朝から雨が降り出した。ふだんなら柔らかな雨と言えるかもしれないが、水しぶきを上げて疾走する車の騒音がかなり喧しい。ここでは静かな日々は望むべくもないが、こんな日はぼんやりと雨を眺めながら、喪失感と諦念を抱え込んで、モーツアルトを聞きながら、カントやパスカルやキルケゴールのことなど、実人生にあまり幸福感を感じなかった人々について考えたい。
「先週はどうでしたか」
「あまりいいことはありませんでした。だいたいいいことはないですね」
という会話が耳に飛び込んできた。
それでも、友人の息子のT君が七月に婚約するという。人生の伴侶を得ることは本当に素晴らしい。共に生きてくれる人がいるということほど素晴らしいことはない。齢を重ねて独りでいるとそのことの大事さがつくづくとわかる。大いに祝福したい。
昨日、用事で小平まで行くのに渋滞で往復5時間もかかってしまい疲れ果てていたのだが、昨夜、鈴木英治『父子十手捕物日記 情けの背中』(2008年 徳間文庫)を読んだ。これは奉行所の名同心と言われた御牧丈右衛門(みまき たけえもん)と、その後を継いで優れた明察力をもつ息子の文之介(ふみのすけ)が江戸市中に起こる事件を解決していくシリーズで、巻末につけられている「著作リスト」によれば、本書が刊行される前に既にこのシリーズだけでも10作が出されている。
鈴木英治という作者は、奥付によれば、1960年に沼津で生まれ、1999年に『駿府に吹く風(改題 『義元謀殺』)で角川春樹小説賞特別賞を受賞して作家としてデビューされ、以後、多くの歴史・時代小説のシリーズ物を書かれているようだ。
わたしはこの人の作品はこれが初めて読む作品であるが、少なくともこの作品は、歴史的考察の実証はともかくとして、捕物帳ものとしては、主人公である同心親子の姿やそれぞれの恋模様などもあって、娯楽小説として面白いと思った。
主な登場人物は、名同心として知られる御牧丈右衛門と、彼が信頼を寄せる彼の上司で盟友でもある与力の桑木又兵衛、丈右衛門の後妻となるお知佳、父の後を継いだ文之介と彼の友人であり大きな助けとなる下働きの勇七、文之介が思いを寄せる幼馴染みで味噌問屋の大店の娘のお春、そして本書では極悪非道な悪人で、悪計を働かせて御牧親子を狙っている嘉三郎などであり、本書では、その嘉三郎の悪計で、お春の味噌問屋の味噌に毒味噌を混入して死人を出したために捕縛されたお春の父の救出のために親子が奔走し、ついに嘉三郎を捕えるというものである。
この中で、自分の家の味噌から死人が出、父親が捕縛されたことから、娘のお春がひとりで嘉三郎の行くへを探すために家を出てしまい、文之介は案じるが、そのためにも嘉三郎を探すことに奔走する。個人的に、もしわたしだったら、惚れたお春を最初に探し出すことに奔走するだろうと思うが、彼は元凶の嘉三郎の足取りを探し、捕縛へと向かう。こういう発想の相違もあるなぁ、と思いながら読むことができた。
それに、作者はどうやら食べ物に関心が強いらしく、江戸時代の京都の名物産品を記した『京洛名品綱目』なども小道具として登場する。そして、文体はとても簡素である。文章やそれが描く情景、心情といったものよりも物語の展開に重点が置かれているが、日常の何でもない会話が記されていたりもする。この作品が「書き下ろし」であるので、そういう推敲がなされない点が少し残念な気もするが、シリーズ物としては面白いだろう。
今日は午後から巣鴨に行く用事もあったのだが、図書館に本を返却しなければならないので、勝手にやめにした。日曜日は図書館の開館が5時までだから、少し急いでこれを記した。
さてさて、傘をさして出かけるとするか。
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