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2013年9月11日水曜日

泡坂妻夫『飛奴 夢裡庵先生捕物帳』

 「あわれ秋風よ 情(こころ)あらば伝えてよ男ありて 今日の夕餉に ひとりさんまを食らひて 思ひにふけると」いうには、まだほんの少し早いかもしれないが、「あわれ秋風よ」と言いたくなるような季節が近づいている。温暖化の影響で今年はさんまの南下が遅れているらしいが、「男ありて」は、いつも変わらない。

 ブログを掲載しているGoogleの表示が少しおかしくなり、前回デザインを変えてみた。よく「書きすぎ」と言われるので、「見ること」が中心の文化になっている今時は流行らない掲載量なのだろう。字数で言えば、全部で150万字近くにはなっているからなあ。200万字で400字詰め原稿用紙5000枚になる。まあ、そのくらいが良いかもしれない。

 さて、少しミステリーの要素が入った同心物時代小説である泡坂妻夫『飛奴 夢裡庵先生捕物帳』(2002年 徳間書店 2005年 徳間文庫)を読んでみた。元々が推理作家である泡坂妻夫の作品は、以前、『からくり東海道』(1996年 光文社)というのを1冊だけ読んで、どことなく消化不良を起こしそうな作品だというのが、その読後感であったが、本作は、幕末の頃の北町奉行所同心である富士宇衛門という、自分の身なりについては全くの無頓着である剣の遣い手を主人公にした『夢裡庵先生捕物帳』シリーズの最後の作品になっている。

 富士宇衛門は、頭脳も明晰で、剣の腕も立ち、情にも厚い、いわば剛の者であるが、容姿だけがあまりいただけず、「月代は伸び無精髭が生え、羽織はよれよれで色褪せている」姿で現れる。彼は、「空中楼夢裡庵」という雅号をもち、親しい者たちから「夢裡庵先生」と呼ばれており、彼を主人公にした最初の作品が『びいどろの筆』(1989年)で、第二作目が『からくり富』(1996年)と題して出され、本作はその完結編として出されたものである。

 これらはすべて短編連作の形で書かれており、本作には、「風車」、「飛奴」、「金魚狂言」、「仙台花押」、「一天地六」、「向かい天狗」、「夢裡庵の逃走」の七篇が収められている。作者は自ら手品や奇術に凝ったと言われるが、本作でも、トリック風の謎解きや手品を使ったものが出てきて、女性の死体だけがある船が漂っているということについてのトリックの謎解きをする「仙台花押」や、サイコロを意味する「一天地六」を使った手品が使われている。

 ただ、取り扱われる事件やその謎解きにはあまり深みも妙味もなく、一応の探偵役となる人物も一話ごとに変わり、誰のセリフもあまり特色がなくて似たようなセリフで説明がなければ誰が言っているのかわからないような書き方であるし、あっさりと謎が溶けるあたりも物足りなさが残る。

 「風車」は、武具屋の主人が殺され、離縁された元の妻に疑いがかかるが、殺したのは彼が再婚した今の妻であるというもので、表題は、自分の人生は風車のようなものだという元の妻の言葉から取られている。「飛奴」は、鳩を使って大阪の米相場をいち早く知り、大儲けをしていた米問屋の話で、糞から鳩を割り出すというものであり、「金魚狂言」は、毒饅頭の噂を利用して袋物問屋の番頭を、彼が囲っていた妾が殺すというものである。そのほかのものもだいたい同じような展開だが、最後の「夢裡庵の逃亡」だけは、これがシリーズの完結であるだけに、剛の者であった夢裡庵先生こと富士宇衛門が官軍となった薩長軍に対抗して上野で戦いを展開した彰義隊に入り、そこで負傷して、彼を尊敬していた町人たちの手によって助け出され、前から想いを寄せていた娘と、やがて夫婦となって新しい明治の世を生き抜こうとするところで終わるという展開になっている。

 彰義隊と薩長軍の攻防はよく知られており、その歴史が踏まえられて、戦いのさなかにある夢裡庵の姿を通して、それが描かれており、しかも、江戸町人の視点でそれが記されているので、読み応えのあるものとなっている。探偵小説としても時代小説としても、どこか古くて、少し不満足さが残っていたのだが、最後の「夢裡庵の逃亡」は、味のある結末だった。

2011年2月23日水曜日

泡坂妻夫『からくり東海道』

 ニュージーランドの地震災害、リビアの社会情勢、食料と原油価格の高騰、国内の政局といったニュースが矢継ぎ早に飛び込んでくる中で、天気は春の兆しを思わせる好天となり、空が青い。風はまだ冷たいが、チューリップが芽を出し、蕗のとうが大きく成長している。「すべからく、世はかくありなん」と思ったりもする。

 このところ何だか疲れを覚えているのか、昨夜は午後7時頃から眠ったり起きたりしていた。そういう中で、推理作家である泡坂妻夫(1933-2009年)の時代小説『からくり東海道』(1996年 光文社)を読んでいた。

 読み終わって、これは消化不良を起こしそうな作品だ、というのが最初の印象だった。物語は、徳川幕府初期の財務体制の一切を担当し、死後に家康によって取り潰された大久保長安(1545-1613年)の隠し金が、江戸北西の13万坪以上という広大な敷地の「戸山山荘」とも呼ばれた尾張徳川家の下屋敷にあるのを、その「戸山山荘」に隠されていた謎を解き明かして、探し出し、幕末が近い時代の第十一代尾張徳川家城主であった徳川斉温(なるはる-1819-1939年)の御落胤問題や尾張徳川家内部の勤王派と佐幕派の問題とも絡み合わせ、その隠し金の争奪戦を描いたものである。

 尾張徳川家の下屋敷である「戸山山荘」は、三代将軍徳川家光の娘が尾張城主に嫁ぐ時に与えられ、以後造園され続け、七代目の尾張徳川家の城主であった徳川宗春が吉原の遊女春日野を身請けして住まわせた際に、春日野を楽しませるために東海道五十三次を模して造園され、それと箱根にあると伝承されている大久保長安の隠し金を絡ませ、箱根というのが戸山山荘で模された箱根ではないかと突きとめていくのである。

 それを突きとめていくのが、かつては角兵衛獅子の児であった男女と徳川斉温の側室の子で、斉温の側室であった「おまん」(お里津)が、実はベトナムの滅亡したタイソン王朝の姫で、難を逃れて海上を漂流していたのを助けられた女性であったということまで加わり、物語は江戸時代の長い歴史と地理的な広がりを見せていく。

 だが、物語は、母親がベトナムのタイソン王朝の姫であったという証拠の品を「戸山山荘」に探しに行って、そこで、保身と金欲で斉温の御落胤の暗殺から大久保長安の隠し金の争奪まで企てた男の死と、江戸市中に起こった火事の飛び火で「戸山山荘」も火事となり、それに主人公たちが巻き込まれるところで終わる。

 江戸初期の大久保長安が隠した金を安政の時代に探し出すという長い歴史を背景に、ベトナム王朝の話まで絡んだ壮大な謎解きだが、結末はあっけなく物足りない気がするように感じたのである。最後に、主人公たちが飛翔してベトナムに向かうという幻が描かれているが、主人公たちの「自由」というのがそういう形で描かれるのも味気ないような気がした。

 作者は自ら奇術に凝るほどトリックや謎解きに詳しく、ここでも「戸山山荘」の謎解きが奇抜な発想で面白いし、文章も途中の展開も、さすがに直木賞作家の作品だと思っていたのだが、終わりまで読んで、正直、「えっ、これで終わるのか」と思ってしまった。作者には『宝引の辰捕者帳』という時代小説のシリーズがあるので、今度、それを読んでみようとは思っている。