二週連続で週末に記録的な大雪となり、降り積もる雪を眺めて暮らしていた。今日は晴れて、雪もだいぶ溶けてきた。ただ、今週もまた積雪かもしれないとの予報が出ている。しかし、自然に抱かれて生きるということはこういうことだろうと思っている。
先日、十日市場の「緑図書館」に出かけた折、近藤史恵『猿若町捕物帳 巴之丞鹿の子』(2001年 幻冬舎文庫)というのを見かけて読んでみた。「緑図書館」は、近くにダイエーがあり、買い物もできるし、その駐車場も使えるので頗る便利で、土地柄なのか文庫本の蔵書が多い。
近藤史恵という作家の作品も初めて読むが、文庫本のカバーによれば、1969年に大阪で生まれ、主にミステリー作品を手がけておられるらしい。それと共に大阪芸術大学文芸科の客員准教授もされており、歌舞伎などにも造詣が深いようで、本作でも、江戸の猿若町は芝居小屋で賑わったことからの表題が使われているし、中村座に出ているという女形の水木巴之丞という役者が重要な人物として登場している。表題に使われている「巴之丞鹿の子」というのは、その水木巴之丞が舞台で使った帯揚げが評判となり、「巴之丞鹿の子」(鹿の子は鹿の子絞りのこと)と呼ばれ、それが事件の小道具として使われるところからとられたものである。
本作の主人公は、玉島千蔭という若い定町廻り同心で、長身で大柄であり、そこそこいい男ではあるが、たいてい眉間に深いしわを刻んで眼光が鋭く、一見恐ろしげである。「若旦那もあんなに怖い顔さえしていなきゃ、そこそこいい男なのにねえ」と言われたりする。彼は無類の堅物で、真面目一辺倒である。彼の父親の千次郎も奉行所同心であったが、父親は粋でくだけたところがあり、適度に遊ぶことも知っていた。その親子の対称的な姿が随所で描かれており、父も子も鋭い推理力をもち、千蔭はその父親に頭が上がらない。その千蔭には父親の代から仕えている八十吉という下男がいて、その八十吉の千蔭に対する思いなどで千蔭の姿が浮かび上がるような手法が用いられている。この主従は、互いの思いやりと信頼が深い。
この玉島千蔭の風貌で、ふと、テレビドラマの「猫侍」を演じた北村一輝の姿を思い起こしたりした。
物語は、二つの序章で始められている。序章が二幕あるという感じで、一つは同じ姿形を持つ男女が睦み合う場面で、もう一つは、矢場で働く「お袖」という若いが一人の侍と出会う話である。「お袖」には、どこかひねくれたような所がある。切れた草履の鼻緒を換えてくれた親切な侍の肩を蹴って転ばせるという場面が描かれる。
その二つの序章のようなものとは別に、帯揚げで若い女性が首を絞め殺されるという連続殺人事件が起こり、同心の玉島千蔭と八十吉がその事件の探索に当たるという展開になっていく。千蔭は殺人に使われていた帯揚げが「巴之丞鹿の子」と呼ばれる特別なものであることを調べ、その販売元から名前の由来になっている女形の役者である水木巴之丞に行き当たり、やがては殺人に使われたのが「巴之丞鹿の子」の偽物であることに気づき、その制作元から探っていくという道を取っている。だが、なかなか犯人には行き当たらないし、事件と関わりがあると思っていた水木巴之丞が、父親の恩人の息子であることが分かったりして、真相が見えてこない。
他方、序章で登場した「お袖」の物語が並行して進められ、「お袖」と最初に登場した侍は枕を交わすようになっていく。侍にはマゾ的な性癖があり、「お袖」はその侍との情交にはまっていく。「お袖」は、実は呉服屋の三好屋の主人が女中に生ませた子で、三好屋の長男がぐれたことから、三好屋の手代と夫婦にして三好屋を継がせるという話が持ち上がっていた。だが、「お袖」はその話に乗り気ではなく、侍との関係を深めていく。だが、彼女もまた連続殺人犯に殺されそうになり、その場に来合わせた中村座の作者見習の手によってかろうじてその魔手から逃れることができたりする。
そうしているうちに、玉島千蔭は、偽の「巴之丞鹿の子」を発注したのが、日本橋の松葉屋という呉服屋の次男だとわかる。そして、その次男が殺人の実行犯だとの確信を得て、彼を大番屋に送って取り調べをしようとする。呉服屋の次男は、水木巴之丞と相愛の仲であった吉原の花魁の「梅が枝」を自分のものにするために、巴之丞の名前のついた帯揚げを使って殺人を犯し、巴之丞の評判を落とそうと企てていたのである。だが、その間にもう一つの殺人が起こる。殺されたのは、千蔭が水木巴之丞との話から探索のためにあってみようとした女性だった。
事件の真相の探索は振り出しに戻った感があった。だが、千蔭は、もう一人の黒幕とも言うべき男をあぶり出すために、水木巴之丞と殺されかけた「お袖」を使って一芝居打つ。歌舞伎で言う「早変わり」を使って、犯人を誘き出すのである。
そして、真犯人を捕らえる。真犯人の本当の狙いは「お袖」であり、その真の目的を隠蔽するために連続殺人を呉服屋の次男に犯させたということが判明していく。こうして、事件は落着を見ていく。序章で取り上げられた睦み合う男女は、水木巴之丞と梅が枝の姿で、これが連続殺人の一つの動機づけであり、真犯人が狙っていたのが「お袖」であるということで序章の第二幕の物語に繋がっていく。そして、大演壇をもって事件の幕が閉じられ、「お袖」に侍が結婚を申し込むところで終わる。
ミステリーそのものとしては、二つの出来事が交差していくという手法で、複雑そうに見えても比較的単純であるが、主人公の玉島千蔭の人物像がなかなか面白く、堅物で恐ろしい顔をしたりするが、じつは推理力が抜群で、温情があり、極めて礼儀正しいという姿が、登場人物たちの手を借りて描き出されており、なかなかの文学手法がとられている。文章は男性的ではあるが、すっきりしている。酒と女がだめという主人公がこの後どういう風になっていくのかという興味もかき立てられる。シリーズ化されているので、又機会があれば続編を読んで見たいと思っている。
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