2013年3月14日木曜日

坂岡真『あっぱれ毬谷慎十郎3 獅子身中の虫』


 昨夜から降っていた雨もあって、今日は曇天の寒い日になった。でも、この雨で空気中に飛散していた埃や汚染物質が洗われたかもしれない。九州から桜の便りが届いた。

 先に続いて、坂岡真『あっぱれ毬谷慎十郎3 獅子身中の虫』(2011年 角川文庫)を読む。これもT氏がくださったもので、本書では、一流の剣客となろうとする毬谷慎十郎を唯一負かした女剣士で、いつの間にか彼の大らかさや豪放磊落さに惹かれていく丹波咲が年来の思いであった父の仇を討つことを中心にして物語が展開されていく。

 主人公の毬谷慎十郎は、江戸の三大道場の一つであった男谷精一郎の門下の中でも白眉と称された島田虎之助との立ち合い(剣術試合)で引き分けとなり、丹波道場を出奔し、金もなく、再び空腹を抱えて大路で大の字になって寝込んでしまう。そして、そこでも貧しい母娘に助けられたり、大道相撲を取っていた青葉山との勝負に買って金を稼いだり、彼に関心を持つ元仙台藩士で男谷道場の門下生の奥井惣次の世話になったりして暮らしていくようになるのである。青葉山も奥井惣次も共に仙台藩と関わりがあるが、そのことがやがて仙台藩を中心にした抜け荷事件などと関わっていく伏線となっている。

 こうした日々の中で、毬谷慎十郎は、とうとう無宿人刈りで人足寄場に送り込まれるようになる。そして、その人足寄場で彼らを利用して私腹を肥やす不正を目の当たりにしていくのである。その不正には、火盗改めや寄場奉行なども関わっていた。

 他方、仙台藩の抜け荷を探っていた公儀隠密が薩摩示現流の使い手によって斬殺されるという事件が起こる。その手口は、十年前に丹波咲の父親を殺した手口と同じであることから、咲は父を殺した犯人の探索を始めていく。丹波咲の父親も、公儀大目付からの依頼を受けて仙台藩の探索を始めていて、そこで斬り殺されたのである。

 彼女は罠に嵌められたりするが、その犯人が仙台藩の剣術指南役となったことを知り、彼と戦うために仙台藩主の御前試合に出るために仙台に向かう。

 一方、人足寄場で集められた人足たちが悲惨な目にあったり殺されたりすることを目撃した毬谷慎十郎は、不正を働く者たちと戦い、彼らを解放していくが、悪の根源であった火盗改や寄場奉行にはお咎めなしであったし、そこに薩摩示現流の使い手がいて、彼が平然と人足の首をはねたりしているのを目撃していた。そして、彼は咲が仙台に向かったことを知り、その身を案じて仙台に向かう。

 そこには、仙台藩が藩ぐるみで抜け荷をしているのではないかという幕府大目付の依頼を受けた脇坂安薫(わきさか やすただ)による探索の依頼もあった。毬谷慎十郎は、咲の行くへを探しながら、仙台藩家老と商人が結託した抜け荷事件の真相を暴く。その事件の奥に幕府老中の一人も関与していたことがわかる。ただ、その時に一緒に行った青葉山は薩摩示現流の使い手によって斬り殺されてしまう。

他方、咲は、仙台藩主の御前試合に出場し、見事に薩摩示現流の使い手を破って仇を討つ。こうして、抜け荷事件の解決と咲の仇討ちは見事に成し遂げられるのだが、さらにその奥には、幕府老中を父親にもつ火盗改組頭の旗本が関与しており、彼は自分の出世のために、父親や商人などを利用していたのである。そして、事件の真相を知っている脇坂安薫の命を狙う。

毬谷慎十郎は、その旗本も成敗していくのである。物語の展開の中で、前作で登場した闇の元締めなども登場するし、人足寄場での人間関係や私欲で繋がった人間どうしの姿も描き出されていく。そして、汚泥の中でまっすぐ生き抜こうとする主人公の姿が描かれるし、仕方なしに脇坂安薫のために働かされながらも、安薫を尊敬していく姿も描かれ、咲の想いと咲への主人公の想いが傾いていく姿も描かれる。咲はようやく毬谷慎十郎に稽古をつけることを約束して、彼がそれを小躍りするところで終わるが、こういう終わり方も爽やかでいい。

物語は、主人公と同じように大雑把に進んでいくようでいて、あちらこちらに確かな時代考証と社会背景がしっかり押さえられていて、スッキリ読めるように構成されている。 本作でこのシリーズは終わりのような気もするし、続編があるような気もするが、娯楽時代小説として気楽に読めた一冊である。

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