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2013年10月31日木曜日

西條奈加『芥子の花 金春屋ゴメス』

 碧空が広がる秋の好天になった。こういう日が訪れてくれると、なんだかほっとする。立て込んだスケジュールで気を使うことも多かった神無月がようやく過ぎようとし、晩秋の季節を迎えようとしている。今年は冬が案外と早く来そうな気もするし、例年よりも寒いとの予報も出ている。この冬はあまりいいことがないような気がするので、ゆっくりと温泉にでも行きたい気分がある。

 それはともかく、西條奈加『芥子の花 金春屋ゴメス』(2006年 新潮社)を面白く読んだ。これは、西條奈加の作品の中でも少し異色で、設定も、21世紀の日本の中に江戸国という独立した国家ができているという奇抜な設定になっている。江戸国は科学技術的な進歩を拒絶して近世の江戸をそのまま再現した国家で、あらゆる事柄が江戸時代の江戸と同じように持たれている国であるが、幕府や行政においては経済的合理的な方法が取られている。日本の大富豪たちが集まってこれを建国したという。

 この江戸国に外事を担当する長崎奉行というのが置かれ、その奉行として巨漢で豪胆な、しかも卓越した女性が就任しており、人はこの女性を「金春屋ゴメス」と呼んで恐れているのである。長崎奉行所は金春屋という料理屋の裏に置かれ、「裏金春」と呼ばれていた。

 物語は、江戸国にアヘンが大量に出まわり、ゴメスの長崎奉行所がアヘンの出元を探索していくという展開になっていくのだが、ゴメスの下で働く長崎奉行所の手下たちが一風変わっているし、そこに新人として入った辰次郎を中心にして、美貌の女剣士への恋などが盛り込まれていく。物語の大筋はアヘンの原料である芥子の栽培を巡っての政争とそれを使って私腹を肥やす者たちと、ゴメスや手下たちの活躍であるが、利用される側の人間の悲哀が盛り込まれつつも、豪快なゴメスの姿や奇想天外な発想が盛り込まれている。

 読み始めは少し戸惑いを覚えるのだが、半ばから後半にかけての緊張感ある展開は読む者を引き込んでいく力がある。

 全面的に面白い作品だが、一点だけ欲を言えば、せっかく日本の中の江戸国で、しかも外事を担当する長崎奉行という設定だから、そのあたりのことが政治的駆け引きであってもいいから盛り込まれているとさらに面白いだろうと思う。もちろん、物語の後半で、日本が江戸国の消滅を図るという思惑があることや、世界が日本そのものの消滅を図るという線が引かれてはいるが、本書ではそれはまだ見えていない。もっぱら、アヘンを巡る国内の争いが中心になっている。

 それにしても、巨漢で豪胆、日常生活ではわがままを押し通し、腹が減れば即座に機嫌が悪くなるという「金春屋ゴメス」という女性の設定は、本当に面白いし、彼女が外見や噂とは異なって、情に厚い人間であることが本書の大きな魅力だろうと思う。


2013年9月4日水曜日

西條奈加『涅槃の雪』

八月の末から九月の初めにかけて自宅を留守にしており、ようやく、今日から再び元の日常に戻った感がある。まだまだ凄まじいくらいの暑い日々が続いている。一昨日は、岡倉天心や横山大観が再起をかけて過ごした茨木の五浦で潮騒の音を聞きながら眠った。
そろそろ本格的に再始動させなければならないと思いつつ、西條奈加『涅槃の雪』(2011年 光文社)を面白く読んだ。作品の着想と構成が上手く、時代小説としての上質さを感じさせる作品だった。

物語は、天保の改革(18411843年)を背景としながら、北町奉行所与力で三十三歳の独身男である高安門佑(たかやすもんすけ)の恋を描いたものであるが、1840年(天保11年)に北町奉行となった遠山景元(17931855年)と1841年(天保12年)4月に南町奉行となった矢部定兼(17891842年)、そして、矢部定兼を失脚させて南町奉行となり、妖怪と言われた鳥居耀蔵(17961873年)という独特の才能と個性を持つ人物たちが改革の嵐の中でそれぞれに対応していった姿を描き、しかも、改革のとばっちりを受けなければならなった人間たちを描いていくものである。

北町奉行の遠山景元も南町奉行の矢部定兼も、共に水野忠邦が打ち出した改革案に反対して意見書を具申したが、特に矢部定兼は4月に南町奉行となり、12月に罷免され、憤死しており、それらのことが背景として丁寧に描かれていく。

物語は、主人公の高安門佑がぶらぶらと町歩きをしている場面から始まる。彼は奉行所与力であったが、非番の日でも町へ出て行くのが好きで、その日も品川まで足を伸ばしているところだった。そして、金杉橋に一人の女が降り落ちる雪を空に向かって両手を伸ばして受け止めている姿を目にする。女は、「空から落ちる雪は、きれいなんだ」と伝法な口のききかたをする遊女だった。天保11年3月2日、北町奉行に遠山景元が就任したばかりの頃であった。

そして、品川の金杉橋で女を見た翌日、高安門佑は、就任したばかりの遠山景元から呼び出され、突然、「今日からおまえは、わしの片腕になれ」と言われてしまう。遠山景元は、豪放磊落の明るさで、妙に俗っぽいところが好きな変わり種の奉行だった。その日から門佑は、日に何度も奉行から呼び出されては市井の話をさせられるという日常が続いた。そして、水野忠邦の天保の改革が始められ、その手始めとして隠売女の大掛かりな一斉取り締まりが始められるのである。門佑も与力の一人としてその取り締まりに出かけ、そこで、金杉橋で見た女が少女のような若い遊女たちを逃がしている場面に遭遇する。門佑は、一応、女を捕え、やがて、遠山景元の裁きを受けるが、遠山景元を名奉行にしたい家臣の内与力たちの思惑もあり、名裁きが行われる。門佑が捕えた女は三十日の押し込めの後の渡世替えか、吉原行きのところを、捕えるときに門佑が女の足を痛めてしまったということで、門佑が働き口を世話すると申し出たことから、奉行は、高安門佑預かりという裁断を下す。遠山景元は、門佑が女の面倒までみると申し出たことから、粋な計らいをしたのである。女の名は「卯乃(うの)と言った。

 こうして、卯乃は高安家に住むことになる。その時、「お卯乃、おまえはしばらくこの屋敷に留まれ。ここで炊事洗濯から礼儀作法まで、ひととおりのことを教えてやる」と門佑は言い、「けどあたしは、いいところの町娘なんかとは違う…あたしは、女郎なんだから」と卯乃が答えてことに対して、「おまえはもう、女郎なんかではない!」と門佑は大声で言う。この一言は、女郎として生きてきた卯乃を救う一言であり、こうして卯乃は生きる場所を与えられて、二人の物語が始まるのである。だが、卯乃の家事や行儀作法の覚えは少しも進まず、言葉使いもなかなかなおらなかった。しかし、門佑は卯乃と話すと心が和むのを覚えていくのである。

ちょうどその頃、老中水野忠邦は、南町奉行に矢部定兼を就任させた。矢部定兼は、ひときわ明敏な能吏として知られ、気骨のある剛の者であると同時に人徳に篤い人物として定評があった。こうして水野忠邦は天保の改革に着手したのである。手始めが岡場所の手入れで、卯乃はかろうじてその手入れを免れたことになった。

水野忠邦が行った改革は、徹底した奢侈禁止令として発令され、人々の暮らしぶりの隅から隅まで贅沢と思われるものを一つ一つ挙げて、これを町方に取り締まらせた。遠山景元と矢部定兼はそろって水野忠邦の奢侈禁止令が行き過ぎであるとの意見書を出したが、水野忠邦は頑迷にかいかくを徹底させようとするだけだった。人々の生活は色を失い、がんじがらめにされた。ふまんや反発が起こるのは目に見えていた。そういう中で、取り締る町方同心を狙う奇妙な事件が頻発しはじめた。町方同心や手先、町名主までもが奇妙な傷を負わされたのである。両町奉行所は総力をあげて犯人の捕縛に当たるが、犯人の見当さえつかなかった。老中も改革の妨げとなるようなこの犯罪の解決に奉行の尻をしきりに叩いた。

高安門佑は卯乃を連れて紅葉狩りに出かけた先で、改革のために仕事を失い、不満を持つ人形職人と出会い、その人形職人が犯人であることを突き止めたりしていくのである。

こうして、改革によって翻弄された人間の姿を描きながら、物語は、その「卯乃」と高安門祐との恋を描いてくのだが、そこに武家としての誇りと凛とした姿を絵に書いたような門祐の姉が登場し、この姉の「園江」の粋な計らいが光っていく。

南町奉行となった矢部定兼が、やがて鳥居耀蔵の画策で罷免され、憤死をしていく出来事を挟みながら、天保の改革で無理強いされた人々の鬱憤を描いていくが、矢部定兼の憤死に際して、鳥居耀蔵も「卯乃」も、それが傲慢のなせる業であり、飢えている民百姓の姿からすれば、自己義人の何ものでもないという指摘は鋭い。この観点を「卯乃」から与えられた高安門祐が四国丸亀藩お預かりとなった鳥居耀蔵と訪ね、丸亀藩での耀蔵の姿を描くあたりは、作者の人間観察の深さを偲ばせるものがある。

 そして、厳格な門祐の姉の計らいによって、遊女であった「卯乃」が一大決心をして、門祐との關係を成就させていくラストも心憎い演出になっている。

 この作品は、読んでよかったと思える作品であり、嬉しくなる読後感を持つ作品である。どことなく浮ついた日々となってしまう八月の終わりにこういう作品を読めてよかったと思っている。

2012年11月17日土曜日

西條奈加『御師 弥五郎 お伊勢参り道中記』


 雨が降って寒い。「国民の信を問う」という形で国会の衆議院が解散され、政治が慌ただしくなっている。誰かが「うんざり自民党、がっかり民主党、わけのわからぬ第三極」と言っておられたが、真に今の国民の心情を言い当てていると思う。あらゆる「政治的な事柄」とは無縁でありたいと思い続けてはいるが、生活を生き難くさせ、国民に無理を強いるような政治は御免こうむりたい、というのがわたしの率直な感想で、社会の病巣の根が深いので、社会的システムの構造を根本から見直すべきだろうと、非力ながら思っている。

 閑話休題。西條奈加『御師 弥五郎 お伊勢参り道中記』(2010年 祥伝社)を、やはりこの作者の作品は誠実で味があると思いながら、とても面白く読んだ。

 これは江戸時代全体を通して非常に流行した「伊勢参り」の世話をする弥五郎という「御師」を主人公にして、ある藩(砥野藩という創作上の藩)の商人が巻き込まれた事件の顛末をお通して、様々な人間模様を描いたものである。

 「御師」というのは、もともとは祈祷を行う神職であったが、各地で「講(お金を貯めで神社に参るもので、江戸時代には庶民の遊興も兼ねていた)」を作り、その旅の世話から参拝までの一切の事柄の面倒を見たもので、今の旅行会社の添乗員のような働きをし、それぞれ、寺の檀家と同じような檀那と呼ばれる贔屓があり、また担当する縄張りも御師毎に決まっていた。神社や仏閣参りは、物見遊山を兼ねた江戸庶民の最大の遊興でもあった、

 伊勢神社の御師の手代である弥五郎が侍たちに襲われている日本橋の材木商巽屋(たつみや)清兵衛を助けるところから物語が始まり、伊勢参りに行くという巽屋の世話と護衛を依頼されるのである。弥五郎自身、彼の上役に当たる手代頭から「坊(ぼん)」と呼ばれたりしていわくがある人物であるが、巽屋の伊勢参りにも深い事情がありそうで、それぞれが伏せられたまま、ともあれ、本所相生町の伊勢講の人々と共に江戸から伊勢に下っていく旅が始まっていくのである。

 人々は旅の途中の風光や名物を楽しみながら賑やかに旅を続けていくが、途中で同行を願い出た百姓が、実は巽屋を殺すための刺客であったり、情けをかけた小さな子どもたちが巽屋の荷物を狙うために雇われた「胡麻の蝿(盗人)」であったりするし、「おかげ参り」の一団が仕組まれたものであったりするということが続き、弥五郎はその度に一緒に連れてきていた友人で岡っ引きの下働きをしている亀太と共に難局を切り抜けていく。

 また、父親を心配した巽屋の一人娘が同行することになったり、講で一緒に来ていた女性が駆け落ちを企んでいたりもする。巽屋も何度か襲われる。それらのこ出来事を、持ち前の勘と剣の腕で弥五郎は切り抜けるのである。

 弥五郎は、実は御師の家の次男で、伊勢で暴れ者と喧嘩してこれを傷つけたために武家に預けられ、その武家も改易となったために、御師の家の手代頭が再び御師の手代見習いとしていたが、伊勢には戻りたくない事情を抱えていたのである。しかし、巽屋のどこか死を覚悟したような態度に気づき、彼の伊勢への旅を助けることにしたのである。

 巽屋は、元は砥野藩の家臣であったが、先代の藩主から藩の財政窮乏を救うために商人になることを命じられ、自分は吝嗇といわれるほどの切り詰めた生活をしながらも材木商として儲けた利益は全て藩に収めるという人物で、幕府の吉野杉を横流ししたのではないかという疑いがかけられていた。砥野藩は伊勢の隣の大和にある小藩で、藩の御用達商人が幕府の吉野杉を横流ししたことが幕府に知られれば大事に至ることが恐れられていた。巽屋は、自分と砥野藩との繋がりを消すために自分が仕えてきた砥野藩が自分に刺客を送ったのではないかと思っていた。

 こうして前途多難な旅が続いていくのだが、やがて、伊勢に入り、弥五郎はかつて自分が傷つけた相手の立場を損なわないように和解し、巽屋を襲ったのが砥野藩ではなく、彼と同じようにして商人になった仲間たちが、自分たちの生活の安定と稼いだ財を自分で使えるようにするために、藩との縁切りを仕組み、謹厳実直な巽屋を疎んじ、これを亡きものにしようとしていたことを突き止めていくのである。

 大まかな筋はそういう展開だが、見事だと思っているのは、この作品には誰ひとり悪人が登場しないことである。巽屋を襲う浪人にも彼なりの事情があるし、胡麻の蝿である子どもたちにも、また、巽屋を殺そうとした商人たちにも事情がある。そういう事情が丁寧に描かれて、それぞれの事情から出来事が起こってしまうことが記されていくのである。そして、「人を生かすことができて、はじめて一人前の御師」ということが語られ、「人を生かす」ことに結末していくのである。

 伊勢参りは、「変わりばえのない暮らしと、きつい仕事に追われる日々」を生きている人々にとって、希望であり、生きるための張り合いであり、極楽を提供するものだと、作者は語る。人間には、そういうものが必要だとわたしも思う。この作品自体が「人を生かす」という視点で人物が描き出されているから、この結末がすんなりくる。

 そして、作者は自分が小説を書くのも、そういうことであったらいいと願っているのではないかと思う。わたしも、自分の仕事についてそう願うところがある。しかし、人間の欲が悪を生み出すのは事実で、世の中には、その欲だけで生きているような人がいるのも事実だろう。欲は力を生むが、「力が正義」というのは、つまらない世の中であるに違いない。人の能力も含めて。

2012年10月18日木曜日

西條奈加『朱龍哭く 弁天観音よろず始末記』


 1516日と箱根で研修会があり芦ノ湖まで出かけていた。ついでに箱根の関所跡にも寄って、江戸時代に箱根を越えることの難しさを改めて感じたりしてきた。

 閑話休題。西條奈加『朱龍哭く 弁天観音よろず始末記』(2012年 講談社)を、作者の興が乗ってきたような作品だと思いながら、とても面白く読んだ。作者が描く人物像が柔らかく、しかも展開される事件が「身分の差をなくす世直し」というような深刻な問題であるというのがいい。

 作中の主要な人物は二人の女性で、一人は、深川で芸者をしていた母親がなくなったあと、柏手長屋という裏店で長唄の師匠をしながら生活している「お蝶」というしゃきしゃきの江戸っ子娘で、もうひとりは方向感覚がまるでなくて外見はおっとりしている義姉の「沙十(さと)」である。「お蝶」は弁天、「沙十」は観音といわれるほど二人は美貌の持ち主だが、二人とも爽やかさが衣を着ているような女性である。

 「お蝶」の父親は南町奉行所の与力をしていた榊安右衛門だが、彼の妻が長男の安之を産んで早くになくなり、その後、深川で芸者をしていた「おさき」との間に「お蝶」ができたのである。「おさき」はしゃきしゃきの辰巳芸者で、「妾をやらせてもらうほど、こちとらひ弱にできちゃいねえのよ」といって安右衛門の世話にはならず、安右衛門がなんども一緒に住むことを願ったが、ついには一緒に住まずに、芸者をしながらせっせと安右衛門の家に通っていたのである。榊安右衛門は長男の安之に家督を譲ってひとり暮らしをしていた。その「おさき」が病気でなくなり、そのあとすぐに後を追うようにして安右衛門もなくなってしまい、「お蝶」は柏手長屋で長唄の師匠をしながら暮らしているのである。

 「沙十」は「お蝶」の異母兄の安之の妻で、安之は「お蝶」に屋敷で暮らすように頼むが、「お蝶」が断り続けているために「お蝶」の長屋を訪ねてくるのだが、方向感覚がまるでなく、つい反対方向に道を曲がっていってしまうというおっとりしたところのある女性で、安之も「お蝶」を可愛がっているなら「沙十」も「お蝶」を可愛がり、二人はまるで姉妹のような間柄である。「沙十」は、一見、茫洋としたところがあるように見えるが、実は頭脳明晰で、薙刀の腕は師範代を務めるほどで、豪胆な胆力をもった女性である。

 この二人の個性ある女性が大きな事件に関わっていくという筋書きだから、物語は優れて面白くなっていく。物語のはじめは、与力の家である榊安之のところに持ち込まれる相談事を「沙十」が解決しようとするところから始まる。「お蝶」のところに長唄を習いに来ている瀬戸物問屋の娘に悪い虫がついたようだからなんとかしてくれと頼まれるのである。瀬戸物問屋の娘には縁談が持ち上がっていた。

 「お蝶」と「沙十」は、さっそくその「悪い虫」と言われた男に会いに行き、手を引くように頼むが、うまくいかずに、瀬戸物屋の娘にも直接会って話を聞いても、娘は男の真実を信じていて別れないと言い出す。そうしているうちに瀬戸物問屋の娘が拐かされてしまう。拐かし犯が要求したのは身代金ではなく、瀬戸物問屋が得ようとしていたある大藩の御用達商人になるという話を白紙に戻せということであった。この拐かしには裏があった。瀬戸物問屋の娘も、彼女が惚れている男も、共に武家屋敷に監禁されていたのである。「お蝶」も二人が監禁されている武家屋敷に連れ込まれてしまう。だが、そこに「沙十」が、「お蝶」の長屋の住人であり、「お蝶」を守ろうとする雉坊と呼ばれる勧進坊主と幼馴染の千吉を伴って乗り込んでくる。そして、薙刀の立ち回りの腕を見せて瀬戸物問屋の娘とその男、そして「お蝶」を助け出すのである。

 この事件の背後には、その大藩の次席家老と用人との争いがあり、拐かされた娘の瀬戸物問屋が御用達商人になるために賄賂を次席家老に贈り、元々商人を牛耳っていた用人がそれを阻止しようとしたのである。次席家老は、これまでの用人のやり方を覆そうとして互いに敵対していたのである。「沙十」がそのことを見抜き、事件の解決を一挙に行ったのである。

 この事件をきっかけに、与力である榊安之の家に持ち込まれる相談事の解決に「沙十」があたり、その手伝いをするために「お蝶」も異母兄の家に住むことになって、異母兄の安之も一安心していくということになるのだが、実は、「お蝶」と安之の父であった榊安右衛門の死が病死ではなく、何者かに斬殺されたことがわかっていくにつれ、事柄は「世直し」という大事へと向かっていくのである。

 事柄の発端は第二話「水伯の井戸」から述べられていく。「お蝶」は八丁堀の兄の組屋敷に移るが、柏手長屋での長唄の稽古は続け、その護衛に溺愛している異母兄の安之から戸山陣内という若い侍をつけられる。「お蝶」が何者かに襲われたことがあったからでもある。戸山源内は貧乏御家人の次男であるが、武士としての矜持をもち、剣の腕で身を立てたいと願っている侍で、八丁堀の与力の家に仕えることができて、若い娘である「お蝶」を自分の主(あるじ)として、「主のために生命を賭すのが武家の習い」と命がけで「お蝶」を守っていく青年である。

 初め、町方育ちで伝法な口を聞く「お蝶」と武家の格式を貫く陣内とは、うまくそりが合わなかったり、「お蝶」の幼馴染で長屋に住んで「お蝶」に惚れている千吉に嫉妬されたりするが、やがて彼が本当に自分の命をかけて「お蝶」を守っていく姿がわかっていき、「お蝶」も頼りにするようになっていく。

 そうしているうちに、牛込の書物屋(子どもが手習いに使う書物などを扱っている店)から、店や近所にひどい嫌がらせが起こっているので、これを何とかして欲しいという相談が持ち込まれる。「沙十」と「お蝶」が、さっそくその調査に乗り出したところ、嫌がらせをしているのは女の幽霊だという話が出てくる。「お蝶」は長屋の雉坊と千吉に頼んで一帯を見張ってもらい、嫌がらせをする犯人を捕らえる。犯人は近くの武家屋敷に出入りしていたが、どの武家がこの事件に絡んでいるのかはわからなかった。その武家を探している途中で、「お蝶」は何者かに襲われる。賊は、父親の安右衛門から預かっている品を渡せと迫ってくるが、「お蝶」には覚えがない。賊たちは「沙十」の薙刀と陣内の剣によってかろうじて難を逃れることができたが、それによって「お蝶」は、今まで卒中で死んだと聞かされていた父親の死に秘密があることを知っていくのである。

 嫌がらせ事件そのものは、「沙十」の見事な推理で、書物屋の通りの裏店にある「水伯の井戸」と呼ばれる枯井戸から再び甘露な水がわくようになり、自分の家の井戸が枯れてしまった茶道の師匠としても高名な旗本が、その井戸を自分のものにしようと企んだことであることが分かっていく。「お蝶」は、その旗本に長屋の井戸から水を分けてもらうようにしたらどうかと提案し、事件は解決する。

 それからしばらくして、品川の廻船問屋の風変わりで傾いている若旦那が「お蝶」に長唄を習いたいと言ってきたりしているうちに、今度は神田の筆墨硯問屋から、娘の許嫁が九歳の女の子にいたずらをしたという咎でお縄になったが、許嫁はそんなことをする男ではないから何とかしてくれないかという相談が持ち込まれる。この事件そのものも、「沙十」の推理と「お蝶」の人柄で、実は九歳の女の子が嘘をついていたことが分かっていくのだが、「お蝶」に長唄を習いたいと言ってきた廻船問屋の若旦那が「お蝶」の父親であった榊安右衛門殺しに大きく関わっていくのである。

 このように伏線いくつも張られて、物語が佳境に入っていくように巧みに構成されている。その事件の真相を探っている時に、「お蝶」は再び何者かに襲われ、通りがかった廻船問屋の若旦那の機転で助けられるということが起こる。それをきっかけに廻船問屋の若旦那は「お蝶」の長屋に出入りするようになるのである。頭脳明晰で人を見抜く力もある「沙十」は、「お蝶」を巡る一連の出来事を見極めようとしていく。

 そこに、かつて父親の榊安衛門と碁仲間で、気安く出入りし、安右衛門の人柄をしたっていたという相模の干鰯問屋の紀津屋という男が訪ねてくる。実はこの紀津屋と品川の廻船問屋の若旦那とは繋がりがあり、何らかの意図をもって「お蝶」に近づいたのである。紀津屋の思い出語りの中で、安右衛門が新陰流の的場道場という剣術道場に通っていたこと息子の安之の上司である南町奉行の岩淵是久も同門であること、長屋の千吉も安右衛門の勧めで的場道場に通っていることなどが語られていく。安之だけは別の道場に通っていたが、あまりの見込みのなさに道場を追い出されたという話も盛り込まれていく。

 「お蝶」は、異母兄の安之と「沙十」の出会いが、物取り目当ての浪人に安之が取り囲まれた時に、通りかかった「沙十」の薙刀によって助けられたのが二人の馴れ初めだと言う。安之も「沙十」と同様に、どこかおっとりと望洋としたところのある人間だった。だが、実は安之は剛剣の使い手で、道場では誰も相手になるものがいなかったほどの腕前であったことが、ずっと後で記され、二人の望洋とした夫婦が、実は薙刀と剛剣の使い手で、人は見かけによらないことを作者が仕組んだ人物なのである。

 こうした展開をしながら、「お蝶」は「父親の遺品」ということが気になって、安右衛門が住んでいた下谷の家を訪ねてみることにする。行ってみると、下谷の家はそのまま空き家になっており、何者かが家探ししたことがあるという。そして、妙な女が家の周りをうろついているとも聞かされる。「お蝶」はその女に会ってみることにする。女は夜鷹で、生前の安右衛門に温情をかけられ、安右衛門の死体を最初に発見した女だった。その女から「お蝶」は、安右衛門が斬殺されてことと、その犯人と思しき人物に会ったことを聞かされるのである。安右衛門は死の時に「お蝶」が作ってあげていた紙の姉様人形を握りしめていたと言う。女は犯人と思われる侍にまた出会ってしまい、それを届けるべきかどうか迷っていたと告げる。その話を聞いて、父親が死ぬときに握りしめていた姉様人形の柄が「一斤染(いっこんぞめ)」という独特の柄で、安右衛門はそれを握り締めることで、犯人を告げようとしていたのではないかと推測する。南町奉行の岩淵是久が「いっこん」という俳号をもっていた。父親殺しに南町奉行が関与しているかもしれない、そういう推測をするのである。

 南町奉行は安之の上司であり、しかも剣の腕も免許皆伝と聞く。父親殺しに南町奉行が関与していたことを知れば安之はひとたまりもないだろうから、「お蝶」は自分が気づいたことを異母兄に話すかどうか悩む。

 それはそれとして、市ヶ谷の金物問屋の女将が主人の様子がおかしいと言って相談に来る。金物問屋の女将は、かつて「沙十」の実家で行儀見習いをしていたこともあり、金物問屋は尾張徳川家のご用達でもある老舗だった。だが、その金物問屋が尾張徳川家の家臣に誘われて剣術道場に通うようになり、その道場では、身分の差などが取り払われて、武家も商人も職人も居酒屋で互いに酒を酌み交わしたりしており、金物問屋はそれが気に入って熱心になり、ついには幕府を転覆する「世直し」を口にするようになったというのである。そして、彼が扱う尾張徳川家に収める硝石が何者かに奪われる事件があったが、その彼の着物に硝石から作られる火薬が付着していたのに気づいたというのである。金物問屋の女将は、なんとか主人を止めたいと密かに相談に来たのである。金物問屋の主人が通っている剣術道場は新陰流の的場道場であった。

 「お蝶」は、長屋の千吉が通っている道場も的場道場だから、千吉に話を聞こうとするが、千吉は行方がわからなくなっており、雉坊も姿を消していた。雉坊は、相模の王龍寺という寺の僧だという。金物問屋の主は「江戸の空に王龍が舞う」とも口走っていたという。的場道場と王龍寺と「世直し」、この三つが繋がっていくのである。「お蝶」と「沙十」が的場道場に様子を見に行った時に、「お蝶」の護衛役であった戸山陣内までもが、的場道場に入っていき、姿を消していた。

 「お蝶」が廻船問屋の若旦那と話をしている時に、かつて若旦那も的場道場でひどいめにあったことがあり、彼をひどいめに合わせたのは、「お蝶」の父親安右衛門を殺したと思われる人物だった。こうしてすべてが的場道場へと繋がっていく。廻船問屋の若旦那は、「お蝶」の兄の安之がたとえ与力の株を手放さなければならないことがあったとしても「お蝶」を大切にする人物であることを確かめてから、相模の干鰯問屋の紀津屋を連れてくる。この紀津屋が、実は生前の榊安右衛門から重要な品を預かっており、賊たちはそれを狙っていたのであった。父親の遺品は「連判状」で、そこには南町奉行の岩淵是久の名前も、的場道場主の名前も記されていた。

 相模の王龍寺の住職だった導慧(どうけい)は、徳の高い人物で、信望者が多く、人には身分の隔てなどないという教えを語っていた。身分差別で苦しむ者たちの多くがその教えを喜び、やがて、身分差別のない世の中を作るという「世直し」を掲げた「王龍党」ができ、南町奉行も的場道場主もその「王龍党」の一員で、「連判状」はそれを記したものだった。だが、導慧が亡くなったあと、江戸城に火を点け火薬で爆破して、武力によって「世直し」を図ろうとする急進派の的場道場主と、人の心を変えていくことで平等な世の中を作ろうとする南町奉行との間が別れ、南町奉行は急進派を抑えようとしていたのである。そして、「お蝶」の住む長屋の住人であった「雉坊」こそが導慧の後継者としての責任を負い、彼もまた的場道場主の暴走を止めようとしていたのである。千吉も雉坊とともにその働きに加わっていたのである。

 「お蝶」の長唄の二人の弟子が拐かされ、人質に取られて「お蝶」が呼び出され、「王龍党」が隠れ家としていた船宿の穴蔵に入れられる。そこには、同じように監禁されていた戸山陣内がいた。戸山陣内は的場道場を探ろうとして、気づかれてしまったのである。その穴倉には、南町奉行の岩淵是久の娘も監禁されていた。「王龍党」の急進派が岩淵是久を抑えるために娘を人質にとったのである。彼らの決起は明日に迫っていた。だが、そこに彼らの仲間を装っていた千吉が助けに来て、彼らは無事にその船宿の穴蔵を出ることができ、ことの真祖がわかり、安之に告げて、「お蝶」、源内、そして「沙十」は急進派の決起を阻止するために的場道場に乗り込むのである。的場道場では雉坊が急進派の決起を阻止しようとし、ついに乱闘となる。そこに安之と岩淵是久が廻船問屋の船人足を大勢連れて駆けつける。死闘が繰り返され、戸山源内は的場道場の中でも凄腕と言われた男と対決する。男は、「お蝶」の父親の安右衛門を殺した人物で、しかも戸山源内とは竹馬の友であった。彼は、かつて身分や家格の違いから追放されて「身分のない世の中を作る」という教えを的場道場主から受けて、幕府の転覆を画策していたのであった。

 だが、そのために人殺しや拐かしなどの手段を選ばないやり方をし、大勢の人間を殺すということに賛同できない雉坊や岩淵是久と敵対していたのである。陣内、「沙十」、廻船問屋の若旦那らの破竹の活躍が続く中で、安之も剛剣を奮っていく。こうして、「王龍党」の急進派の企みは灰燼に帰し、安右衛門の仇もとれ、奉行所与力ではあるが、安之はすべてを胸に収めて、また、みんなが元の暮らしに戻っていくのである。

 最後に、雉坊は「沙十」にこう尋ねる。
 「奥方にとって、良い世の中とはいかようなものか」
 「沙十」はしばらくして、「お蝶」のところに長唄の稽古に来る娘たちが賑やかにしゃべりだすのを眺めてから、
 「雉坊さま、娘たちがあのように笑っていられる世の中が、私には何よりに思えます」
 と答えるのである。雉坊は「肝に銘じておこう」と答える。

 まことにそのとおりだと思う。本書は伏線の上に伏線が張られて、やがてそれがだんだん膨らんでいって一つの大きな物語に流れ着くようになっており、構成も、またそれぞれの人物たちも、その展開もよくて、作者の真骨頂がよく出ている作品だと改めて思った。なんでもないと思えるような日常があって、それが物語につながり、その日常の中で織り成されることこそ意味がある。作者はそういうことをよく知っていると思う。人物もそれぞれに個性があってとても面白く読めた作品だった。

2012年10月3日水曜日

西條奈加『四色の藍』


 新しく発生した台風が小笠原近郊にあり、その影響で重い曇り空が広がっている。南方の海水温度が高くなっているので台風が発生しやすくなっているからだろう。「野分が吹いて秋が来る」の言葉通り、一段と秋が深まっていく。

 昨夜は、人の柔らかさを描いたものを読みたいと思って西條奈加『四色の藍』(2011年 PHP研究所)を楽しみながら読んだ。登場してくる人物が、どこか人生の影や過ち、悲しみを背負っているというのがよく、それらの人たちが、「紫屋」という紺屋(藍染屋)の妻「環(たまき)」を中心にして集まってくるのである。

 「環」は、夫の茂兵衛が突然殺され、その真相を明らかにして夫の恨みを晴らしたいと願い、藍玉問屋や札差、薬種問屋などを手広く商って、裏でも金貸しをしている東雲屋三左衛門が夫を殺したと思って、洗濯婆をしている「おくめ」と、男相手の商売をしている色気の溢れた「お唄」を仲間にして、東雲屋の夫殺害の証拠をつかもうとしていた。「環」の夫の茂兵衛と時を同じくして藍玉問屋の阿波屋八右衛門が自害していたので、役人は、阿波屋八右衛門が茂兵衛を殺して自害したと見ていたが、「環」は違うと思っていたのである。阿波屋八右衛門は四国の阿波徳島藩の藍商で、藩内の藍玉を独占的に扱う豪商で、藍染の意匠に凝る茂兵衛は阿波屋に借金をしていた。

 そして、「環」が東雲屋三左衛門を訪ねている時に、同じように東雲屋三左衛門を訪ねてきた阿波徳島藩の若侍と出会い、「環」が東雲屋の手先から襲われた時に「環」を助けるのである。若侍は蓮沼伊織と名乗り、国元での兄の敵と目される新堀上総(かずさ)が東雲屋にいると聞いて国元から出てきたところであった。同じ東雲屋に関係し、剣の腕も立つところから「環」は、蓮沼伊織に仲間になってくれるように頼み、こうして四人が事件の真相を暴くことに奔走していくのである。

 だが、若侍として男の格好をしているが、蓮沼伊織は実は女性で、伊織という名は兄の名前であり、実際は「伊予」という。そして、兄を殺したと目されている新堀上総は幼馴染で、彼女(彼)が密かに想いを寄せていた相手だったのである。

 紺屋の「環」を中心にして集まったこの四人は、それぞれに生きることの辛さを抱えている。「環」は、料理茶屋で仲居をしていた頃に茂兵衛にみそめられて茂兵衛の後妻となり、年の離れた茂兵衛に可愛がられたが、その茂兵衛が殺されて紺屋をひとりで背負わなければならなくなり、茂兵衛の親戚筋からは受け入れられない中で過ごさなければならなかった。

 「お唄」は、東雲屋の裏稼業の手代をしている暴れ者の源次と夫婦だったが、源次が博打で借金を作ってしまい、その借金のカタに賭場の親分に差し出されてさんざん弄ばれたあげくに売り飛ばされ、一年経って商人の妾として身請けされたが、さらに源次が追いかけてきて、とうとう源次と逃げ出して再び夫婦となったが、また源次が賭場で借金を作り、旗本の閨の相手としてまた売り飛ばされた女性であった。その旗本の閨での嗜好が異常で、「お唄」は体中が傷だらけとなり、やがて「お唄」に飽いた旗本が彼女を自由の身にして、今は男相手の水茶屋勤めをしているのである。彼女は東雲屋の源次に恨みを晴らしたいと思っていた。

 洗濯婆の「おくめ」は、若い頃にある大名家の家臣の家の女中をしていたが、そこで手をつけられて子どもを身ごもったために追い出され、子どもだけを取り上げられて、散々苦労して生きてきた女性であった。彼女は、洗濯婆として東雲屋にも出入りするので、お金のために「環」に協力していると言う。

 そして、蓮沼伊織を名乗る「伊予」は、敬愛した兄を殺され、その仇とみなされる人間が、自分が想いを寄せた新堀上総であり、しかも新堀を追って江戸に来る途中で、助成を申し出て同行していた従兄で許嫁でもあった蓮沼章三郎が無理やり襲ってきたので、これを防ごうとして彼を殺していた。「伊予」は、剣に堪能な使い手でもあった。

 この四人がそれぞれに自分の方法を発揮しながら、「環」の夫を殺した犯人を探っていくのだが、いくつかのどんでん返しが仕組まれて物語が展開されている。そして、「環」の夫殺しの犯人と「伊予」の兄殺しの犯人には繋がりがあり、そこに阿波徳島藩における権力掌握を狙った家老とその家老に賄賂を送って藍玉の独占的取り扱いを狙った商人の悪計が潜んでいることが分かっていったり、その実行犯が意外な人物であったりするのである。

 最初、重要な役割を果たすようには思えなかった奉行所定町周り同心の山根森之介は、「環」に惚れて、「環」もまんざらではない展開になっていくが、実は彼こそが事件の鍵となる人物となっていく。

 もちろん、大名家の家老の権力欲や商人の動き、またそれに従う者たちの姿など、こうした設定は最近の時代小説ではよくある設定で、それが深く掘り下げられているわけではないし、格別のミステリーというものでもないが、どんでん返しのどんでん返しという構成は面白い。また、どうにもならない相手に惚れてしまう女心や親子の情愛も豊かに描かれている。個人的に『烏金』以来、文章の柔らかさを感じさせてくれるいい作品を書かれていると思っている。

2012年7月30日月曜日

西條奈加『はむ・はたる』


 異常なくらい暑い日が続いているが、湿度も高く、どうにもやる気が起きなくて困るなあ、と思いながら日々を過ごしている。夏休みは欧州並みにせめてひと月ぐらいはならないかなあ。働き過ぎてもろくなことにはならないと思いつつも、つい仕事を引き受けて働いてしまう。

 ロンドンで始まったオリンピックも、まあ、見るとはなしに見ているが、自分の中では、今ひとつ盛り上がらない。スポーツが別世界になったからかなあ。

 そんな思いの中で、懸命に生きている子どもたちの姿を中心に描いた西条奈加『はむ・はたる』(2009年 光文社)を面白く読んだ。

 これは以前に大変面白く読んだ『烏金』(2007年 光文社)の続編のような作品で、前作の主人公であった頭脳明晰な人情家の「浅吉」によって助けられた、それぞれに訳が有り頼る者が誰もなくて集団で盗みを働いて生活していた子どもたちの物語である。彼らは、「浅吉」によって稲荷寿司の販売という生活の道を見出し、「浅吉」が江戸所払いとなったあとは、旗本の長谷部家に身元保証人になってもらって、「勝平」という利発な子どもを中心にして自分たちの手で生活をしているのである。

 長谷部家は、役料百俵という貧乏御家人で、そこの祖母と妻が手内職に稲荷寿司を作り、それを子どもたちが振り売りしていくというもので、十五人の子どもたちは、雨風で商売に出られないときは、祖母からしつけや礼儀、読み書きなども教えられている。その祖母が凛とした女性で、厳しい躾をするが、その奥には子どもたちに対する深い愛情があり、いざという時にはしっかり子どもたちを守っていくのである。

 十五人の子どもたちは、それぞれ三つの長屋に分散して暮らしているが、彼らの中心にいるのは勝平で、彼は、見捨てられたり途方にくれたりしている子どもがいると、これを放っておけずに次々と仲間に入れて、これだけの人数になってしまったのである。子どもたちは勝平には絶対的な信頼を置き、勝平もそれを裏切ることはないし、優れた洞察力と明晰な頭脳で問題を解決していく。勝平はまだ十二歳である。

 物語は、その勝平が住む長屋で、親なしとか泥棒とかの悪口を言っていた長治という子どもがいなくなるところから始まる。長治の親や長屋の大人たちは、喧嘩をして勝平たちが長治をどこかにやったのではないかと疑いはじめ、勝平たちは、その疑いを晴らすために長治の行き先を探すのである。

 そこへ、長い間諸国を放浪していた長谷部家の次男である「柾(まさき)」がひょっこり帰って来た。柾は、自分が通って慕っていた剣術道場の師範が、師範代によって殺されたために、その仇を討とうと諸国を巡っていたのである。人なつっこい笑顔をする柾は子どもたちも気に入り、絵の腕も達者で、さっそくいなくなった長治の似顔絵を書いて、それをもとに子どもたちは長治の探索をはじめるのである。この柾の仇討ちが本書の複線となって物語が展開されていく。

 勝平たちは子どもたちの情報を頼りに、結局、備中の大貫藩の継子問題に絡んで、継子として迎えられる子どもに長治が似ていることから、これを拐かして大貫藩から大金を取ろうとした浪人によって監禁されていることが分かり、みんなで協力して彼を助け出していくことになるのである。それが第一話「あやめ長屋の長治」である。

 第二話「猫神さま」は、争いを起こした父親が牢で死に、母親にも捨てられて寺に預けられていたが、さらにそこから江戸にやられて行くあてもなくなっていた時に、勝平たちと出会って仲間になった十二歳の三治という子どもを語り手にして、繭玉問屋に奉公に出されていた少女の盗みの疑いを、勝平たちを中心にした子どもたちが晴らしていくという話である。

 少女は、彼女の父親が病気の弟の薬代のために庄屋の金に手をつけてつかまり、一家が散り散りになったところを繭玉問屋の手代の世話で奉公にでることができるようになったのだが、その奉公先の繭玉問屋で崇められていた「猫神さま」という猫の像がなくなって、彼女に疑いがかかり、店を飛び出して濡鼠のようになっていたところを三治が見つけて事情を聞いたのである。

 勝平たちは、そのなくなった「猫神さま」を探し出すという約束で、娘の濡れ衣を晴らしていく。結局、その繭玉問屋の幼い病弱な子どもが二十日鼠をひそかに飼い、その二十日鼠が飾ってあった「猫神さま」の耳をかじってしまったために、知恵を使ってうまく隠してしまったことがわかっていく。勝平たちは、誰も傷つけないようにうまく知恵を使って事を処理して、繭玉問屋の主人に少女を疑ったことを謝ってもらって、一件が落着していくのである。

 第三話「百両の壺」は、大飢饉でひとりぼっちとなり、吹雪の中で泣いていたところを煙管などの小間物を行商する男に助けられ、育てられているうちに算盤や銭勘定を覚えるようになっていったが、その男が旅の途中で病気にかかり死んでしまったために、江戸の小間物問屋を尋ねることになったが、どうにもそこのお内儀が苦手で、ひとり橋の上でぽつねんとたっていた時に勝平たちに出会って仲間になった「テン」と呼ばれる天平という十一歳の子どもを語り手にして、旗本の詐欺で苦しめられている鰻屋を助けていくという話である。

 「天平」という名前も、長谷部家が身元引受人になった時につけてもらった名前であり、彼は真面目で小心であるが、銭勘定ができることから、金貸しの「お吟」(前作の中心人物)の手助けをするようになっていたのである。「テン」は、浅吉(前作の主人公)がやっていたように、ただ金を貸すだけではなく、相手の問題を解決し、それによって借金の返済ができるようにしてやるという方法で人の信用を勝ち得て、ひたすら懸命に働くような善良な子どもである。

 その「テン」の下に、九歳になる長谷部家の嫡男の佐一郎が預けられることになる。気の強い佐一郎は、貧乏御家人の父親や放浪する叔父の柾を見て、侍に嫌気がさして商人になると言い出し、長谷部家の「婆さま」からひどくしかられ、商売の辛さを体験させようと「テン」に預けられることになたのである。

 ところが、二人が借金の取立てに行った先の鰻屋で、その鰻屋の娘が奉公に出た先の旗本家の家宝の壺を壊してしまい、それが百両もする値打ち物ということで、鰻屋は百両の借金をし、「テン」たちに返済が不可能になっていることが分かる。

 その話を聞いた勝平は、それが騙り(詐欺)ではないかと見破り、同じようにして金を取られている人たちがいることを探し出し、柾の手を借りて、これを解決していくのである。そして、この事件をきっかけにして、佐一郎は再び長谷部家に戻ることになるのである。 

 第四話「子持稲荷」の語り手は十一歳になる「登美」という少女である。登美は、両親とともに田舎から江戸に出てきたが、厄介払いで親類に預けられ、そこから他所に売られる途中で勝平たちに助けられて仲間になった少女である。

 その登美が、ふとしたことで大きな仕出し屋の息子の由次郎と出会う。由次郎は、仕出し屋の後添いに来た継母から立派な跡取りにするということで厳しく躾けられ、習い事もたくさんさせられて、それが嫌になってひとりぽつねんと川べりに立っていたのである。登美は、その由次郎を見て声をかけ、さぼって飯を抜かれた由次郎に稲荷寿司を分け与えるのである。

 ところが、その仕出し屋のお内儀が何者かに強請られていることがわかる。勝平はお内儀がなぜ強請られているのかを探るために登美の掏摸の腕を使って強請っている男から強請の種となっているものを奪う。それはお内儀が往来で落としてしまったもので、由次郎の両親の名前と臍の緒であった。お内儀は仕出し屋の主人との間に由次郎を設けたが、由次郎の将来のために由次郎を仕出し屋に出し、親子の名乗りをしないできていたのであった。そして、仕出し屋の先妻が亡くなった後で後妻として入ったが、由次郎が甘やかされて育っていたために、懸命になって跡取りとしての躾をしていたのであった。

 由次郎はそのことを知るが、勝平は、自分が知っていることを一切明らかにせずに、手習いに励めと由次郎を説得して丸く収めていくのである。強請っていた男は柾によって懲らしめられ、二度と強請らなくなる。そうして、由次郎が登美のために稲荷寿司の中にもうひとつ油で揚げたものを入れる「子持稲荷」を考案して、ほのかな慕情を残しながら話が終わる。

 第五話「花童」は、回向院の門前で母親に捨てられていたところを勝平たちに助けられて仲間になった九歳になる「伊根」が語り手となって、医者の妻女の拐かし事件に絡んで拐かされてしまった口がきけない三歳の「花」をみんなで助け出していく話である。

 「伊根」は、同じ仲間で役者のような顔をしているハチが好きで、「花」はそのハチの妹である。ハチは幼い頃に陰間茶屋に売られたこともあり、ほとんど口を聞かないが、「花」のことになると命懸けになる。「花」は口が全く聞けないが、実は利発で、難しい字も覚えることができるし、算勘も達者にできる。物覚えも良い。だが、ハチと「花」は実の兄妹ではないと知って、「伊根」は嫉妬を覚えたりする。

 そういう中で、「花」がいなくなる。「花」は、実は長谷部柾が敵として描いた浪人を見つけ、その後をつけているうちに、その仇を含む浪人たちがある藩の大名の御典医に雇われ、藩主の外科手術を失敗するように蘭方医を脅す手段として、その蘭方医の内儀を拐かした事件に遭遇してしまい、一緒に監禁されていたのである。勝平たちは町方役人に頼んで二人を救出する。だが、柾が仇と追い続けた浪人はその中にはいなかった。その仇討ちの話が第六話「はむ・はたる」である。

 表題作ともなっている第六話「はむ・はたる」は、柾が師と仰いでいた剣術道場の師範を殺し、その財産を奪い取って逃げた「お蘭」という女と師範代に柾が仇討ちをする話である。「お蘭」は、男を騙しては金を取る稀代の悪女で、「はむ・はたる」というのは、「ファム・ファタル」(惑わす女)のことである。その「お蘭」が、ついに病を得て余命幾ばくもない状態にあることを勝平が探り出してきた。

 柾は、「お蘭」の正体を知らずに、先妻がなくなった道場主に紹介するような形になってしまい、その後、師範代だけでなく、幾人もの門弟や親類縁者、道場に出入りしている商人までも手玉にとって、道場を売り払って師範代と江戸を逐電し、行く先々でも男を食い物にして生きてきた女だった。その「お蘭」と師範代が見つかったのである。

 だが、仇討ちが許されるのは、血縁があれば血縁だけであり、柾には仇討免状がなく、これを討てば単なる人殺しとなるために、勝平は柾にそうなってほしくないと思っていた。おまけに剣の腕の差もあって、柾は師範代に一度も勝ったことがなかった。しかし、柾は師範代に果し合いを望み、肉を切らして骨を断つという仕方でこれに勝つのである。柾は無駄に年月を過ごしたのではなかったのである。そして、見守っていた勝平を人質にして「お蘭」が逃げようとし、勝平を助けるために「お蘭」も斬るのである。だが、「お蘭」は自ら殺されることを望んでいたところがあったのである。

 こうして柾は本懐を遂げるが、勝平の機転によって、重罪とはならずに江戸所払いとなる。柾が江戸を離れていくところで本書は終わる。つまり、長谷部柾が登場し、彼が江戸を去るまでが大筋となり物語が展開されている次第である。

 しかし、おそらくはそれぞれがそれぞれの人生の主人公という考えで、一話ずつの語り手が変わる構成がとられながら、その大筋が展開されていると思うが、やはり、主人公が多様すぎるきらいがあって若干、一人一人が描ききられていない気がしないでもない。だが、作者の姿勢や文体、人間に対する視点などはどこまでも優しくて、物語としても面白く読めた。この作者の作品はこれからも注目していきたいと思っている。

2012年6月15日金曜日

西條奈加『善人長屋』


 変わらない日常の中で、今年の梅雨はことのほか肌寒く感じている。気にかかっている仕事があって、それがちっとも進まないままで日が暮れてしまうが、宵を歩くときに、思わず寒気を感じたりする。

 そいう中で、温かい気持ちで書かれた西條奈加『善人長屋』(2010年 新潮社)を面白く読んだ。この作者の作品は、以前、『烏金』(2007年 光文社)を読んで、柔らかな文章の中で綴られる人の情がしみじみとして、物語の展開も味のあるものだったので、他の作品も読んでみたいと思っていた。何か印象として、派手さや奢りもなく、地道に、丁寧に物語を紡がれている気がしている。

 『善人長屋』も柔らかく丁寧に物語が進んで行く江戸下町人情噺だが、主な登場人物は、窩主買(けいずかい-盗品などを売買すること)の質屋、盗っ人や詐欺師に情報を売る情報屋、掏摸、美人局をしている兄弟、偽証文作りの浪人、詐欺師の夫妻、盗っ人などといったそれぞれの裏稼業をもつ人物たちであり、彼らがそれぞれに悪業に手を染めていくようになる事情も織り込まれながら物語が展開されていく。「善人長屋」ではなく、本当は「悪人長屋」なのだが、この「悪人」たちがまた、すこぶるつきの善人なのである。それが柔らかくユーモアを交えながら展開されていく。

 深川山本町にある質屋の「千鳥屋」の主、儀右衛門は祖父以来の窩主買に手を染めながら、通称「善人長屋」と呼ばれる裏店の差配(管理人)もしている。この長屋は、人々から「情に厚い善人が住む善人長屋」と呼ばれているが、実はそれぞれに裏稼業をもつ「悪人長屋」だった。儀右衛門には十六歳になる一人娘の「お縫い」がいて、物語はこの「お縫い」を中心にして進んで行くが、住人たちがもつそれぞれの裏稼業の特技を生かして助け合いながら「人助け」をしていくのである。彼らはそれぞれの事情で悪業に手を染めているが、「盗っ人にも三分の理」で、それぞれに矜持をもち、裏の顔が後ろめたいから、表の顔で行いが良い方に向かうという人物たちであった。そして、それぞれに長屋の差配でもある儀右衛門に信服し、深い信頼を寄せている。

 この長屋に、ちょっとした間違いから裏稼業などもたない全くの善人である錠前職人の加助という人物が住むことになってしまう。加助は、火事で妻子を失い、人生を諦めかけているときに、深川の富岡八幡にお参りに来て、人間違いでこの長屋に住むようになったのだが、困っている者には声をかけ、傷ついた者には治療をし、行き暮れている者には自分の部屋を提供するという底抜けの善人で、この加助が次々と困っている者を長屋に連れてきては、儀右衛門を初めとする長屋の連中によって助けられていくのである。

 その長屋の店子で掏摸の安太郎が、昔の掏摸仲間で小さな塩物屋を営んでいる男を連れて儀右衛門の所に相談にやってくる。安太郎は掏摸仲間を脱けるときに儀右衛門の世話になり、それ以来、小間物商いと小さな掏摸稼業をしながらこの長屋の店子として暮らしていた。彼が連れてきた塩物屋は、彼の店に塩物を卸す大店の乾物屋から娘の縁談話が持ちこまれて話がまとまったが、娘には惚れた男がいて、その子を身ごもっているという。縁談を破談にすると商品が卸されなくなるだけでなく、店ごと潰されかねないが、かといって身ごもった娘と相手の男は、生まれること三人で暮らすという。問題は乾物屋をどう諦めさせるかということで、儀右衛門は一計を案じる。

 それは、長屋で振り売りをしながら美人局をしている兄弟の手を借りるということだった。この兄弟は少年の頃に蔭間茶屋(男娼窟)に売られていたが、兄が弟を連れて逃げ出し、儀右衛門に助けられた兄弟で、弟が美形の女性に化けて美人局をしていたのである。その美形に化けた弟が縁談相手である乾物屋の若旦那を誘惑して、向こうから破談にさせるという手である。そして、見事にこれが上手くいくのである。

 こんなふうにして話が展開されていくのだが、人の良い加助が簪を盗っ人に取られて途方に暮れている娘を連れて、助けて欲しいと言ってくる。娘はお店のお嬢さんのこれ見よがしの高価な簪を黙って挿して使いに出たところ、数人の男に囲まれて簪を取られ、途方に暮れていた。仕方なしに儀右衛門たちはその娘の簪を取り返す算段をするが、盗んだ男は筆屋の後家と筆屋の主を殺してそこに居座っており、簪は筆屋の後家の物になったが、どこに隠しているかわからない。そこで、儀右衛門の娘の「お縫い」と妻の「お俊」と共に一芝居打って、後家が簪を隠しているところを見つけ出し、簪を取り戻していくのである。このことにも長屋の住人たちの裏稼業が使われていく。

 さらに代書屋の裏で偽証文作りなどをしている訳ありの浪人が人殺しの疑いで番所に引っ張られ、長屋中が困惑するほど加助が無実を叫んで番屋に日参する中で、役人の目が長屋に向くことを案じた儀右衛門は、長屋の住人や娘の手を借りながら真犯人を見つけ出すという出来事が起こったり、偽紅を使った詐欺にあった者を加助が長屋に連れてきて、それを同じ詐欺師である長屋の夫婦の手を借りて助けていったり、娘をひどい目に遭わされた老いた火事師を助けたり、死にかけている蔭間の恋の最後の願いを聞いていったり、加助が知らずに連れ込んでくる問題を抱えた人々を助けていくのである。

 長屋の連中は差配の儀右衛門に全幅の信頼を置き、儀右衛門の頼みを断ることはなく、娘の「お縫い」は加助の善行を罪滅ぼしと思いつつも、父の儀右衛門や長屋の人々の「情」に触れていくのである。そして、最後に、火事で死んだと思っていた加助の妻と子が生きており、実は錠前師の加助の腕を見込んで開かずの蔵といわれている蔵の仕掛け錠前を外すために、押し込み強盗をする手ひどい強盗が背後にいて、加助の妻が彼の妻となったのもそれをさせるためであったと言うことがわかっていく。彼のこと思われていた娘も、実はその押し込み強盗をする男の子であった。

 「お縫い」は、妻子を捜し続ける加助を何とか助けたいと思って、その事情を知っていき、儀右衛門たちも事の真相を知っていく。そして、押し込み強盗の手から加助の妻子を助け出すが、加助の妻は真実を加助に話し、加助のもとを去る。加助は、「お前たちが幸せならばそれでいい」と言い、長屋に残ることにして、儀右衛門はその加助もまるごと抱え込む決心をしていくのである。

 「善人長屋」というのは、実は儀右衛門が問題を抱えている人間たちをまるごと抱え込んだ長屋である。彼らは「信頼と情」で繋がっており、それが失われることがない。娘の「お縫い」は、加助がこの長屋に来て様々な問題を持ちこんでは解決していくことの中で、そのことを知っていくのである。

 物語は、どれも柔らかく丁寧で、登場人物もひとりひとり丁寧に描かれていて、どこかしみじみとしたものが残る作品で、わたしは、作者の姿勢に拍手を贈りたい。