2011年7月6日水曜日

沖田正午『天神坂下よろず屋始末記 子育て承り候』

 積乱雲がもくもくと湧き起こり、夏の暑い日差しが照りつけている。梅雨前線が南下して九州地方に局地的な大雨をもたらしているらしいので梅雨明けはまだなのだが、季節は確実に夏で、社会状況や現象の変化があっても、こうして時が過ぎていくのだろう。

 昨夜は沖田正午『天神坂下よろず屋始末記 子育て承り候』(2009年 双葉文庫)を、比較的面白く読んだ。

 この作者の作品は初めて読むが、表題に惹かれて読み始めた次第である。文庫本カバーの裏によれば、1949年埼玉県生まれで、2006年『丁半小僧弐吉伝 賽の目返し』で作家デビューとあったから、作家としてはかなり遅いデビューかもしれないが、かなり精力的に書き下ろしで時代小説を書かれているらしく、すでにいくつかのシリーズが紹介されていた。『子育て承り候』も、このシリーズの第一作目らしい。

 湯島天神の天神坂下の貧乏長屋で、強盗や殺人以外のなんでも引き受けるよろず屋を稼業とする萬屋承ノ助よろずやうけたまわりのすけ)を名乗る竹平歌之助を主人公とするシリーズで、『子育て承り候』は、第一作目らしく、これから主人公が同居することになる十歳の少女「お千」と六歳の「万吉」の姉弟との出会いと承ノ助自身の出生に関わる現在に至るまでの境遇に基づく顛末が描かれている。

 萬屋承ノ助こと竹平歌之助は、上野国の十五万石上館藩主竹平広房の七男として生まれたが、広房がお忍びで城下町に行った折りに、藩主とも知らずにさそわれた丁半博打で罠にはまったところを女博奕打ちに助けられて、手を出し、生ませた子どもで、生まれるとすぐに母親から引き離されて城で育ったが、母親が卑賤だということで兄弟たちから蔑まれていじめられて育ったのである。

 そして、ある時、自分を手ひどくいじめる長兄を木剣で完膚無きまでに打ちのめし、そのことで城を追われ、父親の広房の計らいで老臣であった倉田忠衛門に育てられ、剣の才があるかもしれないということで神田の「玄武館」に通い、師範代になるほどの腕になったが、倉田忠衛門が不慮の事故で死に、道場に通う金銭もなくなって止めさせられ、天神坂下の貧乏長屋で糊口を得るために何でも引き受ける「よろず屋」を営んでいるのである。

 承ノ助の性格は温厚で、目上の人に対しては誰であろうと敬語を使い、町人とも侍ともつかない格好で、ぼさぼさの総髪を無造作に後ろで束ね、商売の宣伝をかねて「うけ玉わる」の白文字の入った派手な紅樺色の小袖を着て、一見しても剣の腕の立つ人間にはとうてい見えないが、父親が別れ際に渡した刀を一本差している。

 そういう承ノ助がチンチロリンという小博奕で儲けた小銭を懐に入れて歩いている時に、幼い姉弟の掏摸に出会い、その姉弟を捕まえて事情を聞いたところ、姉弟は、母親もいず、父親もどこに行ったのかわからないままに江戸で一二を争う極貧地帯に住んでいたことがわかり、仕方なしに預かっていくことになるのである。

 承ノ助は、気のいい岡っ引きの元治と共に子どもたちの父親を探そうとし、その両親が掏摸であることをつきとめ、母親は身売りし、父親が掏摸仲間といることがわかる。そして、父親を捕まえるために網を張って、父親が札差しの懐から仲間と共に掏摸を働いている現場を押さえるが、町方同心の知るところとなって、父親の自白のおかげで子どもを使って掏摸を働かせる掏摸一味を一網打尽にはするが、父親は遠島となり、子どもたちの行き場がなくなり、その子どもたちを預かるのである。

 子どもたちは、読み書きはおろか数を数えることさえ教えられずに育ったが、姉の「お千」は、汚れを落としてみると可愛い顔立ちをし、なんでも飲み込みが早く、器用で、弟の「万吉」も素直であり、長屋の近所の者たちも情が厚くて何かと世話をしてくれ、こうして三人の暮らしが始まっていくというものである。

 そして、父親に掏摸取られた札差しが、助けてくれた承ノ助の商売を知り、彼に人捜しの依頼をする。その依頼は、承ノ助自身である竹平歌之助を探すというもので、彼の父親である竹平広房が重い病をえて跡目を巡る争いがあって、歌之助の兄弟たちは、長兄を残して死んでしまったが、その長兄が藩主としてふさわしくない酷いかんしゃく持ちの自分勝手な人間で、竹平広房自身も跡目として認めることに躊躇するほどで、歌之助に白羽の矢が立ったのである。

 長兄も跡目を継ぐために歌之助を探して殺そうとして、四人の部下を差し向けている。承ノ助は、自分が歌之助であることを隠して、あくまで「よろず承り」としてその部下たちと対峙し、これを捕らえて、長兄の企みを明白にしていく。そして、承ノ助は名乗り出るかどうか迷うが、結局、名乗り出ずに、「お千」、「万吉」との「よろず屋」の暮らしをしていくというものである。

 書き下ろしの粗さがあって、上館藩竹平家の家督争いなどもそう簡単には済まないだろうと思えたり、極貧の生活を送らなければならなかった子どもたちの描写も通俗的であったり、主人公が本当は「若様」であるという設定なども使い古されたもののようにも思えるが、文章も軽妙で、それなりに面白いし、何も教えられなかったが才能を持つ「お千」という少女が、承ノ助との生活の中でこれからどのように育っていくのかという関心が湧いて、次作への期待も膨らむ作品である。

 一作では作者の傾向もわからないので、機会があれば、この作者の作品は読んでみようと思っている。それにしても、今日の日中の暑さが厳しい。ちょっと夕涼みにでも出たい気がする。

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