薄曇りの空から少し光が差している。空気の冷たさは、まだ残っているが、気温は心もち上がっていくだろう。昨日、蕗のとうが顔を覗かせているのを見た。
このところ仕事がたまって少し寝不足の日々が続いているが、昨夜、藤原緋沙子『紅梅 浄瑠璃長屋春秋記』(2008年 徳間書店 徳間文庫)を読んだ。これは前に読んだ『潮騒 浄瑠璃長屋春秋記』の続編にあたるもので、前作よりも描写が丁寧で、構成や物語の展開も独自性があって、はるかに優れたものになっている。
このシリーズは、事情も告げずに失踪した妻を探すために、浪人となって江戸へ出てきた「青柳新八郎」の愛妻探索の過程をたどりながら、「よろず相談承り」で糊塗をしのぐことによる長屋での日々の暮らしとそこで関係した人々、持ちこまれた相談事の解決を描いたものだが、『紅梅 浄瑠璃長屋春秋記』は、主人公の青柳新八郎に親密に関係する人々ごとに、その顛末が丁寧にまとめられている。
第一話「秋の雨」は、主人公青柳新八郎を尊敬し、親しくつきあっている奉行所見習い同心の手先になっている江戸っ子気質をもつ楽天的でひょうきんな「仙蔵」の秘められた深い愛を描き出したものである。
仙蔵は、昔、美しい女性と一緒に暮らしたことがある。しかし、何をやっても長続きせず、稼ぎも悪く、女性は田舎の親に仕送りもしなければならず、ついに生活が立ち行かなくて別れた。仙蔵は巾着切り(掏摸)としてその日暮らしをしていた。別れた女性は古着屋の主の囲い者になっていた。ところが、その古着屋がとんでもない悪だった。彼女は、今は青柳新八郎に言われて巾着切りを辞めて岡っ引きの見習いのようなことをしている仙蔵に助けを求めた。しかし、彼女は古着屋に監禁され、古着屋は助けたかったら掏摸を働けと言う。
一方、青柳新八郎は古着屋で買い取り屋をしている女将の用心棒に雇われた。女将が何者かに狙われているという。女将を狙っていたのは、仙蔵が思いを寄せていた女性を監禁し、仙蔵に掏摸を働かせて店を潰そうとしていた古着屋だった。古着屋は上方で人を殺し、奪った金で古着屋をし、さらにのし上がろうと邪魔者を殺していた男だった。
二つのつながりを知った青柳新八郎は、仙蔵と監禁されている女性を救うために監禁されている場所へと向かう。ほんの少し間にあわずに、女性は古着屋に殺されてしまうが仙蔵を助け出す。仙蔵は悲しみに打ち沈むが、彼の周りにいる青柳新八郎をはじめとする人々の温かい思いやりを知って立ち直っていく。
第二話「いのこずち」は、主人公青柳新八郎が住む長屋に住んで、小料理屋の手伝いをしながら何かと彼を助け、互いの思いを秘めながら暮らしている「八重」という女性の話である。八重は武家の妻だったが、夫が殺され、江戸に出て来て、つてを頼って小料理屋で働く暮らしを立てながら夫の死の真相を知ろうとしていた女性だった。八重はけなげな女性である。
そして、この第二話で、夫の死が、実は藩の上役による謀殺であったことがわかる。それを知らずに訪ねていった上役によって八重は捕えられ殺されそうになる。青柳新八郎は捕えられた八重を助け出し、八重に付き添って謀殺の証拠と共に藩に真相を伝える。
第三話「紅梅」は、青柳新八郎の失踪した妻の行くへが少しわかって来る。彼の妻は、禁書令によって幕府に追われていた蘭学者が実の父であることを知り、その父の世話をするために家を出たことが判明する。青柳新八郎はその蘭学者の弟子で彼の妻に助けを依頼した男と会い、その事実を確認する。蘭学者は捕えられ獄死したが、その後の妻の行くへが分からない。青柳新八郎は、妻が一時かくまわれていた所を探し出し、そこへと向かう。そして、彼女をかくまった男が彼女に無体を働こうとしたことを知り、怒りに燃えるが、その男の娘のことを思って怒りを鎮めていく。彼の妻は男が無体を働いた時に、抵抗して男を殺したと思い、さらに夫への迷惑を考えて身を隠していく。その行くへはまだ不明である。
ここまで書いて中断を余儀なくされたので、夕やみが迫る頃に再びこれを書き始めた。「たれそ彼」の侘しい時間が終わろうとしている。
藤原緋沙子『浄瑠璃長屋春秋記』のシリーズは、その登場人物の設定やプロットなどに、これまでの優れた時代小説と似通った要素がたくさんあり、ある意味で「勧善懲悪」のところもあるが、そこに「情」も絡んで、これまでのいくつかの時代小説の優れた要素が盛り込まれたアンソロジー的なところがあるかもしれないと思ったりする。
物語の展開で、これから主人公は探し求めている愛妻を見つけ出すことができるのだろうか、八重との恋心はどうなるのだろうか、といった次作への期待をもって終わるところなど、テレビドラマ的な要素があるが、第一話の仙蔵の思いや第二話の八重のけなげさ、第三話に出てくる主人公の妻へ暴行を働こうとした男の娘などの姿と心情がよく描き出されていて、『紅梅』はよい作品になっている。
深夜一時まで営業されていた近くのスーパーマーケットが、急に営業時間を短縮することになったので、これから夕食の買い物がてら散策に出かけよう。外は、もう夕闇が迫っている。
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