「蓬莱の玉の枝」、「火鼠の皮衣」、「龍の顎の五色に光る玉」、「燕の子安貝」の謎を探っていき、ついには武田家の隠し金や、江戸幕府の初期に幕府の財政体制を確立し金本位制を敷く功績を挙げ、勘定奉行や老中にまでなりながらも、死後に家康によって断罪された大久保長安(1545-1613年)の隠し遺金の探索にまでたどり着く壮大な歴史ドラマを演じていくのである。
甲府御前は、数々の古典を探り、『竹取物語』が、大陸渡来の金属製錬技術をもった独立を重んじる迦具夜(かぐや)一族と、それを支配して金属製錬技術を手に入れようとした大和朝廷との闘いを描いたものであり、その迦具夜一族が自分たちに手を出すとひどい目にあうという警告の意味をこめて語った物語であるという解釈にたどり着くというのである。
それは一見、荒唐無稽の解釈のように見えるが、古事記や国造り物語などに秘されていた地方豪族と大和朝廷との間の争いや、日本書紀の解釈などでもかなりの地方豪族や渡来人の反抗があったことが伺い知れるので、作者はその延長に『竹取物語』を置いて、こうした話を展開しているのであり、もちろん、「お噺」としての『竹取物語』にこうした歴史的解釈を持ち込むことは無理なことだが、それを承知の上でこうした展開をしていくのである。
そして、徳川幕府の財務体制を築き、栄華を誇った大久保長安が、流浪の民であった猿楽師の出身であったことから、金山や銀山などを見つけて掘り出すために諸国を流浪する金山衆の頭で、金山衆は迦具夜一族の子孫であり、伊達政宗と結託して徳川幕府の転覆を企み、察知された家康から死後に断罪されて、反逆の芽を摘み取られたのではないかという結論にいたるのである。これも、日本には実際にどこの支配にも入らない「山の民」というのがあったのだから、無謀なこじつけとは言えないところもあるのであるし、実際に長安には幕府転覆の謀反の疑いもあったので、決してこじつけとは言えないところがある。
実際、大久保長安という人は謎の多い人物だったらしい。彼は武田家の家臣として金山管理や税務などを担当し、武田家滅亡以後に家康に仕え、甲府の治水や新田開発、金山の採掘などに功を収め、やがては家康から佐渡金山などの全国の金銀山の統括や交通網の整備などを任され、里程(尺貫法)を整え、一時は家康の直轄領の実質的な支配を任されるほどだった。彼は病死したが、死後、不正蓄財をしたという理由で彼の7人の男児は処刑され、大久保家は改易されて、家康は、埋葬されて腐敗しかけていた遺体を掘り起こして安倍川のほとりで斬首し、晒し首にしている。この家康の長安に対する激変ぶりの理由には諸説があり、今も謎とされている。彼の墓の所在も不明である。
こうした歴史を背景に、蜜姫と甲府御前は、『竹取物語』の謎を解いて大久保長安の遺金を探し当てるのだが、遺金探しを企んでいた伊達吉村や徳川吉宗の思惑とは異なり、大久保長安が秘匿していたものは武田家の家宝である御旗であったというオチになっている。
物語の展開の中で、『古事記』や『日本書紀』はもちろん、『今昔物語』や『源氏物語』は出てくるわ、『宇津保物語』は出てくるわ、道教や除福伝説、埋蔵金秘話まで飛び出し、日本の金山史や江戸幕府の書庫であった紅葉山文庫の言及まで、実に多彩な話が織り込まれ、盛りだくさんで、その中を、蜜姫を巡る人々の姿が滑稽に描かれ、それらが複走しているので、人ごとながら執筆にはかなりの時間を要しただろうと思ったりもする。
それにしても、『竹取物語』は考えてみれば不思議な物語ではある。本書の『竹取物語』の解釈は、もちろん作者特有の荒唐無稽なものではあるが、なかなか妙味のあるものであった。
2011年1月24日月曜日
米村圭伍『錦絵双花伝』
冬型の気圧配置で寒い日々が続いている。長く寒い日々が続いている気がするのは、こちらの体調管理がうまくいっていないからだろう。宮崎県で41万羽もの養鶏が鳥インフルエンザのために殺処分されたというニュースも伝わる。強毒性をもつウィルスと人間の医学的・生物学的対処は「いたちごっこ」のようなところがある。ウィルスだけでなく豪州や南米の洪水もそうで、まるでパニック映画のようなことが現実となり、人はいつも、何事にも、その時々にその時々に合わせて対応するしかできないものだと、痛感したりもする。個人的には、良寛さんよろしく「災難に遭うときは災難に遭うがよく候」と思ってはいるが。
閑話休題。米村圭伍『錦絵双花伝』(2001年 新潮社)を、歴史の虚実を絶妙にないまぜた作品だと感心しながら面白く読んだ。これは前に読んだ『風流冷飯伝』(1999年 新潮社)、『退屈姫君伝』(2000年 新潮社)に続く3作目の作品で、前作で登場した幕府お庭番倉知政之助の手先として働く女忍者の「お仙」が、成長して美女となり、明和(1764-1772年)の三美人のひとりとして名高かった「笠森お仙」として評判を得、特に、自分の出生の秘密と合わせて、田沼意次の息子の意知と対決していくという奇想天外な物語である。
「笠森お仙」は、錦絵(多色刷りの浮世絵)で有名な鈴木春信(1725頃-1770年)がモデルとして描いた実在の人物で(1751-1827年)、浅草の楊枝屋「柳屋」の看板娘柳屋お藤(やなぎや おふじ)と人気を二分し、二十軒茶屋の水茶屋「蔦屋」の看板娘蔦屋およし(つたやおよし)とともに江戸の三美人(明和三美人)のひとりとして一世を風靡した女性である。
彼女は、人気絶頂となった1770年に突然に谷中の笠森の水茶屋「鍵屋」から姿を消したが、実際は、幕府お庭番の旗本で笠森稲荷の地主でもあった倉地甚左衛門の許に嫁いで、九人の子宝に恵まれ、長寿を全うしたと言われている。本作のどこか茫洋としたお庭番である倉知政之助は、この倉知甚左衛門である。
前作の『退屈姫君伝』で、笠森の水茶屋「鍵屋」を起こしたのが倉知政之助の父親であることが記され、その手先の「お仙」が「鍵屋」の茶汲み娘として働くというのも、こうした歴史的下地のある仕掛けで、それが美女の「笠森お仙」となるというのも、虚実を混ぜた仕掛けなのである。
また、本書で「お仙」の出生の重要な鍵となる者として描かれる浮世絵師の鈴木春信も、姓は穂積、通称次郎兵衛で、平賀源内とも親交があり、本書で「笠森お仙」を美女として売り出した者とされる大田直次郎も、後に幕府勘定所支配勘定にまで出世し、「四方赤良(よものあから)」や「寝惚先生(ねぼけせんせい)として随筆や狂歌、洒落本などを書いた大田南畝(1749-1823年)である。
こうした歴史的下地の上で、本作では、鈴木春信が若いころ、穂積次郎兵衛として老中田沼意次の命を受けて和歌山県の小藩の取り潰しに関わり、その藩の安泰を保証していた家康拝領の「垢付丸(あかつきまる)」という刀を盗み出し、その盗み出しのために利用した女が身ごもって双子を産み、女は殺されるが、ひとりは三美人の一人である楊枝屋の看板娘「柳屋お藤」であり、もうひとりが「笠森お仙」となる「お仙」であるという物語に仕上げられている。「柳屋お藤」は、取り潰された小藩の家老の娘として育てられ、家康拝領刀の「垢付丸」を探し出してお家の再興を願う娘となり、「お仙」はお庭番の手先であった鍵屋の亭主で忍者の五兵衛に女忍者として育てられたという設定になっている。
鈴木春信(穂積次郎兵衛)は、江戸で評判の美女となった「笠森お仙」と「柳屋お藤」を錦絵として描いて売り出すが、そこに昔自分が利用して捨てた女の面影を見て、罪科に苦しみ病んでいくし、「お仙」は自分の出生の真実を知って、そこに「因果の糸車」を覚えざるを得なくなっていく。
また、評判の美女二人を自分のものにしようとした田沼意知は、秘匿してあった「垢付丸」を持ち出し、これを抜いて、「垢付丸」の妖力の虜となり、また、その場にいた「お仙」もその妖力を浴びてしまって、女から男になってしまう。田沼意知は、実際に旗本の佐野善左衛門から殿中で斬られて死に、これをきっかけにしたように権勢を誇った田沼家は没落していくが、それをないまぜて、「お仙」の働きとして記されていく。
そして、「笠森お仙」として倉知政之助と結婚したのは瓜二つの双子の妹「柳屋お藤」であり、男となった「お仙」は、「大蜘蛛仙太郎」として二人を見守っていくようになるところで結末を迎えていく。それが全2作を含めた3部作の結末ともなっている。
ここには、前作まであった軽妙さよりも、むしろシリアスな、たとえば己の罪科に苦しむ鈴木春信や出生の秘密を抱く「お仙」といった比較的重いテーマが綴られている。しかし、作者の洒落や遊び心は満載で、たとえば家康拝領で妖力をもつ刀が「垢付丸(あかつきまる-赤月丸)」と名づけられたり、鈴木春信は春画も著名なことから男女の交合の姿がユーモラスに描かれたり、大田南畝の洒落て飄々とした姿が描かれたりしている。
あるいはまた、たとえば「月下に門を推したが、びくともしない。敲いて案内を請うわけにもいかない」(241ページ)といった「推敲(すいこう)」という言葉が由来する故事がさりげなく用いられたりしている。こうした遊び心は、読んでいてなかなか楽しいものである。
しかし、作者が本書の中で大田直次郎(南畝)の思いを借りて、「直次郎は痛感した。世俗を洒落のめすことができるのは、おのれがその世俗からは遊離しているか、遊離している素振りでいてこその行為だ。直次郎は軽格の幕臣である。退屈な毎日に飽き、文才を利して江戸に名をなしつつある。文人としての直次郎は、京極左門配下の御徒士(幕臣)とは別人格だ。その意識が、世間を斜に見ることを楽にさせている。徒士としての目で世の中を見れば、文章は不平不満で溢れ、誰も読みたがらぬものになるだろう」(338ページ)と語る下りは、あるいは作者が虚実ないまぜの洒落のめした作品を書く本音に近いような気がする。
そして、洒落のめした後で、その背後には生きることの重いテーマがあることを記そうとしたのが、この作品ではなかったかと思ったりする。とはいえ、作者の洒落と遊び心はこの先も続くだろう。
閑話休題。米村圭伍『錦絵双花伝』(2001年 新潮社)を、歴史の虚実を絶妙にないまぜた作品だと感心しながら面白く読んだ。これは前に読んだ『風流冷飯伝』(1999年 新潮社)、『退屈姫君伝』(2000年 新潮社)に続く3作目の作品で、前作で登場した幕府お庭番倉知政之助の手先として働く女忍者の「お仙」が、成長して美女となり、明和(1764-1772年)の三美人のひとりとして名高かった「笠森お仙」として評判を得、特に、自分の出生の秘密と合わせて、田沼意次の息子の意知と対決していくという奇想天外な物語である。
「笠森お仙」は、錦絵(多色刷りの浮世絵)で有名な鈴木春信(1725頃-1770年)がモデルとして描いた実在の人物で(1751-1827年)、浅草の楊枝屋「柳屋」の看板娘柳屋お藤(やなぎや おふじ)と人気を二分し、二十軒茶屋の水茶屋「蔦屋」の看板娘蔦屋およし(つたやおよし)とともに江戸の三美人(明和三美人)のひとりとして一世を風靡した女性である。
彼女は、人気絶頂となった1770年に突然に谷中の笠森の水茶屋「鍵屋」から姿を消したが、実際は、幕府お庭番の旗本で笠森稲荷の地主でもあった倉地甚左衛門の許に嫁いで、九人の子宝に恵まれ、長寿を全うしたと言われている。本作のどこか茫洋としたお庭番である倉知政之助は、この倉知甚左衛門である。
前作の『退屈姫君伝』で、笠森の水茶屋「鍵屋」を起こしたのが倉知政之助の父親であることが記され、その手先の「お仙」が「鍵屋」の茶汲み娘として働くというのも、こうした歴史的下地のある仕掛けで、それが美女の「笠森お仙」となるというのも、虚実を混ぜた仕掛けなのである。
また、本書で「お仙」の出生の重要な鍵となる者として描かれる浮世絵師の鈴木春信も、姓は穂積、通称次郎兵衛で、平賀源内とも親交があり、本書で「笠森お仙」を美女として売り出した者とされる大田直次郎も、後に幕府勘定所支配勘定にまで出世し、「四方赤良(よものあから)」や「寝惚先生(ねぼけせんせい)として随筆や狂歌、洒落本などを書いた大田南畝(1749-1823年)である。
こうした歴史的下地の上で、本作では、鈴木春信が若いころ、穂積次郎兵衛として老中田沼意次の命を受けて和歌山県の小藩の取り潰しに関わり、その藩の安泰を保証していた家康拝領の「垢付丸(あかつきまる)」という刀を盗み出し、その盗み出しのために利用した女が身ごもって双子を産み、女は殺されるが、ひとりは三美人の一人である楊枝屋の看板娘「柳屋お藤」であり、もうひとりが「笠森お仙」となる「お仙」であるという物語に仕上げられている。「柳屋お藤」は、取り潰された小藩の家老の娘として育てられ、家康拝領刀の「垢付丸」を探し出してお家の再興を願う娘となり、「お仙」はお庭番の手先であった鍵屋の亭主で忍者の五兵衛に女忍者として育てられたという設定になっている。
鈴木春信(穂積次郎兵衛)は、江戸で評判の美女となった「笠森お仙」と「柳屋お藤」を錦絵として描いて売り出すが、そこに昔自分が利用して捨てた女の面影を見て、罪科に苦しみ病んでいくし、「お仙」は自分の出生の真実を知って、そこに「因果の糸車」を覚えざるを得なくなっていく。
また、評判の美女二人を自分のものにしようとした田沼意知は、秘匿してあった「垢付丸」を持ち出し、これを抜いて、「垢付丸」の妖力の虜となり、また、その場にいた「お仙」もその妖力を浴びてしまって、女から男になってしまう。田沼意知は、実際に旗本の佐野善左衛門から殿中で斬られて死に、これをきっかけにしたように権勢を誇った田沼家は没落していくが、それをないまぜて、「お仙」の働きとして記されていく。
そして、「笠森お仙」として倉知政之助と結婚したのは瓜二つの双子の妹「柳屋お藤」であり、男となった「お仙」は、「大蜘蛛仙太郎」として二人を見守っていくようになるところで結末を迎えていく。それが全2作を含めた3部作の結末ともなっている。
ここには、前作まであった軽妙さよりも、むしろシリアスな、たとえば己の罪科に苦しむ鈴木春信や出生の秘密を抱く「お仙」といった比較的重いテーマが綴られている。しかし、作者の洒落や遊び心は満載で、たとえば家康拝領で妖力をもつ刀が「垢付丸(あかつきまる-赤月丸)」と名づけられたり、鈴木春信は春画も著名なことから男女の交合の姿がユーモラスに描かれたり、大田南畝の洒落て飄々とした姿が描かれたりしている。
あるいはまた、たとえば「月下に門を推したが、びくともしない。敲いて案内を請うわけにもいかない」(241ページ)といった「推敲(すいこう)」という言葉が由来する故事がさりげなく用いられたりしている。こうした遊び心は、読んでいてなかなか楽しいものである。
しかし、作者が本書の中で大田直次郎(南畝)の思いを借りて、「直次郎は痛感した。世俗を洒落のめすことができるのは、おのれがその世俗からは遊離しているか、遊離している素振りでいてこその行為だ。直次郎は軽格の幕臣である。退屈な毎日に飽き、文才を利して江戸に名をなしつつある。文人としての直次郎は、京極左門配下の御徒士(幕臣)とは別人格だ。その意識が、世間を斜に見ることを楽にさせている。徒士としての目で世の中を見れば、文章は不平不満で溢れ、誰も読みたがらぬものになるだろう」(338ページ)と語る下りは、あるいは作者が虚実ないまぜの洒落のめした作品を書く本音に近いような気がする。
そして、洒落のめした後で、その背後には生きることの重いテーマがあることを記そうとしたのが、この作品ではなかったかと思ったりする。とはいえ、作者の洒落と遊び心はこの先も続くだろう。
2010年12月27日月曜日
米村圭伍『退屈姫君伝』
晴れてはいるが書斎に座っていると寒さがしんしんと忍び寄ってくる。いささかの疲れを覚えながら土・日曜日を過ごし、暮らしていくだけがなかなか大変だと思いつつ、朝から掃除、洗濯、と家事にいそしんでいた。少しさっぱりしたところで、昨夜読んだ米村圭吾『退屈姫君伝』(2000年 新潮社)について記しておくことにした。
前にこの作者の『風流冷飯伝』(1999年 新潮社)を読んで、奇想天外・荒唐無稽の話ではあるが、ひと味もふた味もあるなあ、と思っていたので、その続編と言うか、『風流冷飯伝』がら生まれてきたと言うか、同じ四国の風見藩にまつわる話である本書を続けて読むことにした次第である。
今回の作品は、同じ風見藩でも江戸屋敷の方の話で、しかも風見藩主の時羽直重の妻となった陸奥磐内藩の姫「めだか」の天真爛漫な活躍を、これもまた面白おかしく語りながら、藩の取りつぶしを画策する田沼意次との対決の中で描き出したものである。
もちろん、田沼意次以外の人名も藩名も作者の創作によるものだし、人物も戯画化され、物語そのものも荒唐無稽の物語とはいえ、背景となる歴史的検証がかなりしっかりしているので、どこにも違和感はない。『風流冷飯伝』で活躍した幇間の格好をした幕府お庭番の手先であった「一八」の妹「お仙」が、少女ながらも女手先として主人公の「めだか姫」と共に活躍するし、どこか間の抜けたお庭番である倉知政之助も登場するが、何と言っても主人公の「めだか姫」の天真爛漫な個性的な姿が光るし、それでいてほんわかとしたムードの中で名推察と知恵を働かせて難局を乗り切っていく面白さがある。
陸奥磐内藩五十万石の藩主の末娘として天真爛漫に育った「めだか姫」は、弱小藩である風見藩の時羽直重の元に嫁ぐことになったが、嫁いでしばらくした後、藩主が参勤交代で国元に帰ったために、毎日退屈して過ごさなければならなくなる。退屈をもてあました「めだか姫」は、風見藩江戸屋敷に「六不思議」なるものがあることを知り、その「風見藩六不思議」の謎を解いていこうとするのである。そして、嫁いだ風見藩と親元の陸奥磐内藩との間に交わされた密約があることを知っていく。
一方、弱小藩である風見藩を取り潰して私腹を肥やすことを企む田沼意次は、幕府お庭番の密偵を放って風見藩の内情を探ろうと倉知政之助を使い、倉知政之助は四国の風見藩に行ったまま所在が分からなくなった手先の「一八」に代わって妹の「お仙」を手先として使うのである。だが、「お仙」も倉知政之助も、「めだか姫」と出会って、その天真爛漫ぶりと素直さに惹かれて、ついには田沼意次の画策が頓挫するように「めだか姫」に協力していくことになる。
風見藩と陸奥磐内藩の間に交わされていた密約とは、「風見藩六不思議」の一つにも挙げられている下屋敷に関係するもので、財政が苦しい風見藩が苦肉の策として取っていたもので、些細なことではあるが幕府の拝領屋敷に関することなので発覚すれば藩の取り潰しにもなりかねないことであった。田沼意次はそれを知って密約の発覚を企むのである。しかし、「めだか姫」の機転の利いた対抗策で、田沼意次はの画策は見事に頓挫していく。
大筋はそうだが、たとえば「風見藩六不思議」の六番目は「ろくは有れどもしちは無し」というもので、これが、貧乏藩である風見藩が倹約に倹約を重ねて商人から借金をせずに藩の財政を運営し、藩士は他藩よりもずっと少ない俸禄をもらっていて、涙ぐましい節約ぶりはあるが、そのことを少しも苦労とは感じておらずに、借金(質)がないことを誇り、それを自ら「六不思議」に数えて笑い飛ばしながら生活しているということを意味しているという。そしてそれが、実は物語の全体を流れるものとして物語の最後で記されている。
戯作ふうの作風の中で、「貧しさに負けず、心豊かにのんびりゆったり暮らしている風見藩江戸藩邸の人々」(307ページ)の姿、そういう大らかな雰囲気が全編を覆っていて、荒唐無稽の話の展開の中で、人の暮らしのあり方をしみじみと、そしてじんわりと考えさせるものになっている。細かいことにこだわったり執着したりせずに、その日の暮らしを大らかに楽しみつつ過ごすことを「よし」とする作者の姿勢がよく、それが直接的な言葉ではなく物語の中でゆっくり示されるのがとてもいい。
深刻に考えられがちなことを深刻に受け止めないことは人間の器量に繋がっていくことであるが、井上ひさしが語った「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと」を彷彿させる。
前にこの作者の『風流冷飯伝』(1999年 新潮社)を読んで、奇想天外・荒唐無稽の話ではあるが、ひと味もふた味もあるなあ、と思っていたので、その続編と言うか、『風流冷飯伝』がら生まれてきたと言うか、同じ四国の風見藩にまつわる話である本書を続けて読むことにした次第である。
今回の作品は、同じ風見藩でも江戸屋敷の方の話で、しかも風見藩主の時羽直重の妻となった陸奥磐内藩の姫「めだか」の天真爛漫な活躍を、これもまた面白おかしく語りながら、藩の取りつぶしを画策する田沼意次との対決の中で描き出したものである。
もちろん、田沼意次以外の人名も藩名も作者の創作によるものだし、人物も戯画化され、物語そのものも荒唐無稽の物語とはいえ、背景となる歴史的検証がかなりしっかりしているので、どこにも違和感はない。『風流冷飯伝』で活躍した幇間の格好をした幕府お庭番の手先であった「一八」の妹「お仙」が、少女ながらも女手先として主人公の「めだか姫」と共に活躍するし、どこか間の抜けたお庭番である倉知政之助も登場するが、何と言っても主人公の「めだか姫」の天真爛漫な個性的な姿が光るし、それでいてほんわかとしたムードの中で名推察と知恵を働かせて難局を乗り切っていく面白さがある。
陸奥磐内藩五十万石の藩主の末娘として天真爛漫に育った「めだか姫」は、弱小藩である風見藩の時羽直重の元に嫁ぐことになったが、嫁いでしばらくした後、藩主が参勤交代で国元に帰ったために、毎日退屈して過ごさなければならなくなる。退屈をもてあました「めだか姫」は、風見藩江戸屋敷に「六不思議」なるものがあることを知り、その「風見藩六不思議」の謎を解いていこうとするのである。そして、嫁いだ風見藩と親元の陸奥磐内藩との間に交わされた密約があることを知っていく。
一方、弱小藩である風見藩を取り潰して私腹を肥やすことを企む田沼意次は、幕府お庭番の密偵を放って風見藩の内情を探ろうと倉知政之助を使い、倉知政之助は四国の風見藩に行ったまま所在が分からなくなった手先の「一八」に代わって妹の「お仙」を手先として使うのである。だが、「お仙」も倉知政之助も、「めだか姫」と出会って、その天真爛漫ぶりと素直さに惹かれて、ついには田沼意次の画策が頓挫するように「めだか姫」に協力していくことになる。
風見藩と陸奥磐内藩の間に交わされていた密約とは、「風見藩六不思議」の一つにも挙げられている下屋敷に関係するもので、財政が苦しい風見藩が苦肉の策として取っていたもので、些細なことではあるが幕府の拝領屋敷に関することなので発覚すれば藩の取り潰しにもなりかねないことであった。田沼意次はそれを知って密約の発覚を企むのである。しかし、「めだか姫」の機転の利いた対抗策で、田沼意次はの画策は見事に頓挫していく。
大筋はそうだが、たとえば「風見藩六不思議」の六番目は「ろくは有れどもしちは無し」というもので、これが、貧乏藩である風見藩が倹約に倹約を重ねて商人から借金をせずに藩の財政を運営し、藩士は他藩よりもずっと少ない俸禄をもらっていて、涙ぐましい節約ぶりはあるが、そのことを少しも苦労とは感じておらずに、借金(質)がないことを誇り、それを自ら「六不思議」に数えて笑い飛ばしながら生活しているということを意味しているという。そしてそれが、実は物語の全体を流れるものとして物語の最後で記されている。
戯作ふうの作風の中で、「貧しさに負けず、心豊かにのんびりゆったり暮らしている風見藩江戸藩邸の人々」(307ページ)の姿、そういう大らかな雰囲気が全編を覆っていて、荒唐無稽の話の展開の中で、人の暮らしのあり方をしみじみと、そしてじんわりと考えさせるものになっている。細かいことにこだわったり執着したりせずに、その日の暮らしを大らかに楽しみつつ過ごすことを「よし」とする作者の姿勢がよく、それが直接的な言葉ではなく物語の中でゆっくり示されるのがとてもいい。
深刻に考えられがちなことを深刻に受け止めないことは人間の器量に繋がっていくことであるが、井上ひさしが語った「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと」を彷彿させる。
2010年12月15日水曜日
米村圭伍『風流冷飯伝』
よく晴れていたが気温が低く、黄昏時から雲が広がって冷え冷えとしてきた。明日からはまた寒さが一段と厳しくなるという予報が出ている。葉の落ちた木々の梢も震えている。
だが、米村圭伍『風流冷飯伝』(1999年 新潮社)を、その軽妙で奇想天外な着想を楽しみつつ読んだ。本のカバーの裏に記された作者の略歴によれば、作者は1956年横須賀生まれで、1997年に『安政の遠足異聞』で菊池寛ドラマ賞佳作に入選され、1999年に本書で小説新潮長編新人賞を受賞して、本格的な作家活動を始められたようで、「圭伍」という作家名は佳作ばかり五回入選されたことによるらしい。
この作者のことについては全く無知であったが、わたしがこの本を手に取ったのは、その題名の面白さに惹かれたからで、「冷飯伝」とあるから居場所のない武家の次男か三男の「冷や飯喰い」の境遇にあった誰かの生涯を描いたものかと思ったら、そうではなく、作者が創作したと思える四国の風見藩という小藩を舞台にした少し風変わりな「冷や飯喰いたち」を中心にした小説で、語り口も軽妙なら物語の展開も軽妙で、しかしながら時代や社会に対する風刺も洒落ている、いわゆる「気楽に楽しめる小説」だった。
物語の中心になるのは、目立つ桜色の羽織を着込んだ吉原の幇間(たいこもち-宴の座を楽しく取り持つ者-)「一八」と、彼が風見藩で知り合った武家の次男の飛旗数馬で、幇間である一八と物事に拘泥せずにのんびりとして心優しい純粋な数馬の絶妙な掛け合いの中で物語が進んで行く。幇間が主人公なのだから、その語り口は洒落に富んでいるのだが、歴史的な知識や文学的な知識も洒落の中にきちんと収められている。
ともあれ、一八は、幇間ではあるが、老中田沼意次から風見藩を探索するように命じられた隠密の手先として風見藩にやってきて、そこで「見る」ことが趣味だという風変わりでのんびりしている飛旗数馬と知り合うのである。そして、この数馬を通して、他の「冷や飯喰い(武家の次男や三男)」と知り合っていく。数馬の無欲ぶりも群を抜いているし、数馬の双子の兄や兄嫁も特色があるが、そこで知り合った「冷や飯喰い」たちは、皆、一風変わっている。
お互いがもっている手製の将棋盤と駒を持ち寄って数馬の家で将棋を指している男たち、真っ黒になって毎日魚釣りばかりしている男、身体が大きいので身の置き所がないと思って、自分の物を整理し、ついには自分自身まで整理しようと考えている男、そういう武家の次男や三男が数馬の友人として日々を暇つぶしの穀潰しとして過ごしているのである。
その風見藩自体に風変わりな慣習や規則がある。まず、城そのものが二層半という中途半端な天守閣をもち、開けた湊(港)の方ではなく南の山側を向いており、武家町も南にあって、通常なら武家が出入りする大手門はその武家町の方にあるのだが、風見藩では大手門は町人町の方に、搦手門(裏門)が武家町の方にあるという門が逆になった造りになっている。そして、男は城を左回りに、女は右回りに廻るように定められているという。つまり、武士はもし右隣に行こうと思うなら城を左回りに一周しなければならないのである。
さらに、武家の長男は囲碁将棋が禁じられ、武士が対面を隠すために頬かむりなどをして顔を隠してはならない、などの武家の規則が設けられているのである。それらは風見藩の先々代の藩主が定めたものだという。
その風変わりな風見藩で吉原の幇間を装いながら隠密の手先として一八が探索するのは、藩で一番将棋の強い者とその腕前の程度という、真に人をくった内容だが、それが実は、老中田沼意次が企む藩の取り潰し計画と関係しているという大事へと繋がっていく。
藩主が帰国して、突然、藩の将棋所を作ると言い出す。将棋はそれまで禁じられていたので藩をあげての大騒動となる。その騒動で一八は、二年前に江戸で流行った流行歌に謎があることに気づき、城の改築を賭けた将軍家治との将棋の勝負が行われることを突きとめていく。田沼意次は、その勝負に勝っても負けても藩を取り潰す腹らしい。
物語の後半では、展開が一気に進んで行くように構成されている。藩では、将軍との将棋の試合をする人物を選抜する試合が行われ、将棋道を極めようとした人物が慢心から敗れ、将棋とは縁のないと思われていた美貌の青年が勝利する。彼は藩内の武家の娘たちから道を歩くたびに黄色い声をかけられていた青年である。彼の家には難解な詰め将棋の問題である『将棋無双』があり、将棋の才能があった姉が青年に教えていたのである。青年は江戸に出て藩の代表として将軍家治との試合に出る。勝っても負けても藩が窮地に陥ると一八と数馬から知らされた青年は、勝ちも負けもしない「千手詰め」で試合に臨む。そして、事情を察した将軍家治が、「封じ手」をして試合を無期の延期とし、田沼意次の企みは頓挫する。
一件が落着して、一八は江戸に帰ろうとするが、数馬から藩には秘密の文書があると聞かされ、その文書の探索を命じられて再び風見藩に戻っていくところで終わる。
こうした物語の発想そのものが奇想天外で滑稽極まりないが、風見藩の姿について、「どうにかやりくりをしてゆくために皆がほんの少しずつ我慢する。それでこの藩はうまくのんびりゆったり成り立っているのでしょう。いえ、もしかしたら・・・ただ我慢しているだけではなく、遊び心で我慢を楽しんでいるのかも知れません」(253ページ)と記すあたり、なかなかどうして、無理難題を押しつける権力に対する庶民の抵抗の姿を描き出すものである。
この作品は、面白いの一言に尽きるが、そこには人間味が溢れる面白さがある。読後の爽快感と期待感もある。こうした洒落た滑稽本は最近では珍しいと思う。
今夕、中学生のSちゃんが来たので、数学の絶対値というものの考え方を話したりした。絶対値という考え方は、極めて西欧的な感覚から生まれてきた考え方だから、「絶対」なるものを想定してこなかった日本人の日常的な感覚で理解することが難しいだろうとは思う。中学生も、今は、本当に大変だ。Sちゃんはヴァイオリンの演奏もし、今度、発表会でモーツアルトのヴァイオリンソナタ5番を弾くといって、その練習もしている。いつか聴く機会もあるだろう。
だが、米村圭伍『風流冷飯伝』(1999年 新潮社)を、その軽妙で奇想天外な着想を楽しみつつ読んだ。本のカバーの裏に記された作者の略歴によれば、作者は1956年横須賀生まれで、1997年に『安政の遠足異聞』で菊池寛ドラマ賞佳作に入選され、1999年に本書で小説新潮長編新人賞を受賞して、本格的な作家活動を始められたようで、「圭伍」という作家名は佳作ばかり五回入選されたことによるらしい。
この作者のことについては全く無知であったが、わたしがこの本を手に取ったのは、その題名の面白さに惹かれたからで、「冷飯伝」とあるから居場所のない武家の次男か三男の「冷や飯喰い」の境遇にあった誰かの生涯を描いたものかと思ったら、そうではなく、作者が創作したと思える四国の風見藩という小藩を舞台にした少し風変わりな「冷や飯喰いたち」を中心にした小説で、語り口も軽妙なら物語の展開も軽妙で、しかしながら時代や社会に対する風刺も洒落ている、いわゆる「気楽に楽しめる小説」だった。
物語の中心になるのは、目立つ桜色の羽織を着込んだ吉原の幇間(たいこもち-宴の座を楽しく取り持つ者-)「一八」と、彼が風見藩で知り合った武家の次男の飛旗数馬で、幇間である一八と物事に拘泥せずにのんびりとして心優しい純粋な数馬の絶妙な掛け合いの中で物語が進んで行く。幇間が主人公なのだから、その語り口は洒落に富んでいるのだが、歴史的な知識や文学的な知識も洒落の中にきちんと収められている。
ともあれ、一八は、幇間ではあるが、老中田沼意次から風見藩を探索するように命じられた隠密の手先として風見藩にやってきて、そこで「見る」ことが趣味だという風変わりでのんびりしている飛旗数馬と知り合うのである。そして、この数馬を通して、他の「冷や飯喰い(武家の次男や三男)」と知り合っていく。数馬の無欲ぶりも群を抜いているし、数馬の双子の兄や兄嫁も特色があるが、そこで知り合った「冷や飯喰い」たちは、皆、一風変わっている。
お互いがもっている手製の将棋盤と駒を持ち寄って数馬の家で将棋を指している男たち、真っ黒になって毎日魚釣りばかりしている男、身体が大きいので身の置き所がないと思って、自分の物を整理し、ついには自分自身まで整理しようと考えている男、そういう武家の次男や三男が数馬の友人として日々を暇つぶしの穀潰しとして過ごしているのである。
その風見藩自体に風変わりな慣習や規則がある。まず、城そのものが二層半という中途半端な天守閣をもち、開けた湊(港)の方ではなく南の山側を向いており、武家町も南にあって、通常なら武家が出入りする大手門はその武家町の方にあるのだが、風見藩では大手門は町人町の方に、搦手門(裏門)が武家町の方にあるという門が逆になった造りになっている。そして、男は城を左回りに、女は右回りに廻るように定められているという。つまり、武士はもし右隣に行こうと思うなら城を左回りに一周しなければならないのである。
さらに、武家の長男は囲碁将棋が禁じられ、武士が対面を隠すために頬かむりなどをして顔を隠してはならない、などの武家の規則が設けられているのである。それらは風見藩の先々代の藩主が定めたものだという。
その風変わりな風見藩で吉原の幇間を装いながら隠密の手先として一八が探索するのは、藩で一番将棋の強い者とその腕前の程度という、真に人をくった内容だが、それが実は、老中田沼意次が企む藩の取り潰し計画と関係しているという大事へと繋がっていく。
藩主が帰国して、突然、藩の将棋所を作ると言い出す。将棋はそれまで禁じられていたので藩をあげての大騒動となる。その騒動で一八は、二年前に江戸で流行った流行歌に謎があることに気づき、城の改築を賭けた将軍家治との将棋の勝負が行われることを突きとめていく。田沼意次は、その勝負に勝っても負けても藩を取り潰す腹らしい。
物語の後半では、展開が一気に進んで行くように構成されている。藩では、将軍との将棋の試合をする人物を選抜する試合が行われ、将棋道を極めようとした人物が慢心から敗れ、将棋とは縁のないと思われていた美貌の青年が勝利する。彼は藩内の武家の娘たちから道を歩くたびに黄色い声をかけられていた青年である。彼の家には難解な詰め将棋の問題である『将棋無双』があり、将棋の才能があった姉が青年に教えていたのである。青年は江戸に出て藩の代表として将軍家治との試合に出る。勝っても負けても藩が窮地に陥ると一八と数馬から知らされた青年は、勝ちも負けもしない「千手詰め」で試合に臨む。そして、事情を察した将軍家治が、「封じ手」をして試合を無期の延期とし、田沼意次の企みは頓挫する。
一件が落着して、一八は江戸に帰ろうとするが、数馬から藩には秘密の文書があると聞かされ、その文書の探索を命じられて再び風見藩に戻っていくところで終わる。
こうした物語の発想そのものが奇想天外で滑稽極まりないが、風見藩の姿について、「どうにかやりくりをしてゆくために皆がほんの少しずつ我慢する。それでこの藩はうまくのんびりゆったり成り立っているのでしょう。いえ、もしかしたら・・・ただ我慢しているだけではなく、遊び心で我慢を楽しんでいるのかも知れません」(253ページ)と記すあたり、なかなかどうして、無理難題を押しつける権力に対する庶民の抵抗の姿を描き出すものである。
この作品は、面白いの一言に尽きるが、そこには人間味が溢れる面白さがある。読後の爽快感と期待感もある。こうした洒落た滑稽本は最近では珍しいと思う。
今夕、中学生のSちゃんが来たので、数学の絶対値というものの考え方を話したりした。絶対値という考え方は、極めて西欧的な感覚から生まれてきた考え方だから、「絶対」なるものを想定してこなかった日本人の日常的な感覚で理解することが難しいだろうとは思う。中学生も、今は、本当に大変だ。Sちゃんはヴァイオリンの演奏もし、今度、発表会でモーツアルトのヴァイオリンソナタ5番を弾くといって、その練習もしている。いつか聴く機会もあるだろう。
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