先週までの温かさとは打って変わって、昨夜からしのつく雨が降り、寒さが戻ってきた。今は、雨は止んでいるが灰色の雲に覆われた冬空が広がっている。今日で霜月も終わり、明日から師走なのだから、当然の気候と言えば言えるが、やはり寒いのは苦手である。
昨日、夕闇が迫る頃に、コートを着込んでマフラーをして、一時間ほど散策に出かけ、近所の家々で飾られているクリスマス・イルミネーションを眺めたりした。途中で雨が降り出したのだが、濡れながらゆっくり歩いた。
クリスマスのイルミネーションは、厳密に言えば、アドベントが始まる昨日の日曜日から飾りつけるのが本当だが、今では季節の風物詩になっているイルミネーションも、ずいぶん前に飾られるようになり、商魂のたくましさというか、なんでも先へ先へと進みたがる現代人の気質のようなものを感じさせられるものになってしまった。
ただ、去年あたりからひどい不況のために、派手さがなくなっていて、少しささやかで、それがいい感じでもある。個人的な好みを言えば、闇の中に小さく光を放つ姿の方が好きだ。ただ、省エネで増えているLEDの明かりは、光のもつ温かさがなく、寒々としている。現代の科学技術の光は冷たい。
一昨日、「あざみ野」の山内図書館に出かけて、新しい本を6冊借りてきた。少し凝り性のわたしの性癖が読書にも如実に表れていて、どうも、これはと思う作家にめぐりあったら、その作家の作品を続けて読むようで、この「独り読む書の記」も、これまでのものを振り返ってみれば、宇江佐真理の後で読み始めた諸田玲子や北原亞以子、そして最近の佐藤雅美の作品が多い。一昨日に借りてきた6冊も、これらの作家の作品である。時代小説の中では、特に、市井物と呼ばれるものが気に入っている。欧米ものに凝ったのは、もうずいぶん昔の話で、10代の後半の頃、カフカやドストエフスキーに熱中したこともあった。その頃のことを、わたしは「思想の季節」と呼んだことがあるが、手当たり次第に読んで、自分の思想形成に大きな影響を与えたものであった。今は、できる限り、気楽に読める物をたくさん選んでいるような気がする。
そして、一昨日の夜から、佐藤雅美『啓順地獄旅』(2003年 講談社 2006年 講談社文庫)を読んでいる。面白くて読み進めたいのだが、ぼうーと過ごす無為の時間が多くなって、まだ半分ほどである。
これは、『啓順凶状旅』という作品に続くもので、前作からの物語の流れがあるのだが、本書にも主人公である「啓順」の状況が述べられているので、その物語の展開がわかるようになっている。
主人公の「啓順」は、かつて多紀安長(これは実在の人物で、1755-1810年に江戸で名医として活躍した人物)の弟子であり、奥医師(将軍家に仕える医師)の大八木長庵(これは創作人物だろう)のもとで漢方医を学んだ医者であるが、ふとしたことから渡世人の世界に入り、江戸町火消しの顔役に息子を殺した犯人と思われ、逃走し、お尋ね者となって、網の目のように張り巡らされた町火消しの顔役の手から逃げ回りながらも、その真相にたどりつくが、その時には真犯人も死んでしまい、逃亡を続けるしかなくなっている人物である。
その逃亡の先々で、困窮に陥っている者や病める者を見捨てることもできずにいる「心やさしい医師」である啓順が、そのためにまた追手に迫られる緊張感をもつ渡世人であるという、その二律背反性と緊張が物語を面白くする基調となっている。
この『啓順地獄旅』では、「いつかはいいいえに住んできれいな女房をもらって暮らしたい」と夢見たが、凶状もちの逃亡者となっている啓順が、追手の手を逃れつつ、師の大八木安長から平安期の医師丹波康頼(912-995年)が著した日本最古の医学書である『医心方』の探索を依頼されて京へ向かう姿が描かれたもので、「旅から旅への艱難辛苦の救いのない地獄」が続く中で、自ら窮地に陥りながらも出会った人々の救済を行い続ける出来事をとおして、彼が運命的な転換を遂げていくという話である。
今はまだ途中なので、それがどういう転換として描き出されていっているのかは、また、読了後にまとめたいと思う。
今日はこれから、少しというよりだいぶ、仕事をしなければならない。限りのない山積みのものではあるが、『愛することと信じること』のデジタル化も進んでいないのだから、そろそろ、次に取りかからなければならないだろう。明日の用意もしなければ。「はあー」という気分ではあるが。
2009年11月30日月曜日
2009年11月27日金曜日
佐藤雅美『お白州無情』
昨日は、気温が上がって温かさを感じる日になった。温かいと、やはり嬉しい。朝六時に起き出して、ずっと仕事をして、黄昏時から夜にかけてクリーニング屋に行くついでに散歩に出かけたが、ほとんど寒さを感じることもなかった。こういう日ばかりではもちろんないが、やはり、今の季節の中での温かさは貴重だ。
一昨夜から続けて佐藤雅美の本で、『お白州無情』(2003年 講談社『吾、器に過ぎたるか』を改題、2006年 講談社文庫)を読んでいる。書物の内容からすれば、なぜ文庫化で改題したのかわからない。改題しない方が良かったのではないかと思う。
これは、江戸末期に、儒教の『中庸』の一節、「天の命、之を性と謂ふ、これを道と謂ふ」からとった「性学」と名づけた実践道徳を説き、農民指導をし、農村改革を行った大原幽学(1797-1858年)の伝記小説で、大原幽学は、かつては日本の小学校のどこにでも建立されていた二宮金次郎像で有名な同時代の二宮尊徳(1787-1856年)と並んで、日本の農村改革の先駆けとなった人であり、「先祖株組合」と名づけた農業協同組合を世界で最初に創った人でもある。
しかし、彼が行った農村を越えての農民の交流が当時の勘定奉行に怪しまれ、1857年に「押込百日(閉門幽閉)」と農村改革の拠点であった「改心楼」の棄却、「先祖株組合」の解散を言い渡され、五年に及ぶ訴訟の疲労と農村の荒廃を嘆き、1858年に切腹して自害したのである。
この作品は、大原幽学の活動が、勘定奉行や関八州(関東周辺を回る役人)から怪しまれるところからの過程を、文献を丹念にたどりながら述べ、その中に幽学の思想と彼が行ったことを盛り込んでいくことで、当時の状況と幽学という人の姿を明らかにしていくところから始まっている。
このような評伝の手法の最たるものは司馬遼太郎の作品であるが、佐藤雅美も、先に読んだ『『江戸繁盛記 寺門静軒無聊伝』(2002年 実業之日本社 2007年 講談社文庫)の手法と同様のものをここで取っており、作者の文献研究の確かさを伺わせるものとなっている。
作者は1941年生まれで、当然、1960年の安保闘争や70年代の「思想の季節」の時代に青年期を過ごしているのだから、作者が寺門静軒や大原幽学へ深い関心を寄せているのは、時代小説、あるいは歴小説作家としての作者の姿勢が真摯なものであることを感じさせる。
ただ、残念ながら、図書館の貸し出し期限があって、この作品を読了することはできなかった。今日中に返さなければならないし、仕事も次々とあって、また、いつか再読したいと思っている。しかし、Someday never comes.であるかもしれない。
一昨夜から続けて佐藤雅美の本で、『お白州無情』(2003年 講談社『吾、器に過ぎたるか』を改題、2006年 講談社文庫)を読んでいる。書物の内容からすれば、なぜ文庫化で改題したのかわからない。改題しない方が良かったのではないかと思う。
これは、江戸末期に、儒教の『中庸』の一節、「天の命、之を性と謂ふ、これを道と謂ふ」からとった「性学」と名づけた実践道徳を説き、農民指導をし、農村改革を行った大原幽学(1797-1858年)の伝記小説で、大原幽学は、かつては日本の小学校のどこにでも建立されていた二宮金次郎像で有名な同時代の二宮尊徳(1787-1856年)と並んで、日本の農村改革の先駆けとなった人であり、「先祖株組合」と名づけた農業協同組合を世界で最初に創った人でもある。
しかし、彼が行った農村を越えての農民の交流が当時の勘定奉行に怪しまれ、1857年に「押込百日(閉門幽閉)」と農村改革の拠点であった「改心楼」の棄却、「先祖株組合」の解散を言い渡され、五年に及ぶ訴訟の疲労と農村の荒廃を嘆き、1858年に切腹して自害したのである。
この作品は、大原幽学の活動が、勘定奉行や関八州(関東周辺を回る役人)から怪しまれるところからの過程を、文献を丹念にたどりながら述べ、その中に幽学の思想と彼が行ったことを盛り込んでいくことで、当時の状況と幽学という人の姿を明らかにしていくところから始まっている。
このような評伝の手法の最たるものは司馬遼太郎の作品であるが、佐藤雅美も、先に読んだ『『江戸繁盛記 寺門静軒無聊伝』(2002年 実業之日本社 2007年 講談社文庫)の手法と同様のものをここで取っており、作者の文献研究の確かさを伺わせるものとなっている。
作者は1941年生まれで、当然、1960年の安保闘争や70年代の「思想の季節」の時代に青年期を過ごしているのだから、作者が寺門静軒や大原幽学へ深い関心を寄せているのは、時代小説、あるいは歴小説作家としての作者の姿勢が真摯なものであることを感じさせる。
ただ、残念ながら、図書館の貸し出し期限があって、この作品を読了することはできなかった。今日中に返さなければならないし、仕事も次々とあって、また、いつか再読したいと思っている。しかし、Someday never comes.であるかもしれない。
2009年11月25日水曜日
佐藤雅美『首を斬られにきたの御番所 縮尻鏡三郎』
朝から細かく冷たい雨が降っている。天気予報では、今日は、午後から雨も上がるし、気温も少し上がるということだったが、今は、寒い。このところ寒い日々になっているので、使っている暖房器具ではなかなか暖まらずにいるし、特に外出先から帰ってきた時の部屋の冷え冷えとした気配にどうにもならなさを感じたりするので、最近のエコの動向とは反するのだが、もう一つの伝統的な暖房器具であるコタツでも買おうかと思ったりしている。コタツで眠るのは最高に気持ちいいだろう。
昨夜から佐藤雅美の本を読んでいるのだが、ベッドに入るや否や眠りに落ちてしまう日々になってなかなか進まないでいる。肩の凝る内容でもないし、気軽に読み進める作品で、一気に読める作品なのだが、本を読むということは、その内容の把握一つとってみても読み手の肉体的、精神的状況に大きく影響されるということを、つくづく感じてしまう。
昨夜は、『首を斬られにきたの御番所 縮尻鏡三郎』(2004年 文藝春秋社)を読んだ。この作品は、巻末の書物の広告に『縮尻鏡三郎』(文春文庫)というのが記載されているので、その続編だろうと思うが、それはまだ読んでおらず、たぶん、その作品の方が、ストーリーが起伏に富んで面白いのではないかと思う。それを思わせるくだりが、この作品の中で随所に出てくる。
作者の定義からすれば、「縮尻」というのは、何らかの事情で人生が「尻すぼみ」になってしまったことをいうらしい。主人公の「拝郷鏡三郎」は、九十俵三人扶持の貧乏御家人の家に生まれ、唯一開かれた道である勘定所(今でいえば財務省)への採用を目指して、七つ八つの頃から学問と武芸に励み、推薦者となる組頭のもとに日参し、死に物狂いの就職活動をして、ようやく採用されたが、上役の勘定奉行からの命で、ある老中の内密の御用を承ったのが徒となって、その役職を棒に振り、失職して、家督を娘夫婦に譲り、町方が出し合って作っていた大番屋(仮牢)の責任者(元締め)となった人間である。このあたりのくだりは、おそらく、前作『縮尻鏡三郎』で展開されているのだろう。まさに、人生が尻すぼみになった「縮尻」なのである。
本書は、この「縮尻」の鏡三郎が江戸の市井で起こる様々な事件で「大番屋」に入れられてくる人間に関与し、その真相を明らかにしていくという、いわば、軽いミステリー仕立てになった作品で、「読み物」として面白く読める作品である。
もちろん、この作者は、丁寧に文献にあたり、時代考証も、江戸の社会考証もきちんとしているので、なるほど、江戸の庶民はこういう暮らしをしていたのか、ということが細部にわたって描かれており、何とも言えない味わいのある作品であるが、作者は「読み物」を書いているのであって、彼が他の作品で展開しているような思想性を期待することはできないし、むろん、作者も、そういうつもりはないだろうと思う。
彼は、淡々と出来事を記していく手法をここでは採っているが、ただ、もう少し主人公の人格や、市井の中で事件を引き起こさざるを得ない人間の状況と心情が書き込まれてもいいかもしれないと思ったりする。それだけの力量と思想性をもつ作家なのだから。
ただ、収められている作品の中では、第六話「妲己のおせん」から第七話「いまどき流行らぬ忠義の臣」、第八話「春を呼び込むか、百日の押込」の流れが、主人公鏡三郎のうだつの上がらないままに無聊を囲っている娘婿と、しっかり者で、大手の手習い所(塾)の長身白皙の美男とその手習い所を共同経営することになった娘の夫婦関係に気をもみながら、相続争いやお家の復興をかけた小大名の武士たちや、跡目騒動(後継者争い)などの事件に関わって、その真相が明らかになっていく物語の展開が、人間の欲の姿を映し、そういう中で、主人公の拝郷鏡三郎の「縮尻」ではあるが自由人である姿と対比されて、「自由人」であることの日常の姿がよく描き出されている。
拝郷鏡三郎は「自由人」なのである。彼の「自由」は、自分の人生が尻すぼみになっていく「縮尻」であることを達観し、何とも思っておらず、そのようなことにもはや価値を置かないところに由来している。こういう姿は、「痛快」である。
今日は、午後から都内での会議のために出かけなければならず、その準備もあるので、続きはまた明日、ということにしよう。
昨夜から佐藤雅美の本を読んでいるのだが、ベッドに入るや否や眠りに落ちてしまう日々になってなかなか進まないでいる。肩の凝る内容でもないし、気軽に読み進める作品で、一気に読める作品なのだが、本を読むということは、その内容の把握一つとってみても読み手の肉体的、精神的状況に大きく影響されるということを、つくづく感じてしまう。
昨夜は、『首を斬られにきたの御番所 縮尻鏡三郎』(2004年 文藝春秋社)を読んだ。この作品は、巻末の書物の広告に『縮尻鏡三郎』(文春文庫)というのが記載されているので、その続編だろうと思うが、それはまだ読んでおらず、たぶん、その作品の方が、ストーリーが起伏に富んで面白いのではないかと思う。それを思わせるくだりが、この作品の中で随所に出てくる。
作者の定義からすれば、「縮尻」というのは、何らかの事情で人生が「尻すぼみ」になってしまったことをいうらしい。主人公の「拝郷鏡三郎」は、九十俵三人扶持の貧乏御家人の家に生まれ、唯一開かれた道である勘定所(今でいえば財務省)への採用を目指して、七つ八つの頃から学問と武芸に励み、推薦者となる組頭のもとに日参し、死に物狂いの就職活動をして、ようやく採用されたが、上役の勘定奉行からの命で、ある老中の内密の御用を承ったのが徒となって、その役職を棒に振り、失職して、家督を娘夫婦に譲り、町方が出し合って作っていた大番屋(仮牢)の責任者(元締め)となった人間である。このあたりのくだりは、おそらく、前作『縮尻鏡三郎』で展開されているのだろう。まさに、人生が尻すぼみになった「縮尻」なのである。
本書は、この「縮尻」の鏡三郎が江戸の市井で起こる様々な事件で「大番屋」に入れられてくる人間に関与し、その真相を明らかにしていくという、いわば、軽いミステリー仕立てになった作品で、「読み物」として面白く読める作品である。
もちろん、この作者は、丁寧に文献にあたり、時代考証も、江戸の社会考証もきちんとしているので、なるほど、江戸の庶民はこういう暮らしをしていたのか、ということが細部にわたって描かれており、何とも言えない味わいのある作品であるが、作者は「読み物」を書いているのであって、彼が他の作品で展開しているような思想性を期待することはできないし、むろん、作者も、そういうつもりはないだろうと思う。
彼は、淡々と出来事を記していく手法をここでは採っているが、ただ、もう少し主人公の人格や、市井の中で事件を引き起こさざるを得ない人間の状況と心情が書き込まれてもいいかもしれないと思ったりする。それだけの力量と思想性をもつ作家なのだから。
ただ、収められている作品の中では、第六話「妲己のおせん」から第七話「いまどき流行らぬ忠義の臣」、第八話「春を呼び込むか、百日の押込」の流れが、主人公鏡三郎のうだつの上がらないままに無聊を囲っている娘婿と、しっかり者で、大手の手習い所(塾)の長身白皙の美男とその手習い所を共同経営することになった娘の夫婦関係に気をもみながら、相続争いやお家の復興をかけた小大名の武士たちや、跡目騒動(後継者争い)などの事件に関わって、その真相が明らかになっていく物語の展開が、人間の欲の姿を映し、そういう中で、主人公の拝郷鏡三郎の「縮尻」ではあるが自由人である姿と対比されて、「自由人」であることの日常の姿がよく描き出されている。
拝郷鏡三郎は「自由人」なのである。彼の「自由」は、自分の人生が尻すぼみになっていく「縮尻」であることを達観し、何とも思っておらず、そのようなことにもはや価値を置かないところに由来している。こういう姿は、「痛快」である。
今日は、午後から都内での会議のために出かけなければならず、その準備もあるので、続きはまた明日、ということにしよう。
2009年11月24日火曜日
諸田玲子『日月めぐる』
22日の日曜日は、本格的な寒さに震える日曜日だった。ほんの少し出かけるにしても、コート、マフラー、手袋の「冬支度の三種の神器」が必要なほどで、おまけに小糠雨もか細く震えるように降って、痛めている頸椎から左肩にかけては痛みも走るし、身の置き所がないような感じだった。
ところが、昨日(23日)は一変して、「小春日和」という言葉がふさわしい日になり、朝から、洗濯をし、寝具を代えて、掃除をしたりするのに快適な日となった。午後から、中学生のSちゃんが訪ねてくることになっていたので、大江健三郎論に手を入れながら、完全な図形である円が無理数をもっているということなどをぼんやりと考えていた。
そういう中で、諸田玲子『日月めぐる』(2008年 講談社)をようやく読み終えた。
これは、幕末期の駿河の小藩であった小島藩の城下町(といっても城はなく、陣屋があるだけで、全体が経済的に苦しい状態が続き、ようやく駿河紙の製造で少し落ち着いた)に住む人々の様々な喜怒哀楽や関わり、生き方を描いた七つの作品が連作の形で綴られている作品で、いずれも、甲州往還と並行して流れている興津川の上流の、両側に山が迫り、川幅がせばまって流れが急となり、岩のせいで水深の差が激しく、不思議な色合いを見せて渦巻く渦巻きが象徴的な基調となって、その渦巻きにそれぞれの人生が巻き込まれていくようにして生きていく人々の姿を描くものになっている。
第一話「渦」は、今は隠居しているが、かつては藩政の重要人物だった男と、隠居を前にしたその部下であった組頭である男の、かつての駿河紙の製造を巡る事件の真相が明らかになっていく話で、組頭の息子とその藩政の重要人物だった男の娘の縁談が進められて行くことが中心になり、政治を司る者も、またそれに翻弄されていく者も、共々に、それぞれの労苦を負いながら生きている姿が描かれていく。
第二話「川底の石」は、紙漉きの技術を教えていた商人と契りを結んだ娘が、いずれは迎えに来るという約束を信じて十年の月日を経て待ち続ける話で、ようやく十年後に戻ってきた男がとんでもない男になっていることがわかっていく。そして、彼女が十年もの歳月、男を待ち続けていた間に、彼女を慕い続け、彼女を助け続けていた幼馴染の年下の男の本当の思いがしみじみとわかっていくという話である。
第三話「女たらし」は、極めつけの容貌をもって嘘八百を並べ立てて詐欺を働いていた男が、ふとしたことで小島藩にたちより、そこで後家で紙問屋の娘を、同じようにたらしこもうとして入りこむが、その娘が肌の白さだけが取り柄の子持ちの大女であることを知り、さっさと逃げ出そうとするうちに、次第に、その子どものことや彼女の素晴らしさに惚れていくという話である。この二人が仲の良い夫婦になっていくことが後の物語で夫婦として記されていくことで示される。
第四話「川沿いの道」は、幼馴染でお互いに夫婦約束をしていた藩士を待ち続ける娘が、藩命によって彼が自分の兄を殺し、そのために自分との結婚を取りやめていったことを知っていく話で、第五話「紙漉」は、かつて父を捨て、自分を捨てて男と逃げたと言われる自分の実母を探し、実母の相手の男と、場合によっては実母も「女敵討ち」で殺そうと思って小島藩にやってきた御持筒組与力の次男が、その真相と、実母とその男の思いを知り、思いを返して、自分自身の歩みを始めようとする話である。
第六は「男惚れ」は、百姓の息子であり、武士に憧れ、鉄砲稽古人をしていた少年が、自分が理想として憧れていた、鉄砲の指南でもあった優れた武士が女に骨抜きにされているという噂を聞き、理想と憧憬が壊れていく中で、その武士のもっていた藩の貴重な鉄砲を盗んで、これを興津川の渦の中に投げ捨て、そのためにその武士が切腹していくという話で、彼はひどく後悔し、武士が最後に語ったように商人となって、その武士の子どもや家庭を支えていくようになるという結末が添えられている。
第七話「渦中の恋」は、大政奉還後の混乱した藩の中で、職を失って侘しい仮住まいをする男女が、すさんだ生活をして幕府側に立って新政府(明治政府)と戦おうとする兄などの姿を通して、お互いの思いを募らせていくという話で、本書のまとめの作品としても、これは秀逸したものとなっている。
いずれも、興津川上流の、不思議な色合いを見せる渦を見に行く、ということで、その渦の色合いの多様さと同じように多様な人生を歩み人々の姿が、柔らかい筆致で描かれていく。第六話「紙漉」の中に、「人は、わけもなく、巻き込まれてしまうことがある。佳代(実母)が悲惨な目にあったのも渦なら、与八郎(駆け落ちしたと言われる相手の男)に奔ったのも渦・・・いわば不可抗力である」(186ページ)という文章があり、また、第七話「渦中の恋」の中に、「ご老人(第一話の藩政を司っていた人物)は鄙びた里の廃屋でひっそりと暮らしておられた。苦悶に胸をえぐられ、悔恨に眠れぬ夜を過ごしたこともあったろう。日だまりで幸福な午睡を貪ったこともあったはずだ。どこでなにをしていようが、禍福は糾える縄のごとし。我らは渦の中をぐるぐるまわっておるだけやもしれぬ」(258-259ページ)と語られる場面がある。
渦のように様々な色合いを見せながらもぐるぐる回って生きなければならない人間の姿が、この作品の中で描かれているのである。
そして、第二話で出てきた女が年老いて、第七話で、状況が江戸幕府から明治政府へと変換していく混乱を経験しながらも、「あたしゃもう、じっとしていたいね。頭の上でぐるぐる渦巻こうが、ごうごう流れようが、あたふたする気はないのさ」(264ページ)と語る。それは、時代や状況に翻弄されながらも、庶民として生きる人間の強さである。
それに続いて、「両側に迫った山のせいで狭まった流れを、ごつごつした岩がなおもさえぎろうとしている。さえぎられてたまるかと、川の水は怒ったように飛沫を噴き上げ、ぬれそぼった黒い岩に挑みかかる。
けれど、いがみ合っているだけではなかった。ここには調和があった。薄青と紺と紫苑と群青と縹色(はなだいろ)と薄葉色と御納戸色と浅葱色と、そして輝く紺碧・・・水にかかわるありとあらゆる色の濃淡が、きらめく陽光と溶け合って、渦という摩訶不思議な世界を創り出している」‘264-265ページ)と述べられている。
ここで「両側に迫った山」と「ごつごつした岩」は、社会の状況であり、世間であり、生き難さである。そして、渦の色は、それぞれが、百姓であったり、もつれ合った男女であったり、武士であったり、商人であったりする者を指している。その中で生きている人間が織りなす「摩訶不思議な世界」とそこでの大切なことを、諸田玲子は、この作品の中で展開しているのである。
これは、彼女の最近の作で、柔らかい筆致で、さりげなく人間を描く優れた技量が見事に見られる作品だろうと思う。
ところが、昨日(23日)は一変して、「小春日和」という言葉がふさわしい日になり、朝から、洗濯をし、寝具を代えて、掃除をしたりするのに快適な日となった。午後から、中学生のSちゃんが訪ねてくることになっていたので、大江健三郎論に手を入れながら、完全な図形である円が無理数をもっているということなどをぼんやりと考えていた。
そういう中で、諸田玲子『日月めぐる』(2008年 講談社)をようやく読み終えた。
これは、幕末期の駿河の小藩であった小島藩の城下町(といっても城はなく、陣屋があるだけで、全体が経済的に苦しい状態が続き、ようやく駿河紙の製造で少し落ち着いた)に住む人々の様々な喜怒哀楽や関わり、生き方を描いた七つの作品が連作の形で綴られている作品で、いずれも、甲州往還と並行して流れている興津川の上流の、両側に山が迫り、川幅がせばまって流れが急となり、岩のせいで水深の差が激しく、不思議な色合いを見せて渦巻く渦巻きが象徴的な基調となって、その渦巻きにそれぞれの人生が巻き込まれていくようにして生きていく人々の姿を描くものになっている。
第一話「渦」は、今は隠居しているが、かつては藩政の重要人物だった男と、隠居を前にしたその部下であった組頭である男の、かつての駿河紙の製造を巡る事件の真相が明らかになっていく話で、組頭の息子とその藩政の重要人物だった男の娘の縁談が進められて行くことが中心になり、政治を司る者も、またそれに翻弄されていく者も、共々に、それぞれの労苦を負いながら生きている姿が描かれていく。
第二話「川底の石」は、紙漉きの技術を教えていた商人と契りを結んだ娘が、いずれは迎えに来るという約束を信じて十年の月日を経て待ち続ける話で、ようやく十年後に戻ってきた男がとんでもない男になっていることがわかっていく。そして、彼女が十年もの歳月、男を待ち続けていた間に、彼女を慕い続け、彼女を助け続けていた幼馴染の年下の男の本当の思いがしみじみとわかっていくという話である。
第三話「女たらし」は、極めつけの容貌をもって嘘八百を並べ立てて詐欺を働いていた男が、ふとしたことで小島藩にたちより、そこで後家で紙問屋の娘を、同じようにたらしこもうとして入りこむが、その娘が肌の白さだけが取り柄の子持ちの大女であることを知り、さっさと逃げ出そうとするうちに、次第に、その子どものことや彼女の素晴らしさに惚れていくという話である。この二人が仲の良い夫婦になっていくことが後の物語で夫婦として記されていくことで示される。
第四話「川沿いの道」は、幼馴染でお互いに夫婦約束をしていた藩士を待ち続ける娘が、藩命によって彼が自分の兄を殺し、そのために自分との結婚を取りやめていったことを知っていく話で、第五話「紙漉」は、かつて父を捨て、自分を捨てて男と逃げたと言われる自分の実母を探し、実母の相手の男と、場合によっては実母も「女敵討ち」で殺そうと思って小島藩にやってきた御持筒組与力の次男が、その真相と、実母とその男の思いを知り、思いを返して、自分自身の歩みを始めようとする話である。
第六は「男惚れ」は、百姓の息子であり、武士に憧れ、鉄砲稽古人をしていた少年が、自分が理想として憧れていた、鉄砲の指南でもあった優れた武士が女に骨抜きにされているという噂を聞き、理想と憧憬が壊れていく中で、その武士のもっていた藩の貴重な鉄砲を盗んで、これを興津川の渦の中に投げ捨て、そのためにその武士が切腹していくという話で、彼はひどく後悔し、武士が最後に語ったように商人となって、その武士の子どもや家庭を支えていくようになるという結末が添えられている。
第七話「渦中の恋」は、大政奉還後の混乱した藩の中で、職を失って侘しい仮住まいをする男女が、すさんだ生活をして幕府側に立って新政府(明治政府)と戦おうとする兄などの姿を通して、お互いの思いを募らせていくという話で、本書のまとめの作品としても、これは秀逸したものとなっている。
いずれも、興津川上流の、不思議な色合いを見せる渦を見に行く、ということで、その渦の色合いの多様さと同じように多様な人生を歩み人々の姿が、柔らかい筆致で描かれていく。第六話「紙漉」の中に、「人は、わけもなく、巻き込まれてしまうことがある。佳代(実母)が悲惨な目にあったのも渦なら、与八郎(駆け落ちしたと言われる相手の男)に奔ったのも渦・・・いわば不可抗力である」(186ページ)という文章があり、また、第七話「渦中の恋」の中に、「ご老人(第一話の藩政を司っていた人物)は鄙びた里の廃屋でひっそりと暮らしておられた。苦悶に胸をえぐられ、悔恨に眠れぬ夜を過ごしたこともあったろう。日だまりで幸福な午睡を貪ったこともあったはずだ。どこでなにをしていようが、禍福は糾える縄のごとし。我らは渦の中をぐるぐるまわっておるだけやもしれぬ」(258-259ページ)と語られる場面がある。
渦のように様々な色合いを見せながらもぐるぐる回って生きなければならない人間の姿が、この作品の中で描かれているのである。
そして、第二話で出てきた女が年老いて、第七話で、状況が江戸幕府から明治政府へと変換していく混乱を経験しながらも、「あたしゃもう、じっとしていたいね。頭の上でぐるぐる渦巻こうが、ごうごう流れようが、あたふたする気はないのさ」(264ページ)と語る。それは、時代や状況に翻弄されながらも、庶民として生きる人間の強さである。
それに続いて、「両側に迫った山のせいで狭まった流れを、ごつごつした岩がなおもさえぎろうとしている。さえぎられてたまるかと、川の水は怒ったように飛沫を噴き上げ、ぬれそぼった黒い岩に挑みかかる。
けれど、いがみ合っているだけではなかった。ここには調和があった。薄青と紺と紫苑と群青と縹色(はなだいろ)と薄葉色と御納戸色と浅葱色と、そして輝く紺碧・・・水にかかわるありとあらゆる色の濃淡が、きらめく陽光と溶け合って、渦という摩訶不思議な世界を創り出している」‘264-265ページ)と述べられている。
ここで「両側に迫った山」と「ごつごつした岩」は、社会の状況であり、世間であり、生き難さである。そして、渦の色は、それぞれが、百姓であったり、もつれ合った男女であったり、武士であったり、商人であったりする者を指している。その中で生きている人間が織りなす「摩訶不思議な世界」とそこでの大切なことを、諸田玲子は、この作品の中で展開しているのである。
これは、彼女の最近の作で、柔らかい筆致で、さりげなく人間を描く優れた技量が見事に見られる作品だろうと思う。
2009年11月21日土曜日
北原亞以子『花冷え』
昨日から晴れ間が見えだし、今朝はよく晴れているが、気温が低く、寒さというより冷たさを感じる朝になった。寒がりの私としては、ことのほか指先の冷えを感じたりする。それでも、今日は朝から仕事があって、六時前から起き出した。
このところ「大江健三郎論」に集中していて、そのほかに書かなければならないものも多く、読書量が落ちているが、昨夜、北原亞以子『花冷え』(1991年 勁文社 2002年 講談社文庫)を読んだ。
これは、1970年から1991年までに各雑誌で発表された七編(「花冷え」、「虹」、「片葉の葦」、「女子豹変す」、「胸突坂」、「古橋村の秋」、「待てば日和も」)の作品を収めたものであるが、北原亞以子は1969年に作家としてデビューして1989年に『深川澪通り木戸番小屋』で泉鏡花文学賞を受賞し、1993年に『恋忘れ草』で第109回直木賞を受賞するまでは、なかなか世に認められなかった作家としての苦労を重ねた人で、『花冷え』は、その間に書かれていた、いわば初期の作品群を集めたものである。
したがって、これらの作品を読むと、彼女が、世に認められるとか認められないとかとは全く関係なく、営々と自己の研鑽を積み、作品を書き続けていたことがよくわかるし、最初の作品「花冷え」から七編目の「待てば日和も」に至る過程では、文章表現や構成が段々と変化してこなれたものになっていくこともわかる。そしてまた、この作家の視座というものの基本もよくわかる作品群である。
第一話「花冷え」は、2年前にいい仲になって結婚の寸前までいった紺屋の娘と型染め職人が、水野忠邦の天保の改革(1830-1843年)による「綱紀粛正・倹約令」によって技術のいる高度な型染めが禁止されたために、職人気質の男が反発して仲を裂かれ、2年後に再会して分かれるという話である。紺屋の娘は男とよりを戻すことを期待するが、男は、他に縁談があるという。
結末の「ふいに風の向きが変わって、雨が廊下に降りかかった。お花見はもうだめかもしれないという女中のことばが、なぜか急に思い出された」(文庫版 33ページ)という情景が心情を表わすものとして優れている。
心情を情景で表わして優れているのは藤沢周平であるが、これは、北原亞以子の作品の中に一貫していくものとなっている。この初期の作品群の中では、特にそのことにこだわりがあるようで、どの作品も、結末が美しい。そして、この作品では、政治という上からの強権で引き裂かれ、翻弄されて生きなければならない人間の姿も描かれ、作者の視座も伺わせるものとなっている。ただ、文体が以後の北原亞以子の作品に比べると、やはり、少し硬い。
第二話「虹」は、老いて病身な母親と料理屋で働きながら暮らしている女が、姑の意地の悪さのため二度も離婚した油問屋の主人に惚れて嫁ごうとするが、娘の行く末を案じる母親との間に挟まれ、迷い、その間に油問屋の主人が浮気をしたりして、さらに迷いつつも、嫁ぐことを決心していく話である。ここには、女が働いている料理屋の夫婦が、困難な過去を乗り越えた後で結ばれていった話が重ねられて、素直に自分の思いを遂げていくことの重さが描き出されていく。
文庫版54ページに、その女の心情が次のように描かれている。
「おすえ(母親)が許してくれぬのなら、家を飛び出しても一緒になりたかった。連れ戻しにくるに違いない母を門前で追い払っても、伊兵衛(油問屋の主人)の胸にすがりついていたかった。
だが、怒っている筈の母は、座敷に上がって、寒がりやのおぬい(主人公)の寝床に掻巻をのせていた。
おぬいは、寝床を母のそれに近づけた。「いやだよ。狭っ苦しい感じがして」と言うおすえの手を押しのけて、横にした掻巻を二人の寝床にかける。狭っ苦しい感じがすると言った筈のおすえは、枕をおぬいの寝床の方へ近づけていた。
この母を残して嫁けないと思った。
父に死なれ、薄暗い家へ入れずに木戸の外で泣いていた時、母はおぬいの欲しがていた物を買って、駆け足で帰ってきたのではなかったか。治作(母の二度目の夫)と夫婦になってからも、おぬいの着物を嬉しそうに縫っていたのではなかったか。
伊兵衛には、口やかましい母親がいた。伊兵衛の許へ嫁いだなら、おすえのようすを見に来るのもままならないだろう。」
ひとつひとつの言葉の使い方に、ほんのわずかだが「ぎこちなさ」を感じるところも
あるのだが、こういう素直な表現と構成は絶賛に値するだろうと思う。この作品の結末も、「雨の音が、こころなしか小さくなったようだった」(文庫版73ページ)という心象風景で終えられている。
第三話「片葉の葦」は、本所駒留橋の小溝のたもとで風の吹きだまりのせいで陽の当らない方向にばかり葉を茂らせている葦になぞらえて、春を売る女(売春婦)として生きている主人公が、女たらしで仕事もしない男に惚れて、別れられない「遊女の深情け」の中でもがいていく姿を描いたもので、その男が新しく作った女髪結いの女との確執もあったが、天保の改革で、その女髪結いが捕縛された時に、彼女に示される「情け」を感じていくというものである。
そう言えば、北原亞以子の作品には、どうしようもない男に惚れていく女の心情を取り扱った作品が多いのだが、「惚れる」というのは、たとえそれがどうであれ、男にとっても女にとっても掛け値なしに貴いことに違いない。
この作品には、北原亞以子らしい優れた表現がたくさんあって、主人公の「お蝶」が心細さと不安を感じながらも男を探しに行く場面で、「傾きかけた陽が、路地を赤く染めていた。どこから飛ばされてきたのか、枯葉がどぶ板の上を転がっていく。お蝶は、風に巻き込まれたように外へ出た」(文庫版 91ページ)と表わされたりして、「どぶ板の上を吹き飛ばされて転がっていく枯葉」と主人公の生涯が重ねあわされて、何とも言えない情感をつくっている。
また、「片葉の葦」を眺めながらの主人公の心情が次のように示される。
「似てるじゃないかと、お蝶は思った。風の当たらぬ方へ葉を茂らせるほかはなかった葦と、陽の当らぬ方へ歩いていくほかはなかったお蝶母子やお藤達とは。
そういえば、女髪結いのおとくにも、軀を売って暮らしていたことがあるという噂がまとわりついている。おとくもまた、陽の当らぬ方へ葉を茂らせるほかはなかった片葉の葦なのかもしれない」(文庫版 95ページ)。
こうした表現は直線的である。そして、直線的であるがゆえに心を打つ場面になっているのである。
第四話「女子豹変す」は、貧乏御家人の「筧(かけい)」家の次男坊として生まれ、麗しい容貌をもちながらも、それが災いして三両一人扶持(三ピン)にもなれなかった男と、亭主を亡くして二人の子どもをなりふり構わず育てている惣菜売りの女との間に生じる愛情の始まりを描いた作品で、第五話「胸突坂」は、老舗ではあるが傾き始めた菓子屋を一人で背負っている女と、その幼友だちで昔は貧乏し苦労したが今は繁盛している料理屋の女将との間の確執と友情を描いた作品である。
第六話「古橋村の秋」は、豊臣秀吉に敗れた石田光成をかくまい、彼にどこまでも忠誠を尽くそうとする百姓の与次郎太夫、彼の息子とその忠誠を支える許嫁の娘の心情を描いたものであり、第七話「待てば日和も」は、惚れた男に捨てられて死のうとした女がひとりの男に助けられ、その男が、かつては老舗の呉服屋で辣腕をふるっていたが、あまりの冷遇に一切を捨てて落ちぶれていることを知り、自らを顧みていくという話である。
いずれもいくつかの伏線が交差して、貧しくどうしようもない中で、人間の「温かさ」や「愛情」を求め、それがいかに人間にとって生きる力となっていくかを描いたものである。
人は、木枯らしが吹く寒い冬に自らを温めるすべをもたない生物であり、それだからこそ「温かさ」を必要とする生物である。北原亞以子は、江戸の庶民の姿や男女の「情愛」を描くことによって、その「温かさ」がどんなものであるかを描き出していくのである。ほんの少しでもいいから、その「温かさ」があれば、人は生きていけるのである。
このところ「大江健三郎論」に集中していて、そのほかに書かなければならないものも多く、読書量が落ちているが、昨夜、北原亞以子『花冷え』(1991年 勁文社 2002年 講談社文庫)を読んだ。
これは、1970年から1991年までに各雑誌で発表された七編(「花冷え」、「虹」、「片葉の葦」、「女子豹変す」、「胸突坂」、「古橋村の秋」、「待てば日和も」)の作品を収めたものであるが、北原亞以子は1969年に作家としてデビューして1989年に『深川澪通り木戸番小屋』で泉鏡花文学賞を受賞し、1993年に『恋忘れ草』で第109回直木賞を受賞するまでは、なかなか世に認められなかった作家としての苦労を重ねた人で、『花冷え』は、その間に書かれていた、いわば初期の作品群を集めたものである。
したがって、これらの作品を読むと、彼女が、世に認められるとか認められないとかとは全く関係なく、営々と自己の研鑽を積み、作品を書き続けていたことがよくわかるし、最初の作品「花冷え」から七編目の「待てば日和も」に至る過程では、文章表現や構成が段々と変化してこなれたものになっていくこともわかる。そしてまた、この作家の視座というものの基本もよくわかる作品群である。
第一話「花冷え」は、2年前にいい仲になって結婚の寸前までいった紺屋の娘と型染め職人が、水野忠邦の天保の改革(1830-1843年)による「綱紀粛正・倹約令」によって技術のいる高度な型染めが禁止されたために、職人気質の男が反発して仲を裂かれ、2年後に再会して分かれるという話である。紺屋の娘は男とよりを戻すことを期待するが、男は、他に縁談があるという。
結末の「ふいに風の向きが変わって、雨が廊下に降りかかった。お花見はもうだめかもしれないという女中のことばが、なぜか急に思い出された」(文庫版 33ページ)という情景が心情を表わすものとして優れている。
心情を情景で表わして優れているのは藤沢周平であるが、これは、北原亞以子の作品の中に一貫していくものとなっている。この初期の作品群の中では、特にそのことにこだわりがあるようで、どの作品も、結末が美しい。そして、この作品では、政治という上からの強権で引き裂かれ、翻弄されて生きなければならない人間の姿も描かれ、作者の視座も伺わせるものとなっている。ただ、文体が以後の北原亞以子の作品に比べると、やはり、少し硬い。
第二話「虹」は、老いて病身な母親と料理屋で働きながら暮らしている女が、姑の意地の悪さのため二度も離婚した油問屋の主人に惚れて嫁ごうとするが、娘の行く末を案じる母親との間に挟まれ、迷い、その間に油問屋の主人が浮気をしたりして、さらに迷いつつも、嫁ぐことを決心していく話である。ここには、女が働いている料理屋の夫婦が、困難な過去を乗り越えた後で結ばれていった話が重ねられて、素直に自分の思いを遂げていくことの重さが描き出されていく。
文庫版54ページに、その女の心情が次のように描かれている。
「おすえ(母親)が許してくれぬのなら、家を飛び出しても一緒になりたかった。連れ戻しにくるに違いない母を門前で追い払っても、伊兵衛(油問屋の主人)の胸にすがりついていたかった。
だが、怒っている筈の母は、座敷に上がって、寒がりやのおぬい(主人公)の寝床に掻巻をのせていた。
おぬいは、寝床を母のそれに近づけた。「いやだよ。狭っ苦しい感じがして」と言うおすえの手を押しのけて、横にした掻巻を二人の寝床にかける。狭っ苦しい感じがすると言った筈のおすえは、枕をおぬいの寝床の方へ近づけていた。
この母を残して嫁けないと思った。
父に死なれ、薄暗い家へ入れずに木戸の外で泣いていた時、母はおぬいの欲しがていた物を買って、駆け足で帰ってきたのではなかったか。治作(母の二度目の夫)と夫婦になってからも、おぬいの着物を嬉しそうに縫っていたのではなかったか。
伊兵衛には、口やかましい母親がいた。伊兵衛の許へ嫁いだなら、おすえのようすを見に来るのもままならないだろう。」
ひとつひとつの言葉の使い方に、ほんのわずかだが「ぎこちなさ」を感じるところも
あるのだが、こういう素直な表現と構成は絶賛に値するだろうと思う。この作品の結末も、「雨の音が、こころなしか小さくなったようだった」(文庫版73ページ)という心象風景で終えられている。
第三話「片葉の葦」は、本所駒留橋の小溝のたもとで風の吹きだまりのせいで陽の当らない方向にばかり葉を茂らせている葦になぞらえて、春を売る女(売春婦)として生きている主人公が、女たらしで仕事もしない男に惚れて、別れられない「遊女の深情け」の中でもがいていく姿を描いたもので、その男が新しく作った女髪結いの女との確執もあったが、天保の改革で、その女髪結いが捕縛された時に、彼女に示される「情け」を感じていくというものである。
そう言えば、北原亞以子の作品には、どうしようもない男に惚れていく女の心情を取り扱った作品が多いのだが、「惚れる」というのは、たとえそれがどうであれ、男にとっても女にとっても掛け値なしに貴いことに違いない。
この作品には、北原亞以子らしい優れた表現がたくさんあって、主人公の「お蝶」が心細さと不安を感じながらも男を探しに行く場面で、「傾きかけた陽が、路地を赤く染めていた。どこから飛ばされてきたのか、枯葉がどぶ板の上を転がっていく。お蝶は、風に巻き込まれたように外へ出た」(文庫版 91ページ)と表わされたりして、「どぶ板の上を吹き飛ばされて転がっていく枯葉」と主人公の生涯が重ねあわされて、何とも言えない情感をつくっている。
また、「片葉の葦」を眺めながらの主人公の心情が次のように示される。
「似てるじゃないかと、お蝶は思った。風の当たらぬ方へ葉を茂らせるほかはなかった葦と、陽の当らぬ方へ歩いていくほかはなかったお蝶母子やお藤達とは。
そういえば、女髪結いのおとくにも、軀を売って暮らしていたことがあるという噂がまとわりついている。おとくもまた、陽の当らぬ方へ葉を茂らせるほかはなかった片葉の葦なのかもしれない」(文庫版 95ページ)。
こうした表現は直線的である。そして、直線的であるがゆえに心を打つ場面になっているのである。
第四話「女子豹変す」は、貧乏御家人の「筧(かけい)」家の次男坊として生まれ、麗しい容貌をもちながらも、それが災いして三両一人扶持(三ピン)にもなれなかった男と、亭主を亡くして二人の子どもをなりふり構わず育てている惣菜売りの女との間に生じる愛情の始まりを描いた作品で、第五話「胸突坂」は、老舗ではあるが傾き始めた菓子屋を一人で背負っている女と、その幼友だちで昔は貧乏し苦労したが今は繁盛している料理屋の女将との間の確執と友情を描いた作品である。
第六話「古橋村の秋」は、豊臣秀吉に敗れた石田光成をかくまい、彼にどこまでも忠誠を尽くそうとする百姓の与次郎太夫、彼の息子とその忠誠を支える許嫁の娘の心情を描いたものであり、第七話「待てば日和も」は、惚れた男に捨てられて死のうとした女がひとりの男に助けられ、その男が、かつては老舗の呉服屋で辣腕をふるっていたが、あまりの冷遇に一切を捨てて落ちぶれていることを知り、自らを顧みていくという話である。
いずれもいくつかの伏線が交差して、貧しくどうしようもない中で、人間の「温かさ」や「愛情」を求め、それがいかに人間にとって生きる力となっていくかを描いたものである。
人は、木枯らしが吹く寒い冬に自らを温めるすべをもたない生物であり、それだからこそ「温かさ」を必要とする生物である。北原亞以子は、江戸の庶民の姿や男女の「情愛」を描くことによって、その「温かさ」がどんなものであるかを描き出していくのである。ほんの少しでもいいから、その「温かさ」があれば、人は生きていけるのである。
2009年11月19日木曜日
北原亞以子『白雨 慶次郎縁側日記』
昨日の午後は少し晴れたのだが、今朝は重い雲の冬空が広がっている。始まっている本格的な寒さが身にしみるようになってきた。風も冷たい。指先に寒さが宿る。空気が冷え冷えとし、霙でも落ちてきそうだ。
昨夜はなんだか疲れ切って、ビールを飲みながら、だらだらとあまり意味のないテレビ番組を見つつ北原亞以子『白雨 慶次郎縁側日記』(2008年 新潮社)を読んだ。そして、読んでいるうちに段々と嬉しくなっていき、ついに夜中までかかって読了した。
北原亞以子のシリーズ物で一番気に入っているのは『深川澪通り木戸番小屋』であるが、『慶次郎縁側日記』も、あっさりと書かれているところが良いと思っている。このシリーズは、刊行年順に記せば、『傷』、『再会』、『おひで』、『峠』、『蜩(ひぐらし)』、『隅田川』、『やさしい男』、『赤まんま』、『夢のなか』、『ほたる』、『月明かり』の11作と、『脇役 慶次郎覚書』がこれまで出されており、『白雨』は12作目の作品となる。この内で、まだ読んでいないのは、記憶が怪しいのだが、たぶん、『月明かり』だけのような気がする。
このシリーズは、前にも少し書いたが、元南町奉行所の同心で「仏の慶次郎」と呼ばれた人情厚い森口慶次郎が、今は隠居して酒屋の寮番をしながら、江戸の市井に生きる様々な人々と、その人たちが起こす様々な事件や出来事に関わっていく話で、どうにもならない状況のなかで生きなければならない人々に示される「情の温かさ」と「暖かさの呼応」がさりげなく、そしてふんだんに描き出されていて、読むだけで何となく嬉しくなる作品である。
『白雨(はくう)』は、「流れるままに」、「福笑い」、「凧」、「濁りなく」、「春火鉢」、「いっしょけんめい」、「白雨」、「夢と思えど」の2005年から2006年にかけて「小説新潮」に掲載された8つの作品が収録されており、たとえば、第一話「流れるままに」は、自分の意志や決断というものがあまりなくて、すべてを人のせいにして生きている質屋の婿養子がやりきれない思いで生活する中で盗癖のおる女に引っかかって脅される話であり、第二話「福笑い」は、あまり機転が利かずにぼんやりすることが多くて勤め先から暇を出され、口入屋(仕事斡旋所)に身を寄せながら暮らしている女が、惚れた男に、これも仕事を首になり、他の女に世話になっていることを知りながらも金を貸し、富くじに当たったという男の財布から金を返してもらおうとして泥棒と間違えられる話である。
第三話「凧」は、昔自分を捨てて男と逃げた女房のために岡っ引きの「蝮の吉次」がさりげなく動いて、養女にするつもりだった女にまとわりついている男のことを調べたり、養女になるはずだった母親と暮らしている女が、母親との関係を恢復していったりする話である。
第四話「濁りなく」は、父親のこと(慶次郎の愛娘を手ごめにして自害に追いやった)で重荷を追ってきた岡っ引きの辰吉と暮らす「おぶん」が親しくしている気のいい後家さんが、大金を騙し取られ、それを慶次郎と辰吉たちが解決していく話である。昨今の社会を賑わせている詐欺というを視野に入れて書かれたものだろう。
第五話「春火鉢」は、久しぶりで早く家に帰って来て、頂戴物のもちを焼いて食べる家族のありがたみを味わった同心の島中賢吾が、お互いにまだ思いをもちつつも、喧嘩をし、刃傷沙汰を起こして夫婦別れをした男女に関わる話で、第六話「いっしょけんめい」は、あまり丈夫ではない女が可愛がって育てた娘が、仕事もせずに気に入らない男と所帯をもったために独り暮らしをし、意地を張っていたが、その中で娘夫婦と孫のありがたさを知っていく話であり、第七話「白雨」は、慶次郎と一緒に酒屋の寮番をしている変わり者の「佐七」の友人となった男が、実は、昔の大泥棒であったことが分かり、「佐七」が傷つかないように慶次郎がその友人と話をつけに行く話である。
そして、第八話「夢と思えど」は、昔、駆け落ちの約束までして惚れぬいた男が、約束の場所に現れず、その男への思いを秘めたまま二度の結婚をし、二度とも失敗し、三度目の結婚話が持ち上がってきた時に、偶然、その昔の男に出会い、その男と再び駆け落ちすることになったが、その時も、男が現れないという筋立てである。
男は、その女への強い思いをもちながらも、自分のような男では相手を幸せにできずに苦労ばかりかけると思って、その独りよがりの気持ちのまま出奔してしまうのである。男は、女に対してとった自分の行為を罪業と感じていく。こういう男の気持ちはわからないではないし、ふと、デンマークの哲学者S.キルケゴールのことを思い起こしたりしながら読んだ。
北原亞以子『再会』は、相変わらず、物語の展開も文体も練られていて、流れるように読むことができるような工夫がされている。彼女の小説作法の技量は、相当なものである。
たとえば、第一話「流れるままに」の冒頭のところで、次のような表現が出てくる。
「確かに、すべてを他人のせいにしてしまえば気持ちは楽になると慶次郎も思う。慶次郎も、その誘惑に負けて他人の言う通りに動き、あとでそのひとのせいにしたことが幾度かある。が、後味は悪かった。」(9ページ)
こういうことを素朴なことを無理なくさらりと表現しているのがいいし、「何度か」ではなく「幾度か」という言葉の選択も洗練されたものがある。
そして、相変わらず、独りで貧しく生きなければならない人間の心情の表現もうまい。
第二話「福笑い」で苦労しながら生きている「おふく」という女性について、
「自分が気のきかない女であることも、湯が沸く時のあぶくや鑿に削り落された木屑など、人があまり興味をしめさないものを眺めているおかしな女であることはよくわかっている。そのことで叱られたり呆れられたりするのには慣れているが、持って帰った餅で雑煮をつくり、一人で食べた時にはさすがに涙が出た。」(50ページ)
と記す。侘しい一人暮らしの姿は、その食事の時にもっとも感じられるが、「雑煮を一人で泣きながら食べている姿」を思い浮かべると、それがひしひしと伝わってくる。
また、書き出しも真に優れていて、たとえば、第三話「凧」の書き出しは次のようなものである。
「職人風の男と一緒に、風のかたまりが店へ飛び込んできた。室町三丁目の畳表問屋、伊勢屋の店先であった」(73ページ)
この「風のかたまり」が、登場する岡っ引きの「吉次」や登場人物の心に吹き込んでいくのである。こういう書き出しは、おそらく何度も推敲を重ねたものだろうと思う。
また、第五話「春火鉢」には、次のような一節がある。
「春の宵である。とろりとかすんだ薄闇の中へ洩れる明かりは、日々の暮らしに満足している者と胸に屈折した思いを抱えている者とでは、まるで色合いがちがうだろう」(154ページ)
この一節だけで、この物語に登場する人物がどんなものであり、この物語が伝えることが分かるような気がするし、この物語の最後の言葉は、事情を知った同心の島田圭吾が、「ひえびえとした時には、物置に入れた火鉢を出すにかぎるのだ」(156ページ)と思う言葉である。まことに読後感の後味の良さを感じる表現である。
いずれにしろ、『再会 慶次郎縁側日記』は、それぞれが、それぞれの重荷や苦労をしながら江戸の市井で生きる庶民の姿を取り扱ったものである。こうした作品は多いし、わたしも好んで読んでいる。読んで、ただただ嬉しくなる本である。
昨夜はなんだか疲れ切って、ビールを飲みながら、だらだらとあまり意味のないテレビ番組を見つつ北原亞以子『白雨 慶次郎縁側日記』(2008年 新潮社)を読んだ。そして、読んでいるうちに段々と嬉しくなっていき、ついに夜中までかかって読了した。
北原亞以子のシリーズ物で一番気に入っているのは『深川澪通り木戸番小屋』であるが、『慶次郎縁側日記』も、あっさりと書かれているところが良いと思っている。このシリーズは、刊行年順に記せば、『傷』、『再会』、『おひで』、『峠』、『蜩(ひぐらし)』、『隅田川』、『やさしい男』、『赤まんま』、『夢のなか』、『ほたる』、『月明かり』の11作と、『脇役 慶次郎覚書』がこれまで出されており、『白雨』は12作目の作品となる。この内で、まだ読んでいないのは、記憶が怪しいのだが、たぶん、『月明かり』だけのような気がする。
このシリーズは、前にも少し書いたが、元南町奉行所の同心で「仏の慶次郎」と呼ばれた人情厚い森口慶次郎が、今は隠居して酒屋の寮番をしながら、江戸の市井に生きる様々な人々と、その人たちが起こす様々な事件や出来事に関わっていく話で、どうにもならない状況のなかで生きなければならない人々に示される「情の温かさ」と「暖かさの呼応」がさりげなく、そしてふんだんに描き出されていて、読むだけで何となく嬉しくなる作品である。
『白雨(はくう)』は、「流れるままに」、「福笑い」、「凧」、「濁りなく」、「春火鉢」、「いっしょけんめい」、「白雨」、「夢と思えど」の2005年から2006年にかけて「小説新潮」に掲載された8つの作品が収録されており、たとえば、第一話「流れるままに」は、自分の意志や決断というものがあまりなくて、すべてを人のせいにして生きている質屋の婿養子がやりきれない思いで生活する中で盗癖のおる女に引っかかって脅される話であり、第二話「福笑い」は、あまり機転が利かずにぼんやりすることが多くて勤め先から暇を出され、口入屋(仕事斡旋所)に身を寄せながら暮らしている女が、惚れた男に、これも仕事を首になり、他の女に世話になっていることを知りながらも金を貸し、富くじに当たったという男の財布から金を返してもらおうとして泥棒と間違えられる話である。
第三話「凧」は、昔自分を捨てて男と逃げた女房のために岡っ引きの「蝮の吉次」がさりげなく動いて、養女にするつもりだった女にまとわりついている男のことを調べたり、養女になるはずだった母親と暮らしている女が、母親との関係を恢復していったりする話である。
第四話「濁りなく」は、父親のこと(慶次郎の愛娘を手ごめにして自害に追いやった)で重荷を追ってきた岡っ引きの辰吉と暮らす「おぶん」が親しくしている気のいい後家さんが、大金を騙し取られ、それを慶次郎と辰吉たちが解決していく話である。昨今の社会を賑わせている詐欺というを視野に入れて書かれたものだろう。
第五話「春火鉢」は、久しぶりで早く家に帰って来て、頂戴物のもちを焼いて食べる家族のありがたみを味わった同心の島中賢吾が、お互いにまだ思いをもちつつも、喧嘩をし、刃傷沙汰を起こして夫婦別れをした男女に関わる話で、第六話「いっしょけんめい」は、あまり丈夫ではない女が可愛がって育てた娘が、仕事もせずに気に入らない男と所帯をもったために独り暮らしをし、意地を張っていたが、その中で娘夫婦と孫のありがたさを知っていく話であり、第七話「白雨」は、慶次郎と一緒に酒屋の寮番をしている変わり者の「佐七」の友人となった男が、実は、昔の大泥棒であったことが分かり、「佐七」が傷つかないように慶次郎がその友人と話をつけに行く話である。
そして、第八話「夢と思えど」は、昔、駆け落ちの約束までして惚れぬいた男が、約束の場所に現れず、その男への思いを秘めたまま二度の結婚をし、二度とも失敗し、三度目の結婚話が持ち上がってきた時に、偶然、その昔の男に出会い、その男と再び駆け落ちすることになったが、その時も、男が現れないという筋立てである。
男は、その女への強い思いをもちながらも、自分のような男では相手を幸せにできずに苦労ばかりかけると思って、その独りよがりの気持ちのまま出奔してしまうのである。男は、女に対してとった自分の行為を罪業と感じていく。こういう男の気持ちはわからないではないし、ふと、デンマークの哲学者S.キルケゴールのことを思い起こしたりしながら読んだ。
北原亞以子『再会』は、相変わらず、物語の展開も文体も練られていて、流れるように読むことができるような工夫がされている。彼女の小説作法の技量は、相当なものである。
たとえば、第一話「流れるままに」の冒頭のところで、次のような表現が出てくる。
「確かに、すべてを他人のせいにしてしまえば気持ちは楽になると慶次郎も思う。慶次郎も、その誘惑に負けて他人の言う通りに動き、あとでそのひとのせいにしたことが幾度かある。が、後味は悪かった。」(9ページ)
こういうことを素朴なことを無理なくさらりと表現しているのがいいし、「何度か」ではなく「幾度か」という言葉の選択も洗練されたものがある。
そして、相変わらず、独りで貧しく生きなければならない人間の心情の表現もうまい。
第二話「福笑い」で苦労しながら生きている「おふく」という女性について、
「自分が気のきかない女であることも、湯が沸く時のあぶくや鑿に削り落された木屑など、人があまり興味をしめさないものを眺めているおかしな女であることはよくわかっている。そのことで叱られたり呆れられたりするのには慣れているが、持って帰った餅で雑煮をつくり、一人で食べた時にはさすがに涙が出た。」(50ページ)
と記す。侘しい一人暮らしの姿は、その食事の時にもっとも感じられるが、「雑煮を一人で泣きながら食べている姿」を思い浮かべると、それがひしひしと伝わってくる。
また、書き出しも真に優れていて、たとえば、第三話「凧」の書き出しは次のようなものである。
「職人風の男と一緒に、風のかたまりが店へ飛び込んできた。室町三丁目の畳表問屋、伊勢屋の店先であった」(73ページ)
この「風のかたまり」が、登場する岡っ引きの「吉次」や登場人物の心に吹き込んでいくのである。こういう書き出しは、おそらく何度も推敲を重ねたものだろうと思う。
また、第五話「春火鉢」には、次のような一節がある。
「春の宵である。とろりとかすんだ薄闇の中へ洩れる明かりは、日々の暮らしに満足している者と胸に屈折した思いを抱えている者とでは、まるで色合いがちがうだろう」(154ページ)
この一節だけで、この物語に登場する人物がどんなものであり、この物語が伝えることが分かるような気がするし、この物語の最後の言葉は、事情を知った同心の島田圭吾が、「ひえびえとした時には、物置に入れた火鉢を出すにかぎるのだ」(156ページ)と思う言葉である。まことに読後感の後味の良さを感じる表現である。
いずれにしろ、『再会 慶次郎縁側日記』は、それぞれが、それぞれの重荷や苦労をしながら江戸の市井で生きる庶民の姿を取り扱ったものである。こうした作品は多いし、わたしも好んで読んでいる。読んで、ただただ嬉しくなる本である。
2009年11月17日火曜日
平岩弓枝『平安妖異伝』
雨で、寒い日になった。シベリアからの寒気団と低気圧が一緒になって、山沿いでは雪とのこと。冬が始まっていることを実感する。
昨日、久しぶりで池袋まで出かけた。そこで「大江健三郎」について話をするためだが、その後のそれを主催した会のスタッフとの「打ち上げ」の席でのT大学のS教授との話の中で、「大江健三郎」の作品の「予言性」のようなことについての話が出た。三島事件やオウム真理教の事件など、それが実際に起こる前に大江健三郎が作品の中で同じような事件を書いていることについてなのだが、お互いに、文学者のもつ感性の鋭さに納得するものがあった。おそらく、大江健三郎のような優れた感性をもつ文学者は、人間と社会の現状をよく観察し、これを鋭く分析して、その本質を見出すことで、起こりうるだろうこと、あり得るだろうこととして、それを作品に盛り込んでいく精神の作業を極めて深く行っているからだろうと思う。「観察者」であることは、ひとつの重要な要素なのである。
池袋までの往復の電車の中で、幸いにも座席に座ることができたので(利用している東急田園都市線と半蔵門線は、たいてい、耐えがたいほどのすし詰めの満員か混んでいる。往復とも座れるのは、真に幸運としか言いようがない)、平岩弓枝『平安妖異伝』(2000年 新潮社)を読んだ。平安時代に左大臣、摂関、太政大臣となっていった藤原道長(966-1028年)がまだ青年期の頃を物語の引き回し役にして、異国の血をひき不思議な能力をもつ楽士秦真比呂(はたのまひろ)を登場させて、数々の怪異現象を解明していくという筋立てである。
平岩弓枝の作品は、やはり、なんといっても『御宿かわせみ』シリーズで、与力の次男「神林東吾」と「かわせみ」という宿の女主人「るい」、そして、東吾の友人であり同心である「畝源三郎」を中心に様々な事件を解決していくというこのシリーズの江戸物は、描き出されるどの人物もとても魅力的で、一時、とてもハマって全部読み、全巻をそろえたいと思ったほどだった。
何度かテレビドラマ化もされて、記憶に残っているのでは、「るい」役を真野響子さんという切れ長の素敵な目をした美人女優さんが演じられたもので、後には、若尾文子さんという幾分ゆったりとした感じのする、これも切れ長の目をした美人が演じられたものである。しかし、残念がら全部を見たのではない。神林東吾役が誰であったかは忘れてしまった。真野響子さんの美しくあでやかな着物姿だけが目に焼き付いている。
テレビドラマといえば、宇江佐真理の『髪結い伊三次捕物余話』のシリーズがドラマ化されてBSフジで放映されているが、こちらは、残念ながら放映時間が仕事の都合と重なって見ることができない。録画すればいいのだが、レコーダーが古くて操作が面倒なのでしていない。再放送を期待するだけである。楽しみに見ているのは、TBSの日曜劇場で放映されている『JIN―仁』というドラマで、村上もとかという人の漫画を原作にしたものである。脚本を森下佳子という人が書いているそうだが、登場人物のせりふがたまらなくいい。これは、日曜日の夜の楽しみになっている。
さて、平岩弓枝『平安妖異伝』であるが、これは、やはり、歴史考証もしっかりしているし、おそらく平安京の地図の上で登場人物たちを縦横に動かせて描かれていると思えるし、当時の風習や建造物への考証もかなりのものがあるので、忌憚なく読める。また、藤原道長をはじめとする歴史上の人物への肉薄も、さりげない文章にしっかりした考証がされていることをうかがわせて、面白い。もちろん、作者が創った秦真比呂という少年も魅力的に描かれているのは言うまでもないことである。
もともと、「秦氏」は日本文化と技術に多大な影響を与えた渡来人であり、政治の中枢にもいたのであるから、怪異な事件を解決する不思議な能力ももつ少年が「秦」であるのは、納得できる設定である。平岩弓枝は、こうしたことは、やはり、さすがにしっかり考えているし、彼女の文章もこなれているので、本当に面白く読める。物語は、藤原道長が幻惑に惑わされたり、魑魅魍魎に惑わされたりして危機に陥る時に秦真比呂が彼を助けるとう話で、不思議が不思議でなくなるところがいい。
しかも、単なる怪異現象が取り上げられるのではなく、人間の「情」や「思いやり」の現象として描き出されるところが平岩弓枝の感性の豊かさを表している。
たとえば、第四話「孔雀に乗った女」は、かつて大陸から持ち込まれ、使われないままに片隅に追いやられ、整理されることになった多くの楽器のうち、孔雀と異国の女性が描かれ螺鈿がはめ込まれた五絃の琵琶が、その用いられないことを悲しみ、人々を惑わすという話であるが、秦真比呂は、藤原道長に次のように言う。
「父が申して居りました。楽器によっては、ここに納められたきり、二度と陽の目をみることのなかったものも少なくはあるまいと・・・・・」
真比呂の声が寂しげであった。
「楽器はそれを弾きこなす者があって、はじめて人の目にも触れ、喝采を得ることが出来ます。使い方もわからず、使う人もなく、埋もれたものの悲しさは、誰にも知れません」(107ページ)
こういうくだりは、なかなかのものである。
もちろん、ここで言われていることを全面的に肯定しているわけではなく、わたし自身は「用いられることを恥とせず」ではあり、また、「用いられること」を求めているわけでもないし、人は埋もれて生きていくのがいいと思っているが、「埋もれたものの悲しさ」はわかる人間でありたい。平岩弓枝は、作家として大成した人ではあるが、こういう心情を描き出せるところがいい。
天気はひどいものだが、少し散策もしたいとは思うが、今夕は予定があって、たぶん、近くのスーパーマーケットに買い物に行くのがせいぜいだろう。今日はしなければならないことが山ほどある。いつかは何も予定がない日々になればとつくづく思う。
昨日、久しぶりで池袋まで出かけた。そこで「大江健三郎」について話をするためだが、その後のそれを主催した会のスタッフとの「打ち上げ」の席でのT大学のS教授との話の中で、「大江健三郎」の作品の「予言性」のようなことについての話が出た。三島事件やオウム真理教の事件など、それが実際に起こる前に大江健三郎が作品の中で同じような事件を書いていることについてなのだが、お互いに、文学者のもつ感性の鋭さに納得するものがあった。おそらく、大江健三郎のような優れた感性をもつ文学者は、人間と社会の現状をよく観察し、これを鋭く分析して、その本質を見出すことで、起こりうるだろうこと、あり得るだろうこととして、それを作品に盛り込んでいく精神の作業を極めて深く行っているからだろうと思う。「観察者」であることは、ひとつの重要な要素なのである。
池袋までの往復の電車の中で、幸いにも座席に座ることができたので(利用している東急田園都市線と半蔵門線は、たいてい、耐えがたいほどのすし詰めの満員か混んでいる。往復とも座れるのは、真に幸運としか言いようがない)、平岩弓枝『平安妖異伝』(2000年 新潮社)を読んだ。平安時代に左大臣、摂関、太政大臣となっていった藤原道長(966-1028年)がまだ青年期の頃を物語の引き回し役にして、異国の血をひき不思議な能力をもつ楽士秦真比呂(はたのまひろ)を登場させて、数々の怪異現象を解明していくという筋立てである。
平岩弓枝の作品は、やはり、なんといっても『御宿かわせみ』シリーズで、与力の次男「神林東吾」と「かわせみ」という宿の女主人「るい」、そして、東吾の友人であり同心である「畝源三郎」を中心に様々な事件を解決していくというこのシリーズの江戸物は、描き出されるどの人物もとても魅力的で、一時、とてもハマって全部読み、全巻をそろえたいと思ったほどだった。
何度かテレビドラマ化もされて、記憶に残っているのでは、「るい」役を真野響子さんという切れ長の素敵な目をした美人女優さんが演じられたもので、後には、若尾文子さんという幾分ゆったりとした感じのする、これも切れ長の目をした美人が演じられたものである。しかし、残念がら全部を見たのではない。神林東吾役が誰であったかは忘れてしまった。真野響子さんの美しくあでやかな着物姿だけが目に焼き付いている。
テレビドラマといえば、宇江佐真理の『髪結い伊三次捕物余話』のシリーズがドラマ化されてBSフジで放映されているが、こちらは、残念ながら放映時間が仕事の都合と重なって見ることができない。録画すればいいのだが、レコーダーが古くて操作が面倒なのでしていない。再放送を期待するだけである。楽しみに見ているのは、TBSの日曜劇場で放映されている『JIN―仁』というドラマで、村上もとかという人の漫画を原作にしたものである。脚本を森下佳子という人が書いているそうだが、登場人物のせりふがたまらなくいい。これは、日曜日の夜の楽しみになっている。
さて、平岩弓枝『平安妖異伝』であるが、これは、やはり、歴史考証もしっかりしているし、おそらく平安京の地図の上で登場人物たちを縦横に動かせて描かれていると思えるし、当時の風習や建造物への考証もかなりのものがあるので、忌憚なく読める。また、藤原道長をはじめとする歴史上の人物への肉薄も、さりげない文章にしっかりした考証がされていることをうかがわせて、面白い。もちろん、作者が創った秦真比呂という少年も魅力的に描かれているのは言うまでもないことである。
もともと、「秦氏」は日本文化と技術に多大な影響を与えた渡来人であり、政治の中枢にもいたのであるから、怪異な事件を解決する不思議な能力ももつ少年が「秦」であるのは、納得できる設定である。平岩弓枝は、こうしたことは、やはり、さすがにしっかり考えているし、彼女の文章もこなれているので、本当に面白く読める。物語は、藤原道長が幻惑に惑わされたり、魑魅魍魎に惑わされたりして危機に陥る時に秦真比呂が彼を助けるとう話で、不思議が不思議でなくなるところがいい。
しかも、単なる怪異現象が取り上げられるのではなく、人間の「情」や「思いやり」の現象として描き出されるところが平岩弓枝の感性の豊かさを表している。
たとえば、第四話「孔雀に乗った女」は、かつて大陸から持ち込まれ、使われないままに片隅に追いやられ、整理されることになった多くの楽器のうち、孔雀と異国の女性が描かれ螺鈿がはめ込まれた五絃の琵琶が、その用いられないことを悲しみ、人々を惑わすという話であるが、秦真比呂は、藤原道長に次のように言う。
「父が申して居りました。楽器によっては、ここに納められたきり、二度と陽の目をみることのなかったものも少なくはあるまいと・・・・・」
真比呂の声が寂しげであった。
「楽器はそれを弾きこなす者があって、はじめて人の目にも触れ、喝采を得ることが出来ます。使い方もわからず、使う人もなく、埋もれたものの悲しさは、誰にも知れません」(107ページ)
こういうくだりは、なかなかのものである。
もちろん、ここで言われていることを全面的に肯定しているわけではなく、わたし自身は「用いられることを恥とせず」ではあり、また、「用いられること」を求めているわけでもないし、人は埋もれて生きていくのがいいと思っているが、「埋もれたものの悲しさ」はわかる人間でありたい。平岩弓枝は、作家として大成した人ではあるが、こういう心情を描き出せるところがいい。
天気はひどいものだが、少し散策もしたいとは思うが、今夕は予定があって、たぶん、近くのスーパーマーケットに買い物に行くのがせいぜいだろう。今日はしなければならないことが山ほどある。いつかは何も予定がない日々になればとつくづく思う。
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