昨日のすさまじいほどの暴風雨から一転して、嘘のように春の蒼空が広がっている。風はまだ強く、雲の流れも速いが、春の陽射しが柔らかい。自然に翻弄される小さな生き物である人間にとってこれは嬉しいことだと思ったりする。
以前、天保のころの名奉行と言われた矢部定謙を描いた中村彰彦『天保暴れ奉行 気骨の幕臣矢部定謙』(2007年 実業之日本社)を読んで、しっかりした歴史考証の上で矢部定謙の人物を巧みに描いてあることに目を見張る思いがしたので、幕末のころの新撰組の隊士であった島田魁(嶋田ともいうし、名の読みも「かい」といったり「さきがけ」といったりする 1828-1900年)の姿を描いた『いつの日か還る』(2000年 実業之日本社)を、これも面白く読んだ。
582ページに及ぶ長編で、島田魁が盟友となる永倉新八と出会い、新撰組に加入するところから明治33年(1900年)に死亡するまでの姿が描かれると同時に、新撰組の詳細な記述が、一人の隊士の目から見たものとして描かれ、特に、永倉新八とのつきあいから時代に流されるようにして新撰組隊士となり、180㎝以上ある力士のような大柄な体格にも関わらず、俊敏であると同時に細やかな情をもつ人間として描き出されていくのが圧巻である。
本書の参考文献には挙げてないが、島田魁は「島田魁日記」を初めとするいくつかの記録を残しているので、著者はおそらくそれらにもあたりながら、新撰組の結成当時から鳥羽伏見の闘い、近藤勇と土方歳三などの死に至る姿、そして、維新後に京都の西本願寺の夜警をしていくまでの彼の生涯を詳細に考慮したのではないかと思われる。
新撰組の顛末については、ここで記しても仕方がないが、島田魁が鳥羽伏見の闘いに行く直前に恋女房に「いつの日か、かならず還る」と伝えたことや、やむを得ずに手にかけてしまった人間の霊を慰めるために南部鉄の鉄瓶に記された「南無妙法蓮華経」の文字を慈しみながら贖罪の晩年を送った姿などが胸を打つ。
時代の奔流に流されながらも、その中で自らのあり方を求めつつ、ひとりの武芸者として、あるいは人間として生きていく姿が描かれているのである。内部で争ってしまうようになってしまう新撰組、無策の幕府の姿などが、ひとりの人間としての島田魁と対比されるようにして描かれるのが、何とも味わい深い。
それにしても、こういう書物を読むと、やはり江戸幕府は倒れるべくして倒れたという思いをもつ。最後の将軍であった徳川慶喜が大阪城から夜逃げしたことは、どういう理屈をつけても言い逃れできない愚行であったと思う。その下で働き、死んでいった者たちの無念は計り知れない。幕末から明治にかけてのころの薩摩藩に対しても、わたしは疑念をもっているが、明治がもう少しまともに始まっていたら、今の日本とは違った姿になっていたのに、とほぞをかむ気がしないでもない。
作者は、歴史の中心的人物ではなく、歴史に巻き込まれながらも騒ぎ立てずに静かに、しかし毅然と生きた人間の姿を描きたいという意味のことを語られているが、本書も、そういう書物で、そして頗る面白い。長編歴史小説の本領がいかんなく発揮されている作品だと思う。
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