2011年6月23日木曜日

上田秀人『闕所物奉行 裏帳合(四) 旗本始末』

 昨日は突然の30度を超える夏日となり、湿気が多いのでうだるような暑さになった。駒澤大学まで出かけたが、汗がだらしなく滴ってきて気怠さの中でうずくまるような気さえした。

 溜まっている原稿や仕事量が増えて、専門書以外の読書量が落ちているのだが、昨夜は上田秀人『闕所物奉行 裏帳合(四) 旗本始末』(2011年 中公文庫)を面白くて一気に読んだ。

 このシリーズは、一作目の『御免状始末』から順に読んでいるが、何と言っても、重罪を受けた者の財産没収を行う闕所物奉行という設定の発想が特異で、しかも上司が自分の正義を傲慢に振り回す鳥居耀蔵で、幕政の問題と庶民の問題の両方に関わりながら物語が展開でき、その上に、主人公があまり物事に拘らない鷹揚さを持ちながらも、高圧的な上司の下で何とか自分の思いを貫いていこうとするという優れた物語設定が光っている。

 この『旗本始末』は、大御所として権力を握っていた徳川家斉のお小姓(日常生活の世話をする者)であった末森忠左という旗本が突然失踪し、幕政の裏を掴んで自分の権力掌握に利用しようとする鳥居耀蔵から主人公の榊扇太郎が探索を命じられるところから始まる。お小姓とはいえ、大御所の徳川家斉の側近くに仕えているわけだから、末森忠左の権勢は大きく、しかも彼の失踪は家斉の不始末を証するものとなるので、そこには家斉の側近と、それに対立する将軍徳川家慶の側近との思惑が渦巻く要因となっていくのである。

 旗本が失踪すれば、改易となり闕所(財産没収)となるので、榊扇太郎は真相の掌握を鳥居耀蔵から命じられるのだが、その探索の過程で、借金が増えて娘を遊女として吉原に売らなければならなくなった旗本・御家人が増えていることを知る。

 失踪した末森忠左は、結局、莫大な借金を抱え、反家斉を策謀する老中土井利位(どい としつら)と、吉原の掌握を狙っていた品川一帯を牛耳る「狂い犬の一太郎」に利用されていたのだが、「狂い犬の一太郎」はまた、人身売買を禁じていた法律を利用して、旗本の娘が吉原で売買されているということを証拠にして吉原の乗っ取りを企んでいたのである。

 この「狂い犬の一太郎」は、八代将軍徳川吉宗の血筋をもつと自称し、ことあるごとに莫大な金を生む吉原を乗っ取り、裏社会を牛耳ろうと企んで、第一作の『御免状始末』で吉原と関わりを持って信頼を得ていた榊扇太郎の、いわば宿敵ともなる非道な人物である。

 彼の企みに気づいた榊扇太郎と吉原会所は、丁々発止の知恵比べを交えながら、その企みを粉砕していくし、榊扇太郎は、自分を利用するだけ利用しようとする高圧的な上司である鳥居耀蔵の思惑をかいくぐって、事件を落着させていく。

 この榊扇太郎が、惚れた女を守るためには命をかけるに値すると言い切って、窮中に飛び込んでいくといった剛胆さと世の中から捨てられたものに対する思いやりがここでも光っていくので、幕政内における権力争いと市井の江戸の闇社会の権力争いという二重に絡んだ欲の渦巻く中での物語の展開を、ある種の爽快さをもって読み進めることができる作品になっている。

 歴史の要素ももちろんうまく取り込まれているが、作中の細かな描写もよく配慮され、主人公だけを頼りにする朱鷺という女性との主人公の関係も、次第に情が深まっていく過程がよく描かれている。いま出されている多くの時代小説の面白さの要素がうまく盛り込まれた作品だと、つくづく感心する。文章も、変にてらいがなくて読みやすい。

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