2011年5月30日月曜日

上田秀人『闕所物奉行 裏帳合(三) 赤猫始末』

 激しく降り続いた雨が上がって晴れ間も見え始めた。洗濯をしながら、ふと、山本周五郎の短編『雨あがる』を思い起こしたりした。やるせなさに涙がこぼれる。

 それはともかく、昨夜も前作に続いて上田秀人『闕所物奉行 裏帳合(三) 赤猫始末』(2010年 中公文庫)を面白く読んだ。

 表題の「赤猫」というのは火事のことで、特に放火をさした言葉であることから、本書の全体が放火事件を取り扱ったものであることが推測できるようになっている。「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるほど、江戸は本当に多くの火事に見舞われ、人々は特に火事に対して神経質になっていたが、本書では、江戸町屋の火事ではなく、町火消しが出を出すことができなかった旗本屋敷の不審な出火が続いたことの裏にある政治的な陰謀に闕所物奉行の榊扇太郎が巻き込まれていく話となっている。

 旗本屋敷が火元となって本所で火事が起こった。それに続いて八丁堀の旗本屋敷でも火が出た。失火であっても武家にとっては重罪で、お役御免になるか、最悪の場合は改易(取り潰し)された。だが、今回の失火元は、前将軍で、隠居してもなお大御所として権力を握っていた徳川家斉のお気に入りの旗本で、通常なら失火が握りつぶされるところが、改易となり、財産没収の闕所となった。

 旗本屋敷の火事の調査は目付である鳥居耀蔵が行い、その手足として使われている榊扇太郎が調べてみると巧妙に仕組まれた放火の匂いがし、しかも、通常なら握りつぶされるはずの失火が改易となった裏に何かがあるとにらんだ鳥居耀蔵にその裏を探るように命じられる。

 こういう政治がらみのことに可能なら関わりたくないと思っていた榊扇太郎であったが、大目付直々の命でその旗本の闕所に関わらねばならなくなり、しかも、闕所から得られた金は、普通の勘定方ではなく、大目付の処に直接収めるように命じられる。

 旗本屋敷の火事はさらに相継ぎ、しかもそれらの旗本屋敷のすべてが大御所である徳川家斉の側近ばかりである。そこに不審を感じ、放火であることを明白にしようと調べを進めていく過程で、刺客集団に襲われていく。その刺客集団と死闘を繰り返しながら、放火の狙いを探っていくのである。

 実は、それらの旗本屋敷の放火と改易に、「おっとせい将軍」と言われた家斉の子どもたちの養子縁組を有利にして、自分たちの地位の安泰を図ろうとする大目付を初めとする家斉側の金策があり、財を貯めていた旗本を改易し、その財産没収によって得た金で養子の持参金とするという策があったのである。そして、最終的な目的は、彼らと対立する老中水野忠邦の屋敷に放火し、これを改易に追い込もうとする陰謀が巡らされていたのである。

 この放火に、品川一帯を牛耳じって江戸に進出しようし、放火を請け負っていた地回りと、榊扇太郎の闕所を行っていた浅草の顔役である天満屋幸吉との抗争もからみ、展開が多重となって物語に面白さが増し加えられている。単なる政権抗争だけでなく、地回り同士の縄張り争い、力を用いて人を利用するだけの人間の悪辣さが描き出されるのである。

 そして、天満屋幸吉と共に、水野忠邦の屋敷が狙われていることを知った榊扇太郎が、その放火を未然に防いでいくのである。もちろん、水野忠邦も鳥居耀蔵も、そして天満屋幸吉も、人を利用する人間として描かれるのだが、そういう人間の中で、利用されていることを承知の上で、自分の身の廻りの者を守り、飄々と日々の暮らしを営んでいこうとする主人公の姿が光っていくのである。痛快といえばまさに痛快な姿ですらある。主人公がいい意味で現実主義的であるところが面白いし、政治に巻き込まれながらも非政治的であり、自分の営みを続けようとするところに、シリーズの作品としての醍醐味もある。いずれにしても、闕所物奉行という主人公の設定が卓越した設定となっている。

2011年5月27日金曜日

上田秀人『闕所物奉行 裏帳合(二) 蛮社始末』

 重い雨模様の空が広がり、湿気を含んだ空気が流れていく。大型の台風2号が九州に接近しているとも聞く。梅雨入りが早まりそうだ。

 昨夜も、前回に続いて、上田秀人『闕所物奉行 裏帳合(二) 蛮社始末』(2010年 中公文庫)を面白く読んだ。「妖怪」とまで言われた鳥居耀蔵の下で働かなければならない闕所物奉行である榊扇太郎の、清濁併せ呑んだような鷹揚な性格ながらも心根を持って生きて行く姿を描いたこのシリーズの二作目は、鳥居耀蔵が画策し行った出来事の中でも最悪の、時代を変えていくような出来事となった「蛮社の獄」(1839年)を取り扱ったものである。

 「蛮社の獄」(1839年)は、蘭学者として活躍していた渡辺崋山や高野長英らを捕縛して、台頭してきていた蘭学への熱意を根こそぎ潰そうとした事件で、この小説では触れられていないが、1937年に「モリソン号事件(漂流していた漁民を助けて、これを日本に送り届けることで通商を開こうとしたアメリカ船を、幕府が異国船打払令で攻撃した)」が起こり、それへの警戒から西洋文化の学びである蘭学に対して江戸幕府は神経質になっていたのである。

 その頃の社会は、1832-1837年にかけての天保の大飢饉が発生したり、1837年に大阪で大塩平八郎の乱が起こったり、欧米列国のアジア進出を受けたりして内憂外患の状態であり、揺らぎ始めた幕藩体制に対する危機意識も強く、特に、幕府が学問として唯一認めていた朱子学の牙城であった林家は蘭学に対して、それが国を危うくするものとして憎悪しており、「蛮社の獄」の弾圧の首謀者であった鳥居耀蔵は、その林家の出(三男)であり、いまの言葉で言えば「国粋主義的思想」の持ち主であった。

 弾圧された蘭学者のリーダー的存在であった渡辺崋山が林家の弟子でありながらも蘭学に向かったことも鳥居耀蔵の憎悪をかったのかもしれない。同じ林家の学問を学んだ者として「崋山憎し」の思いが鳥居耀蔵にはあっただろう。1839年春に鳥居耀蔵は渡辺崋山の内偵を配下の者に命じ、その内偵の報告をもとに告発状を老中の水野忠邦に提出し、吟味のために全員が伝馬町の牢に入れられたのである(なお、幕臣であった江川英龍らは容疑から外された)。町奉行所の家宅捜索によって渡辺崋山の家から幕府を痛烈に批判した『慎機論』の原稿が見つかったことなどから、田原藩家老であった渡辺崋山は田原で蟄居、高野長英は永牢(終身刑)の判決が下され、この時代にキリストの伝記を翻訳していた小関三英は出頭が命じられた時に自宅で自決していた。

 こうした一連の歴史的出来事を背景に、闕所となった高野長英の自宅の財産没収作業を命じられた闕所物奉行である榊扇太郎が、その屋敷から一つの書状を発見し、それが幕府転覆計画を記したものであったというのが、本書の物語の骨格となっている。もちろん、歴史的には高野長英が幕府転覆を企んだ事実はない。しかし、渡辺崋山の自宅から幕政を痛烈に批判した『慎機論』が見つかったことに合わせて、このような物語の設定がされているのである。

 だが、その書状は蘭学を憎んでいた鳥居耀蔵が蘭学者たちを処罰するためにしくんだ陰謀であり、そのことを知った榊扇太郎が、鳥居耀蔵の下で働きながらも、知り合った吉原会所の惣名主や江戸の顔役たちの助けを得ながら、老中の水野忠邦をうまく利用して、大罪にさせないための工夫をしていくのである。水野忠邦もまた、幕臣を罪に定めたくなかったし、対象となっていた幕臣の江川英龍(本書では江川太郎左衛門)を推挙した手前、自分の保身を図らなければならないという事情があって、榊扇太郎に圧力をかけていくのである。

 榊扇太郎は鳥居耀蔵と水野忠邦の二重の圧力の中で、自らの生きのびる道を探していく。鳥居耀蔵の配下にある自分が鳥居耀蔵の企みを明るみに出せば、鳥居耀蔵によってお役御免となり、そのことによって、元々岡場所の闕所物であり、お役御免になれば吉原に売られなければならない「朱鷺」も苦界に沈むことになるからである。榊扇太郎と「朱鷺」は、身体を重ねることで情を温める中となり、扇太郎は「朱鷺」を守るためにも、鳥居耀蔵の陰謀を砕きつつも、鳥居耀蔵の意を損なわないような道を選ばなければならなかったのである。

 この展開の中で、水野忠邦によって推し進められた天保の改革の倹約令に触れたということで小間物を扱う大店が「贅沢のため」に重追放・闕所となり、その闕所を榊扇太郎が行い、そこからその小間物屋に江川英龍(太郎左衛門)が注文していた平賀源内の「エレキテル」の部品の細工物の注文が出てくるといったことで、蘭学の江川英龍と対立していた鳥居耀蔵の暗躍が始まるという構成がとられている。榊扇太郎は関東沿岸巡視で江川太郎左衛門を知っており、彼に類が及ばないように苦慮していくのである(実際は、江川英龍は高野長英とは面識もなかったが、江川英龍と鳥居耀蔵が関東沿岸巡視で反目しあっていたのは事実である)。

 幕政内における権力闘争と自己の正論を振り回し上昇志向が強い上司、その下で働かなければならない下級役人が、現実に対応して清濁併せ呑むような鷹揚な人格とそれによって得た信頼だけを頼りに、難局を切り抜けて、自分が大切にしたいと思う者を守っていこうとする姿、そしてそれが少しも卑屈ではなく爽快である姿、そういう姿が主人公を通して描かれ、しかもそれが歴史の狭間として描き出され、その日常が生き生きとして描かれるので第二作目である本書も面白く読めた。こういう類の作品は、成功すれば本当に面白いし、また成功していると思っている。

2011年5月25日水曜日

上田秀人『闕所物奉行 裏帳合(一) 御免状始末』

 昨日までぐずついていた天気が変わって、蒼空が広がっている。だが、この好天も今日だけで、明日からまた崩れるという。九州南部では梅雨入りの宣言がされた。このところ寝不足が続いて身体が重く感じられていたのだが、以前やっていた木刀の素振りを就寝前に再開することにしたので、今夜はよく眠れるような気がする。

 昨夜は、以前に同級生のM氏からいただいていた上田秀人『闕所物奉行 裏帳合(一) 御免状始末』(2009年 中公文庫)に読みふけっていた。

 作者は、文庫本のカバーによれば、1959年、大阪府出身の現役の歯科医で、歯科医院を開業しながら執筆され、1997年に『身代わり吉右衛門』で第20回小説クラブ新人賞佳作に入選され、2001年に作家デビューされたとある。この十数年の間に、既に『三田村元八郎』シリーズや『奥右筆秘帳』シリーズなどのいくつかのシリーズ物を出されて、かなり精力的に執筆されているようだ。歯科医院という多忙さの中で、夜に執筆されているようだが、しっかりした歴史考証に裏づけられた着想が素晴らしく、作品の出来はかなり上質で、作者の人柄がにじみ出るような作品になっている。

 「闕所物奉行(けっしょものぶぎょう)」というのは、町奉行所から重罪の判決を受けた者の財産没収のための働きをする者で、死罪や追放刑には、その財産を没収する「闕所(けっしょ)」と呼ばれる刑罰がつけられ、刑罰の重さで没収される財産も決められていたが、その財産の管理や競売に携わり、売却代金を幕府の勘定方(計理)に納付することを担当したのが「闕所物奉行」であった。財産没収行政官のような仕事であった。

 「奉行」という名称がつけられていても、身分は、大目付(旗本以上の士分の者を検察する)の支配下に置かれて、お目見え以下(将軍に謁見できない)の下級の御家人で、町奉行所同心と同じようなものだった。特別な役料はなかったようだが、総じて百俵五人扶持で、自宅を役所として使い、数名の手代(手代も御家人)を置かなければならなかったから貧乏御家人であることに変わりはなかった。ただ、「闕所」として没収した財産の一割程度が上納(手数料)として暗黙に認められていたから、それで何とか勤めが果たせるようなものだった。悪辣な人物であれば、町奉行所と結託して闕所を増やして私腹を肥やす者もあったらしい。

 こういう役職の者を主人公にした作品に初めて出会った。「闕所」となって財産を没収されるような者の中には、ある程度の身分や財産を持つ者があったのだし、町人でも有力者などがあったのだから、そこには人生を狂わしてしまうような大きな背景が考えられるし、そこから人が転落していくことに携わるのだから、社会と人間の裏を描くには最適の役職かも知れないと改めて思い、主人公の設定からして作者の着想に脱帽した。

 本書の主人公であり「闕所物奉行」である榊扇太郎は、八十俵(年収二十四両程度)の貧乏御家人で、両親はなくなり、姉も他家に嫁いだ気楽な一人暮らしをしており、目付であった鳥居耀蔵の下で働くお小人目付(目付の使い走り)であったが、鳥居耀蔵が自分の手足として使うために「闕所物奉行」に取り立てた人物である。

 彼の上司が鳥居耀蔵であるというのも、なかなか卓越した設定で、いわば自分の狭隘な正義感や正論を盾にして、自己中心的で出世欲の強い上司の下で、いやいやその命に服さなければならない立場が設定されているわけで、その中を暢気で、鷹揚で、清濁併せ呑んだような思いやりもある主人公が、幕藩体制を揺るがすような事件とも関わりながら生き抜いていく姿が、巧みな筆致で描き出されていくのである。

 このシリーズの一作目である本書は、音羽桜木町にあった岡場所(遊郭)で、田舎侍として馬鹿にされた水戸守山藩(現:福島県郡山市)の藩士の仕返しに守山藩が総出で出てきて、鉄砲を放ち、遊郭を引き壊した事件で、遊郭の主が追放、闕所となり、「闕所物奉行」として榊扇太郎が、「闕所」物の値をつけて競売にかける古着屋の天満屋幸吉と共に闕所始末に当たるところから始まる。

 この天満屋幸吉というのが、また、なかなか面白い人物で、古着屋を営みながら、実は浅草一帯を縄張りとするやり手の顔役(縄張り内の裏を統括する者)で、その世界の実力者でもあるというのである。

 幕政の裏を探り、出世を目論む鳥居耀蔵は、城下で鉄砲を放ちながらもお咎めなしとなった守山藩の裏を探るように榊扇太郎に命じ、榊扇太郎が闕所となった遊郭に行ってみると、そこで働いていた者たちが立て籠もり、遊女を人質にしていた。その時代に珍しく剣術ばかりしていた榊扇太郎は、立て籠もっていた者たちを片づけるが、その時人質となっていた遊女のひとりが傷を受けてしまう。

 岡場所の遊女も闕所物のひとつであり、幕府から公認されていない岡場所の遊女たちは、捕縛されると吉原に売られ、そこで一生を過ごさなければならない。しかし、闕所物のすべてを引き受けた天満屋幸吉は、後日、その傷を受けた「朱鷺」という美貌の遊女を榊扇太郎のもとへ連れてきて、行き場所がないから引き取れと言ってくる。闕所物奉行である榊扇太郎を自家薬籠中のものにするためである。

 榊扇太郎はそのことを承知の上で、行き場所のないということを聞いて、仕方なしに女中として引き取ることにする。「朱鷺」は、旗本の娘で、借金の形に遊女に売られた女性で、美貌であるが影が深く、ほとんど口をきかない女性であった。

 ところが、闕所となった岡場所の遊郭の主が殺され、そこで働いていた者たちが殺され、吉原に売られた遊女たちのすべても殺されて、榊扇太郎に引き取られている「朱鷺」も命を狙われるということが起こる。吉原の遊女たちを殺し、「朱鷺」の命を狙ったのは、吉原の「忘八」たちだった。

 「忘八」は、吉原の遊郭の下働きをする者たちだが、何らかの罪を犯したりして一種の治外法権だった吉原に逃げ込み、すべてを忘れて吉原を守るために働く者で、通常は、そこの遊女を守るはずなのに、それが遊女を殺したのである。そのことに不審を感じた榊扇太郎は、単身、吉原に乗り込み、その惣名主を務める西田屋甚右衛門と会い、榊扇太郎の物怖じしない正直さに感じ入った西田屋から吉原もまた上から脅されて、やむを得ずにそのような行為を行ったことを知るのである。

 その裏には、将軍位を狙う水戸藩主の思惑と幕閣内での権力争いが渦巻いていたのであり、吉原の存亡がかかった家康の御免状をめぐった脅迫があったのであり、「朱鷺」や榊扇太郎自身の命も狙われ、それに縄張り争いをする顔役どうしの天満屋幸吉をめぐる争いもあったのである。

 榊扇太郎は吉原と力を合わせて、それらの陰謀と立ち向かい、吉原を窮状から救い出し、水戸藩主の陰謀を打ち砕いて、「朱鷺」の命も守っていく。こうして「朱鷺」とひとつになり、吉原の信用も得て、下級役人であり、人を道具にしか利用しない鳥居耀蔵のもとではあるが、「闕所物奉行」としての活躍が始まっていくのである。

 ここには老中であった水野忠邦や鳥居耀蔵などによる幕政での政治的思惑や私欲、吉原、したたかな土地の顔役などの実情なども味よく盛り込まれて、しかも深い影を背負った「朱鷺」が主人公との交わりを通して人間らしさを取り戻していく姿や、主人公の葛藤などが生活の姿として描かれていて、時代小説の醍醐味も充分盛り込まれている。

 作者の力量は相当なもので、二作目も続けて読むことにした。

2011年5月23日月曜日

山本周五郎『山本周五郎中短編秀作選集2 惑う』(2)

 昨日の午後から雨が降り出し、気温が急激に下がって、一昨日の半分ほどの低温になった。今日も雨模様で若干の寒ささえ感じる。少し疲労が蓄積しているような感じがして、脳細胞もなかなかうまく働いてくれないのだが、起き出して溜まっている書類を片づけたりしていた。

 さて、山本周五郎『山本周五郎中短編秀作選集2 惑う』(2005年 小学館)に収められている「おたふく」、「妹の縁談」、「湯治」についてだが、主人公の「おしず」が素晴らしく素敵な女性なので、ここで改めて記しておきたいと思ったのだが、作品が発表された順番が、主人公の「おしず」の歩みを遡る形で書かれているので、ここではこの三作を合わせた形で、まず「妹の縁談」と「湯治」について触れ、それから「おたふく」へと進んで行くことにする。

  「おしず」は、指物職人をしていた凝り性の父と、その父に黙ってついていくような母との間に生まれた長女で、上に兄が二人と妹の「おたか」がいる。長兄は縫箔職人となり、既に所帯を持って家を出ている。だが、次兄の「栄二」は、版下彫りの弟子に入ったが、書物好きが災いしたのか、幕政を批判して改革を目論む浪人たちの仲間となり、禁制になっている山県大弐の『柳子新論』という書物をもっていたところを幕史に捕らえられ、三年間入牢させられ、五年間の江戸所払いとなっていた。

 この次兄の「栄二」は、「この悪い世の中をひっくり返して、みんなが仕合わせになれるようにしようとしているんだ」と言って、母や妹たちから金をせびり、それでは足りないと怒り、着物などを質入れさせて、その大儀のために家族からむりやり金をせびっていく暮らしをしていた(「妹の縁談」、本書115ページ)。ときおり帰ってきては、「世の中のためだ、みんなのためだ」と言って、母親や妹たちを見下したようにして金をせびっては、またどこかへ行ってしまうという具合だった。

 そんなことで、近所へも肩身が狭くなり、だんだん居辛くなって、「おしず」が二十一の年に、日本橋の長谷川町へ転居せざるを得なくなり、「おしず」が端唄や長唄を教え、「おたか」が仕立屋に勤めながら両親を養って、近所とは義理を欠かない程度に暮らしている。「おしず」も「おたか」も、近所での評判の器量よしだが、次兄の「栄二」のことや両親を養わなければないこともあって、婚期をはるかに逃した年齢になっているし、端唄や長唄を教えていることから、「おしず」には誰か金持ちの旦那がいるのではないかと噂されたりもしている。

 しかし、そんな中で「おしず」は、天性の底抜けの素直さと明るさがあり、あっけんからんとしていて、姉妹二人の口から人の悪口や非難、恨みや嘆きなどが語られることは決してなく、「おしず」を知る者は、「みんながおしずさんのような人だったら、世の中はもっと住みよくなるわねえ」(118ページ)と言われたりする。

 たとえば、端唄や長唄を教えながらも師匠の所に手直しに行った時など、手直しに行くたびに変な癖がついていて、師匠から注意されると「あらそうかしら」と言って、もう一度師匠にやってもらうと、子どものようにあけっ放しに感心しながら、「あらほんと、ふしぎねえ、どうしたんでしょう」と言ったりする。

 そのあたりの師匠との会話で「おしず」らしさがよく表されているので、少し抜き書きしてみる。

 「あらほんと、ふしぎねえ、どうしたんでしょう」
 「ふしぎなのはこっちだよ、また出稽古先の近所に常磐津の師匠でもいるんじゃないのか」
 そう云われると思い出すらしい。
 「あらいやだ、お師匠さん知ってらっしゃるんですか」
 「知りゃあしないさ、いつもの伝だからそんなこったろうと思ったんだ、とにかくまあ近くにほかの稽古所のある処は除けるんだね」
 「そうねえ、孟母三遷ってこれだわねえ」
 「なんだって・・・・孟母・・・」
 「あら違ったかしら、君子のほうかしら」
 にこにこ笑って舌を出すのである。当人としてはちょっと気の利いた合槌のつもりであるが、このへんで勘斎翁(師匠)はたいてい絶句するのであった」(「妹の縁談」102ページ)。

 「おしず」という女性は、万事、こんなふうなのである。お弟子さんをとるときでも、自分であまりうまいほうではないと言うことをよく承知していて、はにかみながら、「ほんとに覚えたいのならよそのお師匠さんのところへいらっしゃい、あたしのはほんのまにあわせなんですから」と言うのが常であったが、「おしず」の底抜けのすなおさや明るさ、小さな子どもでもつい笑い出すようなことを平気で言ったりする話がひどく面白くて、桁外れな「頓狂」なことを言うが、本人はいたって真面目で、そこがまた面白くて、弟子たちよりもその家族に好かれるといった具合なのである(108ページ)。

 この「おしず」が、妹の「おたか」の幸せを願って、その縁談に奔走するのが「妹の縁談」で、姉をおいて自分だけ嫁に行けないという「おたか」のために、縁談先に行き、正直にすべてを話して、「でも、あのこは本当にお宅へ来たがっているんです、そしてあたしもぜひ貰って頂きたいんです」と、その思いを素朴に伝えるのである。

 「おしず」は、子どもの頃から、人から騙されても、自分が騙されたとは思わない娘だった。お使いを頼まれて出かけた途中で、猿回しに見とれていたときに、ひとりの男の子が「おいらが使いに行ってやるから、おめえは此処で見て待ってな」と言って「おしず」から小銭を受け取ってどこかにいってしまっても、「おしず」は日暮れまでずっと待ち続け、何日も何日もそこに行って男の子を待ち続け、ついに男の子が根負けして金を返すということがあったりした(「湯治」139-140ページ)。

 その「おしず」が、妹の婚礼を控えて、「世の中のため」といって大儀を振りかざしては金をせびる次兄の「栄二」と真正面から対峙して、「貧しくって困っている自分たちから金を巻き上げて、何が世の中のためだ」と言い切りながらも、栄二が出ていくと、大切にしていた衣類を掴みだして、「栄二兄さーん」と追いかけていくのである。

 そして、この「おしず」が、長い間思いを胸に秘めていた男との結婚とその夫婦の姿を描いたのが「おたふく」である。

 「おしず」が長唄の出稽古に行って親しく行き来するようになっていた著名な彫金家の弟子に「貞次郎」という職人がいて、彼は、師を凌ほどの腕をもっていたが、性格が狷介なのと酒好きとで、三十四五歳になっても独身だった。その彫金家に出入りするうちに、「おしず」は密かにその「貞二郎」を想うようになっていたのである。しかし、相手は江戸中に名を知られた職人だし、「おしず」の家の事情もあり、彼女の歳のこともあり、その恋がかなうとはとうてい思えなかったのである。

 だが、「おしず」の想いは強く、せめてその人が彫ったものだけでも身につけたいと思って、金を貯めては「貞二郎」が作る細工物をひとつひとつ人に頼んで密かに買い集めたりしていた。彼女は、もう三十六歳になるが、彼女の想いはずっと一途だった。

 他方、「貞二郎」は武家育ちだが非凡で、仕事にかかると飯も忘れるほど没頭する性格だったが、酒好きとなり、仕事はできても酒に溺れるほどで、師匠夫婦も先行きを案じて、縁談話を持ち出すが、決してそれを受けつけなかった。そして、先行きを案じていた矢先に、ふとしたことで「貞二郎」の嫁として「おしず」の名前があがるのである。いままで縁談には見向きもしなかった「貞二郎」は、その話を聞くと、即座に「宜しくお願いします」といって、自分から進んで住む家を探し始めたりする。「貞二郎」も「おしず」に対する密かな想いがあったのである。

 こうして、「貞二郎」と「おしず」は、晴れて夫婦となり、相愛の二人は、人もうらやむほど仲がいい。「おしず」は「貞二郎」のために細々と世話をし、職人気質の「貞二郎」もそれを喜ぶようになっていく。それは、こういう女性と暮らすと、本当に楽しいだろうな、と思われるような暮らしぶりである。

 だが、あるとき、ふとしたことで「貞二郎」は、「おしず」の持ち物の中に、かつて自分が彫って大店の贔屓筋に収めたことがある細工物があることを知る。それも、ひとつやふたつではない。そして、かなりな男物の衣類が箪笥に入れられていることを知る。そのことで「貞二郎」は、「おしず」が大店の贔屓筋の囲い者だったのではないかと疑い、悋気に身を焼くようになっていく。酒浸りが始まる。「おしず」に対する態度も変わり、「おしず」もとまどうようになる。

 ある夜、妹の「おたか」と行き違いになって、「おしず」が留守のときに「おたか」が訪ねてくる。「貞二郎」は、ついに「おしず」が持っていた自分の細工物や男物の着物を出してきて、「おしず」のことを聞く。そして、「おたか」から「おしず」がいかに「貞二郎」のことを想っていたか、「貞二郎」が作ったものをせめて身につけたいと大店の主に頼んで買い集めたか、「貞二郎」のことを想って着る当てもない着物を縫い続けたかを聞かされるのである。

 「貞二郎」は、「あいつがいなければ、おれはもうあがきもつきゃあしない」と言い、自分が馬鹿げた勘ぐりをして悋気を起こしていた、どうかゆるしてくれ、と「おたか」に語り、「おたか」は「姉さん、聞いて、貞さんのいま云ったこと、聞いたわね、・・・苦労のしがいがあったわね、姉さん、本望だわね」といって涙を流す(98ページ)。

 そして、そこに「おしず」が帰ってきて、相変わらずの頓狂さに笑い転げ、「おしず」は「貞二郎」が元に戻ってくれたことを喜ぶのである。「おしず」の温かさがすべてを氷解させていく光景で「おたふく」は終わる。

 こういう底抜けに素直で素朴で、いまの言葉で言えば「だいぶ天然」で、正直で、物事を決して悪くとらないような女性、しかも、地に足がついているようにして生きていく女性、それは作者の理想像のひとつだったかもしれないが、それが物語の中で生き生きと描き出されて、作品としても優れたものになっている。人が生き生きと生きている姿をこの作品群は見事に描き出すと同時に、借り物の「大儀」を振りかざしたり、世評に振り回されたりして生きることがいかに意味のないことかも静かに語っている。「おしず」という愛すべき女性の姿を通して、苦労の多い中でも喜んで生きることができる人間の姿が描き出されているのである。

 いずれにしろ、小学館から出されているこの『山本周五郎中短編秀作選集』は、全五巻を買いそろえて蔵書のひとつにしたいと思っている。時代小説の神髄のようなものがここにあるような気がするからである。

2011年5月20日金曜日

山本周五郎『山本周五郎中短編秀作選集2 惑う』(1)

 よく晴れ渡って、少し暑いくらいの日差しが注いでいる。帽子や日傘をさした人の姿が目立ってきて、「初夏」を感じる。

 このところ江戸末期から明治にかけて苦労しながら文学を営んできた女性たちの姿を描いた小説を手に取ってみたのだが、どこかの同人雑誌に掲載されている作品を読んでいるような気がして、一言で言えば、「膨らみのない青臭さ」を感じて、珍しく途中で止めて、山本周五郎『山本周五郎中短編秀作選集2 惑う』(2005年 小学館)を耽読していた。

 これまでにも山本周五郎の作品はいくつか読んでいたが、先日、あざみ野の山内図書館に行った折りに、書架にこの中短編集があることに気がつき、さっそく借りてきて読み始めたが、ここに収められている中短編は、やはり表題の通り秀作ぞろいだった。巻末の「解題」によれば、ここに収められているのは終戦直後の1945年から1959年までに発表されたもので、「晩秋」、「金五十両」、「泥棒と若殿」、「おたふく」、「妹の縁談」、「湯治」、「しじみ河岸」、「釣忍」、「なんの花か薫る」、「あんちゃん」、「深川安楽亭」、「落葉の隣り」の12編である。

 この内、「おたふく」、「妹の縁談」、「湯治」は、天真爛漫で底抜けに明るく、愛すべき魅力的な「おしず」という女性が主人公の連作で、ようやく三十半ばを過ぎて結婚し、「おしず」の一途な姿とその夫婦の姿を描いた「おたふく」が先に書かれ(1949年)、その物語の前史とでもいうような「おしず」の兄妹思いの姿を描いた「妹の結婚」(1950年)と「湯治」(1951年)が書かれており、初出誌での名前の相違などが、この選集で統一されて、三部の連作として読むことができるようになっている。

 収められている12の短編は、いずれも山本周五郎らしい人の心のひだに染み込むような作品で、特に上述の3つの作品は、そこに描かれる「おしず」の姿が、わたしが思い描く素敵な女性の姿と重なって、感慨深く読んだ作品だった。

 「晩秋」は、岡崎藩主の用人として長い間藩政の実権を握り、冷酷で、専横独断といわれてきた男が、政変によって私曲があった(権力を用いて自分の利益を図ること)という罪で、江戸から国元に送られてくることになり、朽ち果てたような藩の別邸で監禁されることになった。その世話を命じられた「都留」の父親は、かつて、その男の重税政策を見かねて、これを正そうとして失敗し、切腹を命じられて死んだ。「都留」は、父親の無念を晴らそうと懐剣を忍ばせて、その男の世話を始める。

 ところが、実際にその男の世話を始めて見ると、長い間独居生活を質素にしながら、ひたすら藩の立て直しを図り、自らすべての藩の窮状を担い、新しい事態のために罪責を一人で静かに背負おうとする老人の姿がそこにあり、やむを得ず「都留」の父親のような有為の人を窮地に追いやったということを知る。そして、彼が、父親が死んだ後に残された母親と自分のために生きる道を整えてくれたことも知るのである。

 世に奸計と言われ、冷酷といわれてきた男の真実の姿を知って、「都留」の心は溶けていく。すべての罪責を負って死を覚悟した男と晩秋の景色を眺めながら、彼は「花を咲かせた草も、実を結んだ樹々も枯れて、一年の営みを終えた幹や枝は裸になり、ひっそりとながい冬の眠りにはいろうとしている。自然の移り変わりのなかでも、晩秋という季節のしずかな美しさはかくべつだな」と言う(21ぺーじ)。

 ひたすら藩のために人生を費やして終わろうとする男の心情を見事に表した一文だろう。そして、「都留はそれを聞きながら-この方の生涯には花も咲かず実も結ばなかった、そして静閑を楽しむべき余生さえ無い。ということを思った、-いま晩秋を讃えるその言葉の裏に、どのような想いが去来しているのであろうか、と」で終わる。

 選りすぐられた言葉で人のすべてが語られて、深く余韻が残るという短編の妙味が見事だと感じられ、これが終戦直後の1945年の作品であることを改めて深く考えさせられるような作品だった。

 「金五十両」は、両親を早くになくした後、叔父夫婦の世話になって奉公に出て、懸命に働いて貯めた四十五両という大金を叔母に持ち逃げされ、夫婦約束をしていた娘からも裏切られ、信頼していた仕事仲間からも騙され、すべてが嫌になってふらふらと旅に出てしまった男が、どうにでもなれと思って無銭飲食で立ち寄った宿の女中に助けられ、また、旅の途中で見ず知らずの死に瀕した若い侍から金五十両をある家に届けて欲しいと頼まれ、その五十両をもって逃げようかと逡巡しながらも、自分を助けてくれた女中の言葉に従って、実際に届けてみると、若い侍の話は本当で、見ず知らずの自分を信じて五十両もの金を自分に託してくれたことを知り、その若い侍が藩のために決闘して相打ちとなり死んでしまったことを父親から知らされるのである。

 彼が預かった金の影には、主家のために死んだ息子と、爽やかにその責任を負って追放される親の姿があったことを知って、そういう人の生き方の深さに触れ、「人間はこう生きなくっちゃあいけないんだ」と思い返して、人生をやり直そうとしていくのである。

 「泥棒と若殿」は、家督争いに巻き込まれることになった旗本の次男が荒れ屋敷に幽閉され、ついには見放されて飲まず食わずになって過ごしていた所に、ある夜、人の良い間抜けな泥棒が入り、その泥棒が見るに見かねて彼に食事をとらせたり、彼の世話を始めたりして奇妙な共同生活を始めるというもので、幽閉されていた次男も泥棒も、初めて人間らしい温かな交流を覚えていくのである。

 だが、旗本家の内情が変わり、彼は当主としてその荒れ屋敷を出て行かなければならなくなる。その別離を歌い上げながら、人の幸いがどこにあるかを描いた作品である。

 「おたふく」、「妹の縁談」、「湯治」の三つの連作作品については、深く心にしみるものがあったので、後述することにして、次の「しじみ河岸」は、病のために寝たっきりになっている父親と怪我で知恵遅れとなっている弟のために、自ら殺人の罪を犯したと名乗り出た娘を救うために、娘の供述に不審を感じた若い奉行所の吟味与力が真相を探り出していく話で、娘は、大地主で質両替商をしている金持ちの息子が犯した殺人を、父親と弟の面倒を見るということで身代わりになっていたのである。

 わずかな金で動かされてしまう貧乏長屋の人々や、散々苦労し、寝たっきりの親を抱え、知恵遅れの弟を抱え、牢屋に入れられて初めてほっと一息つけたという娘の姿を語る中で、「貧乏ということは悲しいもんだ」(183ページ)という言葉が語られ、それが、しみじみと伝わる作品である。

 次の「釣忍」もなかなか味わい深い作品で、何よりも愛する者と生きることを選択した男の話である。

 「釣忍」というのは、シダ科の「シノブ」に水苔などを巻きつけ、釣り下げることができるようにして、そこに風鈴などをつけて涼を楽しむことができるようにしたものだが、物語の中で、「おはん」という女房が「定次郎」という魚のぼて振り(天秤棒を担いで売り歩くこと)をしている男と所帯を持ったときに買った釣忍を大切にし、枯れたように見える釣忍にも新しい芽が生えてくると言うのである。

 やがて定次郎の兄というのが訪ねて来て、定次郎が実は大店の跡取り息子であり、自分が他に店を出すことと母親が帰ってくることを願っていることを知らされ、「おはん」は自分が元芸者で大店の嫁になどなれるわけがなく、母親も嫌っているだろうと身を引く決意をする。

 定次郎は「おはん」の決意を知り、店に帰るが、彼が帰ってきた祝いの席で醜態を演じて見せて、自分が勘当されるように仕向け、店の表で心配のあまり様子をうかがっていた「おはん」のもとに帰っていくのである。

 「『おはん』と定次郎は呼びとめた、-釣忍に芽が出ていたな、と云おうとしたのだが、首を垂れて手を振った」(208ページ)と記され、「おはん」と定次郎の会話が切ない。

 「なんの花か薫る」は、酔って喧嘩をし、追われていた若い侍が岡場所の見世に飛び込んできて、「お新」という女性が機転を利かせてこれを助け、二人は将来を約束する中になる。若い侍は犯した喧嘩のために勘当の身となるが、「お新」は、その恋の成就にすべてをかけるようになっていく。だが、やがて勘当が解ける日になり、若い侍は、勘当が解けて嫁をもらうことになったと告げに来る。裏切りが残酷な形で残っていく。

 だが、こうした恋の裏切りの残酷さは、男よりも女の方がもっているような気がするが、偏見だろうか。作品としては、これも別の意味で切ない。

 「深川安楽亭」は、ここに収められている作品の中では少し異質で、「安楽亭」と呼ばれる抜け荷で暮らす男たちのたまり場に、生活のために妻子を残して金を稼いでいる間に、その妻子が苦労の末に死んでしまったことを知り、すべてに空しさを感じている男や、愛する女性が岡場所に売られることになり、それを助けようと店の金に手をつけたところを見つかってしまった男がやってくる。

 「安楽亭」にいるのは、人を人とも思わず、同心でさえ平気で殺してしまうような悪を悪とも思わない「けもの」のような男たちだったが、彼らなりの筋を通して、娘が岡場所に売られることになった男を助け、娘を助け出して、そこから二人を旅立たせるというものである。

 「落葉の隣り」は、同じ長屋で生まれ育った繁次、参吉、おひさという三人の間の出来事を綴ったもので、繁次は参吉の人間の出来が違うということを感じ、おひさを恋い慕っていたが、参吉とおひさが相愛であると身を引いていた。繁次は自分に自信をなくしていく。しかし、参吉はやがて蒔絵職人となり、店の娘と結婚するために贋作を作って売ろうとすることを知り、おひさに自分の気持ちを告白する。だが、おひさは、自分も繁次が好きだったが、繁次が身を引いていたために、参吉と恋仲となって、いまではもう、引くに引けなくなってしまったのだと言う。繁次は、「・・・これからどっちへいったらいいんだ」と思うところで終わる。恋の残酷さと微妙なところですれ違ってしまう男女の綾、それが悲しく響く作品である。

 山本周五郎の作品は、改めて、完成度の高い優れた作品だとつくづく思う。登場する人物たちの会話が生きて、情景が織りなされ、人のしみじみした心情や切なさ、生きることの哀しさや喜びが切々と伝わる。「おたふく」、「妹の縁談」、「湯治」にそれがよく現れていると思えるので、これについて、明日のでも記しておこうと思っている。

2011年5月18日水曜日

宮部みゆき『R.P.G.』

 朝方は雲に覆われていたが、お昼近くから晴れて、爽やかな陽射しが差してくるようになった。ただ、なんとなくいろんなことが面倒に思えるようになって、しなければならないことを横目で見ながらぼんやりしていた。日々の暮らしを一人でこなすことは、これでなかなか「しんどいこと」である。しかし、陽気もいい。寺山修司ではないが、「書を捨てて、街にでよう」か。

 昨夕、少し激しい雨が降ったが、夜は靜かで、宮部みゆき『R.P.G.』(2001年 集英社文庫)を手にした。ひとつのドラマの光景のような宮部みゆきの文庫書き下ろし作品である本書を読んでみたのである。どこか感性が豊かでのびのびした表現を求めているのに気がついたからからで、「読んで見た」という言葉で表現できるような思いで手に取ったわけだが、読み終わった時に、最後のどんでん返しがあり、まさに表題そのものにふさわしい味のある作品だった。

 「R.P.G.」とは「ロール・プレーイング・ゲーム」のことで、ある役になりきって物事を習得していく学習法で、英会話の習得などでよく使われたりするが、場面を設定して、その場面の中で役割を演じていくものである。本書では、ある殺人事件の解決のために、殺された人間に関係する人々になりきって一幕の劇を構成することと、殺された人間がインターネット上で作っていた「疑似家族」で、それぞれの人が家族のそれぞれの役割をネット上で演じていたという二重の意味で使われており、なかなか凝った構成になっている。

 それと同時に、インターネット上の「疑似家族」ということで、現代人が抱える「孤独」と、「家族」という問題にも真正面から取り組んだ主題となっている。「さびしさ」は人間の本質的感情のひとつでもあるだろうが、いつの間にか忍び寄って、人を狂わすことがある。だが、人とはさびしい生き物なのだ。

 物語は、ある中年の男が建築中の住宅で殺されたことから始まる。彼は食品会社に勤め、夫に従順な家庭人である妻の春恵と、成績優秀で容姿も端麗である高校生の一美(かずみ)という娘があるが、浮気性で、特に若い女性には親切心や同情心を発揮させていた男であった。優しいが優柔不断で、状況に流される男の典型でもある。そして、彼が招いた状況によって死を迎える。

 警察はその事件の捜査を始めるが、当初は、彼の浮気相手であった女性が犯人ではないかとの疑いを強くしていた。しかし、捜査畑ではなく事務処理を長年してきた刑事の直感で、殺された男がインターネット上で「疑似家族」を作っていたことが取り上げられ、その「疑似家族」を構成していた「お母さん」と呼ばれる女性と「カズミ」と呼ばれる若い娘、そして「ミノル」と呼ばれる青年が突きとめられ、かくして、それぞれの供述が述べられていくのである。

 こうして、なぜインターネット上で「疑似家族」を作っていたのか、それぞれが抱える孤独と「絆」を求める気持ちが描き出されていく。そして、やがて自分の父親が「疑似家族」を作っていたことを知った実際の娘の心情へと物語が展開され、犯人が突きとめられていくのである。

 だが、物語の展開はそこで終わらずに、最後に大きなどんでん返しが施されている。そこに至った時、思わず、「え?そうなのか」と思うほど、巧みな構成がされているのである。それがまさに「R.P.G.」でもあるのである。

 物語の最後に、取り調べに当たった刑事の一人の口を通して、西條八十の『蝶』という詩の一節が語られるが、これは西條八十の『美しき喪失』という詩集に収められている詩で、元来は「やがて地獄へ下るとき、そこに待つ父母や 友人に私は何を持って行かう。たぶん私は懐から 蒼白(あおざ)め、破れた 蝶の死骸をとり出すだろう。さうして渡しながら言ふだろう。一生を 子供のように、さみしく、これを追ってゐました、と」というものである。

  「青ざめ破れた蝶の死骸を差し出して、さみしくこれを追っていました」と言うのが「地獄」であることが、この詩のすごさで、宮部みゆきは、その「すごさ」を見事に人間の物語として本書で展開しているのである。

 孤独とさびしさの行き着く果てにあるもの、それがインターネットという仮想世界を作りやすい現実に対応して見事に描かれ、ことに人の「絆」の根本である「家族」の姿に投影され、仮想が現実になったときに起こる祖語が人の心情として描かれる。

 ただ、これが書き下ろしであるためか、物語の構成や展開に集中されているためか、宮部みゆきがもつ独特の柔らかくて豊かな感性があまり出ていないのが、ほんの少しだが残念に思う気がしないでもない。しかし、物語作家としての天性が発揮された作品の一つと言えるような気がする。

 宮部みゆきといえば、昨夜、俳優の児玉清さんが死去されたとの訃報があり、彼が、わたしが最高傑作だと思っている『孤宿の人』の文庫版の解説を書いておられたのを思い出し、『孤宿の人』の一場面一場面を思い起こしたりした。「もう、どこにも行かなくていいですか。ずっと一緒に暮らせますか」という主人公「ほう」の心情は、涙なしにはおられない。

2011年5月16日月曜日

井川香四郎『梟与力吟味帳 花詞(はなことば)』

 予報では晴れだが、薄く雲が広がっている。いつものように、朝起き出して珈琲を入れ、新聞を読み、シャワーを浴びて、ゆっくりと動き出した。掃除や洗濯をしようかとも思ったが、少し寝不足気味で、「まあ、いいか」と思い直して、少し溜まった仕事を片づけることにした。風がはたはたと吹いて、こんな日の朝は、なんとなく孤独を感じたりしてしまう。

 昨夕から夜にかけて、井川香四郎『梟与力吟味帳 花詞(はなことば)』(2008年 講談社文庫)を胡瓜の糠漬けを肴にしてビールを飲みながら読んだ。

 この作者の作品は、前に一作だけ『船手奉行うたかた日記 風の舟唄』(2010年 幻冬舎時代小説文庫)を読んでいたが、『梟与力吟味帳』のシリーズは、天保の改革(1837-1843年)を断行した水野忠邦の意を受けて厳しい市中取締りを行った鳥居耀蔵(1796-1873年)が南町奉行、「遠山の金さん」で有名な遠山景元(1793-1855年)が南町奉行だった頃、自由と平等を謳う寺子屋で学んだ幼馴染みの三人組が、それぞれ協力して江戸の町で弱い者いじめをする権力者に立ち向かっていくという痛快時代小説とでも言うべきものである。

 このシリーズを原作にして『オトコマエ!』と題されたテレビドラマが、NHK土曜時代劇で2008年に放映されているが、それは残念ながら見ていない。だが、2009年の秋に『オトコマエ!2』が放映され、それは、時折見ていたので、物語の大まかな設定は知っており、通説に従って、鳥居耀藏が悪で、遠山景元が善、という設定のあまりの通俗ぶりに「?」を感じながらも、主人公の藤堂逸馬が町人から奉行所与力になった青年であったり、幼馴染みで剣の腕も確かな武田信三郎(寺社奉行配下の吟味物調役支配取次という下級役人)が人のいい性格を持つ青年であったり、同じ幼馴染みで勘定吟味改役というかなりの重職についている毛利源之丞が、立派な名前を持ちながらも算盤が得意なところから「パチ助」と呼ばれ、しかも計算高いわりにどこか抜けていたりする青年であったりして、正義感と爽やかさだけで悪と立ち向かうという筋立てに面白さを感じていた。

 ただし、「パチ助」こと毛利源之丞は、なぜかドラマの方には登場しない。もちろん、ドラマはドラマでそれでいい。

 『花詞』は、このシリーズの四作目の作品で、第一話「花詞」、第二話「別れ霜」、第三話「東風吹かば」、第四話「やじろうべえ」の四話が収められており、いずれも南町奉行の鳥居耀蔵の暗躍や企みが影にあって、主人公の藤堂逸馬を中心にして、その企みをことごとく「人助け」の視点から粉砕していくというものである。

 第一話「花詞」は、元金を保証して高利息を払うという名目で金集めをしていた札差に対して、預けた元金を返して欲しいという訴えが公事宿の「真琴」を通して出されるが、札差しは一年預かりという約定を盾にとって元金を返さないという事件の顛末を描いたものである。その札差しには、札差しを使って金儲けを企む鳥居耀蔵の手が働いていたし、主人公の藤堂逸馬の先輩であり鬼与力と恐れられていた正義感の強い元与力が、娘を殺されて与力を辞め、公事師(訴訟などを取り扱う者)として雇われていた。

 だが、札差しの過去に不審を感じた藤堂逸馬は、その札差さしが、かつては貧乏長屋で蜆売りなどをしていた健気な子どもだったのが、いつの間にか札差しの養子となり、札差しの後継ぎや養父を殺してのし上がっていたことを知り、「誠実」というスミレの花言葉にかけて、真実を暴いていくのである。

 第二話「別れ霜」は、工事現場で大怪我をした男を武田信三郎が名医と評判の医者に担ぎ込むが、医者はなぜか手当もしないまま他の医者の所へ行けといい、男は死んでしまう。死んだ男の女房はそのことに納得がいかずに、公事宿の「真琴」に頼んで医者を相手に訴訟を起こす。藤堂逸馬がその一件の裁きに当たることになる。

 その過程で、津軽藩の追手番(藩内から逃亡した犯罪者を探す役)と知り合い、事故で死んだ男が、かつて仲間と共に津軽藩で強盗事件を起こしていたひとりであったことを知り、強盗仲間が逃げる途中で長崎帰りの医者を道中で襲ったが、強盗仲間の首領は立ち向かった医者に殺され、残った二人の子分たちがそのことで医者を脅していたことを知る。どんな事情があっても殺人は殺人として裁かれるために、医者は彼らから脅され、そのひとりが大怪我をして担ぎ込まれたのである。

 そうした事情があったことを探り出し、医者を脅した強盗の子分を捕らえ、津軽藩追手番の侍に引き渡す。ところが、追手番の侍は津軽への犯人連行の途中で、強盗たちが奪った金を隠していることを知っており、その隠し場所を吐き出させて奪い取ろうとしていたのである。そのことを見抜いていた藤堂逸馬は、武田信三郎の手を借りて、強盗の子分を取り戻す。追手番の侍は、どうにもならないことを知って自死する。また、名医として慕われていた医者に対しては、以後三年の間牢医者として働くという裁きを下して、一件を落着させるのである。

 第三話「東風吹かば」は、逸馬の幼馴染みである「パチ助」が、上役から頼まれて上役の妾をあずかる話で、老中水野忠邦は厳格な人物で、勘定吟味役の上役は自分が妾を囲っていることがばれると改易させられるかも知れないと恐れて、人の良い「パチ助」に偽装を依頼するのである。

 だが、妾として囲われていた女性には、かつて相愛の菓子職人がおり、その菓子職人が鳥居耀蔵も一枚噛んでいた大店の商人たちの「阿片句会」の見張りに使われ、捕縛されて、ひとり罪を着せられて鳥居耀蔵によって遠島の刑を受けていたのである。だが無実の罪で嵌められたことを知って菓子職人が島抜けし、舞い戻ってきた。

 鳥居耀蔵は「阿片句会」のことが発覚するのを恐れ、家臣を使って島抜けした菓子職人を殺そうとする。だが、藤堂逸馬によって菓子職人は捕らえられ、鳥居耀蔵の企みは失敗し、逸馬の進言で遠山景元は、評定所会議(各奉行が集まって裁きをする会議)で、菓子職人が嵌められて遠島になったのだから無罪であることを主張して、菓子職人を放免し、妾として囲われていた相愛の女性共々に江戸を離れるという結果になる。そして、妾を囲っているのではないかと疑われた「パチ助」のために、逸馬はその家族を屋形船にさそって、家族の仲を取り持つというところで終わる。

 表題はもちろん、「東風吹かば 匂いをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」という「飛梅伝説」で有名な菅原道真の歌からとられたもので、望郷の歌であったこの歌を、この作品では男女の相聞歌として用いているものである。

 第四話「やじろべえ」は、かつて寺子屋の「一風堂」で同席していた男が、儒学者として江戸に舞い戻り、江戸の町を混乱させることを企んで、鳥居耀蔵と水野忠邦によって非業の死を迎えなければならなかった武田信三郎の父親の恨みを晴らしたいと思っていた信三郎の母を巻き込んで騒動を起こそうとするのを、信三郎と逸馬が協力して阻止していくというものである。様々な政治的な力が働く中で、「ただただ人々を守る」という思いで働く逸馬の姿が貫かれていく。

 江戸末期の混乱していく幕府体制の中で、どこまでも非政治的であろうとし、しかも弱者のための行動や正義、人への思いやりや情を大切にし、その姿勢を爽やかに貫こうとする主人公たちの姿は、ある意味で考えさせられるものであるが、人の爽快さというのは、そういうものかもしれないと思ったりする。

 作品全体に少し雑なところもあるし、人物像も通説に従いすぎているのだが、作品の展開としては、こうした展開は面白く読めるだろう。欲を言えば、歴史的考察はきちんとされているのだが、鳥居耀蔵や遠山景元は、歴史上の人物であり、実際の人物像と通説には大きな隔たりがあるのだから、もう少し深く掘り下げた人物として描かれた方がよい気がした。鳥居耀蔵などはあまりに戯画化されすぎている気がする。