2012年3月2日金曜日

高橋義夫『御隠居忍法 鬼切丸』

寒さが戻っているのだが、1923年(大正12年)に百田宗治という人が発表した「どこかで春が生まれてる」という童謡をふと思い起こすような弥生になり、そんな気がしている。「弥生(やよい)」という言葉の響きはとても柔らかい。「弥生」という言葉そのものは草木が生い茂ることをいうのだろうが、よくぞ三月にこの名を付けてくれたものだと感心する。だが、今年はまだまだ寒い。

 閑話休題。時代小説の多くは気楽な娯楽作品として読んでいるのだが、その一つである高橋義夫『御隠居忍法』のシリーズで、『御隠居忍法 鬼切丸』(1999年 実業之日本社 2002年 中公文庫)を、これもまた気楽に読んだ。

 このシリーズは、隠居した鹿間狸斎という元公儀御庭番の伊賀者を主人公にした活劇小説で、隠居して奥州笹野藩(現:山形県米沢市)の五合枡村というところで暮らすようになり、彼が関係する人々の事件や元の上司で御庭番を束ねる人物からの依頼などで、隠居の身とはいえ探索する事件に関わっていく話が展開されているもので、本書では、主に五合枡村や近郊で起こる事件が取り上げられている。

 一話完結形式の連作で、本書には「鬼切丸」、「闇の羅刹」、「地下法門」、「火勢鳥の怪」、「犬抱峠」、「びいどろ天狗」、「ただしい隠居道」、「虎の牙」の八話が収められている。

 「鬼切丸」は、剣術修行中という武士が五合枡村にやってきて、おもだった者をたぶらかして五合枡村に道場を開くと言いはじめるところから始まる。彼は、老人や婦人たちの人受けもよく、「鬼切丸」という伝来の刀を持ち、押し出しも立派だった。鹿間狸斎は、そこにいぶかしさを感じたが、多くの者はころりと騙されてしまう。そして、金をだまし取って逐電するのである。

 この話の結末は、見た目に人受けがよい彼が、実はもと修験者で、里で女犯をおかし、金をだまし取ったことが露見して追われていたことがわかり、彼を追ってきた修験者仲間によって成敗されるというものである。

 「闇の羅刹」の設定は、五合枡村を縄張りにしている岡っ引きの文次のところに柔術使いがやってきて、強い者が好きな文次は彼に肩入れして柔術の稽古を子分たちにさせるようになるというものである。だが、その男は幼児を犯して殺すことに快感を覚える人間で、被害者が出る。鹿間狸斎は男の正体を見抜き、対峙して捕らえるのである。

 「地下法門」は、文次の女房で五合枡村の近くの大黒湊で旅籠の雁金屋を切り盛りする「おきみ」と古道具屋の婆さんが突然いなくなり、怪しげな宗教に取り込まれているのを狸斎が助け出していく話である。古道具屋の婆さんの遺体が川から上がったことから、二人が同じ村の出身で、その寒村で怪しげな宗教でその村の住人たちを取り込んでいるという出来事が起こっていたのである。

 「火勢鳥の怪」は、大黒湊の薪炭問屋の真木屋でぼや騒ぎがあり、その火付けと思われる男が、藁の編物を頭からかぶって騒ぎ廻るという行事の格好をして自死しているのが発見され、その事件の真相を探るという話である。狸斎の見分で、その男が自死ではなく殺されたことが判り、薪炭問屋の真木屋も何者かに大金を脅し取られていることがわかっていく。どうやら仕入れている炭のことで揉め事が起こっているらしいということで、狸斎は、炭の産地である蕨沢村まで出かけていくことにするのである。

 そこには、かつて飢饉の時に搗き米屋が襲われ、その責任を捕らされた隣村の加津木村の肝煎りの三男が、修行を積んで不動坊と名乗る男となって帰って来て、蕨沢村の村人たちにいうことを聞かなければ呪い殺すと脅して寄進を強要しているという出来事が背景としてあったのである。

 狸斎はその男と対峙し、男は身につけていた藁に火がついて自ら焼死する。呪術というのが信じられていたので、それを利用して村を乗っ取るという出来事が起こるが、結局は自滅を招くという話である。

 「犬抱峠」は、岡っ引きの文次がほおけたように帰って来て、その理由が犬抱峠の山伏に襲われたことがわかり、犬抱峠のある合ノ海という寒村に狸斎がでかけ、そこで、合ノ海村にかつてあった砦の跡を使って独立を企む出来事にあうという話である。

 「びいどろ天狗」は、金箱の封印を巧妙に仕掛けて大金を盗む「びいどろ天狗」という泥棒を捕まえる話で、利用される人間の悲哀が盛り込まれている。

 「ただしい隠居道」と「虎の牙」は、鹿間狸斎が江戸に出かけていき、かつての上司から行くへ不明になっている隠密の捜査を依頼されたり、昔の俳句仲間が非道な旗本に殺されたことを暴いて仇を討ったりする話である。

 これらの物語そのものは、事件が比較的あっさりとかたづけられて、主人公の活躍が光ると同時に、隠居して女中に手をつけて子どもまで作ってしまった主人公の苦労などが描かれていて、それなりに軽妙で面白く読める。少しあっさり過ぎるというきらいはあり、娯楽時代小説と言ってしまえばそれまでだが、村でなんとか糊口をしのぎながら、しかも頼りにされて隠居生活を送るという、いってみれば羨ましい生活をする姿が面白く描かれているのである。しかし、主人公の生活は何とも騒がしい隠居生活ではある。隠居できるだけまだましかもしれないが。

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