2010年1月21日木曜日

松井今朝子『二枚目 並木拍子郞種取帳』(1)

 大寒の昨日から15度を越える温かい日が続いているが、今日は重い雲が広がっている。明日からまた寒くなるらしい。節分までは寒いかもしれない。春を思わせる暖かい日は嬉しいが、気温の変化が極端になっている。昨夜、遅くまで仕事をしていたせいか、今朝は眠い。「春眠」といけばいいのだが、そうもいかないだろう。

 一昨日から松井今朝子『二枚目 並木拍子郞種取帳』(2003年 角川春樹事務所)を読んでいる。この作者の作品で最初に読んだのが江戸時代の戯作者十返舎一九の前半生を描いた『そろそろ旅に』(2008年 講談社)で、江戸で戯作者となるまでに変転の多かった十返舎一九の姿が比較的シリアスな面も含めて描かれており、十返舎一九の苦悩もよく読みとれたので、そういう作風だろうと思っていたが、『二枚目 並木拍子郞種取帳』は軽妙な語り口(文体)で、この作者のまったく違った力量を知ることができる作品である。

 この作品には前作『一の富 並木拍子郞種取帳』(2001年 角川春樹事務所)があり、本作でも前作をにおわせる記述があるが、前作を読まなくても十分に面白い短編連作になっている。何よりも、主人公並木拍子郞の設定に無理がなく、並木拍子郞は、本名を筧兵四郎(かけい ひょうしろう)という北町奉行所の与力の次男であるが、歌舞伎と狂言の人気作者並木五瓶(なみき ごへい)に弟子入りし、狂言作者を目指す青年で、市井の噂話や事件を拾い集めて芝居の「種」にすることを師匠から命じられ、様々な事件に関与して行くという設定になっている。

 奉行所の与力の次男ということで事件への好奇心も旺盛で、彼が調べてきた事件を、さながらロッキングチェアー探偵よろしく師匠の五瓶の名推理と共に奔走して解決していくという筋立てで、五瓶と拍子郞は、さながら推理者と実地検証者のような名コンビとして事件の解決にあたる推理小説の形で物語が展開されている。

 また、歌舞伎や狂言については、作者は専門的な知識を持っており、それが芝居の作者としての五瓶の姿や生活に反映されているので、当時の芝居の置かれた状況を背景として、人物が生き生きとしており、彼の家族や拍子郞が少し思いを寄せている料理茶屋のひとり娘のちゃきちゃきとした江戸っ子気質、並木拍子郞とその娘の恋の行方など伏線もあって、構成のしっかりした作品になっている。

 平易な文体で、しかも読ませる作品は、何よりも作品の構成がしっかりしていないとつまらないものになってしまいがちだが、この作品には全体に無理がないように人物の設定がはじめからされており、しっかりした構成の中で物語が展開されているので、まことに「うまい」という言葉がぴったりするような作品になっているように思われる。

 第一話「輪廻の家」は、さりげなく登場人物たちの紹介を織り込みながら、老舗の材木問屋の数代に渡る「祟り」をめぐって、「家という重荷を背負わされた」(63ページ)母と娘の葛藤を描いたもので、人の心の奥底に潜むどろどろとした思いが軽妙な筆使いで描かれていく。並木拍子郞は五瓶の推理と共にそれを明らかにしていく。そして、それが明らかになることによって、「祟り」の中に置かれていた材木問屋の家族が解放されていくのである。もちろんここには、早くに夫を亡くした母の悲しみや淋しさ、出来の良い婿をもらった娘への思い、娘婿に対する思い、そして夫婦のあり方などが巧みに描き出されている。そして、読後感の清涼さもきちんと織り込まれている。

 昨夜はなんとなく疲れを覚えていたのか、面白いのだが、この第一話までしか読むことができなかった。この人の作品は、歌舞伎などのかなりの専門的な知識を必要とする作品が多く、手を伸ばしにくかったのだが、それはわたしの勝手な先入観だった。今夜また続きを読んでみよう。

0 件のコメント:

コメントを投稿