今日はそれほどでもないが、このところ強い寒波を伴う前線が居座って、本当にひどい寒さの中で、「超」の字がつくくらい時間に追われる日々を過ごしていた。あらゆる締切りが一度に押し寄せた感があり、これも、体力や気力が衰えたことを計算に入れずに安易に仕事を引き受けてきた自業自得だとは思っているが、引越しの事務手続きなどもあっていささかうんざりしていた。だが、ようやく一連のことに一区切りついて、これを記す時間がとれるようになった。
そんな中で、風野真知雄『爺いとひよこの捕物帳 弾丸の眼』(2009年 幻冬舎文庫)を頭休めに読んでいた。これは、このシリーズの2作目で、一作目の『爺いとひよこの捕物帳 七十七の傷』(2008年 幻冬舎文庫)を面白く読んでいたので、図書館で借りてきて読んだ次第である。
これは、明暦の大火(1657年)で父親が行くへ不明となった喬太という少年が、気弱になった母親を助けながら叔父の岡っ引きの下で下働きをしながら、その明晰な頭脳を働かせて市井の事件を解決しつつ成長していく物語と、彼が出会った不思議な老人の和五助の物語で、和五助は喬太が気に入って、彼を手助けしながら成長を見守り、喬太もまた老人の魅力に魅かれていくのであるが、個々の事件の展開と同時に、和五助が凄腕の忍者で、家康から託されたものがあり、将軍家の暗殺計画を阻止していくという大筋が全体を貫いている二重構造をもつ物語である。その分だけ、物語に幅と深みが出て、喬太の父親が実は生きていて、将軍家の暗殺計画に加担していくことが暗示され、その展開が期待されるように構成されている。
本書では、序章「警護の数」で、4代将軍徳川家綱が王子権現(現:北区本町)に参拝する時の警護について、上司の命令で伊賀者が和五助のところに相談に来るところが描かれている。伊賀者たちは、警護に百名以上の人数を配置するという。だが、和五助は、百人もいれば身動きが取れなくなり、精鋭10人でいいと提言する。しかしその提言は、老いぼれの言うこととして無視されていく。この序章が、本書の終わりの方で将軍家の暗殺計画が描かれるところで絡んでくる。
第一話は「キツネの婿取り」で、「キツネの嫁入り」を文字ったものではあるが、組紐屋に嫁に来たばかりの女性とその婿が忽然といなくなったという事件を喬太が探索していくという話である。嫁に来た女性がキツネで婿を取っていったという噂が流れていた。
だが、この事件が複雑な様相を見せ始め、組紐屋がのし上がるために行ったあこぎな仕業が尾を引き、組紐の工夫をすることができた娘たちを監禁し、使い捨てにしたという出来事が喬太の推理によって暴かれていく。嫁に来た娘は、その監禁されて殺された娘の妹であった。そして、息子は組紐や自身の手によって、組紐の工夫の秘密が漏れないように監禁されていたのであった。喬太は、和五助が「いまはおつに澄ました大店も、創業のころはかなりえげつない商売をしていたりするものです」(59ページ)という言葉をヒントにして、真相を探り出すのである。
他方、王子権現に参拝に来る将軍家綱を狙うのが鉄炮であり、しかも名手と言われた鉄炮源太ではないかと思われる。かなりの遠方から正確に的を撃つことができる試し撃ちがされていたからである。そして、この鉄炮源太がどうやら行くへ不明になっていた喬太の父親かもしれないとの暗示が記される。
第二話「極楽の匂い」は、大川(隅田川)の船上で逢い引きをしていた男女が、若い男の絞殺死体が船に乗せられて流れているのを発見し、その死体から「いい匂い」がしたと証言したという事件から始まる。死体が水に浸かったためにその匂いは消えていたが、死体からは他になにかの図面らしきものを書いた紙片と木くずのようなものが見つかる。
喬太は、死体を発見した小間物屋の娘と共に、その匂いが「丁字」(丁香 グローブ)という独特のものであることを発見する。「丁字」は、当時は高価な輸入品だった。そして、死体から発見された木くずのようなものから、死人は宮大工ではなかったと気づいていく。こうして死人が深川の広大寺という寺の金堂を作っていた大工であることを突きとめるのである。喬太は、その大工がしていたという金堂の屋根に登ってみる。この時も、和五助から「しばらくじっとしておれば慣れます」と教えられた通りに高い屋根の上で見晴らし、その大工と同じように動いてみる。そうすると、屋根裏に入るところが見つかり、そこから入ってみると丁字の匂いがする湯殿がすぐ下に見えた。
そこから喬太は、大工が屋根裏から湯殿の光景を見て、驚いて落ちて、そこで見られてはならないものを見たために殺されたのではないかと推理する。そして、事実、大奥の女中とその寺の僧侶とが湯殿で繰り広げた痴態を見たために殺されたことがわかっていくのである。
第三話「首化粧」は、小名木川沿いにある二十四花園の中で、化粧をほどこされた首が見つかる事件を取り扱ったものである。戦国時代に行われていた首実検のための首化粧ではないかと思われ、喬太は、戦国の世を生き抜いてきた和五助のところに首化粧について聞きに行く。だが、その首だけの男は、まるで女のような化粧がほどこされていたから、戦国時代に行われていた首化粧とは違うと和五助は教える。そして、やがて胴体の方も発見され、女出入りも激しかったというその男の身辺の探索が始まる。
事件は、どうやら油問屋の大店と関係があるらしいとわかっていく。化粧をほどこされた首は、二十四花園の中の桔梗の花が咲いている上に置かれており、その日に句会に来ていた油問屋の夫婦がそれを見てひどく驚いたことがわかっていく。喬太は、その句会に同席していた戯作者の星野空兵衛と知り合い、彼からの証言を得ていくのである。そして、その油問屋の桔梗という名の娘が行くへ不明になっていること、油問屋の主人の昔の妾との間に男の子がおり、その男の子が成長し、油問屋の娘の桔梗と男女の仲になってしまい、男が毒を飲んで自死し、桔梗がその男の首を二十四花園にさらして、父親の非道を知らせようとし、そして桔梗も自死したことを突きとめていくのである。
この事件そのものはたわいもない話だが、先に書いたように、このシリーズを貫く将軍家暗殺計画が動いていく。そこには幕府に怨みを抱く公家の土御門家が絡んでいた。鉄砲源太は、その土御門慎斎の依頼で、将軍の命を狙うところで終わる。続きものがちょうど山場に差し掛かる時に終わるようにして第三話が閉じられている。
父親のことを知った喬太がどのようにして父親を乗り越えていくのか、そこに和五助の大きな役割が今後展開されていくだろう。子どもの成長にとって、親以外の頼れるしっかりした大人が側にいることは、大きな力をもっている。喬太と和五助はそんな関係になっていくだろうとは思う。
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