曇りから秋空が広がる天気になって来た
昨日、佐伯泰英『居眠り磐音 江戸双紙 花芒ノ海』(2002年 双葉社文庫)と宇江左真理『恋いちもんめ』(2006年 幻冬舎)を読んだ。
佐伯泰英の『花芒ノ海』は、このシリーズの3作目で、現在の所、確かもう20作目近い物が出されているように思うが、1作目から順に読んでいるのではなく、飛行機や新幹線に乗って少し遠方に行く時に、空港や駅で購入してランダムに読んでいる。この作品は、浪人となった剣の達人坂崎磐音を主人公にした、いわば、痛快時代劇である。
このシリーズの3作目『花芒ノ海』は、主人公坂崎磐音が、江戸僅番(留学)を終えて、藩政改革を志して豊後関前藩に戻った折、親友で許嫁の奈緒の兄を上意打ちにしなければならなくなって死闘を繰り広げ、やがて愛する許嫁も家族も、すべてを捨てて江戸へ戻り、浪人となった事件が、実は、藩政改革を阻止しようとする権力者の家老の陰謀であったことが分かり、豊後関前藩に戻って、家老の陰謀によって殺されかけようとした中老の父を助け、藩の権力争いによる内紛を解決し、自らが背負った重荷を解決し、藩政を正常に戻していくという話である。許嫁の奈緒は、貧しさゆえに身売りし、やがて吉原に売られていくことになる。また、磐音は、その後、藩に戻るのではなく、再び江戸へ出て浪人生活をすることになる。
このシリーズは、出来事が起伏に富んで面白いし、佐伯泰英は『密命』や『伊那衆異聞』など多作で、いつも書店には新刊本が並んでいるが、どれも似たような感じがする。主人公坂崎磐音を描くのに、「春風のように」という言葉が使われ、彼の剣法は「居眠り剣法」と呼ばれているが、会話や振る舞いなどにあまりそのリアリティが感じられない。その点では、同じ浪人者で剣の達人の活躍を描いた藤沢周平の『用心棒日月妙』の方が優れているし、読みごたえがある。もう少しきちんと突っ込んだ人物描写が欲しいといつも思う。
さて、宇江佐真理の『恋いちもんめ』であるが、この人の作品は、ほとんどどれをとっても優れた絶品である。
宇江佐真理という作家を、「お父さん、この人の作品はいいよ」と言って、最初に教えてくれたのは娘であるが、娘がこの人の作品を「いい」と言って勧めてくれたこと自体に嬉しさを感じる。勧められて最初に読んだ『あやめ横町の人々』や『玄治店の女』など、どこか深い感動を覚えて読み終わったことを覚えている。それから続けてこの人の作品を読み続けて、『きられ権三』など、自分の心情もあって涙をぽろぽろこぼしながら読んだ。言葉と文章が洗練され、テンポがあって、しかも心情の深さがにじみ出てくるような作品を、この人は書く。
『恋いちもんめ』は、両国広小路の茶屋「明石屋」の娘「お初」の一徹な恋を描いた作品である。彼女の周りの家族との関係、友人との関係、そして、思い人の「栄蔵」との関係、どれをとっても温かい。
「お初」に惚れた栄蔵は、自分の青物屋(野菜屋)と母を火事で失い、自失して、品川で借金をこしらえて落ちぶれてしまうが、その借金を払ってくれたのは、お初の父親源蔵の幼友達であり、お初を励ましてきた佐平次であり、栄蔵の再出発のために労を負うのはお初の父親の源蔵である。
お初の兄政吉は、体が弱く、喘息持ちであるが、女たらしの遊び人である。しかし、彼は、店の茶汲み女で二度も離婚歴を持つ「おせん」とつきあい、外聞ではなく、自らの思いをもって結婚する。お初はその二人を励まして結びつける。
お初が雇った茶汲み女「おきん」は、どうしようのない亭主と別れた女であるが、金をせびりに来た亭主への思いを捨てきれず、身売りされるとわかっていながらも亭主の後を負い、やがて心中する。「おきん」もまた、自らの愛を貫いた女である。
お初の父源蔵が、普段はお茶らけているが、すべてを失い、自失してどうしようもないと思っている栄蔵に語る言葉。
「わっちは女房を養っていけるなら、道端で筵を拡げて商売ェしようが、紙屑拾いだろうが頓着しねェわな。だが、お前ェは、まだ決心を固めていねェのがいけねェ。青物屋に未練を残しながら、その実、材木屋の小間使いをしている様だ。この先、材木屋をするなら、青物のことは口にするんじゃねェ」(278ページ)
ここには、この作品が語る自らの決断とその決断の責任を自らが負っていく、いや、負っていかなければならないというテーマが見事に語られているように思われる。どうしようもない中で生きていかなければならない人間の自由も、ここにある。
ともかく、この人の作品には、どれも読後感がたまらない。人間の琴線に触れるような、言語に絶する「味」がある。
昨日、掃除をし、今日、洗濯をした。気持ちよい秋風が吹いてきた。花屋の店先で並んでいたコスモスも風に揺れていることだろう。以前、よくコスモス畑に花を見に行ったことを、ふと、思い起こす。今日は、『愛することと信じること』のデジタル化を少し進めよう。午後は、切れかけているコーヒー豆を買いに出かけよう。いよいよ、大江健三郎の『宙返り』を読み始めた。
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