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2011年6月30日木曜日

平岩弓枝『はやぶさ新八御用帳(六)春月の雛』

 朝から暑い日差しが照りつけていたが、午後になって雲が広がるようになってきた。少し時間ができたのだから、中途半端なままで終わっていることを片づければよいのだが、どうも気力が湧かない。まあ、こんな風にして時が過ぎていくのだろう。今日で一年の半分が終わる。

 平岩弓枝『はやぶさ新八御用帳(六)春月の雛』(1994年 講談社)を読みながら、人が生きることができる時間と空間について考えたりした。

 この中の第八話「落合清四郎の縁談」の中に、「数年前から近海をイギリス船が航行したり、エトロフ島とやらいう北方の蝦夷地にロシア船が上陸したなぞという事件が瓦版にも出て、公方様のお膝下で暮らす江戸の庶民の間にも、なにがなしに不安感が広がって、それが流行飛語の源にもなっている」(239ページ)という一文があって、そういう状況の中で、主人公の隼新八郎と友人になり、彼を兄とも慕うようになった三千石の旗本である落合清四郎の縁談の顛末が書かれていくのだが、人の営みというのは、こんな感じで進んでいくし、また、それでいいのではないかと思った次第である。

 つまるところ、人が生きることができる時間と空間には自ずと限度があり、人の営みはその中のものでしかないのだから、食べ、飲み、眠るという日常の営みを続けることを大事にする以外になく、仕事や業績などは、実は取るに足りないもので、「心の赴くままに、しかし矩をこえず」に過ごせれば一番で、「矩(のり)」というのは、わたしの場合は、思いやりや愛情だろう。

 閑話休題。『はやぶさ新八御用帳』のシリーズは、『はやぶさ新八御用旅』のシリーズと合わせて、ほとんど読んでいたと思ったが、この第六作『春月の雛』は、あまり記憶に残っていなかったのか、改めて読んだ次第で、江戸時代中期の名奉行と謳われた根岸肥前守鎮衛(1737-1815年)の「耳嚢(袋)」について関心をもったのも、このシリーズを読んでからだったような気がする。

 これは、江戸南町奉行となった根岸肥前守の内与力(秘書官のようなもの)である隼新八郎が、肥前守の命を受けて、いくつかの事件の探索を行うもので、さすがに平岩弓枝らしく人物の設定が巧みであっさりとしており、根岸肥前守は、頭脳明晰で懐の深い人物として描かれているし、隼新八郎をはじめとして、常に、弱者の側に立つ視座が明瞭に打ち出されている。また、主人公の隼新八郎は、神道無念流の達人で、頭脳は明晰、きっぷがよくて、非常に心優しい青年であるが、色恋には奥手で、それでも美貌の、あまり物事には拘泥しないのんびりした気質の妻がありつつも、かつての自分の母親の世話をしていた女中で、今は上役である根岸肥前守の奥女中をして細やかな配慮を見せる「お鯉」や、町方(岡っ引き)の娘で、粋でいなせなちゃきちゃきの江戸っ子気質の「小かん姐さん」に慕われたりして、その展開も味のあるものになっている。

 このシリーズの多くは根岸鎮衛の『耳嚢』から題材が取られており、たとえば表題作である第五話の「春月の雛」は、春月という人形師が作った雛人形に魅せられて二人の女性が死ぬという出来事を、女性の恋と嫉妬が絡んだ事件として展開したものである。

 本書には「江ノ島弁財天まいり」、「狐火」、「冬の蛙」、「鶏声ヶ窪の仇討」、「春月の雛」、「淀橋の水車」、「中川舟番所」、「落合清四郎の縁談」の八話が収められ、「耳嚢」を題材にした事件性のある話の展開は、すごくあっさりと展開されているが、この中では「中川舟番所」と「落合清四郎の縁談」だけが、主人公の隼新八郎と旗本の落合清四郎の出会とその顛末を描いたものとなって特別の事件性のあるものではなく、それだけに作者の技量が発揮された作品になっている。

 平岩弓枝の作品でいいのは、それぞれの登場人物たちが自分の思いに素直で正直に生きようとしているところで、様々な事情はあるが、根岸肥前守や隼新八郎も、そして「小かん」や「お鯉」も、あるいは主人公と一緒に働く同心や岡っ引きも、みな、それぞれに自分の思いに正直で素直である。「よい人間の関係」というものは、そういうものでできているのだから、結果がよくても悪くても、そうしたことが大事にされているのが作品の爽快さと情を生んでいるのである。

 物語の背後の歴史的考証や文章の歯切れの良さは言うまでもない。ただ、わたしがひねくれているのか、事件の結末があまりにあっけない気がしないでもない。しかし、肩の凝らない読み物としては申し分がない。誰でもが登場人物が好きになり、こういう関係があれば素晴らしいだろうと思うように描かれている。

2010年12月21日火曜日

平岩弓枝『へんこつ』

 このところ日毎に天気も変わり寒暖の差も激しい。もともと寒いのが苦手なのに、身体が外界の変化についていかない気がしている。毎日曜日に、幼稚園の園長もしている知り合いのプロテスタント教会の牧師がニュースレターをメールで送ってくれているが、そのエネルギッシュな活動ぶりにほとほと敬服する。彼から見れば、生来のエネルギー量が少ないわたしのような生活はぬるま湯につかったようなものかもしれない。

 週末から昨夜にかけて、ようやく平岩弓枝『へんこつ(上・下)』(1975年 文藝春秋社 1986年 文春文庫)を読み終えた。1932年生まれの作者が43歳の時の作品で、作者の作家としての力業が滴るような見事な長編小説だと思った。1971年から「週刊文春」に掲載され、1976年から1977年にかけて刊行された松本清張の全5巻に及ぶ『西海道談綺』(文藝春秋社)を彷彿させるような冒険譚も盛り込まれ、女流作家とは思われないような大胆な発想と表現に目を見張るものがあった。

 「へんこつ」とは、作者が文庫版上巻の巻末に「『へんこつ』について」という文章を書かれていることによれば、頑固で偏屈、また反骨精神に富んだような人間を指す中国地方の呼称だそうだが、わたしが生まれ育った福岡や長崎、熊本などの九州北部地方でも「頑固な変わり者」を指す言葉としてよく使われる言葉である。平岩弓枝は、この言葉をこの作品の中で重要な役割を果たしている江戸時代の戯作者滝沢馬琴(曲亭馬琴)を示す言葉として使われ、なるほど滝沢馬琴という人を一言で表すのに最も適切な言葉だと思う。

 滝沢馬琴(曲亭馬琴・1767-1848年)は著名な『南総里見八犬伝』を1814年から1842年までの28年間を費やして書き、著述業だけで生計を立てた日本で最初の作家だといわれるが、武家の出ということもあって人づきあいも苦手で、どこか武骨で、頑固さの点では、恩師であり競争相手でもあった同時代の山東京伝(1761-1816年)や、歌麿や写楽の浮世絵を出した蔦屋重三郎(1750-1797年)も手を焼くところがあったようだ。

 さすがに平岩弓枝はこの馬琴のことを丹念に調べ、その生活ぶりや家族の事情などをうまく盛り込みながら、60-62歳にかけての馬琴をある種の探偵役として登場させ、江戸城大奥に端を発する権力欲と金欲、色欲にまみれた一大事件を展開していくのである。特に、精力的で「おっとせい将軍」と渾名された徳川家斉の愛妾「お美代」の養父として権力をほしいままにした中野清茂(碩翁)が札差と結託して米の価格操作を行い、また、権力掌握のために行った大奥の女たちを虜にした淫靡な行状から派生した事件を描き出していく。

 そして、男と女の情念も、近親相姦や、今でいう性同一性障がいをもつ人物を作品の重要な人物として登場させたりしながら、そのどろどろした姿と苦悩や悲しみを色濃く描き出し、その中で作品の主人公とでもいうべき奉行所同心で馬琴と親しく交わっている青年を登場させ、彼の一途な愛情の姿も描き出す。

 この青年が事件の核心をつかむために長崎に行き、不帰島(富貴島)と呼ばれる秘境(島の一族を守るために自由に性交渉が行われる島)に行ったり、福岡の冷水峠での山崩れで難を逃れたりする冒険譚もあり、物語が長崎と江戸を結ぶ壮大な展開となっている。

 物語の発端は、馬琴の『南総里見八犬伝』に描かれる八房という犬と伏姫の姿のように、大きな犬を連れた不思議な女性の登場を馬琴が目撃するところから始まり、蔭間(男娼)殺しに出くわすところから始まる。そして、六本木の方で大きな犬と不思議な女を目撃したという百姓が殺され、何かに関係していたと目される奉行所与力の変死体が見つかり、馬琴と親しい青年同心の犬塚新吾の探索が始まっていくのである。そして、これらがやがて大奥の女たちの淫靡な習癖や金欲にまみれた権勢者の米価格操作による権謀術策へと繋がっていく。この主人公の名前も『八犬伝』と関係している。米価格操作のために蓄えた米倉を発見するのは馬琴である。実在の馬琴をうまく取り込んだこうした展開と設定は、見事としかいいようがない。

 それにしても、徳川家斉とそれに続く家慶の時代は、江戸時代の中でも最も腐れ斬った時代の一つであり、その大奥で展開されたことや閨房によって権力者となっていった人間やそれにおもねる人間の姿、あるいはそれに端を発する疑獄事件を見ると、人間とは、かくも愚かしいと感じたりするが、それは今もあまり変わらないだろう。とかく性欲と権力欲が絡まると人間はおぞましくなる。

 この作品は『御宿かわせみ』のような作品とは異なった作者の力業の作品だとつくづく思う。力業といっても、作品の中に無理があるというのでは決してない。近親相姦や性同一性障がい者というものが作品の中の重要な鍵となっているだけに、そこに馬琴を絡ませることに作者の力を感じたのである。

2010年7月1日木曜日

平岩弓枝『北前船の事件 はやぶさ新八御用旅』

 太平洋高気圧の南下によって梅雨前線も南下し、梅雨の間隙の蒸し暑い日になった。名古屋あたりでは猛暑日だそうである。暑さが身体にこたえるようになって、この夏を乗り切ることが健康上の課題だな、と思ったりもする。

 昨夜からふと思っていたのだが、1737-1815年の江戸時代の中後期に活躍した根岸肥前守鎮衛が現代の時代小説の中で注目を集めるようになったのは、いつごろからなのだろうか。

 根岸肥前守鎮衛は、150俵の下級旗本の三男として生まれ、22歳で同じ150俵取りの根岸家に養子に出されて、それから勘定所(経理)の中級幕吏になり、1782年から始まった天明の大飢饉や1783年の浅間山の噴火による社会救済で能力を発揮し、田沼意次から松平定信へと変わる政変にも無関係に、1784年に佐渡奉行、1798年から江戸南町奉行となり、死去するまで務め、名奉行のひとりといわれている。

 彼が在職中に市井の人々の話を聞き集めた『耳嚢(耳袋)』については以前記したとおりだが、その『耳嚢』に記されていることが、現代の作家の想像力を刺激するのだろう、佐藤雅美や宮部みゆきもそれを題材にしていくつもの作品を書いている。

 1989年に平岩弓枝が『はやぶさ新八御用帖』シリーズの第1作『大奥の恋人』を記し、この根岸肥前守の側用人(秘書官)であり、南町奉行所の内与力(奉行つきの与力)である隼新八郎という神道無念流の達人で頭脳明晰の心優しく情に厚い好青年を主人公にした昨品を発表し、その中で根岸肥前守の『耳嚢』からいくつかの題材を取っていたのが、わたしが最初に『耳嚢』について注意して見るようになった最初のような気がする。このシリーズは、平岩弓枝の『御宿かわせみ』のシリーズと合わせ、その一つの流れでもある『はやぶさ新八御用旅』のシリーズともども、作者のゆったりと平易な、しかし奥もある文章が好きで面白く読んでいた。

 昨夜読んだ『北前船の事件 はやぶさ新八御用旅』(2006年 講談社)は、『御用旅』シリーズの中で最も新しいものである。

 行方不明となった北前船の探索をする中で、ひとりの水夫と思われる男の死体が谷中の感応寺の境内で富突の後で発見された。隼新八郎の友人でもある南町奉行所の同心がその事件の真相を探索する中で、内与力の新八郎にもその命がくだる。事件はどうも根岸肥前守が佐渡奉行をしていたころの出来事と絡んでいる気配がしてきたからである。そうしているうちに、かつては新八郎と思いをかよわせていたが身分の差によって叶わぬ恋となり、今は根岸肥前守の奥女中として気働きをし、肥前守から娘のように大事にされている「お鯉」が拉致され、隼新八郎に越後の出雲崎に来いという脅迫文が送られてくる。

 そこで、肥前守の命によって越後に向かう「御用旅」が始まるのである。そして、18年前に越後と佐渡の間の海で起こった抜け荷(密貿易)と海賊行為の首謀者たちを暴いていくのである。「お鯉」の拉致は、その抜け荷と海賊行為によってひどい仕打ちを受けた者たちが、再び薩摩藩による抜け荷行為が活発化してきたのを機に、仇討ちをするために根岸肥前守と隼新八郎に助力を願うためのもので、拉致ではなく、「お鯉」に願って、「お鯉」自らがそのように望んだことであった。

 事件が解決した後、根岸肥前守は仇討ちをした者たちを公にはせずに、これを「佐渡のむじな(狸)」が起こした悪人成敗として処理する。こういう結末のさわやかさは本書の主眼でもあるだろう。

 作者の平岩弓枝は、1932年生まれだから、これを出したのは作者74歳で、このシリーズの最初の頃の胸躍るようなみずみずしさや恋も情熱もある冒険譚的な要素は幾分薄れているとはいえ、その分、「人の情」ということが細やかになり、平易で美しい日本語で次々と物語が展開していく手法はさすがである。平岩弓枝は、もちろん、時代作家として大御所であるが、一読者として、『御宿かわせみ』とこのシリーズは、まだまだ続けてほしいと願っている。

2010年2月16日火曜日

平岩弓枝『新・御宿かわせみ』

 どうも今週は金曜日までひどく気温の低い日が続くらしい。今日もどんよりとした寒空が広がっている。

 今朝は広島のMさんからラ・トゥールの『大工の聖ヨセフ』の部分を模写した葉書が届けられた。ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652年)は、確か小さなパン屋の息子として生まれたが、フランスのルイ13世から「国王付画家」の称号などをもらった人で、『いかさま師』などの風俗画を生き生きと描いたものと、聖書に題材を取った『悔い改めるマグダラのマリア』や『聖トマス』、『大工の聖ヨセフ』などの作品があったと思う。

  『いかさま師』では、カードゲームをする人たちの真中に描かれた女性の狡猾そうな眼が人間の狡さをよく象徴していて特徴的で、他方、聖書に題材を取ったものは、ほとんどの背景が暗闇でその中で光を放つたいまつやろうそくに照らし出された人物によって深い精神性が表わされていたように記憶していた。確か、『聖トマス』は、国立西洋美術館が所蔵していたと思う。

 記憶を確かにするために調べてみたら、『大工の聖ヨセフ』は1640年ごろの作品で、現在ルーブル美術館が所蔵しているらしい。送ってくださった模写は、大工仕事をするヨセフの手元を子どものイエスがろうそくで灯りを燈している部分で、光のぬくもりがよく表わされていた。

 「光」を大切にしたレンブラント(1606-1669年)も同時代の人であり、改めて、17世紀のヨーロッパは人間の精神性が深められた時代だったのかもしれないと思ったりした。この頃の哲学者として著名なのはデカルト(1596-1650年)であり、その少し後の時代にはスピノザ(1632-1677年)がいて、真に多彩な時代だったような気がする。スピノザは、その哲学は別にしても好きな哲学者のひとりではある。ともあれ、Mさんにはいつも何かの精神性を与えられて感謝している。

 ところで、昨日は図書館に行くことができなかったので所有している書物の中で平岩弓枝『新・御宿かわせみ』(2008年 文藝春秋社)を書架から取り出して再読した。これは昨夏に福岡の実家に行った際に実家の隣にある本屋に姪の子どもである優美ちゃんの手を引いて行って買い求めたものである。飛行機の搭乗チケットの半券が栞かわりに挟まれていた。そして再読して、改めて、物語の展開のうまさに脱帽した次第である。

 『御宿かわせみ』シリーズは、幕末にかかる頃の時代背景の中で、与力の次男「神林東吾」と「かわせみ」という宿の女主人「るい」、そして、東吾の友人であり同心である「畝源三郎」を中心に様々な事件を解決していくというシリーズで、描き出されるどの人物もとても魅力的で、全巻を読んでいたが、新たにそれらの主人公たちの子どもたちを中心にして「明治編」とも呼ぶべきものが書き始められて、楽しみに読み続けているシリーズのひとつである。

 前シリーズの主要な人物であった「神林東吾」は、榎本武揚の依頼で江戸から函館に向かう幕府軍艦「美加保丸」に乗り込むが、銚子沖で台風にあい、「美加保丸」は破船沈没して行方不明となっている。東吾の妻であり「かわせみ」の女主人「るい」と愛娘の「千春」は東吾が生きていると堅く信じて待ち続けている。「千春」は母の「るい」に代わって「かわせみ」を切り盛りするようになっている。

 一方、神林東吾の母方の父であり幕府の御典医であった麻生家は維新の混乱の中で何者かに襲われて一家皆殺しにあい、外出していて生き残った新進気鋭でさっぱりした気質をもつ麻生宗太郎と娘の花世は、宗太郎が元南町奉行所与力で東吾の兄である神林通之進の住む家の隣で医院を開設し、天真爛漫で鋭さをもつが情にも厚い花世が「かわせみ」に下宿しながら築地居留地にあるA6番女学校に通いながらその居留地にあるイギリス人医師バーンズの手伝いをする境遇になっている。花世は、やがてA6番女学校の教師となる。ちなみにA6番女学校は現在の女子学院に繋がっている。

 神林東吾の友人で共に数々の事件を解決していた元南町奉行所同心の「畝源三郎」は、麻生家の事件を調べている途中で何者かによって銃撃されて非業の死を遂げ、その子「畝源太郎」はひとり畝家に残ってそれらの事件を調べている。東吾の子ではあるが神林通之進の養子となっている神林麻太郎や千春、麻生花世とは深い友情で結ばれており、探偵稼業をしながら司法を学んでいく。

 神林麻太郎は、自分の実の父が東吾であるとは知らないが、東吾によく似て行動力も好奇心も旺盛で、さっぱりした気性と鋭い思索をもち、殺された麻生家の息子の代わりにイギリスに留学して医学を学び、築地居留地のバーンズ医師のもとに下宿して、新進気鋭の医者として働きながら畝源太郎を手伝っていく。それは、父の神林東吾と畝源三郎との関係を彷彿させるものである。

 明治編の物語は、その神林麻太郎がイギリス留学から帰国するところから始まるが、神林麻太郎、畝源太郎、神林千春、麻生花世、そして「るい」や麻生宗太郎、神林通之進、かつての畝源三郎の下働きをしていた蕎麦屋の長助、「かわせみ」の人たち、バーンズ医師やその家族など多彩な、そしてそれぞれ特徴のある人物たちによって物語が織りなされていく。維新後という変化の激しい時代を背景として、変わっていく世相の中でそれらの人々がどのように生きていくかということも大きなテーマとなっている。

 最初の事件は、バーンズ診療所の患者である貿易商のスミス家で高価なダイヤの指輪が紛失し、疑いをかけられた中国人の下女を助けるために花世が畝源太郎と神林麻太郎に助力を求めているうちに、もう一人のイギリス人下女が殺され、その事件の真相を暴いていくというのもで、第二話「蝶丸屋降りん」は、本妻の子と妾の子がいた「蝶丸屋」という大店で、妾の子が死んだ事件の謎を麻太郎の新しい医学の知識などを用いて解決していく話である。

 そして、第三話「桜十字の紋章」は、明治政府がとった「神仏分離令」などによって起こった混乱に乗じて宗教の名を借りて老人を殺して財産を巻き上げていた擬似宗教集団の事件を解決して行くというもので、ここでは聡明で冷静な神林通之進も大活躍をする。第四話「花世の縁談」は、縁談が起こっても見向きもしないで我が道を行っている花世が親しくしているローランドという若い医者が処方した薬を飲んでいた患者が毒物中毒にかかった事件で、それはかつてその患者を診ていた医者が知識を誤ったものであることを突きとめていくものである。いずれも、政治も知識も、何もかにもが中途半端な状態が続いた明治期に、確かな知識と目をもって事柄にあたっていく麻太郎や花世、畝源太郎によって事件の真相が明らかになり、それを「るい」や神林通之進らが助けていく展開である。

 第五話「江利香という女」は、「かわせみ」に止まっていた絵師夫婦の「江利香」という女が殺された。その事件を調べてみると、実は、江利香の妹と弟が借金のかたに女衒(ぜげん-女を売買する者)に捕らわれそうになったのを助けるために夫婦を装い、彼女が奔走していたことが分かり、源太郎と麻太郎がその妹と弟を助けだしていくという話である。

 そして、最後の「天が泣く」は、長い間苦労して麻生家の事件と畝源三郎の死の真相を探っていた花世、源太郎、麻太郎たちが、それぞれの持ち味を生かして、ついに事柄の真相を暴きだしていく話である。ここには、当時の青山にあった牧場などが細かな背景として置かれている。あえて詳細は記さないが、「天が泣く」というのは、真に見事な表題で、それぞれの青年たちがその悲劇を乗り越えて、ここからまた新しく出発して行く。

 『御宿かわせみ』も『新・御宿かわせみ』も、この作品の優れて感動的なところは、それぞれに登場する主人公たちとそれらをめぐる人々が深い信頼と情で結ばれているところである。そして、それが温かい。文章に一つ一つが洗練されて、その温かみが伝わる。俵万智さんの歌を借りていえば、「寒いねと語りかければ 寒いねと こたえる人のいるあたたかさ」の「温かさ」があるのである。それが確かな時代と社会背景への視点の中で生き生きと描かれているのである。読んでいて本当に嬉しくなる。

2009年12月14日月曜日

平岩弓枝『はやぶさ新八御用帳(7) 寒椿の寺』(2)

 土曜日(12日)の夕、「アフロ橘ゴスペルシンガーズ」という人たちのゴスペルコンサートがあって、その素晴らしい歌声に深く感動した。

 以前、米国のシカゴにいた時、シカゴ郊外の、いわゆる黒人スラム街にある教会に行って、そこの人たちと大変仲よくなり、毎週、ゴスペルを聴いていたが、ゴスペルは、やはり「魂の歌」という気がする。黒人のホームレスの人たちとは、ミシガン湖で魚釣りをよく一緒にした。

 ある時、「God set me free」という歌を、涙をこぼしながら歌われたことがある。祖父や祖祖父の方々が、米国南部で黒人奴隷として生きなければならなったことを、後でわたしに話してくださった。自由と希望を祈り求めざるを得ない人間の魂の叫び。単調なメロディーにその叫びが込められていることを、今、思い起こす。

 「アフロ橘ゴスペルシンガーズ」は青年たち八人のグループで、本当に礼儀正しい人たちで、その声量も見事で、ゴスペルの良さを見事に引き出して、10曲以上の歌を歌ってくださった。

 さて、平岩弓枝『はやぶさ新八御用帳(7) 寒椿の寺』の第四話「桜草売りの女」であるが、この話は、いわば「取り換えっ子」にまつわる事件を扱ったもので、旗本の家に行儀見習いにいっていた姉が旗本の子を宿し、商家に嫁いでいた妹と同じ時期に子を生み、姉の方は女の子で妹の方は男の子だったが、旗本の家の跡継ぎを生んだことにしたいために子どもを取り替えて育てた。

 その子どもたちが成人し、商家の子どもとして成長した娘は、その商家が火事で焼け出されて「桜草売り」などをして苦労している。そのことを知った旗本が、自分の家の家宝を売って、その娘のために金を工面してやるのだが、そのために旗本家が改易されるかもしれないと、旗本の嫁が騒いだところから事件になったものである。

 第五話「青山百人町の傘」は、自分の家系と財産を振りかざして威高で嫉妬深い妻をもつ上役から、その上役の浮気のために妾を押しつけられた貧乏御家人(甲賀組に属し、傘張りをして生計を維持している)とその許嫁の話で、許嫁の「露路」は、その男のために身を引いて家を出たのである。

 隼新八郎と南町奉行所の同心は、そのことの真相を暴き、行くえ不明だった「露路」を探しだす。貧乏御家人(「秋山長三郎」)と許嫁の「露路」は、上役の非道に耐えながらも、互いに別れ別れになっていたが、互いに思いは同じで、ようやく新八郎たちによって一緒になることができた。

 裏長屋で傘の内職をしながらひっそりと暮らしていた「露路」のところを貧乏御家人が訪ねていくのだが、その最後の表現が洒落ている。

 「どういう話が二人で取りかわされていたのか外で待っていた新八郎にはわからない。
 小半時ばかりで出て来た長三郎の背後には目を泣き腫らした露路がいて、二人そろって新八郎に深  く頭を下げ、それからそっと目を見合わせるのを確かめて、新八郎は長屋の路地を出て行った。
 江戸は間もなく師走であった」(文庫版 215ページ)

 この「江戸は間もなく師走であった」という一文は、言ってみれば、毛筆で字を書くときに、最後に万感の思いを込めて「シュッとはねる」ような、そういう一文である。見事、としか言いようがない。

 第六話「奥祐筆の用心」は、上野の寛永寺の大仏殿の脇にある大灯籠の下で奥祐筆(幕府老中の書記官)の用心(秘書)の死体が発見され、隼新八郎がその謎を解いていくという話である。

 奥祐筆は役職がら賄賂が横行する職務であるが、奥祐筆の用心は、結局、親子ほども歳の離れた娘と深い中になり、そこで食べた毒キノコにあたって死んだことがわかるのである。これは、もしかしたら根岸鎮衛の『耳嚢』からの題材かもしれない。

 第七話「墨河亭の客」は、向島で高級料亭として売り出していた「墨河亭」を常用していた旗本のお内儀が、その「墨河亭」のお菓子を口にして毒殺されるという事件を取り扱ったもので、お内儀は、豪商三井家の分家の娘で財力を遣い、コネを使って自分の息子の就職運動に奔走し、ついには養女にしている夫の先妻の姪まで、いわば「人身御供」として就職の世話をする者に差し出す画策をしていた。そして、そのことに耐えがたさを覚えていた夫が彼女を毒殺したということが判明するのである。

 この話の結末は不幸で、お内儀を毒殺した旗本は、可愛がっていた姪を殺して自分も切腹し、豪勢を誇った墨河亭もそのあおりで店が傾いていったというもので、これも『耳嚢』の説話からの題材ではないかと思われる。第七話ににじみ出ているものは、「何らかの欲をもって生きることの大変さとつまらなさ」である。隼新八郎と彼の周辺にいる人々の無欲さと対比されて、欲をもつ人間の不幸が良く描き出されている。

 これらの作品の中では、第五話「青山百人町の傘」が一番胸を打つ。「人を思う真直な思い」ほど貴いものはないだろう。

2009年12月11日金曜日

平岩弓枝『はやぶさ新八御用帳(7) 寒椿の寺』(1)

 小糠雨が音もなく降っている。聞こえてくるのは、道路を行き交う車の騒音とドップラー効果の救急車のサイレンだけである。エンジン音だけでなく、タイヤが水しぶきを上げる音が痛めている頸椎に響く。「静寂」と言うことは、ここでは望むべきではないことであるが、昨夜、たぶんよく眠ったのだろう精神が妙に落ち着いている。眠り続ければ、いつまでも寝ることができるような気がするが、そうもいかない。

 昨夕から平岩弓枝『はやぶさ新八御用帳(7)寒椿の寺』(1996年 講談社 1999年 講談社文庫)を読んでいる。平岩弓枝の『御宿かわせみ』にひどくはまった頃に、このシリーズも、ほとんど以前に読んでいるので、もしかしたら前に一読したかもしれないと思いながらも、図書館の本棚で目についたので借りてきた。このシリーズで一番おもしろかったのは、『はやぶさ新八御用旅 東海道五十三次』ではないかと思う。

 このシリーズは、江戸中期に下級幕吏(下級役人)から南町奉行になった根岸肥前守鎮衛(1737-1815年)の内与力(今で言えば秘書官)である「隼新八郎」(作者の創作した人物)が、あまり表沙汰にはできない事件を解決していくという物語で、「隼新八郎」が内与力であるという設定によって、通常は町方が介入できない武家の事件にも正面切って関わることができるという、たいへん「うまい」設定になっている。時代小説の、いわゆる「捕り物帳」ものでも設定が異色のものだろう。

 もともと、根岸肥前守鎮衛は、自身で、約30年間に渡って在任中に聞いた公家から町人にまで及ぶ世間話を書きとめた『耳嚢』という全10巻、1000話以上にものぼる随筆を著しており、くだけたところのある名奉行で、平岩弓枝は、そこからこの物語の題材をとっているのだろうと思われる。

 平岩弓枝がこのシリーズで表わす根岸肥前守の姿も、頭脳明晰で懐の深い人物として描かれているし、主人公の「隼新八郎」をはじめとして、常に、弱者の側に立つ視座が明瞭に打ち出されている。

 主人公の「隼新八郎」は、神道無念流の達人で、頭脳は明晰、きっぷがよくて、非常に心優しい青年であるが、色恋には奥手で、それでも美貌の、あまり物事には拘泥しないのんびりした気質の妻がありつつも、かつての自分の母親の世話をしていた女中で、今は上役である根岸肥前守の奥女中をして細やかな配慮を見せる「お鯉」や、町方(岡っ引き)の娘で、粋でいなせなちゃきちゃきの江戸っ子気質の「小かん姐さん」に慕われたりして、物語に花を添えている。特に、彼と「お鯉」との関係は微妙で、ある種の緊張があるが、いわゆる「どろどろしたもの」はない。それが非常にいい。

 講談社文庫『はやぶさ新八御用帳(7)寒椿の寺』に収められているのは、1994年から1996年までの『小説現代』で発表された、「吉原大門の殺人」、「出刃打ち花蝶」、「寒椿の寺」、「桜草売りの女」、「青山百人町の傘」、「奥祐筆の用人」、「墨河亭の客」の7編で、それぞれ別々の事件である。

 この内、昨日は最初の3編を読んだ。第一話「吉原大門の殺人」は、越前大野藩の重役の息子が吉原でもめ事を起こし、ついには、そこで惚れていた素朴な性質をもつ妓を斬り殺して自らも割腹する無理心中事件を起こすという話である。

 これに関わった新八郎と、かつては「鬼勘」と呼ばれた名岡っ引きで引退している「勘兵衛」(「小かん」の父)が交わす会話が洒落ている。

 「岡源次郎(重役の息子)にしても、吉原なぞ行かなければ、よけいな恥をかかずに済んだのだ」
 「それは仕方がございますまい。万事、なりゆきでございますから・・・」
 「そりゃあそうだ」(文庫版 34ページ)

 「万事、なりゆき」、ほんとうにそうだろう。そして、その「なりゆき」でどうにもならない中に陥っていくのが人間かもしれない。わたしも「なりゆきでこうなったのだ」と思うことがしばしばある。平岩弓枝の、こういう人生の妙をさらりと流すところがいい。

 第二話「出刃打ち花蝶」は、上州(現在の群馬県)で大百姓が出刃包丁で殺害される事件の探索に隼新八郎が出かける話で、その事件は、殺された大百姓が金と権力で小作人の娘たちを凌辱していたことへの恨みを晴らすための事件であったことが分かるというものである。殺された大百姓は、その近郊では、いろいろなことを支援する有徳の人物だと言われていたが、実は、年端もいかない小作人の少女たちを凌辱していたことが明るみに出る。新八郎は、ここでも殺した側に思いやりを見せる。

 大体において、「有徳者」とか「人格者」とか言われるような人間の腹の底はわからないものである。人間は、基本的には「胃袋と性器」で出来ており、「精神(心)」がなければ、それまでなのだから。

 第三話「寒椿の寺」は、ある旗本が蔵前の札差(今で言えば銀行)の寮(別宅・・今で言えば別荘)で殺される事件を取り扱ったもので、彼は、その札差の出戻りの娘の許嫁であり、娘と寮に泊まった夜に殺されたのである。ふとしたことでこの事件と関わった隼新八郎は、この殺人の犯人が、娘の前夫で、表面は美丈夫で、堂々とし、自信に満ち、神道無念流の免許皆伝をもち、武道だけでなく漢学をよくし、茶道のたしなみもある名門の家中の若侍であることを突きとめる。この男は、他に好きな女ができて娘を離縁したのだが、その離縁した妻が他の男と結婚して幸せになることが我慢できないという狭い嫉妬心で相手の男を殺したのである。

 度量の小さな人間というのは山ほど存在する。わたしの周りにもそうした人は山ほどいる。自分の度量の小ささを知っている人間はともかく、自分の小ささを何かで誤魔化そうとする人間もいる。人はまた、その誤魔化された表面で誤魔化される。小さな人間は大きな人間がわからない。だから、人の評価ほどつまらないものはない。人は、その現れているものではなく精神に何を宿しているかによって、その人の大きさが決まっていく。度量の大きな人間ははじめからそういうことさえ考えないが、大きな人間だけが大きな人間を知っていくことができる。

 この小説で言えば、主人公の隼新八郎と上役の根岸肥前守、あるいは彼が友人と思っている同心の大久保源太、岡っ引きの「鬼勘」や彼を慕う「お鯉」や「小かん」などの、そうした関係が実に「さわやか」なのは、それぞれが度量の大きさをもっているからだろう。こうした「さわやかな関係」は『御宿かわせみ』でも貫かれている。それぞれが、自分の思いに素直で正直なのだ。そして、それで「よし」とする大きさがあるのである。

 平岩弓枝のこれらの作品が「おもしろい」のは、そうした素直さが一貫しているからだろうと思う。ともあれ、続きは、今夜にでも読み終えることにする。外は、雨は上がっているが灰色の寒空が広がっている。

2009年11月17日火曜日

平岩弓枝『平安妖異伝』

 雨で、寒い日になった。シベリアからの寒気団と低気圧が一緒になって、山沿いでは雪とのこと。冬が始まっていることを実感する。

 昨日、久しぶりで池袋まで出かけた。そこで「大江健三郎」について話をするためだが、その後のそれを主催した会のスタッフとの「打ち上げ」の席でのT大学のS教授との話の中で、「大江健三郎」の作品の「予言性」のようなことについての話が出た。三島事件やオウム真理教の事件など、それが実際に起こる前に大江健三郎が作品の中で同じような事件を書いていることについてなのだが、お互いに、文学者のもつ感性の鋭さに納得するものがあった。おそらく、大江健三郎のような優れた感性をもつ文学者は、人間と社会の現状をよく観察し、これを鋭く分析して、その本質を見出すことで、起こりうるだろうこと、あり得るだろうこととして、それを作品に盛り込んでいく精神の作業を極めて深く行っているからだろうと思う。「観察者」であることは、ひとつの重要な要素なのである。

 池袋までの往復の電車の中で、幸いにも座席に座ることができたので(利用している東急田園都市線と半蔵門線は、たいてい、耐えがたいほどのすし詰めの満員か混んでいる。往復とも座れるのは、真に幸運としか言いようがない)、平岩弓枝『平安妖異伝』(2000年 新潮社)を読んだ。平安時代に左大臣、摂関、太政大臣となっていった藤原道長(966-1028年)がまだ青年期の頃を物語の引き回し役にして、異国の血をひき不思議な能力をもつ楽士秦真比呂(はたのまひろ)を登場させて、数々の怪異現象を解明していくという筋立てである。

 平岩弓枝の作品は、やはり、なんといっても『御宿かわせみ』シリーズで、与力の次男「神林東吾」と「かわせみ」という宿の女主人「るい」、そして、東吾の友人であり同心である「畝源三郎」を中心に様々な事件を解決していくというこのシリーズの江戸物は、描き出されるどの人物もとても魅力的で、一時、とてもハマって全部読み、全巻をそろえたいと思ったほどだった。

 何度かテレビドラマ化もされて、記憶に残っているのでは、「るい」役を真野響子さんという切れ長の素敵な目をした美人女優さんが演じられたもので、後には、若尾文子さんという幾分ゆったりとした感じのする、これも切れ長の目をした美人が演じられたものである。しかし、残念がら全部を見たのではない。神林東吾役が誰であったかは忘れてしまった。真野響子さんの美しくあでやかな着物姿だけが目に焼き付いている。

 テレビドラマといえば、宇江佐真理の『髪結い伊三次捕物余話』のシリーズがドラマ化されてBSフジで放映されているが、こちらは、残念ながら放映時間が仕事の都合と重なって見ることができない。録画すればいいのだが、レコーダーが古くて操作が面倒なのでしていない。再放送を期待するだけである。楽しみに見ているのは、TBSの日曜劇場で放映されている『JIN―仁』というドラマで、村上もとかという人の漫画を原作にしたものである。脚本を森下佳子という人が書いているそうだが、登場人物のせりふがたまらなくいい。これは、日曜日の夜の楽しみになっている。

 さて、平岩弓枝『平安妖異伝』であるが、これは、やはり、歴史考証もしっかりしているし、おそらく平安京の地図の上で登場人物たちを縦横に動かせて描かれていると思えるし、当時の風習や建造物への考証もかなりのものがあるので、忌憚なく読める。また、藤原道長をはじめとする歴史上の人物への肉薄も、さりげない文章にしっかりした考証がされていることをうかがわせて、面白い。もちろん、作者が創った秦真比呂という少年も魅力的に描かれているのは言うまでもないことである。

 もともと、「秦氏」は日本文化と技術に多大な影響を与えた渡来人であり、政治の中枢にもいたのであるから、怪異な事件を解決する不思議な能力ももつ少年が「秦」であるのは、納得できる設定である。平岩弓枝は、こうしたことは、やはり、さすがにしっかり考えているし、彼女の文章もこなれているので、本当に面白く読める。物語は、藤原道長が幻惑に惑わされたり、魑魅魍魎に惑わされたりして危機に陥る時に秦真比呂が彼を助けるとう話で、不思議が不思議でなくなるところがいい。

 しかも、単なる怪異現象が取り上げられるのではなく、人間の「情」や「思いやり」の現象として描き出されるところが平岩弓枝の感性の豊かさを表している。

 たとえば、第四話「孔雀に乗った女」は、かつて大陸から持ち込まれ、使われないままに片隅に追いやられ、整理されることになった多くの楽器のうち、孔雀と異国の女性が描かれ螺鈿がはめ込まれた五絃の琵琶が、その用いられないことを悲しみ、人々を惑わすという話であるが、秦真比呂は、藤原道長に次のように言う。

 「父が申して居りました。楽器によっては、ここに納められたきり、二度と陽の目をみることのなかったものも少なくはあるまいと・・・・・」
 真比呂の声が寂しげであった。
 「楽器はそれを弾きこなす者があって、はじめて人の目にも触れ、喝采を得ることが出来ます。使い方もわからず、使う人もなく、埋もれたものの悲しさは、誰にも知れません」(107ページ)

 こういうくだりは、なかなかのものである。

 もちろん、ここで言われていることを全面的に肯定しているわけではなく、わたし自身は「用いられることを恥とせず」ではあり、また、「用いられること」を求めているわけでもないし、人は埋もれて生きていくのがいいと思っているが、「埋もれたものの悲しさ」はわかる人間でありたい。平岩弓枝は、作家として大成した人ではあるが、こういう心情を描き出せるところがいい。

 天気はひどいものだが、少し散策もしたいとは思うが、今夕は予定があって、たぶん、近くのスーパーマーケットに買い物に行くのがせいぜいだろう。今日はしなければならないことが山ほどある。いつかは何も予定がない日々になればとつくづく思う。