2010年3月29日月曜日

白石一郎『出世長屋 十時半睡事件帖』

 三月も末というのに、本当に寒い。昨日からまた冬に逆戻りしたような天気が続いている。こういう天気が続くと、なんとなく体調も狂って「意欲」というものがなくなるから、人間というものがいかに身の回りの環境に左右させられて生きているのかがよくわかる。前の道路を行き交う人が傘をさし始めているので雨が降り出したのだろう。雨粒はまだ見えないが。

 白石一郎『出世長屋 十時半睡事件帖』(1993年 講談社 1996年 講談社文庫)を大変面白く読んだ。これはこのシリーズの五作目で、福岡藩(黒田藩)の「十時半睡」が、隠居後さらに請われて江戸藩邸の総目付(今でいえば警察・検察長官)として赤坂溜池近くの福岡藩(黒田藩)中屋敷に居を構えていく前後を、物語った作品である。

 前に、このシリーズの『おんな舟』というのを読んだときにも記したが、主人公の「十時半睡(ととき はんすい)」は、本名「一右衛門」といい、「半分眠って暮らす」という洒落からみずから「半睡」と号して、福岡藩黒田家の八十石御馬廻組の家に生まれ、知恵と人情に富み、藩内の奉行職を歴任したのち、六十二歳で引退した老武士である。

 彼は、本人が望めば千石以上の家録(収入)を得ることができたはずだが、六百石以上の加増は頑として否み続け、しかも引退する際は、役職手当を返上して二百石として、それを息子に譲った。引退して一年後には愛妻をなくし、その時に、藩の目付制度(警察制度)の改革の必要性から再び総目付として再出仕を命じられた。しかし、表沙汰にはならなかったが、息子の不祥事(恋愛事件)で自ら突如として職を辞し、再び隠居としての生活を始めることになったのである。

 彼はそのことについては何も語らず、囲碁将棋、魚釣りや山歩きなどの生活を楽しもうとするが、どうにも手持無沙汰の日々を送ることになる。本作では、無聊を囲っている十時半睡が、なまった体を建てなおそうと昔通った剣道場へ足を運ぶところから始まっている。

 この主人公の十時半睡が、上流階級の武士たちが通った道場ではなく下流の武士たちが通った道場に通い、しかも、彼の得意技が実践的な脛払いという業であるのも、主人公の人柄をよく表わしている。

 そうしているうちに福岡藩の江戸藩邸で様々な不祥事や事件が頻発したことから、江戸藩邸の目付制度を変えることとなり、再び、半睡に白羽の矢が立って、彼は江戸藩邸総目付として江戸へ向かうことになるのである。その際、彼が通う道場の師範代をしている好青年の兄が江戸藩邸で事件に巻き込まれて自死・改易となったことから、その青年を自分で引き取り、彼だけを連れていくことにしたのである。

 江戸藩邸でも、勤番侍に雇われて妹を救うために盗みをした娘を救うために、その娘を下働きとして雇ったりする。江戸藩邸での目付制度改革でも、何らかの際に秀でているわけではないが、「意欲」をもつ青年たちを採用していくのである。そして、制度が整うと、あとはすべてを任せていくという姿勢を取る。

 こういうところに、どこまでも人間を温かく包んで生かそうとする主人公の姿勢がよく現れている。この姿勢は、第六話「目には青葉」で佐賀藩との争いごとになりそうな武士の面目をかけた事件での決着のつけ方にもよく現れている。互いの意地が張りあって大事件になろうとすることを「生かす」という視点で切り抜けていくのである。

 彼は六十五歳であり、もちろん、老いということも感じている。それにまつわる旧友の事件も起こる。十時半睡は、できることとできないことを明瞭にし、できることの中で物事を冷徹に見て判断を下すが、その眼が温かい。秀才であるが、それだけに迷う青年も出てくる。彼は己の才を頼む傲岸な青年には手を貸さない。そういうところが、人生を知ってよく老いた主人公の姿として描かれる。

 主人公は老いてますます好奇心旺盛で、それが彼を生かしている。自らを律することを知り、質実剛健で、しかも柔らかい柔軟性をもつ。こういう主人公の設定には、本当に喝采を送りたい。

 時代小説の中でも、福岡藩(黒田藩)の老目付という異色の設定で、しかも「人を生かす」という豊かなテーマを、決して重々しくではなく、生きた人間の姿として描かれているのがとてもいい。言うまでもないことであるが、時代考証はしっかりして、当時(多分寛政~享和年間-1789-1803年頃と思われるが)の生活もよく反映されている。

 今日はあまりに寒くて掃除をする気もなく、いくつかの書類を片づけたり、今度の日曜日がイースターなので、ギリシャ語聖書をひも解いたりした。何とはなしに日がくれそうな気配がある。

2010年3月27日土曜日

白石一郎『江戸の海』(2)

 三日間降り続いた冷たい雨が上がった。気温はまだ低いのだが、朝のうち、陽光がきらきらと屋根瓦に反射し、周囲の空気をほんの少し温めてくれているような気配に包まれていた。

 白石一郎『江戸の海』の残りの七話を読んで、よくまとまった優れた短編であると改めておもう。第四話「海の御神輿」は、江戸の御船手組同心に養子に来た質実剛健な青年が、まるで御神輿のように飾り立てられた将軍家の船と、それを拝むようにしている幕府の御船手組たちの姿に無意味さを感じていくというもので、実際に将軍家の船が動かされた時に、そのバランスの悪さから何の役にも立たないものであることがわかっていくのである。

 ここには飾り立てられた権威や世人が祀り上げているものが、実は空虚なものであり何の意味もないものであることが「将軍家の御船」に象徴されて、素朴な田舎者であるだけにそれが見えていくのである。人が欲しがっている権威というものは、いつも「裸の王様」である。

 第五話「勤番ざむらい」は、参勤交代で江戸へ出てきた西国の小藩の実直な勤番侍が、町見物の途中で掏り事件と遭遇し、そこで知り合った日本橋の大店の呉服屋とその娘に饗応され、それにのめり込むうちに藩邸の門限破りをすることとなり、罰を受けて国元に帰っていくという話で、夢のような時を過ごしても、夢からさめれば厳しい現実が待っているわけで、「勤番侍」と呼ばれた田舎者の「浦島太郎物語」でもある。しかし、ここには一人で寂しく暮らさなければならない人間の悲哀もあって、それが見事に描き出されている。

 第六話「夕凪義」は、瀬戸内海の伯方島で、ある程度成功して暮らしていた二人の男が、ひとりは勝ち気でやり手の女房、もうひとりは口やかましい母親と女房の板挟みで、どうにも鬱陶しくなって、夕凪が立つのを眺めているうちに島を脱げ出すことを思い立ち、二人してすべてを捨てて島を脱け出すという話で、出で行かれた女や家族たちはそれぞれにしっかりと生き、出ていった方もそれなりに生活をしていることが分かるというものであるが、何とはなしに自分が生きていることの意味や実感がつかめないものと、そんなことはお構いなしにしっかりと生活をしていく者とが描かれて、なるほど「人生の夕凪ぎ」の時に起こる人の心情と姿だと思わせるものである。

 第七話「悪党たちの海」は、長崎で抜け荷害買いなどをして私腹を肥やし好き放題のことをしている悪党たちと知り合った小心者の小悪党が、その悪党たちの生活にあこがれながらも、真正直に生きている若者を騙して殺し、その妻を自分のものにしようとしたが、ついに発覚して捕えられ処刑される話で、大本の悪党たちは何くわぬ顔でそのまま悪を重ねていくのである。小悪はすぐに滅びるが、本当の悪はなかなかしぶとい。本当の悪はうまく立ち回っていく。それは現代でも同じだろう。

 第八話「人呼びの丘」は豊臣(羽柴)秀吉側についた美作の三沢家とこれを攻める毛利家の戦いに題材をとったもので、生きのびるためには策略をめぐらさなければならない小大名の家老が命をかけて策をめぐらし、それを知っていた嫡方にいる義理の弟も、それを承知で、自らの命を賭してあえて騙されていくという話である。ここには、腹に肝を据えて平然と生きていく武士の姿が描かれて、それが余韻として強く残る。この作品には毛利家の武将小早川隆景がなかなかの人物として描かれ、次の第九話「海の一夜陣」でも、同じように描かれているので、作者は小早川隆景に対して好印象をもっているのだろうと思われる。小早川隆景は、後にさんざん苦労を重ねるが、人間としては優しさをもった武将であったに違いない。

 第九話「海の一夜陣」は、広島の厳島(宮島)を舞台に毛利元就と陶晴賢(すえはるかた)の間で行われた厳島合戦として知られる毛利元就の知略を用いた奇襲戦を題材に、陶晴賢側にいたひとりの青年武士(毛利元就に父親を殺されたという設定)の目を通しての合戦の姿を描いたものである。この時代の武将がいかに権謀術策を用いて相手をだましていたは、よく周知されていることであり、その中でひたすら父の仇を討つことをまっすぐ目指していた青年は、やがて小早川隆景によって「狂人」として命を救われるが、ただひとり、厳島から陸に向かって泳ぎだすところで、話が終わる。その終わり方も短編として余韻をもったものとなっている。

 第十話「トトカカ舟」は、福岡の志摩半島の東岸にある小さな漁村で、海女として一家を建てなおしていく女が鮑のたくさんいる好漁場を見つけ、そこでついに海に潜ったまま行くへ不明になるという民話伝承的な話である。「トトカカ」とは「父母」のことで、夫婦で海女漁をすることを意味している。ひとり残された夫が、女房の稼いだ金で建てた広い家でぽつねんと寂しく座っている姿が悲哀を誘う。

 これらの短編の中には、いくつかの現代が抱えている問題がさりげなく掘り下げられて描かれている。そうした視点が、これらの短編をいっそう豊かな味のあるものに仕上げていることを感じることができる。問題を直接的に思想として取り上げるのではなく、人間の物語として描き出すところに文学(小説)の優れたところがあるが、これらの短編にはそうした文学としての優れたところがよく現れている。作者が好む海洋物というのは、わたし自身、あまりなじみがあるわけではなく、どちらかといえば、市井の中で、大した冒険や事件もない日々を悲しみやあきらめを抱えながら、しかし、自分の心情に正直に生きている人間を描いたものの方が好きだが、彼の作品には、時代小説がもつ良さがいかんなく発揮されているように思われるのである。

2010年3月25日木曜日

白石一郎『江戸の海』(1)

 昨日から冷たい雨が降り続いている。春分が過ぎたとはいえ、今日あたりは季節が逆戻りしているような気さえする。桜の便りも聞こえてくるが、街路樹の下に植えられているパンジーが小さく震えている。

 白石一郎『江戸の海』(1992年 文藝春秋社 1995年 文春文庫)を読んでいるが、このところ集中して読むことができずに、読書量がかなり減退しているので、まだ初めの三話「江戸の海」、「島火事」、「十人義士」しか読んでいない。これは全部で十話からなる短編集で、これらは武骨で優しいと思われる作者の視点がいかんなく発揮された優れた短編集だと思う。

 短編として本当によくまとまっており、第一話「江戸の海」は、子どもを事故で失った罪悪感と寂寞感を埋めるために釣りに明け暮れる指物大工と、日々の生活に窮しながらお役をもらうために尻を叩かれている貧乏御家人と、自分の生んだ子どもを次々と本妻に取り上げられた妾とが、江戸湾の釣りで知り合い、嵐にあって漂流したりして、やがて釣り仲間となった妾が貧乏御家人の上司の妾であることから、その働きでお役をもらうが、もう自分の竿には江戸湾の魚はかからないのではないかと思う話である。

 ここには、それぞれの自分の人生を背負いながらも、釣りというひとつの人間の自由さを象徴する行為によって、その自由をじんわりと描き出しているものがある。

 第二話「島火事」は、瀬戸内海の小島で島火事に遭遇した船に娘が逃れて来て、船頭がその娘をどうするかの判断を迫られていく話で、娘は他の船乗りに騙されて気が触れていたことがわかっていくというものである。運命という船に翻弄されながら生きなければならない人間の悲哀と、船頭の真正直な姿が見事に描き出されている。

 第三話「十人義士」は、元禄14年(1702年)に実際に起こった長崎町年寄筆頭の高木家と肥前佐賀鍋島藩の重臣深堀家との争いを題材に、「武士の一分」を果たした深堀家の姿を中間の姿を通して描いたもので、争いがほんの些細なことから、そしてそれをめぐる狂気とも言うべき人間の高揚感から拡大していく様をよく描き出したものである。

 第二次世界大戦で、人間の狂気が吹き荒れてどうにもならなくなった過程を、わたしたちはよく知っている。集団の心理というのは、真に恐ろしいもので、集団の中では、初めに個人が意図したこととは異なった行動原理が働く。この作品は、そうした集団の行動原理を見事についた作品である。

 わたし自身は、作者の白石一郎という人がどんな人なのか知るところが少ないが、文学手法も表現も、大変優れていて、前に読んだ『十時半睡事件帖』もよかったが、この短編集も本当に良い作品だと思う。彼は、司馬遼太郎や藤沢周平とも異なった独自の視点があり、いわゆる歴史上の偉業を遂げた人物などには関心がなく、ひたすら歴史に埋もれ陽が当たらない人間や、何の評価も得られずに無念のうちに死を迎えながらも自分の本分を果たしていった人間を描き出している。

 こういう作者の姿勢は、実際それを貫くことが難しいのだが、どの作品にも一貫しているように思えて、いまのわたしが「かくあるべし」と思っていることと重なり、琴線に触れてくる。続きは今夜にでも読もう。

2010年3月23日火曜日

佐藤雅美『影帳 半次捕物控』

 春めいたかと思うと気温が下がって、「花冷え」がことのほか厳しく感じられたりする。このところなにやかやと気ぜわしい日々が続いて、昨日は会議のために早朝から出かけなければならなかったりして、生活時間も乱れ、のどが痛んで微熱も感じるので風邪をひきかけているかもしれない。

 先日から佐藤雅美『影帳 半次捕物控』(1992年 講談社 1995年 講談社文庫)を読んでいた。これはこのシリーズの一作目で、既にこのシリーズのいくつかの作品を読んでいたが、さすがに一作目は主人公半次の岡っ引きとしての生活形態や彼が関係している人物たちとの背景、活動する深川周辺の地理が詳細に描かれ、また説明されている。物語で語られる地理だけでも、当時を知る地図が出来上がるだろう。作者が丹念に地図を見ながら主人公たちの人物を動かしていることが分かる。もちろん、それは、この作者が重要に思っている作品のリアリティーを表わすためである。作品の中で金銭がらみの話が多いのも、そうしたリアリティーを生活感覚として表わすもので、こうしたところに作者の現実感覚と人間観がよく表わされている。

 もっとも、これはシリーズの第一作目であるから、その説明がいささか多くて、地理を巡るだけでも若干の煩わしさがあるのは免れ得ないように思われる。

 しかし、物語の展開は、主人公半次のどこまでも事実を追求しようとする気質と相まって、いくつかの山場が繋がって、次第に真相が明らかになる展開となっており、その間に、たとえば主人公が関係をもっている「引合茶屋(岡っ引きが互いの交渉をするために用いる茶屋)」の女主人の浮気を知って、その魔性性を垣間見て、惚れてはいても断念していく話や、彼の手下や奉行所の同心たちとの関係などが絡んで「情」を大事にしている主人公の姿などが絡んで、内容豊かなものとなっている。

 物語は、ふとしたことで引合(軽犯罪の罪を見逃すことで、犯罪にかかる費用を軽減するための手数料を得ていくこと)を抜かないちょっとした盗みの事件に関わった半次が、その裏にある何かを感じて調べ始め、また自分と兄弟のようにして育てられた男の行く末を案じて調べを頼んだかつての手下が殺された事件を調べていくうちに、その二つが絡み合って、米相場に絡んで尾張家で行われていた大掛かりな帳合米取引(米の先物相場)とその私的運用(影帳)にまつわる事件であることを明らかにしていくというものである。

 何かと付け届けをしてくれて得意先でもあり、主人公の半次があんな風に年をとりたいとも思っていた米問屋の主人が、実は、帳合米取引の大元締めであり、事件の核心を握った人物であることがわかり、人間が表の顔と裏の顔をもち、特に「欲」に絡んでそのことが起こることを、この物語は明瞭に示す。気一本の半次は、なかなかそこに行きつかないが、そこにも気一本で生きる人間と大欲をもって巧みに表裏を使い分ける人間の姿が描き出されて、筋の骨子となっている。

 結局、主人公は、自分を頼りにする手下や自分の身を案じる同心、奉行者内部の事柄などから、かつての手下の殺人事件を事故として処理することに従うが、企みをもっていた米問屋とは縁を切り、その米問屋の主人も遅かれ早かれ自滅していくだろうという同心の言葉を受け入れていく。

 歴史の審判というものは目には見えないが、「悪を悪に委ね」ても、歴史の審判はあるだろう。善悪についての人間の価値判断というものは、結局、さかしらなもので、肝心なことは、自分がそこで納得して生活できるかどうかなのだろう。

 ところで、これを掲載しているブログに広告が載っていたので、あまり気の進まない広告で、どういう広告だろうかと思って見ていたら、どうも自分のブログを自分でクリックするのはよくないらしく、ブログの運営サイトからメールを受けとり、この機会にブログの機能をよく認識して、やはりこういうことは自分の性にあわないようなので、これからは一切他の人の手になるものは掲載しないように気をつけようと反省したりした。

 それはともかく、土曜日(20日)、引退して京都に在住しておられた石井正己先生が召天されたという訃報を受け取った。わたし自身は不遜な学究徒であったが、神学の研究でずい分お世話になった。先生が弟子を作る人間関係をお持ちにならなかったが残念だが、研究資料をずい分紹介もしてくださったので、突然の訃報に驚いてもいる。昨日の会議が遅く、前夜式にも間に合わなかったので、影ながら天来の慰めを祈っている。土曜日から日曜日にかけて弟夫婦が訪ねて来てくれた。

 ようやく、日常が戻ってきた感がある。ふだんものんびりしているが、さらにのんびりと日々を過ごすこと、これが心がけの第一だろう。仕事は山積みし、木曜日までは寒いらしいが、やがて春ののどかさを感じるだろう。

2010年3月18日木曜日

諸田玲子『紅の袖』

 少し寒い日が続いているとはいえ、春の温かさに向かって日々が過ぎていくのがわかる。この辺りの梅の花はもう盛りを過ぎて散り始めているし、季節を先取りして売られている花屋の花は、色鮮やかな春の色を誇っている。

 このところ何かと忙しくて、これも月曜日以来書くことができなかった。今日も夕方には仙台まで出かけなければならない。今年は少しのんびりできるかと思っていたが、年度末というのはいつも大体そうだろう。

 月曜日に続いてまたまた男女の微妙なあやを描いた諸田玲子『紅の袖』(2004年 新潮社)を読んだ。これは幕末期に右往左往した小藩(川越藩)の騒動の中で、ひとつ屋根の下に住むことになった男女四人の錯綜した思いを、そのうちの一人である女性の視点から描いたもので、藩命によって砲台(お台場)作成の監督をしなければならなくなった夫、そしてその夫のために川越から出てきた妻、甥で、幼馴染でもあり、穏健な夫とは対照的に時代の流れを敏感に感じ取って様々な画策を企てる夫の友人、何らかの思惑をもって近づいてきて女中となった女、その四人が時代と状況に翻弄されながら、それぞれ複雑な関係をもっていく。

 諸田玲子は、そうした状況下での女性の心理描写を描くのが巧みだから、全体的にすんなり読める作品になっているし、読む人にとっては一息で読めるのかもしれないが、こうした恋愛心理の展開にいささかうんざりしている人にとっては、最後の結末に至るまでがあまりに「うじうじ」とし過ぎていて、いまひとつ興が乗らないかもしれないと思った。

 わたしの場合も後者で、読むのになんとなく重く感じられてしまった。もちろん、1853年のペリーの来航から日米親和条約、幕末に至るまでの時代が激変しているのだから、物語の展開もそうした状況の変化に伴っていくし、川越藩という小藩も大きく揺れ動き、主人公の夫もその友人も、そして思惑をもっている女中も、その時代と状況に翻弄されていくわけで、物語が面白くないわけはないのだが、作者のもう一つの面である人間に対するユーモアがほとんどなくて、不安定な主人公の心情が直接伝わってしまい、その気持ちが「わからない」という場面が、正直なところ多々ある。

 この作品は女性の心理をよく描き出すという点で、「女流作家」であることがよく示された作品であり、文章も構成も優れており、こういう読後感は、いうまでもなくこちら(読者)の心理的状況が反映されているのだが、それでもどうも「重い」という感じがしてならない。もちろん、結末は軽い。状況に瀕した小藩の藩主を変えることを画策した黒幕もわかり、事態は好転する。悩んだ主人公は、一回りも二回りも大きくなって、人生の腰を据えるようになっていく。しかし、それでも主人公の姿がわたしの理解可能な領域を越えたところにあるのは事実である。

 今夜は仙台泊まりで、明日はまた午後から予定が詰まっている。「はあ~」という感じではある。天気図を見ると、仙台の春はまだ遅いようだし、今夕は決算や予算といった無粋な数字と直面することになっている。何とも気の重いことではある。

2010年3月15日月曜日

北原亞以子『妻恋坂』

 ようやく春めいてきたが、薄曇りの空が広がっている。ずい分と変な時間に寝たり起きたりしたので、身体も脳も春眠の状態のままのような気がする。今夕、依頼されていた森有正(1911-1976年)の思想について小さな集まりで話をすることになっている。

 森有正の哲学的随想は、1970年前後の「戦後の日本社会が身震いした時代」に良心的に物事を考えようとする人々によく読まれたが、顧みれば、彼はデカルトとパスカルの研究者であり、デカルトが哲学的に確立した「近代的自我」の「われ思う(cogito)」と「われ在り(ergo sum)」の間を、綿密にパスカルの数理的論理性をもって考察していったとも言えるような気がする。

 借り物ではなく、「自分の足で歩み、自分の体で経験し、自分の頭で考える」ということを大事にした人で、ちょうど自己のアイデンティティーを模索し続けていた日本の知識層の人たちに、彼の思想は大きな示唆を与えるものとなったのである。

 個人的には、東京大学の教員として戦後の海外留学の第一陣としてパリに留学したが、帰国せずにパリに留まり、パリ大学日本語学校で日本語や日本文化を講じることで糊塗し、離婚と再婚といった生活の変化もあり、あまり裕福な生活ではなかったようだ。とは言え、明治維新後の日本の最初の文部大臣を務めた森有礼の孫であり、いわゆる「没落貴族」とは言え日本社会の上層階級に属していたわけで、一般の感覚でいう「貧しさ」とは異なっていただろう。晩年は、国際基督教大学の客員教授として毎年帰国し、日本で永住するつもりであったが、ついにパリで没している。

 彼は決して体系的な哲学を提示したわけでも、またそのような哲学を考察したわけでもないし、彼の著述のスタイルも随想風だが、それをわが身に引き当てて改めて考えと、日本の社会では体系的な哲学が必要とされないし、また生み出されないのではないかと思ったりする。むしろ、随想風な思索の展開がよいのだろう。日本の精神風土というものはそうではないかと思えるのである。だから、日本では狭義の意味での哲学者は、せいぜい大学の教員として糊塗していく以外に生活の術がない。

 わたしは「人間学」というテーゼの中で自分の思索を体系化させようと試みたが、どうもこれは怠惰なわたしの人生の中で完遂されそうにもないような気がしているし、また、現代日本社会の中でそれが受け入れられるとも思っていない。

 それはともかく、土曜日の夜から北原亞以子『妻恋坂』(2003年 文藝春秋社)を読んでいる。これは、時代小説の中で、八編八組の男女の愛や恋の姿を描き出した短編小説集で、短編としてはそれぞれ優れたものであるし、様々な男と女の関係の姿を、その内面にまで掘り下げたものを作者特有の情景のようにして描いたものである。

 ここには、ふとしたことで知りあって関係をもった男が妻子持ちであることが分かり、結局はその妻子との関係を大事にしていることを知った女が、男が来ることを待ちつつも次第に諦めていく話(「妻恋坂」)や、不義の相手と駆け落ちしたが、夫が追ってきて、その夫に女敵討ちとして殺されることを選択していく話や、どうにもならない男と女の恋心や、娼婦として生きている女どうしの関係などが描かれていく。

 ただ、どうにも男と女の色恋や、その心情の微妙なひだとかあやといったものを探っていくのには、今のわたしは覚め過ぎていて、単に「もっと自分の思いに素直になったらよかろう」と思うだけで、「人を好きになったり、愛したりすること」は、人間の最も豊かな思いなのだから、その豊かさを生き抜いたらいいだろうに、と思うだけである。それぞれの抱えている事情や周囲の状況、社会の状況などがそこには色濃ゆく影を落とすが、そんなもので自分の思いを断ち切るなら、その思いはあまり本物ではないと思ったりもする。男女の関係で一番大切なことは、いったい自分がどうしたいのか、だけだろう。この齢になって、そう思っているのである。

 今にも雨が降り出しそうな気配がある。なんだかぼんやりした頭と体で、そろそろ出かける用意もしなければならない。電車で座れればいいなぁ、とつまらないことを思ったりする。

2010年3月12日金曜日

宮部みゆき『日暮らし』(3)

 昨日春の日差しが戻り、今日、明るい日差しの中で温かさが少し戻ってきたが、まだ風は冷たい。人間は世界に包まれて生きているので、環境の変化に対応するようにできているが、齢を重ねるとその機能がうまく働かないのか、このところの気温の変化で少し風邪をひいたようだ。今朝からどうもすっきりしない。昨夜、大根と里芋の煮つけを作って食べたが、いつもなら「おお!」と思っていただくのに、昨夜は身体が重く感じられた。

 しかし、そのすっきりしない中で、宮部みゆき『日暮らし』を、とてもすっきりした気持ちで読み終えた。この作品に限ってかもしれないが、作者がこの作品を自ら楽しみながら書いていることが伝わってきて、作者は、てらいも気負いもなく、正直で真直ぐの人のように感じられた。

 たとえば、物語の展開とはあまり関係がないが、下巻198ページで、
 「秋が来て日暮れが早まることを、秋の日はつるべ落としという。しかし、陽が詰まるのは、何も日暮れが早くなるせいだけではない。夜明けも遅くなる。だのに、そっちを言い表わす言葉はない。何でかな、というようなつまらないことを話しながら、ぶらぶらと歩き始めた。小平次は提灯をもっている」と、早朝の暗い中を井筒平四郎と彼の小者の小平次が江戸から川崎に向けて旅立つ情景が描かれている。

 この主従が「何でかな、というようなつまらないことを話しながら」歩いている姿には、主従の信頼関係や井筒平四郎のざっくばらんな性格が見事に表わされているし、作者自身が日常でこういう会話を楽しんでいるのではないだろうかと思わせるし、こういうことがすんなり書ける作者のねじ曲がっていない心根をうかがうことができるような気がするのである。

 第四話「なけなし三昧」は、井筒平四郎が懇意にしている幸兵衛長屋の煮売り屋の「お徳」の近所でお菜屋を始めた「おみね」という女の話から始まる。「おみね」は採算を度外視して高級食材を使った菜(おかず)を安く売り出し「お徳」の商売は上がったりになっている。「おみね」は艶のあるいい女で、「おみね」が採算を度外視して安く売り出すのは、近所の評判をとるためだという。

 しかし、「弓之助」がその真相を見抜いて、「おみね」は誰かに気づいてもらいたくてあんな商売をしているのではないかと言う。事実、「おみね」は両国橋のたもとで仕出し屋をしていて、亭主と子ども二人がいたが、言い寄って来た男と不義の中になり、亭主や子どもを捨てて家を出、男が来るのを待っていることが次第に明らかになる。

 ところがその男が女を食い物にする悪で、容姿がいいのを餌にして、あちらこちらの女や娘を騙しては金を巻き上げている男で、餌食にされた娘が縊死する事件や油問屋の若女将を殺した事件を起こしていたことが判明し、「人を好きになるとはどういうことか」という問題で相談に来ていた弓之助の従姉を本人の申し出で囮にして捕まえることとなる。

 この中でも、縁談の話が持ち上がって「人を好きになるとはどういうことか」ということを悩んでいる弓之助の従姉と、その従妹を連れてきた弓之助、平四郎との会話が次のように記されている。

 「おまえはどう思う?」
 弓之助は及び腰になった。「何をでございますか?」
 「人を好きになるとはどういうことか」
 美形の顔が、ちょっと歪んだ。「さあ、わかりません」
 「わからないなら考えろ」
 ・・・・・・・・・・・・・・
 「好きになると、ずっと一緒にいたくなるでしょう」
 「うん、それから?」
 「その人と楽しく暮らしたくなります」
 「それから?」
 「その人の笑う顔が見たくなりますし、困っていたら、助けてあげたくなります」
 平四郎はおとよ(従姉)に目を向けた。「どうだ、得心がいったかい?」(上 223-224ページ)

 そして、平四郎は、「それでは人が嫌いになるとはどういうことか」というおとよの問いに、人を嫌いになることはその反対のことだよ、と語る。

 十三歳の子どもたち相手にした会話とはいえ、こういくくだりが無理なく展開されて、この作品の絶妙な魅力となっていくところがいい。

 表題作にもなっている第五話「日暮らし」は、いよいよ本書の中心をなす展開で、上下巻にまたがった長いクライマックスで、第三話で語られる「お六」が住む込みで働くことになり、見事に「お六」をストーカーの手から救い出した佐吉の実の母の「葵」が殺され、実の母を訪ねていってそこに居合わせた佐吉が殺人犯として捕えられるところから始まる。「葵」は、俵物問屋として手広く商売をしている主人と関係ができ、俵物問屋の主人の妻の悋気によって殺されかけたが、俵物問屋の主が隠して囲っていた。佐吉はそのことを知り、母親に会いに行った時に、その母親が殺されていたのである。

 ここで、井筒平四郎は、佐吉を信じ、真相を探り始める。そして、弓之助の頭脳明晰な名推理が働き、その殺人事件が佐吉によってではなく、ほかの人間によってなされたことを突きとめていくのである。俵物問屋の内情のどろどろとした人間関係やその中で翻弄されていく人間、推理を重ねて明快な結末を導く弓之助の姿、それを信じている叔父の井筒平四郎の姿など、実に丁寧に話が展開されている。そして、誰一人悪者にしない弓之助やそれを助ける「おでこ」、そして、初めから信頼をもって事に当たる井筒平四郎の懐の深さ、それが実に聡明に面白く展開されていく。その展開は読者をひきつけてやまない。

 そして、第六話「鬼は外、福は内」は、それらの結末で、弓之助の従姉が嫁いでいく婚礼の式に繋がっていく。ぎっくり腰を起こして釣り台(戸板のようなもの)に乗せられて、佐吉のところに事情を話しに行った井筒平四郎は、釣り台に乗って青空を見ながら思う。
 「みんな、毎日をこんなふうに暮らせたらいいのになぁ。
 でも、そうはいかねえんだよなぁ。
 一日、一日、積み上げるように。
 でめえで進んでいかないと。おまんまをいただいてさ。
 みんなそうやって日暮らしだ。
 積み上げてゆくだけなんだから、それはとても易しいことのはずなのに、時々、間違いが起こるのは何故だろう。
 自分で積んだものを、自分で崩したくなるのは何故だろう。
 崩したものを、元通りにしたくて悪あがきするのは何故だろう。」(下 367-368ページ)

 『日暮らし』という書名は、ここから採られたものだろう。いずれにしても、この作品は傑作の部類に入るだろう。謎解きをするのが主人公ではなく、少年の「弓之助」であるのが、そして、井筒平四郎の清濁併せ飲んで平然と、しかも周囲を信頼している懐の深さが見事に軽妙な語り口で描かれるのが、作品を豊かにしている。まことに興味のつきない面白さに出会った作品である。