2014年2月10日月曜日

稲葉稔『町火消御用調べ』

土曜日(8日)は一日中雪が降り続き、20㎝ほどの積雪となって、昨日は朝から雪かきをしたりした。梅が一~二輪ほどほころび始めていたが、まだまだ寒さに震える日々が続いている。春はまだ遠い。

歴史時代小説を読むのは、わたしにとっては一つの娯楽ではあるし、読む作家もランダムに読むようにしているが、それでも、やはり、傾向や好みというものがあると思いつつも、稲葉稔『町火消御用調べ』(2009年 角川春樹事務所 ハルキ文庫)を読んでみた。

この作家の作品も初めて読むが、作者の稲葉稔は、1955年に熊本で生まれ、脚本や放送作家などをされた後に、1994年に作家デビューされ、ハードボイルドタッチの作品なども書かれているようだ。この作品にも、そういうハードボイルド作品のようなものを感じる。

本作は、江戸八丁堀近郊を担当する町火消しの「直次郎」という人物を主人公にした作品で、直次郎は、きっぷもいいし、情もあり、観察眼にもすぐれた人物である。彼は古道具屋の息子として生まれたが、彼の曽祖父が元御家人であったことから、侍に憧れ、しかも八丁堀の同心に憧れて、剣術の稽古に熱心になったりもした。しかし、御家人株を買い戻して侍になったからといって、それで生活が成り立つわけでもなく、ましてや奉行所の同心などにはなれないことを知り、ふて腐れて非行に走った。だが、そうして悪びれていた日に、彼の家は火事になり、両親と店を失い、親戚の家に預けられて育った。その悲嘆に暮れている時に、著名な町火消しの新門辰五郎の話を元町火消しをしていた飲み屋の伝七という主から聞き、魅了されて、町火消し「百」組の門をたたいたのである。

江戸の町火消しは、改めてここに書くこともないが、享保3年(1718年)に当時の南町奉行をしていた大岡越前守忠相の提案を八代将軍の徳川吉宗が受け入れて発足したものである。そのとき、各町内から30人の人足を出して、いろは四十八組の町火消し組織ができ、火事を連想したり語呂の悪い言葉であったりした「ひ」を「千」に、「へ」は「百」、「ら」は「万」、「ん」は「本」に変えて呼ぶことになった。また、本所と深川には、これとは別に一番から十六組までが置かれ、その後、いくつかの編成替えがあって、大人数を繰り出すことができるように大組に統合されたりしている。直次郎が所属する「百」組は八丁堀全域を担当する町火消しであった。

直次郎は、若い頃は粋がって喧嘩早い人間だったが、「百」組の頭取である三代次から手ひどく叱られて、心を入れ替えて町火消しをする人間になっていったのである。また、彼が侍と喧嘩して手ひどくやられたときに介抱してくれた「菜乃花」という茶漬屋の「おさき」のところに四六時中行っている。「おさき」は、三十歳を過ぎた美人で、亭主を亡くしてから茶漬屋を開き、情に厚くて気っぷのいい女性で、ポンポンと言いたいことを言うさっぱりした女性であるが、直次郎と男女の関係にはない。

こういう登場人物と背景の中で、直次郎を目の敵にしていた性悪な岡っ引きの弥吉が殺され、しかも直次郎の鳶口が凶器として使われる事件が起こるのである。直次郎と岡っ引きの弥吉とは、弥吉が路上で若い女性を掏摸の疑いで捕らえて尋問しようとしているところに直次郎が行き会わせて、それを止めたということからの因縁があり、弥吉は陰湿に直次郎を苛めていた。

その弥吉が殺され、しかも直次郎の鳶口が使われ、直次郎に疑いがかかる。それで、疑いを晴らすためには真犯人を自分で見つけるしかないと、直次郎はその事件の真相を追うことにしたのである。そして、さんざん苦労して、真犯人にたどり着く。犯人は、弥吉にひどい目に遭わされている人物だった。そのことから、直次郎を見込んだ奉行所同心の川辺周三郎に目をかけられて、川辺が扱う事件の探索の手伝いをするようになっていくのである。

また、付け火(放火)と思われる火事が起こり、奉行所の火事場人足改めの与力である大河内彦四郎から、付け火の犯人の探索を頼まれて、その犯人を捜していく。この話では、貧窮を究めた屋根張り替え職人が、仕事をもらうために付け火をしようとする過程が描かれるので、その男が犯人のように思われるが、実はどんでん返しが仕掛けられているというミステリーの手法がとられている。

こうして、町火消の直次郎が奉行所定町廻り同心と火事場人足改め与力の両方から、様々な事件の探索を依頼されるようになるという、このシリーズの発端が本書で描かれているのです。また、直次郎が入り浸る茶漬屋「菜乃花」の女将の「おさき」と、彼が岡っ引きの弥吉の手から助けた娘の百合というなかなかの女性が登場して、物語に味を添えている。

本作で事件を起こす人間は陰湿に描かれる。主人公の直次郎も悩みを抱える人物として描かれたりもする。だから、明朗快々という作品ではないが、作品の出来は悪くない。このシリーズでは、今のところもう一冊が出ているようだから、機会があれば読んで見ようと思っている。

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