2009年12月15日火曜日

諸田玲子『髭麻呂』

 シベリアから寒気団が南下して寒い日になった。雲の切れ間から時折陽がのぞくが、冬の雲に覆われている。3日間ほど特別な予定が重なり、食生活も乱れているのだろう、体が重い感じで目覚めた。昨夜は池袋まで出て帰宅が遅くなったのだが、それでも、諸田玲子『髭麻呂 王朝捕物控え』(2002年 集英社 2005年 集英社文庫)を一気に読んだ。

 この作品は、平安中期に時代設定がされており、作品の中で、986年に「花山天皇」が突然出家した出来事が触れられているので、藤原家を中心にした摂関政治と武士層の出現、また、貧富の拡大や平安貴族たちの政権争い、群盗の跋扈が起こり、飢餓と天変地異によって治安が混乱していたなどの社会背景をもった時代であった。

 主人公は平安京の検非違使庁(けんぴいしちょう・・・現在の警察)の下級役人看督長(かどのおさ・・・現在の刑事)をしている藤原資麻呂(ふじわらの すけまろ・・・作者の創作人物)で、強面の髭を生やして何とか威厳を保とうとして、通称「髭麻呂」と呼ばれているが、実は気が小さく臆病者で、血を見たら卒倒してしまうようなユーモラスな人物であり、都で捨てられて野犬の餌食になりそうだった子どもを助けて養ったり、羅生門で何とか生き延びている孤児たちの世話をしたりする心優しい人間である。

 彼には「梓女(あずさめ)」という大変頭脳明晰な恋人があり、「髭麻呂」が抱えている事件の謎を、ロッキングチェアー・ディテクテイヴ(揺り椅子探偵)のように解いていくが、彼女の家には、いわゆる一流のデザイナーとして活躍している母と、目も耳も遠いが嗅覚が鋭くて、これも一流の調香師である祖母がいて、それらの自立した婦人たちに翻弄されながらも、彼女たちのざっくばらんで温かい家に迎えられながら「髭麻呂」が、まことに「よたよた」という表現がふさわしいような形で活躍していくのである。

 当時は「通い婚」で、一夫多妻の社会であったが、「髭麻呂」の「梓女」に対する思いは一途で、彼女の母親や祖母に気の弱い「髭麻呂」は恐れを抱きながらもその恋を成就させていくストーリーが一本あり、それに当時の藤原兼家や藤原道長兼、源満仲らのどろどろした政権争い、失脚させられた源高明などの事件が絡み合い、殺人事件や誘拐事件など八話の物語が展開していく。

 作品の構成と展開が見事で、一方では、「髭麻呂」の仇敵として盗賊「蹴速丸(けはやまる)」という人物を登場させて、やがては二人が意気投合して、実は「蹴速丸」が源高明の失脚事件の真相を探る目的をもっていることを知り、共に、その黒幕を暴いていくという形で、「花山天皇」の出家事件や源高明の失脚事件という歴史的事件が縦糸にあり、それが、主人公の「髭麻呂」や「梓女」、「梓女」の母や祖母、彼に育てられている従者の「雀丸」という少年など、それぞれの個性が発揮されて、二人の恋が横糸となり、「面白く」展開されている。

 したがって、通常の「捕物帳」や「ユーモア探偵小説」とは異なって、社会や歴史に対する視座がはっきりしていて、味のあるものになっている。完成度の高い作品といえるだろう。

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